大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

なぜレノボが日本のIoTプラットフォームに注力し、なにを目指すのか?

~グローバル×ドメスティックで攻勢をかけるレノボ留目社長の新戦略

 レノボが打ち出した「3-Wave Strategy」は、同社の今後の方向性を示す新たな戦略だ。1つめの波が、PC事業を中心とした「働き方改革とライフスタイル提案」、2つめの波は、サーバー、モバイル事業による「業務、生活へのインフラ提供」、そして、3つめの波が、Device+Cloudによる「イノベーションの共創」であり、これらの領域にレノボはリソースを集中させ、成長戦略を描くことになる。

 レノボ・ジャパンおよびNECパーソナルコンピュータの社長を務める留目真伸氏は、「レノボが目指す、豊かで、安全で、自由な世界を実現する姿勢は、これまでとは変わらない。また、パーソナルコンピューティングを追求していくという姿勢も変わらない。だが、その領域をさらに広げていくための新たな戦略が、3-Wave Strategyである」とする。

 留目社長に、3-Wave Strategyを軸に、レノボ・ジャパン、MECパーソナルコンピュータの今後の取り組みについて聞いた。

PC、タブレットを軸としたWave1

--レノボが打ち出した「3-Wave Strategy」の狙いとはなんでしょうか。

留目 レノボは、「豊かで、安全で、自由な世界」を目指すという姿勢はこれまでと変わりません。また、日本で数年前から打ち出し、いまやグローバルでも使い始めた「パーソナルコンピューティングを追求していく企業である」というレノボの姿勢にも変化はありません。しかし、パーソナルコンピューティングの市場領域をさらに広げるための取り組みを考えたときに、必要となる新たな戦略が「3-Wave Strategy」ということになります。

レノボが打ち出した「3-Wave Strategy」

--3-Wave Strategyは、その名のとおりに、「3つの波」で戦略を表現するかたちになっていますね。

留目 1つめの波が、「PC事業を中心とした働き方改革とライフスタイル提案」です。ここでは、レノボの発祥事業であるPCと、今後の用途拡大が見込まれるタブレットによる提案を進めていきます。

 先頃、ブイキューブなどと発表したテレワークスペースを提案する「テレキューブ」も、働き方改革という観点からの提案であり、テレキューブに対して、レノボがPCを提供するという点で、Wave1のなかに含まれます。

テレワーク向けパーソナルコミュニケーションブース「テレキューブ」

 レノボは、PC市場において、国内および世界でナンバーワンシェアを維持する姿勢はこれまでと変わりませんし、この領域から収益をしっかりと確保するという基本戦略にも変更はありません。また、この分野でも新たな製品を次々と投入していくつもりです。

 働き方改革のなかでは、LTEを活用した「オールウェイズコネクテッドPC」といった動きも出てくるでしょうし、これによってPCのユーザビリティを大きく変えることもできると思います。また、タブレットも、これまでとは異なる活用提案ができると考えています。

 たとえば、日本交通との協業では、4,000台のタクシーにレノボのタブレットを搭載し、これを車内デジサルサイネージとして活用しています。また、デンソーとの協業では同社が新規事業として手がけている地域情報配信システム「ライフビジョン」に、レノボのタブレットを活用しています。

 これらの提案は、Wave1としての提案に留まらず、これからお話するWave2やWave3とも絡み合った提案になります。個人ユーザーが持ち運んで利用するといった用途だけではタブレット市場の広がりには限界がありますが、それ以外の用途提案を考えれば、まだまだ市場拡大のチャンスがあります。

 これまでは専用端末が利用されていた領域にも、タブレットを活用するといった動きも出てくるでしょう。そこにタブレットの広がりが期待できます。2017年8月からは、タブレットビジネスのリーダーに、デバイスとサービスの両方に経験を持つ人材を新たに迎え入れ、Wave3を視野に入れた展開を強化していくことになります。

NECパーソナルコンピュータのLAVIE Tab E

--3-Wave Strategyにおいて、レノボブランドのPCおよびタブレットと、NECブランドのPCおよびタブレットの位置づけには変化がありますか。

留目 そこに変化はありません。レノボのPCは、グローバルスケールを生かして開発、生産したデバイスになりますし、NECブランドのPCは、日本のユーザーのために、日本で企画、開発した製品という位置づけに変わりはありません。

 ただ、PCやタブレット以外の新たなデバイスにも、このポジショニングの考え方を広げる可能性はあります。たとえば、家庭内に設置するスマートスピーカーなども、日本の市場環境を反映したものを企画するといったことを考えていきたいですね。

--Wave1の領域では、富士通のPC事業との統合が遅れていますが。

留目 この点については、現時点では詳細をお話することができません。ただ、仮定の話ではありますが、この話は、Wave1だけの視点で捉えると成果は限定的ですが、Wave3の領域と組み合わせると、面白いことができそうだ、という感じはあります。

パーソナルコンピューティングを広げるWave3

--順を追って聞きたいところですが、先にWave3の話をお願いできますか(笑)。

留目 3つめの波は、「Device+Cloudによるイノベーションの共創」です。ここでは、デバイスとクラウドを活用することで、社会の大きな変革を実現していくことになります。

 パーソナルコンピューティングを追求していくと、単にデバイスを提供するだけでは広がりに限界が出てきます。その壁を超えるために、レノボが取り組むのがWave3です。ですから、見方を変えれば、PCやタブレットなどによるWave1の取り組みも、じつはWave3と密接に関わっていくことになります。

 Wave3における取り組みのひとつが、NECパーソナルコンピュータとキュレーションズが共同企画した「plusbenlly(プラスベンリー)」です(NEC PC、企業同士の横断的なIoT活用を可能にするバッグエンドサービス「plusbenlly」を試験導入参照)。これは、企業がIoTデバイスを活用したサービス提供を簡単に行うためのIoTイノベーションプラットフォームとなります。現時点ではベータ版を無償提供している段階ですが、年内には正式版をリリースする予定です。

 7月19日に行なった記者発表の時点では、このプラットフォームによるオープンイノベーションに賛同する企業が52社でしたが、その後、「ぜひ参加したい」という企業からの問い合わせが数多くあり、賛同企業はさらに増えていくことになります。

--ただ、ハードウェアメーカーであるレノボグループが、IoTプラットフォームを主導していくという点には、やはり違和感を覚えるのですが。

留目 基本的な考え方は、プラスベンリーがゴールではないという点です。繰り返しになりますが、目的はパーソナルコンピューティングの世界を広げていくという点にあります。

 ただ、日本において、パーソナルコンピューティングを実現したいと考えたり、それをドライブしようとすると、いくつもの課題に直面したり、それを背景にフラストレーションを感じることが多いのです。

 たとえば、Makersと呼ばれるハードウェアのスタートアップ企業が、いい製品を開発して、これを活用すればスマートホームが大きく進展できると思っても、それを企業がすぐに採用したり、個人ユーザーがそれを買いに行ったりということは、日本ではなかなか起きません。

 結果として、事業として成立しにくい状況が生まれてしまうのです。これは、ハードメーカーであるレノボにとっても同じことです。海外では幅広い製品ポートフォリオがありますし、さらに新たなデバイスも相次いで開発しています。

 しかし、これを日本に持ってきても、いまのままではビジネスにつながらずに失敗することになりかねない。PCやタブレットといったデバイスだけでなく、新たなIoTデバイスのビジネスを拡大するためにも、それをドライブできる環境を作っておく必要があるのです。

 私は数年前に、家庭におけるPCの利用環境は約20年前とまったく変わっていないと指摘しましたが、それはいまでも同じです。これはコマーシャル分野でも同様で、新たなサービスが創出されにくかったり、事業化につながらなかったりといった「壁」が、日本の市場には数多く存在しています。

 レノボが目指すパーソナルコンピューティングの世界をたぐり寄せるためにも、プラスベンリーは必要な取り組みだといえます。

プラスベンリーの全体像

--プラスベンリーは、直接的な収益につながるのですか。

留目 いえ、プラスベンリーそのものは、利益を生むものではありません。そのうえで、多くの企業とパートナーシップを組むことで、新たなビジネスを創造し、そこにレノボ・ジャパンやNECパーソナルコンピュータが持つ、新たなデバイスやサービスなどを提案していくことになります。レノボは、ハードウェアを開発し、提供するという基本姿勢は変えません。

--一方で、プラスベンリーは、日本固有のIoTプラットフォームになりますね。グローバルカンパニーのレノボが、なぜ日本固有のIoTプラットフォームを推進しているのですか。

留目 これは、私がレノボの好きなところでもあり、大きな特徴ともいえる部分なのですが、グローバルの視点でやるべきところと、ローカルの視点で行なうべきところをしっかりと見極め、ローカルでやるべきところは、ローカルに任せるという風土が定着しています。

 NECパーソナルコンピュータによるPC事業がその最たるものです。これは全世界共通の考え方であり、だからこそ、レノボは、先進国でも、新興国でも成長を遂げることができています。

 いまお話したようなプラスベンリーをはじめとするWave3の領域は、グローバルモデルに統一されるという世界ではなく、むしろ、国や地域ごとに、異なるエコシステムが構築されることになります。言い換えれば、プラスベンリーのように地域ごとに最適化したIoTプラットフォームとエコシステムによって、新たなビジネスを創出することが大切だということです。

 プラスベンリーでは、すでに、ダイワリビングマネジメントや積水ハウスが、スマートホームのプロジェクトのなかで採用することが決定していますし、これ以外にもスマートホームのプロジェクトがいくつか動いています。こうした地域固有のビジネスへの投資は、各ビジネスユニットと地域軸の予算をもとに行なわれています。

--Wave3では、プラスベンリー以外にもどんなビジネスを想定していますか。

留目 たとえば、デバイスとクラウドサービスと組み合わせた提案も想定していますし、新たなサービスとの組み合わせも考えています。いまは業界の壁が崩れ始めていますから、そうした垣根を超えた協業も進めていきたいですね。

 体重計を例に取れば、最初は自分の体重を知ることに価値がありましたが、それがデバイスの技術進化によって、体脂肪まで測れるようになりました。しかし、人々が本当に必要なのは、ここで測った体重や体脂肪の数値を知ることではありません。それをもとに、健康的に過ごすことができるか、理想の体型になることができるか、常に精力的に活動できる体力を維持できるかといったことが重要なのです。

 つまり、デバイス単品を求めているわけではなく、それによってもたらされる価値を求めています。そのためには、業界の壁を超えた連携と、それによって実現されるサービスや新たなビジネスモデルが必要なのです。

 Wave3では、新たなビジネスの創出を目指します。レノボにとっては、まだまだ売上げへの貢献が少ない領域ですが、ここに投資していくことが、将来のレノボの成長につながります。一方で、新たなデバイスも投入していくことになります。

--Wave3における新たなデバイスとはどんなものになりますか。

留目 すでに海外で発表しているARヘッドセットは、日本市場向けにも今年度中に投入することになります(ジェダイになれるARゲームをDisneyとLenovoが発表参照)。

 さらに、これまでのデスクトップPCやノートPCとは異なるパーソナルコンピューティングを実現するための新たなデバイスも投入する予定です。これは、これまでにレノボグループがローンチしたことがないようなカテゴリの製品になります。投入は来年度以降になりますね。

--新たなカテゴリの製品は、レノボブランドで投入するものですか、それともNECブランドで投入するものになりますか。

留目 その点もいま検討しているところです。

--7月に、米国で開催されたレノボ・テックワールドカンファレンスで公開された折り畳めるタブレットの日本での投入はありますか?

留目 これは、まだプロトタイプの段階ですから、市場投入の時期については未定です。

日本でのスマホ事業に手応えを掴むWave2

--順序が逆になりましたが、Wave2の狙いはなんでしょうか。

留目 2つめの波は、「サーバー、モバイル事業による業務、生活へのインフラ提供」となります。

 サーバー事業は、レノボ・エンタープライズ・ソリューションが、全世界のデータセンターグループのなかで展開していくことになりますが、同グループでは、本社および日本市場においてもリーダーが代わり、新たなブランドで新たな製品を展開することになります。

 これまでは、IBMからサーバー事業を買収して以降、レノボとしてのデータセンター事業体制を固めることを優先し、同時に、パートナーや顧客に対しては、「なにも変わらない」というメッセージを打ち出し、まずは安心感を提供してきました。

 しかし、今後はテクノロジも変化していきますし、HCI(ハイパーコンバージドインフラストラクチャ)といった新たな製品も積極的に投入していきます。レノボのデータセンター事業が、第2フェーズへと入っていくタイミングであり、そこで新たなリーダーシップとブランド、製品を投入していくことになります。

 モバイルについては、モトローラ・モビリティにより、1年前に日本市場に再参入しましたが、洗練されたデザインの製品をラインナップしたり、日本の市場性にあった製品を投入したり、さらにはキャリアとの関係構築を進めたり、といった成果があがっています。いい手応えを感じているところです。

 あとはビジネスデペロップメント次第ですね。また、モバイル事業を日本で開始したことにより、キャリアとの関係を強化できました。この関係は、今後、PCやタブレットにLTEを搭載した製品を投入するという点でも、プラスになると考えています。

Moto Z Play

--本社では、AIへの取り組みを強化する姿勢を見せていますが、日本におけるAIの取り組みはどうなりますか。

留目 この点に関しては、日本においては、まだ検討段階です。AIの技術を活用したサービスの提供というよりも、まずはAIの活用のためにサーバーを提案するといったビジネスが最初の取り組みになると思いますが、現時点で、それに向けて具体的なマーケティング戦略を立案している段階にはありません。

 今後、レノボが、グローバルで、どんな形でAIに取り組んでいくのかということを捉えながら、日本での展開を検討していきます。