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あの人(メーカー)は今……懐かしのキューブ型PCで人気を呼んだ「Shuttle」。実は超ミニPCを作って元気にしていた!

左は2007年に発売されたIntel G33チップセット搭載の「SG33G5」。右は現在法人向けに展開しているファンレス金属筐体の小型PC

 巷で大人気の「ミニPC」。技術の進化に伴い、昔では考えられないほどの性能が小型筐体に詰め込まれているため、多くのデスクトップPC派ユーザーの支持を集めている。

 とはいえ、昔から小型サイズのPCは人気がある。2000年前後、当時は一般的だったミニタワーケースやミドルタワーケースよりもはるかに小さく、コロッとしてかわいらしいデザインを採用する“キューブ型PC”を武器にしていたのが「Shuttle」だ。

 自作PCの黎明期を過ごした方であれば、同社のベアボーンPCを、一度は検討したことがあるのではないだろうか?実は筆者もその一人だ。近年は新製品やメディアでの露出を見かけなくなったこともあり、その動向をつかみにくくなっていたが、ちゃんと企業活動をしているのだ。ちなみにShuttleの本社は台湾にある。

 しかし、なぜShuttleはいつの間にかキューブ型PCの新製品を出さなくなってしまったのか?PCI Express x16スロットが使えるなど、同社のキューブPCは小さいながらもそれなりの拡張性を備えており、今でも通用しそうではあるが……。

 そこで今回は、日本Shuttleの最高業務執行責任者である伊藤賢氏にインタビューを実施。なぜキューブ型PCを見かけなくなったのか、自作PC市場の熱狂から衰退への流れ、そして現在のShuttleなどについて語ってもらった。

キューブ型PC市場を切り開いたパイオニア「Shuttle」

――Shuttleと言えば、キューブ型のベアボーンPCのイメージが強いです。

日本Shuttleの最高業務執行責任者である伊藤賢氏

伊藤氏(以下敬称略) Shuttleが一番強かった時期というと、やはり2002年くらいの自作PCの黄金期ですね。その当時、PCと言えばメーカー製PCも含めてミドルタワーやミニタワー、フルタワーなど、大型ケースを採用するモデルが主流でした。

 そういった市場に、奥行き30cm前後、高さも20cm前後というコンパクトなキューブ型PCで切り込んだわけです。また普通のデスクトップPC向けのパーツが利用できるので、小型でもちゃんと使えるメインPCが作れる。このインパクトは大きかったんだと思います。

SH570R8
2022年と比較的新しい「SH570R8」。Intel H570チップセットを搭載し、第11世代Coreプロセッサに対応する
500Wの電源を搭載
3.5インチベイを4基搭載。基板上にはM.2 2280と2230が1基ずつある
CPUから直接背面に排気するファン一体型のクーラー

――ただ近年は、秋葉原のパーツショップでもShuttleのベアボーンPCを見かけなくなりました。

伊藤 後でお話しますが、現在は法人向けにシフトしていることもあって、秋葉原のパーツショップ店頭にShuttleの製品が並ぶことはまずありません。ただ、問い合わせていただければ製品を購入することは可能なので、欲しい方は弊社フォームのほうからご連絡ください。少ないですがキューブ型PCの在庫はあります。

 世代交代を強く感じたのは、2012年に発表されたIntelのNUC(Next Unit of Compute)プラットフォーム対応の超小型PCです。当時もMini-ITXプラットフォームなど、いわゆる小型PCを作れるプラットフォームは存在しており、Shuttleのキューブ型PCも同じようなサイズ感の小型PCとして扱われていました。しかしNUCは、そうした従来の小型PCの概念を過去のものにしました。

Intel製のNUC(Next Unit of Compute)

 ユーザーさんやショップの店員さんから「NUCみたいなもっと小さいのが欲しい」と言われたこともあり、当時もいろいろ研究はしたのですが、最終的には主にコスト面から断念しました。この頃から秋葉原での扱いも減り、大体2016年以降にはショップの店頭で見ることはなくなったように思います。

キューブ型PCをチェックする伊藤氏

自作PCやベアボーンPCが二重の意味で熱かったあの頃

――では勢いがあったころについてですが、これまで販売してきたキューブ型PCの中で印象的だったモデルとどれでしょうか?

伊藤 そうですね、私の中で一番記憶の中に残っている物と言えば、2003年に発売した「SS56G」です。Socket 478のPentium 4に対応したモデルで、チップセットはSiS661FX/963Lです。Shuttleのラインナップの中でも比較的安かったこともあって、かなり売れました。このモデルを使っていたユーザーさんも多いんじゃないでしょうか?

SS56G
昔懐かしのSiSチップセットを採用した「SS56G」。Socket 478対応でPentium 4を搭載できた。2003年発売

 キューブ型PCらしいサイズ感と素材、質感など、今作るならちょっと難しいようなチャレンジもしていますし、露骨なコストダウンを感じさせないなど、良い時代だったなと思わせる作りです。フロントのアクリルパネルを取り外して好きなイラストを仕込んだり、LEDを組み込んだりしたモデルもあったようです。

コムポートやIEEE1394、eSATAなど懐かしいインターフェイスが並ぶ背面

 あと、ちょっと見てほしいのが内部の状況なんですが、見ての通りパンパンです(笑)。当時のストレージはパラレルATA接続で、しかも光学ドライブや3.5インチHDD、FDDなどドライブ類をフルに詰め込みました。またビデオカード以外にもTVキャプチャカードやサウンドカードなど、さまざまな拡張カードを組み込むユーザーが多かったこともあって、内部はかなり窮屈な状態でした。

拡張カードが刺さった状態。本体前面には2基のメモリスロットが見える
当時のHDDはパラレルATAが主流だったので、幅の広いパラレルATAケーブルを内部で配線しなければならなかった

 さらに発熱の大きさで多くのユーザーを悩ませた「Pentium D」シリーズが登場したこともあって、カバーを外して使うユーザーも珍しくなかったようです。またそうした発熱の大きさも影響して、夏場は電源ユニットの故障が増えました。

――熱で電源ユニットが壊れてしまうですか?

伊藤 キューブ型PCに組み込めるサイズの電源ユニットだと、今ほど変換効率に優れたモデルはなかったですし、先ほどもお話しした通り各パーツが発する熱もかなり大きかったわけです。結果として、オプションとして用意していた電源ユニットが飛ぶように売れました……。

 お恥ずかしい状況ではあったのですが、もちろんそんな状況を放置するわけにも行かないので、年々電源ユニットの品質を強化していくきっかけにもなりました。

――私はPentium Dシリーズの発熱が嫌で、ノートPC用のPentium Mが使える「SD11G5」(2005年発売)を使っていました。

伊藤 深夜に麻雀をしながら購入相談されたことを覚えています(笑)。これもいいモデルだったのですが、やはり当時は数が出ないのでコストダウンが難しく、後継モデルを出せませんでした。

SD11G5
Pentium Mに対応した「SD11G5」。質感の良い塗装とホワイトボディが美しかった。2005年発売

 そうそう、もう一つ記憶に残っているモデルがちょうどSD11Gと同じような時期に発売された「SG33G5」(2007年発売)です。発熱が大きく低下したCore 2シリーズに対応したモデルで、チップセットはIntel G33+ICH9DHです。光学ドライブのベゼル部分と前面パネルのデザインがマッチしないという問題を解決するため、前面に化粧カバーを設けました。またここには「HDMI」ロゴがあるのですが、それが格好いいと評判だったのも覚えています。高いライセンス料を払った甲斐がありました(笑)。

SG33G5
Core 2 Duoシリーズに対応した「SG33G5」。2007年発売

 SS56Gよりもちょっとだけ奥行きの長いシャーシを採用しており、内部は余裕があります。Shuttleのキューブ型PCではヒートパイプとアルミフィン、背面ファンを使ってCPUを冷却する「Integrated Cooling Engine Technology」(ICE Technology)を採用していたのですが、背面側に余裕ができたのでかなりラクに組み込めるようになっていました。

初速はすごかったAMD CPU対応のキューブPC

――そう言えばこの頃はAMDも元気な時期でしたが、AMD向けモデルの状況はどうでしたか?

伊藤 これについてもなかなかおもしろい話がありまして。Intel向けの製品は、新製品を発売してから終息するまで、息が長く売れ続けるという特徴がありました。

 一方、AMD向けの製品ですと発売当初は爆発的に売れるんですね。しかしその後はまったくと言っていいほど出なくなります。それこそ車で急ブレーキをかけるようなイメージでした。

 すごくアクティブなファンがいらっしゃって、そうしたファンの方々に一通り行き渡ってしまうと、その後は売れない。そういった事情もあって製品企画自体が通りにくくなり、またAthlon X2以降の失速もあって、2010年くらいからはAMD向けのキューブ型PCはほぼなくなっていきました。

SN27P2
2006年に発売されたSocket AM2対応の「SN27P2

 もう一つ言うと、当時のIntelは設計や開発に対するサポート体制が充実していました。またヨーロッパではLinuxが一大勢力になっていたんですが、そうしたWindows以外のOSに関するサポートもIntelは強かったんです。当時のマネージャーなどに話を聞いてみると、そういった事情もあってIntel向けのキューブ型PCのほうが開発しやすかったということはあったようです。

Atomを搭載したファンレスのブックタイプの人気

――なるほど。ところで私はこういったキューブ型PCのスタイルではなく、小さなブック型ベアボーンPCの記憶もあるのですが。

伊藤 2010年に発売された「XS35」だと思います。このころ、多くのメーカーがIntelのAtomシリーズを搭載した低価格ノートPC「Netbook」を販売していました。このデスクトップPC版が「Nettop」と呼ばれていたんですが、その流れで作った製品です。最初に発売したモデルではAtom D510を搭載していましたが、後にNVIDIA製GPUを搭載する、IONプラットフォーム対応のグラフィックス強化モデルも出しました。

Atom D510を搭載した薄型ベアボーンPC「XS35

 これもほかのキューブ型PCと同じく、いかに小さい筐体で、できる限りの性能を詰め込めるか、というコンセプトで設計しています。そしてもうひとつのチャレンジが“ファンレスで動かす”ということでした。

 だから他社のNettopと比べると圧倒的に静かに利用できる。さらにそんな小さな筐体なのに、スリムタイプの光学ドライブも組み込める。2018年までマイナーチェンジを行ないながら販売を続けましたが、これもよく売れました。

 実機を見てもらうと分かりますが、この製品も筐体デザインにお金かかってますよね。外装はメッシュ構造の金属パネルですが、内部にはさらに目の細かい防塵フィルタを張り込んでホコリが入り込むことを防ぐなど、何層にも加工を行なっています。

メッシュの側板の内部に、より目の細かい金属製の防塵フィルタが貼られている

 今ならプラスチックを使うところでしょうが、当時はそういう考え方はなかったんですね。しかもこんなにコストかかっているのに安かった。実際のところ原価計算でちょっとミスをしたという背景もあるのですが、長く売れたこともあって大きな問題にはなりませんでした(笑)。

内部は2つのエリアに分かれている。こちらはメイン基板が組み込まれたエリアで、メモリと2.5インチデバイスを組み込める
反対側のエリアには、スリムドライブが組み込めた

 ただ、冒頭でお話しした通り、2012年に登場したIntelのNUCでこうした流れも変わり、法人向けに舵を切り直すことになります。

――NUCみたいなベアボーンPCを出すのは難しかったのでしょうか?

伊藤 最初にお話ししたコストの問題も大きかったんですが、そもそも我々が得意としてきたキューブ型PCの設計ノウハウが、役に立たなかったというのが痛手でした。少なくとも今まで作ってきたキューブ型PCのようにCPUの換装を前提とする場合、あのサイズは成立しません。

 言ってみればNUCは“ノートPCのベアボーン”なんですよ。デスクトップPCとして設計されていない。それでもいいという考え方もあるんでしょうが、当時は“それでは我々に要求されているニーズは満たせない”と考えました。ちなみに今のミニPCも当時のNUCとよく似た構造ですが、あのような小型のデスクトップPCを作る場合、最終的には同じような設計方針になるということでしょうね。

法人需要に活路を見い出す転換期、そして新しいニーズの発見

――今主力の法人市場について、個人市場との違いはなんでしょうか?

伊藤 個人向けとは異なる、まだまだおもしろいニーズが隠れているんだなと思いました。

 ハードウェア面から言いますと、法人向けは基本的に小ロットで、特定の用途を前提としたコンパクトなPCが求められます。こちらが現在法人向けに用意している端末なのですが(下の写真)、小さいでしょう?設置する場所がほぼ決まっているため、その収納場所のサイズでPCの大きさも決まってくるのです。

現在法人向けに販売している端末をいくつか見せてもらった。いずれも金属製の筐体を採用し、大型のヒートシンクを装着することでファンレス駆動を実現している

業務用らしく側面に電源用の端子
背面にはHDMIの入出力やUSB Type-C端子が見える

 法人と個人向けの違いについて、もう一つはファンレスですね。動く部品がないことは故障の可能性も低くなるので、それだけ現場で長く利用できます。ヒートシンクを兼ねた金属製の外装を採用していることもあって、ずっしりと重いです。

見た目通りコンパクトなファンレスPCの「EN01」。全体が金属製の1kgとはいかないまでもずっしり重い。CPUはCeleronやPentiumなどが使われている

 振動やノイズが強い工場のような環境では、こうした金属筐体のPCなら影響を受けにくいため、問題なく動作するのです。実際、他社のPCではすぐに故障して使えなくなる環境でも、Shuttleのフル金属PCなら問題なく利用できたという事例がありました。計測機器用のシリアルポートなども、ほぼ標準で装備しています。こちらもニーズが強いからですね。

個人向けのPCとは異なり、前面にシリアルポートなど計測機器と接続するためのインターフェイスを多数装備する

奥行きも短く、筐体のサイズはかなり小さい。ミニPCとしてコンシューマ向けで出してもウケそうではあるが……

 さまざまなマネージメント業務をPCで代行させるという、おもしろい運用の仕方もありました。たとえば従業員の入れ替わりの激しい業界では、業務についてのノウハウを握っているマネージャークラスの人間も、長くは従事してくれない傾向があります。

 そうした業界での導入例なのですが、お客さんの来店頻度や購入金額、傾向、接客担当員ごとの対応状況などをデータベース化し、来店するお客さんに合わせてアテンドする接客担当員をPCが指定します。

 従来、そうした店舗ではこうしたアテンド業務をマネージャーが行なっていました。しかしこれをPCで管理することで、接客ノウハウが蓄積されるようになりました。またマネージャーの業務負荷が減ったことで、離職率の低下にもつながったようです。

法人向けにさまざまなPCを展開している

 大企業ならこういった業務を効率よく管理する大規模システムを構築可能でしょう。しかし、人手が足りずインバウンド需要に対応しきれないような小規模店舗が増えている今こそ、PCを活用したマネジメントシステムの導入が求められているわけです。

――なるほど、予算がない、人でもないといった中小企業には心強いですね。

伊藤 働き手が少なくなってきた現状、小規模な飲食や雑貨店で、外国語を話せる人材を揃えるのは不可能に等しいです。しかし、多国語対応の食券販売機がたった1台あるだけでも、外国人の方はずいぶんと来店しやすくなりますし、会計が楽になります。

現在開発中だというタッチパネル搭載の端末。多国語で販売補助を行なうためのものだという

 また、顔認証や指紋認証による勤怠管理システムとして弊社のPCが使われているところもあります。このシステムを導入することにより、打刻の成り代わりといった不正を防いだり、管理者がリアルタイムに遠隔地の状況を把握できたりするようになります。

 さらに、整理券発行を含めた来店管理システムなどもあり、問い合わせ内容も含めた同時仕分けで事前に来店者整理が可能になるほか、集計データを利用しての効率的なマネジメント補助にもなっています。ロボットやPCは24時間給料なしで働いてくれるので、人材不足に悩む中小企業といったお客さんには非常に喜ばれますね。

 こうしたITを活用したマネージメントシステムや販売システムを導入することで、インバウンドを大きなチャンスに変えることができますし、少なくなってきている働き手の負担を大幅に減らせます。もちろんこのようなシステムを構築する上で必要なのはShuttleのPC限定というわけではないですし、他社もチャレンジしている分野かとは思います。

SS56Gと並べると、法人向けのPCがいかに小さいかが分かる

 ただ先ほどお話しした通り、Shuttleでは小ロットの納入やシステム構築にも対応できますし、キューブ型PCをやっていた経験から、いや現在もやっているんですけど(笑)、ハードウェアやシステムの納期をかなり早めに設定できるというのは強みなんだろうなあと考えています。


 伊藤氏とは久しぶりにお会いしたこともあって、2時間を超える長丁場の取材となった。同席したPC Watchのスタッフも含め、自作PCの一番アツイ時代を知っている人間だったこともあり、懐かしい話もぽんぽん飛び交い、非常に楽しい時間だった。

 秋葉原や自作PCマーケット中心で考える我々のような人間からすると、ショップの店頭で製品を見かけなくなると、その会社がなくなったかのように感じてしまうものだ。しかし必ずしもそうではない。今回取材したShuttleのように、新たな市場で新しいニーズをつかみ、過去に我々が知るころよりも成長を遂げているメーカーもある。

 残念ながらShuttleが再びコンシューマ向けに小型PCを出してくれる可能性は低そうだが、昔懐かしのメーカーが今なお元気に活躍してくれているのはうれしい限りだ。