やじうまPC Watch
【懐モバ】一世を風靡したハンドヘルドPCの普及機「シグマリオン」
2017年10月31日 06:00
久々に本コーナーを更新するが、今回はNTTドコモから2000年9月に販売され、NECが開発/製造したWindows CE搭載ハンドヘルドPC、「シグマリオン」をご紹介しよう。
シグマリオンは、NECが製造し、1999年10月に投入したハンドヘルドPC「モバイルギアII MC/R430」をベースとして開発された製品。MC/R430の外観を変えただけと思われがちだが、あくまでもCPUやメモリといった基本的な部分のスペックがMC/R430に準じているだけであって、筐体の大きさから基板、インターフェイスに至るまで異なる製品だ。
そもそもMC/R430は8.1型という比較的大型のSTN液晶を備えたものであり、本体サイズは245×131×28.8mm(幅×奥行き×高さ)、重量は約770gだが、シグマリオンは6.2型で二回りほど小さく、本体サイズは189×107×27mm(同)、重量は485gとかなり小型軽量。キーボードのキーピッチと配列が違うほか、MC/R430にあるPCカードスロットも省かれており、製品の性格や使い勝手は大きく異なる。
モバイルギアは「モバイル」という名前こそ入っているものの、MC/R430の本来のターゲット層は女性であり、ネットの利用を重視した1台目のPCとしても使えるように設計されている。どちらかと言えば「ネットサーフィンやメールの送受信が、液晶を開いたらすぐに、手軽にできる」という位置づけだった。
その一方でシグマリオンは、モバイル回線を手がけるNTTドコモらしく、小型軽量化を徹底している。常時持ち運び、移動中でもネットの閲覧やメールの送受信を欠かさず行ないたいという、ヘビーモバイラー向けに特化した仕様となっている。つまり、そもそも設計思想の違いがあるのだ。
シグマリオンの特徴は小ささだけでなく、世界の著名アタッシュケースメーカー、ゼロハリバートンとのコラボで生まれた筐体デザインも挙げられる。ゼロハリバートンはアルミ合金製で堅牢性に優れたアタッシュケースを生産しているのだが、筆者はむしろシグマリオンでゼロハリバートンを知ったぐらいなので、当時あまり気にはしていなかった。シルバーを基調に、横に2本広がるストライプボンネットというシンプルなデザインは、17年の時を超えても飽きを感じさせない。
シグマリオンはヘビーモバイラー向けの製品ではあったのだが、59,800円という低価格が最大のウリとなった。当時、一般的なWindows CE搭載ハンドヘルドPCは10万円近い価格だったため、そこから3万円以上安く、Windows CEの機動力を活かし持ち運びがラクなシグマリオンは、ハンドヘルドPCながら異例のヒットとなった。
本機は横幅が189mmでLiberetto 20~70より21mmが、キーピッチは14.1mmと、Libretto 20~60の13mmよりも逆に余裕があり(70は14.5mm)、小さいノートPCに慣れた人であれば難なくタッチタイピングできる。このキーピッチを実現するために、鍵括弧といった一部の記号キーが上部の一列に移動し、ファンクションキーを担うA1~A10はその横、うちA1~A5はFnキーとの併用となった。こう書くと使いにくそうと思われるかもしれないが、いざ使い出し始めると「鍵括弧はなんでEnterキーの横になければならないんだ?」と思えてくるほど馴染んでしまうから不思議だ。
ちなみに記号キーを上一列にするという意味では、最近発売されたGPD Pocketも同様なのだが、シグマリオンは日本語入力(とくにこの業界)で欠かせない音引き(ー)が0の横にあるのに対し、GPD Pocketは上に追いやられてしまっており、慣れないうちは目視する必要がある。加えて、シグマリオンはファンクションーでカタカナや半角/全角変換がほぼ一発でできるが、GPD PocketはFnキーと数字を組み合わせなければならない。日本語のタイピング限って言えば、シグマリオンの方がはるかに快適だ。
とは言え、この時代のMicrosoft IMEやATOKは語彙が少なく、今のGoogle IMEなどと比較すると変換効率で劣ってしまう。かくいうこの記事もシグマリオンですべてを入力したのだが、辞書に「シグマリオン」もなければ、「ハンドヘルド」も「ゼロハリバートン」もなかった。
OSにはWindows CE 2.11をベースとした「Handheld PC Edition 3.11」を採用している。読んで字のごとくハンドヘルドPC向けなのだが、いわばWindows CEにPocket Word/Excel/PowerPoint/Access/Outlookといったオフィススイートの簡易版と、Internet Explorerを組み込んだ、「いちおうPCとして使えるようにした」ものである。いずれもデスクトップ版Windows向けの機能削減版であり、最低限の機能しか備わっていないのだが、Windows CEならばウイルスに感染する心配もほぼないし、用途を限定するなら、今の時代でも十分使えるだろう。
これだけだとPCとは言い難いのだが、シグマリオンには携帯電話のアドレス帳を編集して同期させられる「携帯ほいほい」や、デジタル携帯電話との接続に配慮したNEC独自のメールソフト「MPメール」、さまざまなショートカットを割り当てて自分が使いやすいようにカスタマイズできる「MPエディタ」といったアプリもプリインストールされている。当然、使いたいアプリケーションがWindows CE向けに提供されていたら、インストールして使用することも可能である。
Windows CEマシンの最大の特徴は、システムがROMに書き込まれ、ユーザーデータは基本RAM領域の一部に保存される点である。このためOSがROMから起動すれば、電源ボタンを押してもサスペンド状態に入るだけであり、復帰が非常に高速で、その速度は現代のPCをも凌駕する。また、システムがROMに書き込まれているため、ユーザーがシステムに変更を行なうことできず、比較的システムの堅牢性が高いのも特徴だ。
ユーザーデータはRAMに保存されるものの、バッテリ、バックアップバッテリ、ACアダプタのすべてを抜かない限り、RAMの内容が保持される。なお、RAMのどのぐらいをデータ記憶用として使用し、どのぐらいをプログラム起動用にするかは、コントロールパネルの「システムのプロパティ」から変更できる。一応、エクスプローラからはWindowsのシステムフォルダが見え、読み書きはできるのだが、それらはあくまでもRAMに対して行なわれる変更で、ROMに対して変更を加えることはできない。
ちなみに当然だが、ユーザーデータをRAMではなく、CFやSDカードといった外部ストレージに保存すれば、たとえすべて電源断になった消えることはないので、消えては困るデータはそちらに移せば良い。当時はかなり高価だったフラッシュストレージも、今や非常に安価だ。Windows CEはFAT32をサポートしているので、シグマリオンに32GBや64GBといった大容量のCFを搭載して使用することも可能である。
さて、ハードウェアを見ていこう。CPUには、NECが開発したMIPS系のCPU「VR4121(型番はμPD3013212F1-168)」を採用する。NECは当時ハンドヘルドPCの開発に積極的であり、VR4101やVR4102、VR4111といった製品も投入している。VR4121は64bitのRISC型マイクロプロセッサで、EDO-DRAMだけでなくSDRAMへの対応が謳われており、高速なメモリシステムを構築できる。また、従来製品とのピン互換性を有しており、アップグレードが可能である点や、ハンドヘルドPCに必要な赤外線通信やタッチパネル制御機能を1チップに集約している点が特徴だ。
VR4121のコアはVR4120をベースとしており、カラー画面への対応や、OSの高性能/高機能化を目論み開発された。製造プロセスは0.25umで、命令キャッシュは16KB、データキャッシュは8KBとされている。MIPS16命令との互換性を維持しているほか、高速積和演算に対応できるよう、レイテンシ、リピートともに1サイクルで実行できるのが特徴とされている。
メモリには、東芝製のSDRAM「TC59SM716FTL-80」が2チップ搭載されている。1チップあたりの容量は2,097,152ワード×4バンク×16bitで、つまりは16MB。2チップで合計32MBということになる。このチップはクロックサイクルタイムが8nsとされているので、動作クロックは最大で125MHzになる計算だ。
フラッシュROMとしては、ドーターボードの形でNECの「μPD23C128040L」が2枚搭載されている。MediaQの「MQ-200」は、128bit 2Dアクセラレータ「MQ-200」で、2MBのSDRAMをビデオメモリとして内包し、TFT/DSTN/SSTN液晶のインターフェイス、およびDACを持つものだ。NECの「0rca003」は、おそらくチップセットに相当するSuper I/Oの類とみられる。
このほか、リコーのPCMCIA2.1/JEIDA4.2に準拠し、Intel 82365SLとレジスタ互換を持つISAバスのPCカードコントローラ「RF5C296」、MAXIMのRS-232Cトランシーバー「MAX3243CAI」の実装が見える。全体的に部品の実装密度は高く、「モバイルギアIIをこのサイズにスケールダウンしたらこうなった」印象が強い。
ディスプレイは、今ではTFTの低価格化により完全に淘汰されたSTN液晶である。解像度は640×240ドットと、かなりワイド(8:3)だ。残像がかなりあり、視野角が狭く、お世辞にも視認性が良いとは言えないが、動画の再生やテキストの高速スクロール以外はあまり気にならない。
ちなみに今回の写真を見て「そのキーボードはシグマリオンIIのものでは?」と気づいた読者は鋭い。まさにその通りで、同時に入手したシグマリオンIIのキーボードと交換したのである。というわけでシグマリオンIIの紹介は次回に譲ることにしよう。