大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
島根富士通に初の生え抜き社長が誕生した理由
2017年8月21日 06:00
富士通製ノートPCの生産を行っているのが、島根県出雲市にある島根富士通だ。
需要にあわせて生産品目や生産量を自在にコントロールでき、1品ごとに異なる機種の生産が可能な「超フレキシブル生産システム」を導入。アームロボットやゲンコツロボットのほか、IoTなどの最新技術を活用することで、品質向上とリードタイムの短縮化、コスト削減などを実現。自動化にも積極的に取り組んでいるのが特徴だ。
富士通グループのなかでもその取り組みは先進的であり、国内外の製造業関係者をはじめとして、年間約5,000人の見学者が訪れていることからもそれが裏付けられる。
2017年4月には、島根富士通の社長に神門明(ごうどあきら)氏が就任。1989年の同社設立以来、6代目の社長となる神門氏は、同社初の生え抜き(プロパー)社長でもある。
富士通のPC事業が富士通クライアントコンピューティング(FCCL)として独立し、新たな体制となってから1年半を経過するなか、今回の神門新社長の就任は、富士通の新たなPC事業体制を形成する動きの1つともいえる。
島根富士通の神門明社長に、これからの島根富士通について聞いた。
島根富士通第1期生の神門新社長
島根富士通の新社長に、2017年4月1日付けで神門明氏が就任して、約5カ月が経過しようとしている。
島根富士通は、1989年12月に設立。1990年10月から操業を開始した、国内最大規模のPC生産を行う製造拠点だ。
当初は、FM TOWNSをはじめするデスクトップPCの生産を行なっていたが、1995年には、ノートPCの生産に特化。2013年には操業以来の累計生産台数が3,000万台に達している。
島根富士通は、1990年10月からの操業開始に向けて、同年4月以降、富士通からの出向者に加えて、第1期となる社員の中途採用を開始。神門社長もその1人として、1990年6月に島根富士通に入社した。
神門社長は、入社から約5年間は、ワーカーとして生産ラインに立ち、FM TOWNSやFMRシリーズなどの組み立てを行なっていた経験を持つ。
「島根富士通でのPCの生産は、1日数十台単位で始まった。いまから考えると、当時は、なにもない状態からのスタートであり、試行錯誤の連続だった」と、神門社長は振り返る。
神門社長は、その後、品質試験や部品供給、生産計画、製造技術、生産革新などに携わり、社長就任前の常務取締役時代には、総務や経理部門なども統括した。
「食堂を除けば、島根富士通のすべての業務を担当している」と、神門社長は笑うが、まさに島根富士通のすべてを知り尽くしている人物である。
2017年4月に社長に就任した神門新社長は、創立以来6代目の社長となるが、歴代の社長はすべて富士通の出身者であった。それに対して、神門社長は初の島根富士通生え抜きの社長となる。
「島根富士通の歴史をすべて掌握していること、強みも弱みも認識していること、現場の課題も熟知していることが、自分の強みになる」と神門社長は語る。
生え抜き社長の誕生はFCCLの思惑?
島根富士通の新社長に、同社出身者が就任したのは、2016年2月にスタートした富士通クライアントコンピューティングによるPC事業の分社化が背景にありそうだ。
それまで島根富士通は、富士通の100%出資子会社であったが、富士通クライアントコンピューティングの設立後、島根富士通は同社の100%子会社へと移行。同じ立場にあるのは、シンガポールのフジツウPCアジアパシフィックだけだ。
ちなみに、富士通ブランドのデスクトップPCであるESPRIMOシリーズは、福島県伊達市の富士通アイソテックで生産されているが、同社は、依然として富士通の100%出資子会社であり、サーバーやプリンタなどの生産も同時に行なっている。つまり、富士通クライアントコンピューティングから見れば、島根富士通と富士通アイソテックには、「血」のつながり方に差があるのだ。
こうした状況を考えれば、富士通クライアントコンピューティングの直系会社である島根富士通に、初の生え抜き社長が誕生した背景には、富士通クライアントコンピューティングの齋藤邦彰社長の思いが強く反映されていることは想像に難くない。
開発部門を統括し、島根富士通の役員も務める富士通クライアントコンピューティングの仁川進執行役員は、「富士通クライアントコンピューティングとして分社する前から、島根富士通への生え抜き社長の就任は検討していた」と明かしながら、「富士通クライアントコンピューティングが新たなチャレンジを開始するには、生産拠点である島根富士通には、島根富士通の独自性を理解し、現場で働いている人たちを熟知している生え抜き社長へと、たすきを渡すことが最適であると考えていた。今回の社長人事は、そうした思いを実現するものになった」と語る。
一般論でいえば、新たな職場を理解するには、一定の期間を要する。とくに専門的な用語が日常的に使われている生産現場をしっかりと理解するには、「2~3年は必要」(関係者)というのも間違いはないだろう。
島根富士通初の生え抜き社長の就任は、こうした新社長による現場理解に要する時間をゼロにすることにもつながる。前社長からたすきを渡された新社長が、すぐにスタートダッシュできる移行だともいえる。
基本方針を踏襲し、つながる工場を目指す
神門社長は、「『卓越したものづくり力の追求とものづくり力を生かしたサービス企業への展開』という経営方針には変更がない。これまでの方針を踏襲していくことになる」と語る。
前社長である宇佐美隆一氏とともに確立してきた経営方針は、神門社長にとっても腹落ちした経営方針。「いままでやってきたことをベースに、より積極的にICTやロボティクスなどの先進技術を取り入れ、『つながる工場』を目指したい」とする。
「つながる」という言葉には、現場で働く社員とつながり、社員がやりたいと思うことを取り入れる風土を継続。富士通とつながることで、富士通の最新テクノロジを積極活用し、そして、地域や外部の企業ともつながる工場という意味を持たせている。
「社員の意見を積極的に取り入れた改善を続けるだけでなく、インダストリー4.0が注目を集めるなか、富士通の持つ技術を活用し、IoTやロボティクス、AIなどの先端技術も取り入れていく。そして、富士通グループにおける生産革新のショールームとして、島根富士通の生産ノウハウを外販する役割も担う」とする。
じつは、島根富士通には数多くの見学者が訪れている。2015年度には年間331件5,046人、2016年度も343件4,913人の見学者を受けて入れている。
そのうちの約半分は地元の小中学生であり、ここでも地域とのつながりを実現しているが、残りの約半分は、国内外の製造業からの訪問だ。自動車、家電、食品などの幅広い企業のほか、海外からの視察も相次いでいる。
「ドイツの製造会社が複数社まとまって視察に訪れた例もあった。どのように改善をしたら良いのか、ICTをどう活用したら良いのかといった点に関心が集まっている」という。
島根富士通は、トヨタ生産方式をベースにした独自の「FJPS (Fujitsu Production System)」による生産革新を続けており、1台ずつ仕様が異なるPCやタブレットの生産が可能だ。こうした仕組みを確立している点は、多くの製造業にとって高い関心事となっている。
神門社長は、「基本的に見学を断ることはない。また、何度来ていただいても構わない」と語る。競合するPCメーカーの幹部が視察に訪れたこともある。だが、それによって、国内外の企業に、島根富士通の製造ノウハウを盗まれることはないのだろうか。
それに対して、神門社長は次のように語る。
「設備だけを見ても、マネはできない。ノウハウの多くは、それを使いこなす人材にある。そこに島根富士通の特徴がある」
島根富士通には、「ものづくりは、人づくり」という言葉があるが、人づくりに対する自信と実績があるからこそ、工場見学を幅広く受け入れているともいえる。
柔軟性と品質に強みを持つものづくり
島根富士通の強みはなにか。改めて、神門社長に聞いてみた。
神門社長が最初にあげたのが、「先進的なものづくり」である。
先にも触れたように、島根富士通では、1台ずつ異なった仕様のPCを量産ラインのなかで生産することが可能だ。同社では、これを「超フレキシブル生産システム」と呼ぶ。ここでは、スペックが異なる製品を生産するだけでなく、PCとタブレットを1台ずつ流すことができる、混流ラインとしている点が見逃せない。
この仕組みは、顧客ニーズにあわせたPCを生産したり、需要の変動にあわせて生産品目を変更したりといったメリットを生むことができる。
企業からの一括受注の場合にも、それぞれのユーザーにあわせて設定し、1台ずつカスタマイズすることが可能であり、エンドユーザーは製品を受け取った時点で、個別に設定することなく、すぐに、自分のPCやタブレットとして利用することが可能になる。しかも、それを短期間に納めることができるのは国内生産である島根富士通ならではの特徴の1つだ。
そして、この超フレキシブル生産システムの仕組みは、昨年度に行なった出荷体制の見直しにおいても大きな威力を発揮した。
島根富士通では、組み立てが完成したPCを、トラックに積載するまでの作業を従来の外注方式から内製化。これにより、積載が遅延することで発生していた無駄取りを実現している。
従来の仕組みでは、トラックの定期便が発車するまでに積載が遅れ、その分の待機費用が発生していたが、この運用を内製化することで、課題を見える化。運用方法の見直しにより、トラックの待機費用は5分の1にまで大幅に削減できたという。
これを実現できた背景には、超フレキシブル生産システムの存在が見逃せない。定期便に積み込む予定のPCやタブレットを優先的に生産。しかも、それが1台単位で生産できるため、定期便の出発にあわせて個別に生産計画を変更し、定期便の出発時間を遅らせることなく、出荷が可能になったという。
ものづくりの強みは、柔軟性のある生産体制だけではない。品質においては、工程で作りこむ体制を確立。検査工程を随所に取り入れ、早い段階で不具合などを発見できるようにしている。「プロセス全体で、品質を高める仕掛けを採用している」という。
さらに品質については、新たに「One品証」と呼ぶ仕組みを、富士通クライアントコンピューティングを設立した2016年2月から導入している。これまでは開発部門に設置していた品質保証組織を、島根富士通にも設置し、同組織を中心に、サプライヤーを巻き込んだ品質向上への取り組みを行なっている。
「これまでの仕組みでは、工場に入ってきた部品をチェックして、ラインに流すというスタイルであった。だが、サプライヤーの工場にまで出向いて、やり方に課題があれば、それを指摘し、一緒にプロセスを改善し、部品の品質を高めるといった取り組みを開始した。島根富士通からは、月に数人が、定期的にサプライヤーの中国の生産現場を訪れている。
より現場に近い場所で、さらに上流工程の近いところで品質を管理することで、品質問題を早期に発見。工程の最後で発見することにより発生する負のコストを大幅に削減することができた」とする。この動きを開始して以来、品質保証については島根富士通の役割が大きく増している。
さらに、富士通クライアントコンピューティングの開発部門と連携し、開発段階から島根富士通の社員が参加。高い品質で量産できるようにするための設計を行ない、量産化までの時間を短縮化。高い歩留まり率で垂直立ち上げができるようにしている。
「開発の品質、部品の品質、生産の品質を一気通貫で取り組むことで、製品全体の品質を高めることができるのが島根富士通によるものづくりの特徴である」とする。
ロボティクスの専門職制度を開始
島根富士通の2つめの強みが人である。
神門社長は、「実践を通じて人を育てることが、島根富士通の基本方針。組織全体で教育を行なう仕組みを構築しており、就業時間の5%を教育に充てている」とする。
先に触れたように、島根富士通が広く見学を受け入れているのは、人にノウハウが蓄積させており、設備を見ただけではマネできないという自負があるからだ。それだけ、人材には自信を持っており、人材を育てるための教育体制の確立と投資に力を注いでいる。
その島根富士通が、昨今で力を注いでいるのが、ロボティクスに関する教育だ。
基板製造ラインや組立ラインでも自動化を推進し、ロボティクス技術の活用においては富士通グループのなかでも先進的な島根富士通だが、昨年度から本格的に、ロボティクスに関する教育を開始。ロボットを制御するための専門職制度をスタートし、組み立ての自動化を促進するとともに、同社が進める「人と機械の協調生産」を実現。
「すでに、基板への部品の組み込みや最終検査、切断作業の完全自動化や、ポートリプリケータの組み立ての自動化などでロボットを活用した実績がある。アームロボットを2基組み合わせて、双腕ロボットのような動きをさせたり、力覚センサーを用いた細かい動作を行なったりといったことも可能になっている。2017年度下期からは、アクセサリの組み立てにおいて、部品供給から検査までを含めて完全自動化するラインを構築する計画であり、液晶パネルのアセンブリの自動化にも着手していく」とする。
ロボティクスに関する専門職は、毎年1人ずつ増やしていく計画であり、生産ラインのスタッフもより付加価値が高い作業へとシフトしていくことになる。
さらに、情報セキュリティに関する教育も開始。情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)を取得し、IoTの活用とともに課題となる情報セキュリティリスクへの対応も図っている。
「ITシステム技術部の設置により、ものづくりの現場を知りながら、ロボティクスの制御技術や情報セキュリティ、画像解析技術などに精通した人材の育成に取り組んでいく」と意気込む。
ロボティクスやIoTの活用の広がりとともに、生産現場でも求められる人材が変化してきている。そうした変化に対応する人材の育成にも余念がない。
混流生産と自動化に取り組む2017年度下期
島根富士通にとって、2017年度下期の重点課題が、生産ラインにおける自動化の促進だ。
「いかに生産現場のなかに、自動化設備を組み込んでいくかが課題。上期での評価を経て、下期からこれを実装し、現場の生産性を高めたい」とする。
また、島根富士通の特徴の1つである混流生産も、さらに強化させる考えだ。現在、20本の生産ラインを持ち、そのうち19本が定常的に稼働。14本で混流生産が可能になっている。これによって需要の変動にも対応。1台ずつの異なる製品の生産も可能だ。
2013年度末から2014年度上半期のWindows XPの買い替え特需から約4年を経過し、法人ユーザーでは、すでに2巡目となる需要が始まっている。こうした需要の変動にも対応できる体制を、超フレキシブル生産システムによって、実現しているというわけだ。
「今後は、多能工化の促進により、1人の作業者が複数の作業を行なうことで、約10人で組み立てている生産ラインだけでなく、4~5人で組み立てることができるショートラインを新たに構築し、物量への変動や、組み立てる製品の種類にも柔軟に対応できる環境を確立したい。
ショートラインは、作業工数が少ないアクセサリなどの組み立てにも適しているほか、異常の見える化にも適している。また、混流生産をすべてのラインに展開することで、出荷までを含めたジャストインタイムを実現でき、部品在庫や完成品在庫の削減にもつなげることができる」とする。
島根富士通は、2020年に創業30周年を迎える。
神門社長は、「世界をリードする製造会社として、Made in Japanだからこそできる高品質の実現、スピーディーでフレキシブルな製造体制の構築をこれからも進めていく」とし、「これまでの基本方針は変えない。だが、新たな技術を取り入れ、改善を進める速度は緩めない。ものづくりにおけるAIの活用にも積極的に取り組みたい。改善と進化には終わりがない」とする。
また、その一方で、「富士通クライアントコンピューティングとの一体化を強める一方で、自立した経営が行なえる体質を目指すことも必要。次の30年に向けた体質強化に挑みたい」と語る。
富士通のPC事業は、レノボとの統合が遅れているが、富士通のPC事業の力を最大限に生かすためには、島根富士通の存在抜きには考えられない。
島根富士通初の生え抜き社長の誕生は、富士通のPC事業をさらに加速するために重要な社長人事であり、それによって、富士通クライアントコンピューティングと島根富士通との連携が強化されたともいえる。富士通のPC事業にとって、島根富士通の存在はますます重要になっている。