山口真弘の電子辞書最前線

カシオ「XD-B8500」
~文庫本ライクなデザインのビジネスマン向けモデル



XD-B8500。今回紹介したターコイズブルーのほか、ブラック、ビビッドピンク、グレーをラインナップする。ターコイズブルーとグレーはテクスチャ加工が施されている

発売中

価格:オープンプライス(実売38,800円前後)



 カシオの電子辞書「XD-B8500」は、ビジネス向けの電子辞書だ。ビジネスの現場で使われる英語および専門用語関連のコンテンツのほか、資格試験やTOEICに関するコンテンツを多数搭載し、オンオフを問わずビジネスマンをサポートするモデルである。

 前回紹介したシャープの電子辞書「PW-A9000」もそうだったが、昨今の電子辞書は、ビジネス向けを標榜するモデルが1つのトレンドになっている。TOEICなど資格試験関連コンテンツを中心としたビジネスパーソン向けのコンテンツを取り揃えることで、他の年齢層に比べて電子辞書の普及率が低い20~30代の市場を掘り起こしたいメーカーの思惑が見て取れる。

 もっとも、同じビジネス向け電子辞書を標榜していても、メーカーによって、その方向性にはかなりの相違が見られる。今回は本製品の特徴的な外観の紹介に加えて、他社のビジネス向け電子辞書との方向性の違いについても見ていきたい。

●文庫本ライクなデザイン。キーボード手前のサブ画面もカラー化

 まずは「XD-B8500」の外観と基本スペックをおさらいする。

 本製品をはじめとする2011年のカシオの新モデルは、筐体デザインが大きくリニューアルされ、文庫本ライクな外観となった。なかでも今回試用しているテクスチャ仕上げのモデルは、見た目は麻のブックカバーをかけた文庫本といった体で、独特の雰囲気がある。コネクタ類もなるべく目立たないよう工夫されており、デザインへのこだわりを感じさせる。本製品最大の特徴とも言えるこの外観については、のちほど詳しく考察する。

 筐体デザインのリニューアルにより、液晶画面側と本体側の厚みがほぼ等しくなったためか、全体の厚みはわずかながら増し、最薄部で17mm、最厚部で19.7mmとなった。従来モデルとの差は実質1mm程度でしかないのだが、全体的に凹凸がないため、実際の数値以上に厚みが増したように感じられる。特に手に持った際に顕著なので、従来モデルのユーザは特に気になるかもしれない。

 重量は従来機種と同じ300gということで、大台突破をギリギリのところで踏みとどまっている格好だ。本製品の競合機種となるシャープPW-A9000が約348gなので、およそ50gも軽いことになる。これだけの差があると、製品選びにも影響しそうだ。

上蓋を閉じたところ。これまでになくスッキリとした外観。表面はキャンバス風手に持ったところ左側面。イヤホンジャック、音声出力切り替えスイッチ、microUSBコネクタを装備。USBは従来までminiBだったのが今回から改められた
右側面。microSDスロット、ストラップホール、タッチペン収納スロットを装備正面。コネクタ類がなにもないすっきりしたデザインキーボード面。左手前の文字サイズやヒストリーなどが円形のボタンにまとめられた
microSDスロット。カバーに覆われているのは従来モデルと同じだが、従来に比べると存在感が小さくなった裏返したところ。脚部がある以外は表面とほぼ見分けが付かない。惜しむらくはネジ穴がキャップなどで塞がれていないことだキー上段のファンクションキー。細かいことだが、左端の電源ボタンが丸から四角に変わって押しにくくなった

 メイン画面とサブ画面、いずれもタッチ入力に対応する機構は本製品でも健在。メイン画面の左右にはクイックパレットと呼ばれる操作系のパネルを装備し、キーボードを使わなくともひととおりの操作が行なえる。画面サイズは5.3型だが、これはコンテンツによってオンオフされる左側のクイックパレット部を合わせたサイズなので、多くのコンテンツでは表示解像度は480×320ドット、有効サイズは5インチになる。ちなみに競合となるシャープ製品より、フォント周りの表示は美しいと感じる。

 キーボード手前のサブ画面は本モデルからカラー化され、付箋やマーカー機能などが大幅に使いやすくなった。ちなみに従来は「手書きパネル」という名称だったが、カラー化によって手書き以外の情報表示の機能も強化されたためか、今回のモデルでは「サブパネル」という名称に改められている。

 キーボード盤面も変化が見られる。左手前にあった文字サイズ変更やヒストリーなどのキーが円形を基調にしたキーにまとめられ、右側の上下左右/決定キーとほぼ対照形ともいえるデザインになった。もっともこれらのキーはインターフェイスデザイン上は円形である必然性はなく、本体を両手で持った際に中央部のスピーカーを親指でふさいでしまう格好になるなど、実際に使ってみるとやや違和感がある。個人的にはシャープの最新モデルのように、利用頻度を考慮しつつボタンサイズに強弱をつける方向に変更したほうがよかったのではないかと思う。

 電池方式は単3形×2で、電池寿命は130時間と充分な時間だ。メモリカードはmicroSDを採用し、コンテンツの追加もサポートしている。また、本体内蔵メモリの容量は従来モデルの「XD-A8600」の倍にあたる約100MBへと増量されている。

キーボード左手前のボタン。従来の筐体(右)と比べると変化は明らか。中央部はスピーカー
キーボード右手前の上下左右/決定キーは、従来の筐体(右)でやや角張ったデザインになったのが、1つ先祖返りした感がある
ヒンジ部に単3電池×2本を収納。エネループおよびエボルタ充電池の利用にも対応従来の筐体(左)との比較。色はモデルによっても異なるので一概には比較できないが、全体的にメカっぽさが消えたのは明らかテクスチャ加工のモデルということもあるが、雰囲気は従来の筐体(左)と大幅に異なる
キーボード手前ボタンの形状の変化を比較したところ。今回のモデル(下)は、左右対称のデザインになっているのが分かる。対照にしなくてはいけない必然性があったのか、そうでないのかは不明だテクスチャ加工でないモデル(右、XD-B10000)は、筐体デザインこそ同じだが、雰囲気は大きく異なる
カラー化されたサブパネル。従来同様手書き入力にも対応するほか、付箋などの機能も使いやすくなった
音量調整などのコントロールパネル機能のほか、メイン画面に表示されている問題集の選択肢をタッチで回答することもできる。またメイン画面に地図や図版を表示し、このサブ画面に説明を表示するという芸当も可能だ

●ビジネス向けの英語コンテンツや資格関連、TOEIC関連のコンテンツを搭載

 続いてメニューとコンテンツについて見ていこう。

 コンテンツ数は130。上位モデルの「XD-B10000」の150コンテンツよりは少ないが、ビジネス向けに特化したコンテンツ編成で、数重視のモデルに見られがちな雑多なコンテンツはごく少数に抑えられている。具体的には、法務や知財、会計など専門分野の用語辞典のほか、ビジネスマナーのハンドブックなどが挙げられる。また資格関連のコンテンツとしては、国家資格14種に対応した過去問集に加え、SPIの問題集など、就職試験対策のコンテンツを多数搭載しているのも特徴だ。

 英語関連は、学習向けの英和・和英・英英辞典は数が絞り込まれており、その一方でビジネス英語表現辞典や電話英会話ミニフレーズなど、座学というよりも実践寄りの英語コンテンツに比重が置かれている。また200万語専門用語英和・和英大辞典のように、機械工学分野の英語コンテンツまでカバーしているのも特色だ。

 またTOEIC系では、一般的な模試および単語強化のためのコンテンツのほか、キクタンが多数搭載されているなど、リスニングを目的としたコンテンツが多い印象だ。キクタンについてはシャープのビジネス向け電子辞書「PW-A9000」などにも搭載されており、昨今の1つのトレンドとして見ることもできそうだ。一部のコンテンツでは、キーボード手前のサブパネルを使って選択肢を容易に選べるなど、使い勝手にも配慮されているイメージだ。

文字サイズは3段階で可変する
メニューは従来と同じ横向きタブ方式。かつては世代が変わるごとにメニュー画面に細かな調整が加えられていたが、他社も含めほぼ統一された感がある英語系コンテンツ。かなり種類は絞り込まれている。ただし文例やフレーズ集、TOEIC関連は別のタブにまとめられているので、これが英語系コンテンツのすべてというわけではない
キクタンを搭載。リズムに乗せて英単語の発音と訳を再生してくれる学習方法「チャンツ」に対応
日本文学700作品、世界文学300作品、計1,000の文学作品を搭載

 さらに本製品では、画像検索機能が大幅に強化され、新たに「デジタル植物図鑑」「デジタル昆虫図鑑」といったコンテンツが追加されている。例えば植物や昆虫などで名前がわからない場合、色や形状などの選択肢を選んでいくことで、条件に当てはまる写真を表示してくれるというものだ。複数の条件が組み合わせられないのがややネックだが、名前がわからなくても検索が可能なこの機能は電子書籍ならではの有用な検索方法と言える。ビジネス向けである本製品では出番はそう多くないと思われるが、学習用途として用いる場合は出番もありそうだ。

 一方、古語辞典や俳句関連など、学習モデルや生活総合モデルにあったコンテンツがないのは問題ないのだが、シソーラス辞典が搭載されていないのは少々残念に感じられる。本製品の従来モデルにあたる「XD-A8600」もそうなのだが、シソーラス系のコンテンツは、ビジネスマンにこそ必要なのではないか。

クラシック名曲1,000曲のフレーズを搭載。曲がまるごと搭載されているわけではない点に注意
「実務・情報」タブにはビジネスマン向けのコンテンツがまとめられている
国家資格試験の過去問や、SPI対策のコンテンツが搭載されている国家資格14種。セイコーインスツルのSR-G9003のように基本情報技術者試験など情報処理系の資格はなく、文系職種の資格が中心
国家資格やSPI、およびTOEICなど選択肢から選んで回答するタイプの問題集は多数搭載されているが、サブパネルで回答できるものがあったりなかったりと、ややちぐはぐな感がある
TOEIC関連のコンテンツを多数搭載。こちらにもキクタン同様チャンツに対応したコンテンツがあるデジタル植物図鑑やデジタル昆虫図鑑など、名前が分からない場合に色や形状から調べられるコンテンツは「電子図鑑」としてまとめられている
例えばデジタル植物図鑑であれば、花の色や形状から名称を調べることができる。ただし複数の検索軸を組み合わせることはできない

●文学作品1,000コンテンツを搭載するも文庫本ライクな筐体とは連携せず

 さて、コンテンツ単位でも進化が見られる本製品だが、やはり最大の変化といえば、文庫本ライクに変貌を遂げた筐体デザインということになるだろう。製品の表裏さえも見分けにくいこのデザインは、男性的なデザインだった従来モデルとイメージを大きく異にするだけでなく、一部のモデルに採用されたテクスチャー仕上げの筐体は、これまでの電子辞書にはなかった試みだ。コネクタ類の多くをカバーで覆って目立たなくするなど、細部の仕上げまで徹底している印象だ。

 筆者が今回の筐体を初めて見た時に似ていると感じたのが、かつてパナソニックや東芝から発売されていた電子書籍端末「ΣBook」だ。2つ折りで本のように閉じることができ、持ち歩き時はブックカバーをまとった本と見まごう筐体は、ΣBookが目指したデザインの方向性と似たものを感じさせる。またテクスチャ仕上げのモデルについては、光沢塗装のモデルにありがちな指紋の付着を気にしなくて済むのも見逃せない。

 ただしこの筐体デザイン、内蔵のコンテンツとうまく連動しているかというと、必ずしもそうではない。本製品は青空文庫を中心とした文学作品1,000作品を搭載しているのだが、文庫本ライクな外見とビューアの機能が連動して本のように読めるかというと、たんに縦書き表示をサポートしているという以上のプラスアルファの工夫はない。さすがにデュアルスクリーンを採用して本のように読めるというのは難しいとしても、ページの既読の割合が表示されなかったり、縦書き時にフォントの中心線が微妙にズレているといったビューアの問題点は解決していてほしかったのだが、見た限りでは特に変化はみられない。

かつての電子書籍端末「ΣBook」(右)とよく似た外観とはいってもハードウェアキーボードを備えるため、本体を開いた状態では似ているとは言い難い
文学作品は文字サイズなど表示形式の変更に対応するほか、本体を縦向きにして読むこともできるが、既読の割合が表示されないなど、ビューアとしての機能は貧弱

 昨今は専用の電子書籍端末のほかスマートフォンでも青空文庫のビューアが数多くリリースされており、ユーザの目も肥えてきているだけに、そろそろビューアに進化があってもよいのではないかと思う。今回の筐体リニューアルが、なんらかの伏線であってほしいと願いたい。

 ちなみにこの筐体、画面側と本体側(キーボード側)の厚みがほぼ均一になったため、うっかり裏表を逆にしてしまうケースがありがちだ。さらに前回紹介したシャープ製品もそうだったのだが、ヒンジ部に単三電池×2本を内蔵することから本体のバランスが悪く、背後に倒れやすくなっているのもちょっと気になる。デザイン重視か安定性重視か、なかなか難しい問題だと言えそうだ。

●これまでなかった方向性の筐体デザインがどう評価されるか

 以上ざっと見てきたが、フルモデルチェンジした筐体は大いに目を引くものの、コンテンツや機能面での進化はそれほど目立たないというのが、試用しての率直な印象だ。カラー液晶第一世代の従来モデルのインパクトが強烈だったため、かなりおとなしい進化というのが率直な感想である。

 サブパネルについては、カラー化および情報表示機能を強化したことにより、従来モデルに比べると存在意義が見直された格好だが、現状ではコンテンツによってサブパネルの活用の度合いに差があり、従来モデルから乗り換えるまでの価値があるかと言われると微妙なところだ。むしろ従来モデルの筐体バリエーションとでも言ったほうが、個人的にはしっくり来る。

 文系ビジネスマン向け電子辞書ということで他社製品と比較した際、前述の電子図鑑はカシオ製品オリジナルの切り口だが、ビジネス向けという意味では出番はあまり多いとは思えず、検索軸が1つ増えただけという捉え方が正しい。いっぽうこれまでカシオ製品の独壇場だった文学作品については、他社の電子辞書にはないコンテンツであるものの、電子書籍端末やスマートフォンで手軽に青空文庫が読める昨今、プリインストールされている以上の目新しさがなくなってきているのも事実だ。むしろシャープ製品にある動画コンテンツを必要と見なすかどうかで、選択が決まる気がする。

 ただ、電子辞書の機能やコンテンツの追加がもはや限界といえるところまで来ているのは事実であり、今回のモデルで筐体デザインへの取り組みに注力することになったのは自然な流れだと言える。その一方、持ち歩き時に保護ケースを使うユーザが多いことを考えると、ケースなしで完結するデザインは1つの挑戦だろう。ユーザにこのデザインが受け入れられ定着するかどうか、今後の電子辞書のデザインの方向性を占うものとして注目したい。

【表】主な仕様
製品名XD-B8500
メーカー希望小売価格オープン価格
ディスプレイ5.3型カラー (クイックパレット部含む)
ドット数528×320ドット (クイックパレット部含む)
電源単3電池×2、USB給電
使用時間約130時間
拡張機能microSD、USB
本体サイズ(突起部含む)148.0×105.5×19.7mm(幅×奥行き×高さ)
重量約300g(電池含む)
収録コンテンツ数130(コンテンツ一覧はこちら)