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【本日公開】映画『STAND BY ME ドラえもん』制作の舞台裏
~『ドラえもん』がフル3D CGに
(2014/8/8 00:00)
『ドラえもん』史上初の3D CG化映画『STAND BY ME ドラえもん』が8月8日、公開される。今回、デル株式会社の協力により、映画を制作した株式会社白組を訪ね、舞台裏を取材することができた。取材に応じてくれたのは、映画監督を務めた八木竜一氏、アートディレクター 花房真氏、そしてCGスーパーバイザーの鈴木健之氏の3名だ。
映像業界に詳しくない読者のために白組の歴史を振り返っておこう。白組は1974年に創立し、アニメーションやスペシャルエフェクトを制作していた。40年前の創立当時は、コンピュータを用いた映像作成手法がなかったため、プラモデルのようなセットを制作し、そのセットで実際に撮影を行なう、いわゆる特撮が専門の会社だった。
「創立から17年目となる1991年、海外では『ターミネーター2』が上映され、コンピュータグラフィックスを用いた特殊効果が世間に知られることとなりました。白組のオフィスにもMacintoshが導入され、コンピュータを用いた静止画の特殊効果を実現できるようになりました。その後高性能のワークステーションが導入されましたが、それでも人間の3Dモデルは難しかった」と花房氏は振り返る。
その2年後となる1993年には、『ジュラシック・パーク』のような3D CGモデルを活用した映画が登場。「コンピュータの性能の進化は、映像のクオリティの進化に直結しています。ポリゴンだけでなくテクスチャが貼れるようになってから、我々もようやく3D CGムービー制作に携わるようになりました」。
しかし白組はハリウッドスタジオの様な大人数のスタジオではないため、制作リソースが限られており、当時は長編映画ではなく、ゲームのオープニングムービーやTVCMなど、比較的短い作品を手がけることが多かった。実際に手がけた作品は、同社のホームページで参照されたいが、ゲームの有名なタイトルとしては「ソウルキャリバーIII」や「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」、“そんな装備で大丈夫か”、“大丈夫だ、問題ない”のフレーズで一世を風靡した「El Shaddai:ASCENSION OF THE METATRON」などがある。
ゲームムービーを多く手がけていたが、「映画もやりたくなった」というのが、事の始まり。「社長も前から、社内で映画を作ろうという熱い思いはあった。それを初めて実現したのが、2011年に公開した『friends もののけ島のナキ』でした。今回の『STAND BY ME ドラえもん』はそれに続く、3D CG映画の第2弾です」と八木氏は説明する。
実制作の半分は素材の準備、残りはレンダリングの時間
『STAND BY ME ドラえもん』の製作期間について八木氏は、「構想から4年、そのうち制作に3年間かかりました。3Dの『ドラえもん』をやろうと企画して、版権元に企画書を持って行ったところ、『こんなに『ドラえもん』に愛があるプロットは初めてです。大歓迎ですよ、ぜひやって下さい』と言われました。それがスタートでしたね」と振り返る。
実制作期間のうち最初の1年半は、映画に出てくる“素材”の準備だったという。“素材”とは、映画『ドラえもん』に出てくるキャラクター、ひみつの道具、そしてのび太君の家のセットや、町並みなどの背景である。
「最初はまずとにかく登場する人物や物を作って行くんです。それが制作の大半です。それと平行してシナリオの制作や絵コンテ、物のレイアウトなどを決めていきます。素材が完成すると同時に、ほぼカットが決まっているので、素材を組み合わせてシーンを作って行きます」(花房氏)。
「各シーンでは、まずキャラクターの骨組みのような単純なモデルを用いて、動きなどを作り込んで行きます、それから最終的にレンダリングを行なう段階で実際のモデルと差し替えていくんです」と説明する。
実際のモデルと差し替えた後、いよいよレンダリングが始まるわけだが、白組では数百台のマシンを用いて、CPUでレンダリングを行なっているという。レンダリングにかかる時間は、今回の『ドラえもん』ではまだすべては計測していないそうだが、鈴木氏によれば「前回の『friends もののけ島のナキ』では1フレームあたり約12分を想定して制作していました。『ドラえもん』では1枚あたり1時間なんというのはよくありますよ。タイムマシンが手前に迫ってくるような、非常に重いシーンでは、1フレームあたり6時間かかりましたね」という。
ちなみに、『STAND BY ME ドラえもん』は約1時間30分の映画なわけだが、全編を通して約12万フレーム存在する。実際1カットで10枚のフレームを合成することもあるので、おおよそ120万フレーム近くレンダリングしているという。さらに、最終レンダリング結果が思うように行かなかった場合、当然リトライするので、実際にレンダリングされたフレーム数は半端ではない。
白組では3D CG制作ソフトに一貫してAutodeskの「3ds Max」を採用しているが、導入しているPCのスペックの向上や、3ds Maxへの統一によるスタッフの操作の慣れなどにより、以前と同じ限られた時間でも、より質の高い3D CGが制作できるようになっているという。
モデルと質感にこだわりぬいた
今回の制作において、花房氏はとにかく、登場する素材1つ1つの質感にこだわりぬいた。
「ひみつの道具がありますよね。ひみつの道具は未来の道具なので、現代には存在しない素材でできているのかも知れません。だから未来の素材の質感はどういうものなのか、花房氏はものすごく考えたんですよ」とは八木氏は語る。「スタッフはよく花房さんのところに行って、現代の素材を見せて『こんな感じですか?』って聞いてましたよね。それで『違う違う、もうちょっと透明感があって……』って指示してました」。
ツルツルで映り込みがたくさんあるような素材から、半分だけ透けているような素材まで、未来の素材をいろいろ考察した。「サブサーフェイス・スキャタリングという技術があって、ちょっと透けているようなゴムみたいな質感を実現できます。割合と最近に出来た新しい技術なんですが、これを多用しました。結果的に、1フレームのレンダリングに6時間かかってしまったんですが(笑)」と花房氏。それだけ、花房氏は“未来感がある素材”の表現にこだわったのだ。
また、ひみつの道具の“リアルっぽさ”を再現するのも大変だったという。単純に3D CGで作った“ピカピカの新品の道具”ではイマイチリアルさに欠けるが、かと言って汚しやキズを多数入れてしまうと、“未来から来た新しさ”が失われてしまう。だから、リアルな質感を実現するのに苦労を重ねた。
「映り込みの質感がある道具も登場しますが、「ドラえもん」の鼻や鈴なども映り込みがあります。そこに映り込んでいるキャラクターや物は、カメラの中に入っていなくても、動いている必要がありますね。そうでないと不自然ですからね。だから映り込みが多い素材を使う時は、被写体以外のモデルの動きに特に注意しました」と花房氏は語った。
加えて、ひみつの道具のみならず「ドラえもん」自身の“質感”も重要であった。「ドラえもん」自身も未来からやってきた“ロボット”だからだ。「未来の家電メーカーがロボットを作ったら、こういう素材でできているんだろうと想像しました。「ドラえもん」の素材に、指紋ぐらいは付くでしょう、とも考えました。普通の観客はそんなもの見ようともしないし、気にしていないかもしれませんが、「ドラえもん」の頭とかよく見ると、実はのび太君の指紋でいっぱいですよ」と、花房氏はこだわりを見せる。
また「未来の家電メーカーが「ドラえもん」を作る際に、こういうところにパーツを付けるんだよね、と考えながらモデリングしていきました。実は最初の設定では、口の中にスピーカーの穴があったり、耳が取れてしまった痕があったりしましたよ」と制作秘話も語ってくれた。テクスチャの材質感とポリゴンによるモデリング、とことんこだわっているのだ。
究極のモデリングとテクスチャ、そして物理演算
鈴木氏によれば、今回の『STAND BY ME ドラえもん』に登場する「ドラえもん」は、29万ポリゴン。のび太君は85万ポリゴンで構成されている。テクスチャ数はのび太君で61枚だという。
ここまでは“なんとなく家のハイエンドGPUでもレンダリングできそうかな~”と思われる数字であるが、のび太君たちがよく遊ぶ空き地は、1,400万ポリゴンで構成されている。そして周囲に民家などがあるので、背景のみで平均3,500万ポリゴン。登場キャラクターを含めれば、1シーンあたり4,000万ポリゴンとなる。
また、テクスチャも半端ではない。先述の通りのび太くんは61枚のテクスチャで構成されているが、各テクスチャの解像度は4Kサイズのものもある。花房氏は「2K(フルHD)の映画なのに4Kのテクスチャを使うなんて変だと思われるかも知れませんが、目をものすごく大きく拡大しても耐えうる品質を維持するためには、4Kサイズのテクスチャが必要でした。また、今回は映画用のポスターなどでもそのまま出力できる品質を維持しました」と語る。
しかしあまりにもこだわった結果、タケコプターで空を飛んでいるシーンなど、ものすごく重くなってしまったという。こういったシーンでは見えない部分や遠くの風景を簡易モデルに差し替えるなど、地道な作業で軽量化していった。それでも、レンダリング処理を投げた後、結果が帰ってくるまで、1週間かかってしまったという。
最新の3D技術も駆使しており、例えば光が物に反射して、さらに別の物の上に当たる効果を出すグローバルイルミネーション、そして髪の毛1本1本、洋服のシワ1つ1つまで作りこんで、物理演算させるようにしたという。
八木氏は「『friends もののけ島のナキ』の時は、登場キャラクター全員がノースリーブで、洋服も硬そうな素材でできていました。あれは演算量を減らすためでした。でも『ドラえもん』の世界ではそうは行きませんので、すべてをしっかり作りこみました。特に髪の毛1本1本まで再現するのは、今回特にチャレンジしたかったことでした」と話す。
しかし、リアルな物理演算によって『ドラえもん』の世界観が乱れないように配慮した。例えばタケコプターで空を飛んでいる時、本来のび太君の髪の毛はオールバックになってしまう。またジャンプする時や走る時も、髪の毛が必要以上に雑になってしまう。つまり“ある程度物理シミュレーションを効かせながら、自然な感じに仕上げる”ことにこだわったのだ。
「映画を観る人は、そのストーリーを観るわけですから、洋服のシワや髪の毛の動きなんというのはいちいち気にしないでしょう。というか、むしろストーリーに集中して欲しいので、そんなところを気にしてほしくないんです。すごい技術を注ぎ込んで無駄に凝っているんですが、それは世界観との不自然さが気にならないように配慮しただけなんですよ」と花房氏は言う。
制作を支えたデルのワークステーション
ここまでとことんこだわった、芸術の領域とも言える3D CGだが、その制作の下支えとなったのが、デルのワークステーション製品であった。
『STAND BY ME ドラえもん』の制作には、デルのワークステーション「Precision T7600」が6台利用された。導入期間は2012年11月から2013年の2月。主な仕様としては、CPUにXeon E5-2665(Sandy Bridge-EP/8コア/2.6GHz/L3キャッシュ20MB)、メモリ64GB、500GB HDD(7,200rpm)、OSにWindows 7 Professional(64bit)などを搭載している。
鈴木氏は、「当初はPrecision T5500を利用していたんですが、制作の中でスペックを強化していきました。最終的に合成のチームはPrecision T7600を、レンダリングには同じくデルのOptiPlexシリーズを多数利用しました」と説明する。
「『friends もののけ島のナキ』制作当初はメモリが6GBしかなく、映像表現に制限がありました。そこでもっとメモリを多くしたいという要望があり、今回は32GB以上という予算的にかなり無茶をしたので、当時と比較すればかなり余裕がありました。しかし、空から見た町などでは、結果的にスペックをギリギリまで使った映像となってしまいました。もっと多くて、もっと高速でもいいぐらいですね」と振り返る。
Precisionシリーズを選定した理由としては、筐体のメンテナンスがしやすく、パーツの換装や追加が容易。そしてRAIDカードを筐体内に搭載し、HDDを複数台搭載してRAID環境を構築できるため。「プロジェクトによっては席替えや移動があるのですが、外付けでRAIDを構築するのは移動の際に煩雑になりやすい」(鈴木氏)という。
また、白組では1つの映画の制作が終えるまで、環境を統一するために、基本的にはOSやアプリケーションの入れ替えなどを行なわない。デルの保守とは4年間契約したが、「サポートにお世話になったことはほぼないぐらい、トラブルフリーでした。まあ、当たり前なんですけどね」と花房氏は笑う。
ちなみに、今後の作品でも積極的によりハイエンドなワークステーションの導入を検討している。
『STAND BY ME ドラえもん』で白組の本気を観て欲しい
八木氏や花房氏が言う通り、映画の本来の目的は観客にストーリーを伝えることである。「髪の毛がフサフサ揺れる」や「洋服のシワが風に靡く」といった物理演算から、「映り込みまでを考慮したフレーム外の作り込み」「指紋が付くドラえもんの構築素材」、さらには「80万ポリゴンのドラえもん」、「4Kテクスチャののび太君」、そして「グローバルイルミネーションを駆使した柔らかい光」や「サブサーフェイス・スキャタリングを利用した半透明効果」などの技術は補佐であり、スクリーンに映し出される感動的なストーリーこそが重要なのだ。
しかし、こうした表現でリアルさを再現しているからこそ、観客はストーリーにすんなりのめり込めることを忘れないで欲しい。映画館に足を運んでもらって、映画を見終えた時に、PC的な視点で映画を振り返ってみて欲しい。そこには4年間の白組のスタッフの熱意と苦労がいっぱい詰まっている。