レビュー

“物理”デュアルアクションキーボード「Hesper64(100)」を約3週間使った結果

 新興メーカーNicsの「Hesper64(100)」は、世界初の“デュアルアクション”をうたうロープロファイルのキーボードだ。現在公式サイトで販売されており、価格は2,169香港ドル(約4万4,000円)で販売されている。

 Hesper64(100)は2025年4月に予告され、7月にKickstarterでクラウドファンディングを実施、そして11月にもクラウドファンディング分を出荷したロープロファイルキーボードだ。最大の特徴は、1つのキーで2つの動作を実現する“デュアルアクション”である。

 これまで磁気センサーや静電容量式でも、押下の深さを検出できるという特性を生かしてデュアルアクションを実現した製品があった。しかしこれらでは、ユーザーがキーを押す深さを繊細に調整する必要があったのがネックだ。

 たとえば押下圧的に一般的な50gのキーボードでデュアルアクションを実現しようとすると、30gと50gを押し分けなければならないわけだが、その20gの違いのタッチを考えながら操作するのは結構神経を使う(余談だが、ピアノの音の強弱は押下圧ではなく押下速度に決定されるので、軽く弾く感覚とはまったく違う)。

 そこで本製品は、そうした繊細な操作が不要となるように、物理的に2つに分かれたキーを1つのキーのスペース(と形状)に収める、というアプローチを採った。具体的には、一部キーにおいて、上約3分の1(以下、Upper Keyと呼ぶ)と下約3分の2(Lower Key)の2つに分割して、物理的に異なる動作をするスイッチを採用している。

一部のキーがUpper KeyとLower Keyに分割されており、1キーのスペースで2つの機能を実現

 当初、筆者は公式写真で4分の1と4分の3程度に分割しているのかと思われたが、実機で計測したところ、キートップ全体の奥行きが16.5mmであるのに対して、Upper Keyは6mmもあり約3分の1程度を占めた(36.3%)。

 ではこのUpper Keyのスイッチの具体的な構造は?という疑問は当然生まれるのだが、同社のホームページでは完全に秘密にされており参照することができない。キートップを交換するページでも、接点部分にぼかしが入れてあるという徹底した秘密主義っぷりだ。

 だが実物では確認できるのでここに載せておこう。キースイッチハウジングの下部は、一般的なCherry MXキースイッチと同様に2つの接点を持ち、メカニカルスイッチとして機能する。一方ハウジングの上部はスルーホールとなっており、ここにUpper Keyのキーキャップの支柱が貫通。その支柱の下に導電ゴムがあり、プリント基板上の回路のオン/オフを行なう、という仕組み。つまり、Lower Keyはメカニカルだが、Upper Keyはメンブレンに近い構造なのだ。

Upper Keyは2つの導電ゴムによる2つの接点の導通で反応するようだ。Lower Keyは普通のメカニカル
改めて別の角度から確認してみる

 よって、本製品はあくまでも“2つのキーが1つに見えるだけ”で、スイッチまで独立した2つのキーであって1キー1アクションなのだから、“デュアルアクション”とはいいがたいのが正直なところ。せいぜい「1つのキースペースでデュアルアクション」といったところだろうか。

 しかし、ほかのデュアルアクション対応キーボードよりもとっつきやすく、そこまで繊細な操作を求めずに、ほぼ同じ位置で2つの機能を実現できるというのも確かではある。

結局、デュアルアクションによる誤入力が多かったのかも?

製品パッケージ

 実は、Nicsから結構早い段階で本機からレビューの打診が来ており、しかも11月辺りから、すでに出資者は入手できていると思うのだが、実際にサンプルが送られて届いたのは12月末だった。年末の物流の大遅延に直撃したというのもあるのだが、クラウドファンディング分の出荷後、多くのユーザーからフィードバックがあり、アップデートをして製品版に近い状態で試してもらいたかったようだ。

 その最大の“アップデート”とは、ファームウェアV1.0.7のことだ。V1.0.7では、Lower Keyが入力されているタイミングUpper Keyを無効にする機能(Ctrl+Jで有効/無効化)、そしてUpper Keyをそもそも無効にする機能(Fn+Hで有効/無効化)が実装されたのだ。

 その理由について明らかにしていないのだが、つまるところ当初このUpper Keyの誤反応のフィードバックが多かった、という辺りだろう。

 なぜそのような事態が起きてしまったのか、ここで再度仕様を確認しておこう。

  • Upper Key: リニアタイプ、押下圧は45±10gf、ストロークは3.5±0.3mm、スプリング長10mm。アクチュエーションポイント非公開
  • Lower Key: リニアタイプ、押下圧は40±10gf、ストロークは2.8±0.2mm、スプリング長15mm。アクチュエーションポイントは1.7±0.3mm
公式の模式図。Upper KeyとLower Keyのストロークの違いによって誤入力を抑えるというものだ

 ここでの注目点は「Upper KeyのストロークはLower Keyより平均0.7mm深く、なおかつLower Keyのアクチュエーションポイントは1.7mmと浅く設定されている」ところだ。Upper Keyのアクチュエーションポイントの記載はないのだが、先述の通りメンブレンで、底打ちしないと反応しない仕様なので、実質3.5mmだと考えられる、よってアクチュエーションポイントの差は1.8mmといったところだ。

 つまり、「物理的にUpper KeyとLower Keyのストロークが0.7mm異なり、アクチュエーションポイントも1.8mm違えば、Lower Key入力時のUpper Keyの誤入力が抑えられる」という物理的な目論見を前提としたのが、Hesper64(100)の設計というわけだ。ところが現実はそう事うまくことは運ばなかったようである。

 実際にUpper KeyとLower Keyを同時に押下してみると分かるが、確かにキーを外した状態では段差が生じたのだが、実際に装着した状態だと、0.7mm違うどころか表面はほぼツライチになってしまう。これでは当初の設計思想がうまく働かず、誤入力につながってしまうのも無理もない……わけだ。

本来の設計としては、Upper KeyはLower Keyよりもストロークが深く設定されているため誤入力が発生しにくい、というもの。キー単体では確かにこの設計思想が反映されている
ところが実際に本体に装着すると、ツライチになってしまう。それどころか、Upper Keyのほうが高い状況も。おそらくUpper Keyの2つの支柱長が、設計より長くなってしまったのだろう

 そこで代わりに考案されたのが、Lower Keyのアクチュエーションポイントの浅さを利用したCtrl+Jで有効化できる機能で、先にLower Keyの入力を検出してUpper Keyを無効化すれば誤入力を抑えられる、というわけだ。

 実際に筆者が試してみたところ、確かにこの機能抜きでは誤入力が多発してしまったが、有効にしたところあっさり解消できた。結局のところ、優れたハードウェア設計にはソフトウェアも欠かせなかった、といったところである。

で、肝心な話、使いやすいのか

 物理的な誤入力防止の構想こそ中途半端に終わってしまったが、そもそもHesper64(100)は実用的なデュアルアクションキーボードなのか?という点について述べたい。

 本機の要となるデュアルアクションが割り当てられるキーは、標準では「BackSpace」を除く数字の列すべてと、「Q」「W」「E」「R」「A」「S」「D」「F」「Z」「X」「C」「V」の各キー、そして「I」「O」「P」「K」「L」「;」「,」「.」「/」「右Alt」「Fn」の36キーについている。それ以外でLower Key含めて64キーあるので、それが製品名の由来になっているわけだ。

標準のレイアウト。左手のほうがデュアルアクションキーが多い

 キーの押し心地だが、Lower Keyおよび(Upper Keyがついていない)通常のキーはメカニカルだけあってすこぶる快適だ。というか、筆者的に所持しているキーボードの中では最高クラスだった。

 軽快なリニア軸はもとより、ガタツキの少なさ、タイプした時のスムーズさ、底打ち感、タイピング音、ストロークのいずれをとっても満点クラス。音をあえてチューニングしている印象なので静音派には向かないが、マイルドでいかにもメカニカルな音は実に心地よい。まあ、4万円以上する高級キーボードなので当然だが……。

底面には銘板も。デザインにこだわっている
脚は1段階のチルトのみ。基本的に使ったほうが良いと思う

 一方Upper Keyはというと、押し始めや途中で若干“つまずく”こと“も”ある印象。初の機構ということもあって、製造における難易度の高さは重々承知しているのだが、Lower Keyの圧倒的な快適性を体験した後に改めて押すと、ちょっと残念に思える。ここは改善の余地ありだ。

 そして(Upper Key付きの)Lower Keyキーは、やはりというかなんというか、サイズが小さくなっているため、押す際に注意しないとUpper Keyに当たってしまう。先述の通り、誤入力自体は防げるのだが、当たってしまうことは防げない。UpperとLowerで押下感触が異なるため、同時に押すとギクシャクして、特に高速で入力する際には気になってしまう。

 ただ、これはキーおよびユーザーのクセによるところが大きい。たとえば筆者の場合、左手では特にDキーはUpper Keyを押してしまいがちだった。また、Q/A/Z列は左手の小指ではなく薬指で押すクセもあるので、Aのやや右上を押しがちでUpper Keyに当たってしまう。一方でQはLower Keyの位置がしっくりきて、Upper Keyによる誤入力は発生しなかった。

 同じように、右手では「,」(日本語で読点)と「.」(句点)を打つときはいずれも人差し指で打つクセがある。これは句点を入力したら変換せずにすぐにEnterで確定してしまうため。そして、Enterの小指を優先して置くと自然に人差し指が,と.のUpper Keyのところに伸びてしまうのだ。

 上記は筆者特有のクセなので、該当しない方も多いとは思うだが、それでも手の形状や指の太さ、使い方次第ではUpper Keyの存在が気になってくるところがどうしても発生してしまうのではないだろうか。

 また、Lower Key押下後、指を離す時にUpper Keyに爪が“引っかかる”点も気になった(爪が伸びているとなおさら)。これは、Upper Keyでは下端がサイドウォールに囲まれておらず、押下時に爪を挟む隙間ができてしまうため。もしかしたら、構造的に難しかったのかもしれないが、惜しいポイントである。

 幸いなことに、本製品のキーはホットスワップによるカスタマイズが可能で、数字キーの列を除き、すべて1キーだけにすることが可能だ。つまり、誤入力を誘発しやすいところはUpper Keyキーを排除することができるわけである。1キーでも減らしてしまったら“Hesper64(99)”になってしまうが、救済手段が用意されている点はありがたい。

キーの交換では、まず付属のキープラーでLower Keyだけを先に外す。ちなみにUpper Keyのキーキャップは外れるには外れるのだが、バネが入っているため勢いでどっかに飛んでしまう可能性が大なので注意
続いてキープラーの逆側でスイッチを外す
付属の交換用キー。ちなみにデフォルトで装着されている位置以外もキースイッチは交換できるが、デュアルアクションは非搭載(Upper Keyの接点がない)

 配列は英語配列のみだが、キーを絞っている関係で、「Del」キーがカーソルキーの右上にある、「ESC」キーと「`」が逆といったちなみに各キーの機能の割当は、Webベースの「VIA」から行なえる。公式サイトの専用のプロファイルをダウンロードして、デザインをアップロードすると設定できるキーが増えるので、そこで設定する感じだ。

汎用のキーボードカスマイズ用Webユーティリティ「VIA」を介してボタンの割当などが可能

 キーのバックライトについては、BackSpaceの上にある真鍮製のボタンを押すと切り替えられるほか、VIAを介して細かく調整できる。ただし光が半透過するのはUpper Keyのみ。Lower Keyはちょっと明るくなる程度で、文字が識別できるようになるわけではない点が残念だ。

真鍮製のボタンを押下するとLEDバックライトの光らせ方を変更可能。なお、VIAソフトウェア上でも行なえる
Upper Keyは透過型なのでバックライトでキートップを視認しやすいが、Lower Keyはほぼ視認できない

 また、接続方式は専用の無線かUSB Type-C有線、Bluetoothとなるが、これは背面の切替スイッチで行なうので説明不要だろう。

Hesper64(100)の未来に期待したい

 このように、Hesper64(100)は「60%キーボード相当のスペースで、100キーの機能が実現できる」ことを目指したユニークな製品だ。ずばり元も子もないことをいってしまうと「それはFnキーなどとのコンビネーションでできるじゃん」だが、特に片手が塞がっている状態だと押しにくいコンビネーションもあるだろう。そういうシチュエーションでこそ生きるのだ。

 確かに現時点で、まださまざまな課題が残る。当初の設計構想がうまく機能していないのはまあ……といったところだが、印字がかすれやすく、LEDバックライトをさほど透過せず、成形も若干ばらつきがあるLower Keyのキーキャップ、そして爪が若干引っかかるUpper Keyの下部の形状などだ。

 辛口の評価となってしまったが、全体のシャーシの仕上げや、優れた全体のデザイン、こだわりが感じられるLower Keyのタイピング感など、キーボードの基本部分はしっかり押さえているうえ、これまでにないコンセプトでコンパクトさと多機能さ、デザインを高く目指すチャレンジ精神は高く評価したい。より完成度を高めた次期モデルに期待がかかるので、この使い方に慣れるためにも、筆者はしばらくデスクの上でメインに据えようと思っている。