2022年10月11日 14:00
明治大学大学院農学研究科環境バイオテクノロジー研究室の村上 雅(博士前期課程2年・発表当時)、小山内 崇准教授らの研究グループは、好熱性の微細紅藻類シアニディオシゾン(通称シゾン)(注1)が持つ糖質加水分解酵素の一つであるβ-アミラーゼ(注2)の生化学的な特徴を明らかにするとともに、酵素を固定化することで、酵素の安定性を向上させました。真核紅藻のβ-アミラーゼが、これまでの他の生物由来のβ-アミラーゼと比較してアミロース(注3)に対し、高い特異性を持つユニークな酵素であることを明らかにしました。
<研究成果のポイント>
・ 紅藻は光合成により合成した糖を顆粒状の紅藻デンプンとして細胞内に貯蔵し、利用しているが、この紅藻が持つデンプン分解反応の初期段階を触媒する主要な酵素であるβ-アミラーゼの詳細な特性は明らかになっていなかった。
・シゾンのβ-アミラーゼはその特徴と系統解析などから、植物型のβ-アミラーゼに類似した特徴を持つことが分かった。
・シゾンのβ-アミラーゼは他の生物のβ-アミラーゼと比較してアミロースへの高い特異性を持つユニークな酵素であることが分かった。
・酵素の固定化を行うことで、酵素の耐熱性、保存安定性を向上し、再利用を可能にした。
・本研究の成果は、紅藻類のアミラーゼの詳細な解析を行い、これまで報告の少なかった紅藻の一次代謝への理解を進めると同時に、藻類由来の酵素の産業利用への可能性を示し、微細藻類を利用した有用物質生産の実用化への新たな知見を提供することが期待される。
要旨
β-アミラーゼは、デンプンなどの多糖類を加水分解してマルトース(麦芽糖)を生成します。β-アミラーゼは、食品や医薬品の製造などの幅広い産業で利用されています。真核の紅藻であるシゾンは、最適pH 2.0-3.0、最適温度40-50 ℃で生育する単細胞の藻類です。また、シゾンは培養時の微生物汚染リスクが低く、細胞からのタンパク質の抽出を簡便に行うことが可能です。さらに細胞構造がシンプルで、遺伝子改変も可能です。これらのメリットから物質生産に適した性質を持つことが期待されています。
本研究グループではシゾンのタンパク質の耐熱性、耐酸性に着目し、シゾン由来のβ-アミラーゼ(以下、CmBAM)の特性を調べ、シゾンを利用した物質生産において重要な糖代謝経路におけるCmBAMの関係性を考察するとともに、CmBAMの工業用酵素としての利用可能性の検討を行いました。実験の結果、CmBAMは47℃、pH 6.0において最も高い活性を示しました。CmBAMはデンプンを基質とした場合と比較して、アミロース対して高い特異性を示しました。さらにCmBAMをシリカゲル担体に固定化することで、保存安定性と耐熱性が向上し、酵素の再利用が可能になりました。CmBAMの至適温度とpHは、既存の大麦や小麦由来のβ-アミラーゼと同程度でした。
報告されているいくつかのβ-アミラーゼの中でも、CmBAMはデンプンよりもアミロースに高い特異性を持つユニークなものであることがわかりました。シゾンはアミロースを利用しないにも関わらず、予想に反してCmBAMがアミロースに対し高い特異性を示したことは、デンプンのα-1,6結合(注4)を切断する酵素が生体内で協働している可能性を示唆するものです。また、植物由来のβ-アミラーゼを固定化したいくつかの報告と比較すると、固定化CmBAMは、再利用性は最も高く、30日保存時の保存安定性は3番目でした。また、固定化CmBAMは15~20℃、耐熱性が向上していることから、応用範囲が広がり、取り扱いが容易になることが期待されます。
本研究は、明治大学大学院農学研究科 村上雅(博士前期課程2年・発表当時)、小山内崇准教授らのグループによって行われました。また、本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業先端的低炭素化技術開発ALCA、日本学術振興会科学研究費基盤B及び、同挑戦的研究(萌芽)(以上、代表小山内崇)の援助により行われました。
本研究成果は、2022年10月4日発行の米国化学会の国際誌「ACS Omega」に掲載されました。
※研究グループ
明治大学大学院農学研究科
環境バイオテクノロジー研究室
准教授 小山内 崇(おさない たかし)
博士前期課程2年(発表当時) 村上 雅(むらかみ みやび)
1.背景
近年、化石資源への依存や、それに伴う地球温暖化が問題視されており、循環型社会の実現に向け、バイオマス資源に注目が集まっています。そうした状況のなかで、私たちの研究グループは、光合成によって空気中の二酸化炭素を唯一の炭素源として利用できる微細藻類に着目し研究を行っています。微細藻類は、培養に糖などの炭素源を必要とせず、食料や農地との競合も少ないというメリットを持ちます。微細藻類の中でも本研究で扱っているシゾンは酸性の温泉などに生育する好熱性の単細胞紅藻であり、その特殊な生育条件から、培養時の微生物汚染リスクが少なく、一部のタンパク質は耐熱性を持つことが明らかとなっています。
以上の理由からシゾンの持つ酵素などのタンパク質も耐熱性を持つことが予想され、産業用酵素としての利用の可能性も期待されます。また、シゾンは全ゲノム配列が明らかとなっており、遺伝子改変も可能なことから、モデル生物として様々な研究が行われてきました。シゾンは生体内で紅藻デンプンを合成し、細胞内に顆粒状で貯蔵しており、このデンプン資源を利用した油脂生産に関する研究報告もあります。しかしながら、シゾン由来の酵素の産業利用や、シゾンの糖代謝における酵素の特性解析はほとんど行われておらず、物質生産に重要な糖代謝やそれに関連する酵素の詳細な理解は不十分でした。
そこで本研究では、シゾンが持つβ-アミラーゼに着目し、その性質を明らかにすることで、糖代謝への理解を深めるとともに、シゾン由来の酵素の産業利用の可能性を考察しました。
β-アミラーゼはデンプンなどの糖類のα-1,4結合を加水分解し、マルトースを生成する酵素です(図1)。幅広い産業に利用されており、生成物であるマルトースは、水飴や輸液としても用いられています(図1)。現在、産業においては主に穀類由来のβ-アミラーゼが使用されています。しかし、穀類需要の増加などに伴い、供給の不安定性が懸念されており、代替となるβ-アミラーゼの探索、研究が進められています。
また、酵素は温和な条件での反応や高い触媒活性、基質選択性など、触媒として多くのメリットを持っています。しかし、産業において利用する場合には、熱やpHに対する安定性が低く、金属イオンやその他の化学物質などによる反応阻害などの課題があります。酵素を担体に固定化することは、安定性を向上させ、上述した課題を解決するだけでなく、回収、再利用を可能にすることで、利用の幅を広げ、コストダウンにもつながることが期待されます。そこで本研究グループは、シゾンの酵素の産業利用を目的として酵素の安定性向上につながる酵素の固定化試験を行いました。
2.研究手法と成果
本研究グループは、組換えCmBAMタンパク質を大腸菌で発現させて精製し、その性質を評価しました。その後、酵素の産業利用の可能性を考慮し、酵素の固定化を行いました。
その結果、CmBAMは、47℃、pH 6.0の条件で最も高い活性を示しました。CmBAMを50℃で処理した後に59.8%の活性が残存していました(図2)。また、デンプン以外の多糖を基質とした場合、これまで報告された他の生物由来のβ-アミラーゼと比較してアミロースへの高い特異性を示すユニークな酵素であることが明らかになりました。これらの結果を受け、細菌由来の酵素や植物由来の酵素との比較を行うため、他の生物が持つβ-アミラーゼのアミノ酸配列を比較し、系統樹を作成し、比較を行いました。その結果、細菌型と植物型で大きく分かれ、紅藻や緑藻などの藻類や植物が持つ糖代謝関連酵素群が共通の真核生物に由来するものであるという知見と一致する結果となりました。
さらに、典型的なβ-アミラーゼ阻害剤として知られているいくつかの金属イオンや、糖類などを添加して活性測定を行ったところ、他のβ-アミラーゼと比較して金属イオンへの感受性が低いことがわかりました(図3)。
また、固定化により耐熱性が15〜20℃向上しました(図2)。さらに、冷蔵条件での安定性も向上し、10回の再利用が可能になりました(図4)。
以上の結果から、これまでの産業利用されている植物型酵素と比較しても、いくつかの点において同等の性質を持ち、固定化により、酵素をより安定な形で利用できるようになることが明らかになりました。この結果は、CmBAM及びその固定化酵素の産業利用への可能性を示唆する結果となりました。
3.今後の期待
本研究グループは、好熱性微細藻類のβ-アミラーゼの特性を明らかにし、酵素の固定化によりその耐熱性、安定性を向上させました。
本研究の成果は、シアニディオシゾンのβ-アミラーゼの詳細な解析により、糖代謝のさらなる理解の進展に寄与するものです。さらに、微細藻類由来の酵素の産業利用の可能性の新たな知見を提供することで、微細藻類を利用した有用物質の生産の実用化に貢献することが予想されます。今後は、デンプン合成系の関連酵素の生化学解析をさらに進めることや、該当遺伝子改変株を構築することで、より詳細な糖代謝の解明と、物質生産への応用につながることが期待されます。
4.論文情報
<タイトル>
Biochemical properties of β-amylase from red algae with concerning starch metabolism and improvement of its thermostability through immobilization
(日本語タイトル)
澱粉代謝に関わる紅藻由来β-アミラーゼの生化学的性質の解析と固定化による耐熱性の向上
<著者名>
Miyabi Murakami, Takashi Osanai
<雑誌>
ACS Omega
<DOI>
10.1021/acsomega.2c03315
5.補足説明
注1) シアニディオシゾン
株名:Cyanidioschyzon merolae NIES- 3377。硫酸酸性の温泉に生育する、単細胞の真核紅藻。増殖が速く、直径が約1.5 μmの楕円形をしている。真核藻類の中で最初に全ゲノム配列が決定された。真核生物としては細胞の構造が単純で、遺伝子の改変が可能であることから、モデル生物として様々な研究が行われている。
注2) β-アミラーゼ
デンプンなどの多糖を分解する酵素アミラーゼの中でも、糖鎖のα-1,4結合を加水分解し、マルトース(麦芽糖)を生成する酵素。食品や医薬品など様々な利用用途があり、産業上重要な酵素である。
注3) アミロース
デンプンの一成分で、アミロペクチンとともにデンプンのクラスターを構成する。高等植物に存在し、デンプンの20~30%を占める。
注4) α-1,6結合
α-グルコースの1位と6位の炭素に結合するヒドロキシ基が縮合してできる結合。
参考図
図1 β-アミラーゼによるデンプン分解の模式図と水飴
デンプンの末端からα-1,4結合を連続でマルトース(麦芽糖)単位で分解する。
水飴の主成分はマルトースである。
図2 可溶化(遊離)したCmBAMと固定化 CmBAM の加熱処理後の相対活性
各温度で30分間インキュベートした後の残存活性を示した。可溶化した通常のCmBAMの活性を黄色の丸で、固定化したCmBAMの活性を赤色の菱形で示した。
図3 各種金属イオン及び適合溶質を添加したときのCmBAMの相対活性
縦軸は何も加えていない時のCmBAMの活性を100%とした時の相対活性を表す。黄色はコントロール、水色が1mM 青が10mM、灰色が0.5mMの濃度で各物質を添加したときの酵素活性を示す。
図4 固定化したCmBAMの再使用後の残存活性
10回の回収、反応を繰り返し行い、反応1回目の活性を100%とした時の各回における相対活性を示す。