基調講演詳報、講演はiOSプラットフォームに終始
iPhoneの登場以降、今回名称の変更されたiOSプラットフォームに関連するテーマの占める割合が増え続けてきたWWDCだが、2010年の今回はMac OSに関する内容を基調講演の中ではまったく聞くことがなかったというのは大きな出来事だ。
これまではたとえiPhoneをテーマとしてはいても、その開発環境となるXcodeやSafariの進化などについてもあわせて言及されていたのだが、実は今回の基調講演では、スティーブ・ジョブズCEOがプレゼンテーションに使っていたツールとしてのKeynoteを除いて、まったくMac OS Xの画面がスライドに登場しなかったことは実に興味深い。実際、従来のMac OSを含めてWWDC史上初めての出来事だろう。
なお、基調講演では触れられていなかったが、同社はiPhone 4やiOS 4のニュースリリースと同時に「Safari 5」の提供に関してもニュースリリースを出している。Safari 5はすでにWindows版、Mac版ともにダウンロードが可能だ。詳報では、速報に続いてより詳しくその内容に迫り、背景についても筆者の考えを交えつつ紹介していきたい。
1時間50分にもおよんだ基調講演を、ほぼ出ずっぱりでこなしたスティーブ・ジョブズCEO |
講演はほぼ定刻どおりにスタートした。ジョブズCEOの登場と同時に聴衆はスタンディングオベーションで歓迎の意を表し、その拍手はジョブズCEOが制するまで1分余りも続いた。
冒頭はWWDC10に5,200人を超える来場者が訪れ、そのチケットが8日間で完売してしまったこと、そして場内には1,000人を超えるAppleからのエンジニアが来場しており、数々のセッションやハンズオンラボでデベロッパへの対応を行なうという例年どおりのまとめがなされた。チケットのソールドアウトは3年続けてのことになるが、さすがにこの集中ぶりを聞くと、いわゆるiOSプラットフォームとMac OSプラットフォームとで、カンファレンス期間を前後半に分けたり、週をまたぐといった形で分離するという施策も検討する時期に来ているのではないかという考えも頭をよぎる。
最初は4月に米国で、5月には日本でも発売されたiPadの成果から紹介された。現在は世界の10カ国でiPadが販売されている。同社がニュースリリースしたとおり、発売から59日間で200万台のiPadを販売した。これは3秒あたり1台のiPadが売れている計算になるという。実際、ここ米国でも品薄が続いている。Apple Storeに訪れてみても在庫がある場合は極めてまれだ。筆者も数店で店員に訪ねてみたが、特に3Gモデルについては店頭予約から2週間待ちが普通という状態で推移しているという。
ジョブズCEOは、発売開始における各国の映像をスクリーンに流してみせ、ウェブアクセスやメール、そして各種コンテンツへの人々の接し方をiPadが変えつつある、と販売数の増加だけにとどまらず、コンテンツ流通という点でも(iTunes Storeの提供に続いて)大きな変化を生み出していることを再度強調してみせた。米国内ではiPadの発売から65日間で500万冊の電子書籍がダウンロードされている。iPadの販売数が200万台なので、1人あたり2.5冊の本を購入しているという計算だ。少ないようにも見えるが、この500万冊という数字は電子書籍市場の22%を占めており、先行するAmazonのkindleやSONYのReaderを猛追する形となっている。
iPadから提供が始まったiBooksについては、この日に2つのアップデートが伝えられた。1つは読んだところまでつけられる栞機能の強化。複数の栞を付けたり、内容をマーキングして、インデックス化することができるようになった。またお気に入りの段落やフレーズなどをメモとして書き残せるようになっている。実は講演の終盤においてiPhoneやiPod touchにもiBookstoreが拡大されることがアナウンスされるのだが、ここで紹介されていた栞やメモの機能は、ユーザーの使用する端末を問わないことが重要なポイントとなっている。Storeで購入したユーザーIDが同一であれば、追加料金を支払うことなく他の端末でも同じ書籍が読め、栞やメモの機能もStoreのクラウドにあげられたデータをもとにして同期が行なわれる。リビングでiPadを使って読んでいた本の続きを外出先でiPhoneを使って読む場合でも、どこまで読んだかページを繰って探したり、せっかくメモした内容を忘れたりしまったりすることもない。電子書籍はその市場の拡大に紙の書籍とは異なるアプローチも必要になるが、紙ならできる栞やメモなどの機能を取り込み、紙ではできないデバイスをまたいだ同期といった電子ならではの機能を拡張することによって、その可能性を伸ばしていくことを模索し続けている。
iBooksにもう1つ加わったのがePUB形式だけではなく、PDF形式への対応がなされた点だ。このアナウンスには聴衆からも拍手がわいた。iBooksで採用されているページをめくる操作感などが、自分が作成したPDFファイルでも利用できるようになる。ちなみにGoogleを使って『自炊』という言葉を検索すると、自分で雑誌や書籍を(スキャンして)電子化するという行為の解説が、本来の意味をおさえて候補のトップにあがることには実に複雑な思いがあるが、ジョブズCEOの言う「PDFを読みたいという要望に応えた」というコメントは、初期リリースから2カ月という状況下では迅速な動きと考えられる。
iPadに最適化されているアプリケーションの数は8500に達している | iBooksで読むことができる形式にPDF形式が加わった | iBooksは、iPhone、iPod touchにも対応。追加された栞やメモ機能は複数のデバイス間で自動的に同期される。 |
続いてApp Storeの現状が紹介された。ここでジョブズCEOは「我々は2つのプラットフォームを持っている。そう、2つだ」と繰り返した。1つはHTML5。これは完全にオープンなプラットフォームとなり、いかなる企業にもコントロールされることはない。そして同社はこのHTML5に100%対応して、iPad、iPhone、iPod、そしてMacのすべてでHTML5が完全に利用できるようにするとコメントした。この場でその名称を直接挙げることはなかったが、これはもちろん先日公開されたジョブズCEO自身のコメントに基づく、米AdobeのFlashを意識しての発言ということになる。
そしてもう1つのプラットフォームがApp Storeとなる。こちらはiOS上で提供されるアプリケーションについて、Appleがキュレーターとして機能するということだ。デベロッパが提出する作品であるアプリケーションは、新規、更新もあわせて週に15,000件、30言語にも及ぶという。それらについて同社は95%を7日以内に審査し、App Storeを通じて流通させているというデータを示した。そして残り5%の却下や再審査となる理由として、デベロッパが説明する内容とは違う動作をするもの、プライベートAPIを使うことでOSのアップグレード時などに対応ができなくなるもの、そしてプログラムのバグからクラッシュを引き起こしたりするものという例を挙げている。
ただこちらは前出のHTML5で強調しているオープンな姿勢との対比が目立つのか、審査基準のさらなる明確性を問う声は少なくない。もちろんデベロッパ契約に詳細は書かれてはいるものの、結果として却下となったデベロッパ側から不満が声もあがっているのは事実で、メディアも関心を持ちつつある。こうした批判を受けて、前述のように自社の姿勢を改めて強調する意図がこの部分には存在した。とはいえ今回の説明は技術的な側面を重視した内容で、たぶん一番気にされている倫理的な部分や、いったん認可が下りたアプリケーションが後からリジェクトされた例などの理由には特に触れられていないので、このあたりは今後も論議を呼んだり、火種を残したままと感じられた。
このApp Storeの紹介では、まず米国のオークションサイトeBayが2009年から提供するiPhoneのアプリケーションが1,000万ダウンロードを記録し、最初の1年で6億ドル分の取引、今年は年間15億から20億ドル分の取引が行なわれるだろうというeBayのCEOからのコメントが紹介された。続いて、今後エンターテインメントのカテゴリから登場する代表的な3つののアプリケーション「Netflix」、「Farmville」、「Guitar Hero」が、それぞれの会社のCEOなどによって直接プレゼンテーションされた。映像配信大手のNetflixの参入や、PS3やXbox 360、Wiiなどコンシューマゲームにおけるほぼすべてのプラットフォームで大成功を収めているActivisionのGuitar Heroの登場で「大きなビジネスが待っているマーケット」というApp Storeの価値をあらためて強調する意図がある。
また以前の20万本からアップデートされた現在のApp Storeにおけるアプリケーションの登録総数は225,000本。ダウンロード総数も、前回発表の40億回から50億回に増えた。ジョブズCEOは「(あなた方)デベロッパに還元された売り上げ総額がいくらになったと思う? 先週ついに10億ドルを超えたんだよ!」とコメントして、スクリーンに大きな小切手を映しだしてみせた。もちろん聴衆はほとんどデベロッパであるわけだから、App Storeでアプリケーションを提供することはビジネスになることだと再度念押ししてみせたというわけだ。
実は筆者の推測としてApp Store全体の構成について何らかの見直しがこのタイミングで起きる可能性も睨んでいた。背景にはあまりにも数が膨大すぎることから、検索性が落ちている現実がある。結果として有名になったアプリに売り上げが集中したり、注目を集めるための低価格Saleでアプリのデフレ化も見え隠れする。また販売額の70%がデベロッパの取り分だが、無料のアプリケーションについてはApple側の取り分もデベロッパ側の取り分ももちろんゼロだ。こうしたアプリケーションの存在は、ローンチ当初の本数拡大とマーケットの賑わいという点で大きな意義があったが、ある一定の水準を超えることで、前述したような検索性の問題や人気の一極集中をもたらしたり、Storeのリソースのみを消費する形にもつながってる(もちろん無償のアプリケーションを否定する意図はAppleとしても筆者としても決して持っているわけではない)。後述するiAdの導入は、ある意味でそうした無償のアプリケーションからも利益を生み出すことと、Storeのリソースを今後も確保し続けるための資金を担保するという2つの狙いがあるものと考えられる。
●iPhone 4について8つの特徴。さらにひとつのOne more thingいよいよ講演はiPhoneのセクションに移る。最初にジョブズCEOが紹介したのはニールセン調べによるスマートフォン市場のシェアだ。トップシェアはRIM(Blackberry)で35%。iPhoneはそれに次ぐ28%となる。AndroidはiPhoneの3分の1にあたる8%である。一方、Net Applicationsをソースとするモバイルブラウザによるインターネット利用率の調査では、iPhoneが58.2%と他を圧倒。Androidが22.7%と続き、端末のシェア比率以上にiPhoneに迫っているのは興味深いデータだ。一部調査ではAndroidの成長がいずれiPhoneを上回るという見方もあるようだが、現在の優位性を維持したいAppleが投入するのが、iPhone 4ということになる。ジョブズCEOは、iPhone 4を初代iPhone(2007年発売。日本では未発売)以来となる最大の跳躍と位置づけた。
ニールセン調べによる全米のスマートフォンシェア。iPhoneは、RIM(Blackberry)に次ぐ二番手で28%のシェアを持つ | 一方でモバイルブラウザによるネット利用率では圧倒的な首位。この分野ではAndroidが猛追している | 2007年に発売された初代のiPhone以来の跳躍と位置づけられるiPhone 4 |
クローズアップされた特徴は全部で8つ。最初はデザインから。「すべてが新しい。そして美しい」と惜しげもなく最初からスライドを見せる。「でも、みんなどこかで見たことがあるんじゃないかい?」とジョークを付け加えるのも忘れなかった。会場は大ウケ。確かに流出した情報そのままの製品だったからである。とはいえ、実物はいわゆる隠し撮りとは異なる美しさを見せる。フロントだけでなく背面にもガラス素材を採用。周囲を覆う金属部分はステンレススチールが使われている。厚さは9.3mmで、ジョブズCEO曰く「世界でもっとも薄いスマートフォン」である。
さて流出した情報からさんざん話題になったステンレスの継ぎ目の部分。「Appleらしくない、しかも1つだけでなく3カ所にある」。ジョブズCEOは、そうしたこれまでの声に応えるかのように種明かしをしてみせた。実はこの側面周囲を覆うステンレススチールの外装部分は、スマートフォンの最も重要なパーツの1つであるアンテナを兼ねているのである。「なんてAppleらしくないデザインだ!」という評価から、アンテナをデザインに変えたという発想に聴衆からはどよめきと大きな拍手がふたたび巻き起こっていた。
スライドを使ってiPhone 4の細部を次々に紹介するジョブズCEO | フレームに溝がある理由を種明かし。金属部分は単なる構造部品ではなくアンテナとして機能している | デザインでの特徴のまとめ。世界で最も薄いスマートフォン。表面も裏面もガラス素材が使われており、高い製造クオリティを実現した |
特徴の2つめは「Retina display」。果たしてそのまま網膜ディスプレイと呼んでしまうと、筆者のゴーストがあらぬ方面に囁いたりしかねないのだが、意味するところは人間の目で認識できる解像度にほぼ等しいという点で「Retina display」という名称となっているようだ。iPhone 4に搭載されるのは960×640ドットのIPS液晶パネル。従来のiPhone 3GSと比べると縦横ともに2倍。つまりピクセル総数にして4倍の高密度となっている。326ppi、つまり1インチあたり326ピクセルである。ジョブズCEOによれば人間の目で識別できるのは300ppiあたりが限界らしいので、この名称になったとされる。さらに、以下は筆者の言葉ではなく、古くから業界を支える著名な方がTwitterでつぶやかれていた内容だが、LaserWriter NTXが日本語対応してNTX-Jとなったときの印刷解像度が300dpiだった。この方のおっしゃる言葉をそのまま借りてしまい恐縮なのだが、まさにこの数値が人間の目で認識しえる分水嶺なのだろう。
ここでジョブズCEOは初めてiPhone 4を手にして、従来モデルであるiPhone 3GSとiPhone 4の「Retina display」での比較をデモンストレーションした。アイコン表示ではうまくいったのだが、残念ながらNewYork TimesのWebサイトを実際に表示して比較しようとしたところでは、うまくWi-Fiネットワークがつながらずにデモに失敗した。何度か繰り返したがうまく行かず、数々の写真を表示するデモに切り替えてその美しさを披露して見せた。ちなみに5月に行なわれたGoogle I/Oでも、やはり無線アクセスで失敗。リハーサルでは読み切ることができない来場者も含めた多数の無線環境が存在するプレゼンテーションはかなり鬼門とも思われるが、終盤ではこれを逆手にとって会場を一層盛り上げることにつながるのだが、それは後述する。
同じホーム画面を表示してもこれだけ違う。実際に目にするとその差はさらに明確 | 左が従来のiPhone 3GSを使った表示。右がRetina displayを使ったiPhone 4 | 「Retina display」のまとめ。コントラスト比は1:800 |
特徴の3つめは内部構造。iPhone 4はiPadと同様にA4プロセッサが搭載される。A4自体はとてもコンパクトなサイズであり、またSIMにはiPadの3G版と同様にMicro SIMを採用した。これは何より本体内の容量を稼ぐことが目的である。前述した外装パーツのアンテナ化も内部にアンテナを入れてスペースを取ってしまうよりも外にだしてしまい、さらにそれを上手にデザインに結びつけたということだ。
Appleとしては珍しく内部を公開してみせた写真を見てもわかるように、その内部の大部分のスペースをリチウムイオンバッテリが占めている。もちろんアセンブルされる各パーツ個々も省電力化を追求しているのであろうが、何より手っ取り早くかつ効果的なのはバッテリを大容量化することが、バッテリ持続時間の延長につながる。CESなどの展示会を見ても顕著だが、米国のユーザーにおいても従来モデルでのバッテリ持続時間の厳しさは悩みの種である。いわゆるジャケットやカバーといったジャンルの周辺機器では外部バッテリ搭載製品の人気は日本国内以上に高く、バリエーションにも富んでいる。iPhone 4では、カタログスペック上も従来モデルよりも長い数値が記載されているので、ここは実機でも期待したい部分である。
iPadと同じA4プロセッサを搭載する。製品全体のスペックでは、無線LAN機能は802.11nに対応し、3GはHSUPAになって上り5.8Mbpsになる | iPhone 4の内部構造を詳細に解説する。ここまで内部を公開することは極めて珍しい | バッテリ持続時間は従来製品よりも伸びている。バッテリに対するユーザーの不満を解消できるかどうか? |
4つめは「Gyroscope」。従来の加速度センサーに加えて、iPhone 4には三軸のジャイロセンサーが搭載される。相互に組み合わせることで六軸のモーションセンサーとして機能するとジョブズCEOは説明。「このデモはネットワークを必要としない」とジョークを飛ばしつつ、積み木を抜いていく誰もが知る遊びであるジェンガを披露してみせた。ジョブズCEO自身がiPhone 4を中心に体を動かすことで積み木の周囲の具合を把握したり、iPhone 4を傾けて見る位置を変えたりと単純なゲームを素材としながらその可能性を示した。デベロッパ向けにはこの機能はCoreMotionとしてAPIが公開される。デベロッパ自身のアプリケーションのなかで自由のこの機能が使えるようになるわけだ。デモンストレーションされたゲームはもちろんのこと、さまざまなジャンルでこのAPIを生かしたアプリケーションが登場することが期待される。
「Gyroscope」の概要。従来の加速度センサーに加えて、3軸のジャイロセンサーを搭載。ゲームををはじめとして、さまざまなジャンルに応用できるCoreMotionのAPIを公開 | 崩れないように積み木を外していくゲームをデモンストレーション。iPhone 4を中心にジョブズCEO自身が回ったり、角度を変えたりして様子をみる。 |
5つめのテーマは極めてスタンダードながらカメラ機能の紹介となった。3GSまでの300万画素に変わり、iPhone 4からは500万画素の裏面照射型CMOSセンサーが搭載される。ジョブズCEOによれば1画素あたりの面積は変わっていないということで、センサー自体はひとまわり大きくなったものと考えられる。つまり光量不足には以前よりも強い。スペックとして紹介されたのは、画素あたり1.75μm。5倍のデジタルズーム機能もついている。LEDフラッシュ機能も追加された。AppleのサイトではiPhone 4で撮影されたサンプル写真をExif情報付きで公開しているので、その出来映えに興味のある読者はチェックしてみるのがいいだろう。
あわせて動画機能も強化されている。720p/30fpsのHDムービー撮影に対応した。こちらでもLEDフラッシュが利用でき、ビルトインで簡単な編集機能も装備している。ここまでなら順当なスペックアップだが、あわせてアプリケーションとして「iMovie for iPhone」を投入してくるところがいかにもAppleらしいと言える。
アプリケーションのデモンストレーションを担当したのは米Appleのビデオアプリケーション担当チーフアーキテクト、ランディ・ユービロス氏。iPhone 4に合わせて一から開発されたというが、MacにプリインストールされているiMovieの標準的な機能を備え、そのユーザーインターフェイスをiPhoneのマルチタッチに合わせたものに最適化している。
デモではサンフランシスコ観光の様子を撮影したいくつかのビデオクリップを素材にしてトランジション機能を使ったり、ジオタグを利用したり、タイトルを挿入したり、BGMを加えたりと、わずか数分間で1本のショートムービーを完成させていた。編集されたムービーは720pのHDビデオとして書き出すことができる。「iMovie for iPhone」は有料で、4.99ドルでApp Storeから提供される。純正のメーカー製アプリケーションという見方では、iPadにおけるPages、Keynote、Numbersと同じような位置づけ。iPhone 4を利用するうえで、まずインストールしておきたいアプリケーションの1つとなるだろう。
ここで次のテーマに移る前に、異例の「お願い」が切り出された。前述したとおり、「Retina display」のデモではWebへのアクセスに失敗しWebページが表示できなかったたわけだが、ジョブズCEOによれば、基調講演の行なわれているこの会場内に合わせて570ものWi-Fiアクセスポイントが存在するという。場内からは笑いが漏れてしまうほどとんでもない数字ではあるが、確かにデベロッパはもちろんのことメディアの多くもPCを叩いたりiPhoneを使ったりしながら講演を聴いている。Mifiのような3Gアクセスルーターを持ち込んでいるユーザーも多く、ここはまさに無線LANが過密化したエリアだ。
ジョブズCEOからは、「いま2つの選択肢がある。この先にも素晴らしいデモを用意しているが、このまま見られないまま終えるか、見られるようにするか。是非MiFiなどの無線LANルーターを止め、ちょっとPCを叩く手を休めてノートPCを床に置いて欲しい」とリクエストがあった。いったん会場が明るくなり、参加者はリクエストに応えて各種無線LANをOFFにするなどの対応を行なうと、ジョブズCEOは「みんなお互いに周りを確認しろよ」とジョークを飛ばしながら、聴衆の対応に感謝。無事、次のデモでWebアクセスが成功すると、ジョブズCEOは深々と頭をさげて一礼をするというシーンも見られた。
iOS 4は基調講演当日に最終製品候補版がDevCenterを通じてデベロッパに提供が開始された |
さてそのデモが無事に成功した6つめのテーマはiOS 4。既報のとおり、4月のプレビューイベントで紹介されたiPhone OS 4が名称をあらため「iOS 4」となった。確かに、iPhoneに限らず、iPodそしてiPadにも同OSが使われている。そして、その可能性は今後『それら以外の何か』にも広がる可能性を含ませたものと考えるべきだろう。この6つめのデモ自体は、4月のプレビューイベントのおさらいに近い内容となった。目玉の1つであるマルチタスク機能では、ホームボタンの2度押しで現在起動しているアプリケーションの一覧が表示できる。アイコンのフォルダ化は、これまでアイコンの移動に使っていた手法でアイコンを他のアイコンに重ねるだけで自動的にそれらが1つのフォルダに収まる仕組みだ。ほか複数のメールアカウントを利用していても、1つのメールボックスで表示できる仕組みなどが続けざまに紹介された。
新たなトピックスとしては検索エンジンの選択肢として新たに米MicrosoftのBingが加わったことが挙げられる。デフォルト設定はGoogleのままだが、ユーザーは任意にiOS 4から利用する検索エンジンをYahoo!、Google、Bingのいずれかに設定しておくことができるようになる。特にBingについてはHTML5の実装状況についてジョブズCEOが言及するなど、一連のHTML5への流れを象徴するようなシーンでもある。iOS 4は同日に最終製品候補版がDevCenterを通じてデベロッパに提供が開始される。そして、このiOSを搭載可能なデバイスが6月中に1億台に達することが紹介された。
7つめは前述したiBooksのiPhoneへの拡張にあたる部分なのでここでは省略する。そして8つめのテーマがiAd。これも4月に行なわれたプレビューイベントですでに明らかになっているものだが、その詳細と現状が明らかにされた。スポンサーへの営業活動はAppleが行って広告を獲得する。その広告売り上げの60%をデベロッパーへと還元する仕組みだ。この収入を受け取りたいデベロッパー側がやるべきことは、自らのアプリケーション内にバナーの表示できる「広告枠」を設定しておくことだけとなる。
「これは無償あるいは低価格なアプリケーションを制作するデベロッパにも手っ取り早く収入を確保してもらうための手段」とジョブズCEOは説明する。「無償のアプリケーションが増えることはさらなる市場活性化にもつながる」という。
iAdのスポンサーへの営業活動はすでにはじまっていて、ジョブズCEOはiAdのローンチパートナーとしてそうそうたる大企業の名前を連ねた。「日産、Citiグループ、ユニリーバ、AT&T、シャネル、GE、LibertyMutual、STATE FARM INSURANCE、GEICO、キャンベルスープ、シアーズ、JCPenney、TARGET、BESTBUY、DIRECTV、tbs、そしてディズニー」。米国企業が中心となっているが、日産やディズニーなど日本でもお馴染みの名前も少なくない。もちろん米国人であれば誰でも知っている大企業ばかりだ。
こうして獲得した広告料の総額は6億ドル。「(4月の発表から)わずか8週間営業しただけの成果だ」とジョブズCEOは説明する。米国内におけるモバイル広告の出稿額は年間およそ25億ドルと言われる。iAdが占める割合はおよそ4分の1だが、iAdは7月1日からのスタートということで実質は半期での扱い。そう考えると48%のモバイル広告をiAdが獲得しているとアピールした。
iAdはリンク広告ではない。表示されるバナーをクリックすることで広告先へと遷移してしまうわけではなく、現状のアプリケーションが動作したままでiAdの広告がオーバーレイ表示される仕組み。デモンストレーションとして披露された日産の電気自動車「LEAF」のiAdは、ムービー再生からはじまって中身はインタラクティブな体裁が取られていた。表示される内容をタップすることで、他のクルマと燃費比較ができたり、プレゼントに応募できたりもする。そして広告自体はアプリケーションではなくHTML5で構成されていることもポイントだ。ユーザーは広告を見終えたり飽きたりしたら左上の×の部分をタップするだけで、元のアプリケーションへと戻ることができる。もちろん表示される広告はアプリケーションやユーザーの嗜好に基づいた内容になると思われるので広告効果は高そうだ。広告を表示する仕組み自体はiOSに含まれているわけで、出稿する側も広告の準備にかかるコストは最小限で済む。
基調講演では日本など米国以外の各国での対応については言及がなかったが、当然7月1日の開始時には各国それぞれに応じたスポンサーによるiAd広告が展開されるものと想像される。
一応ここで冒頭に約束した8つは終えたわけだが、ジョブズCEOは久しぶりに「One more thing…」を用意していた。「2007年に最初のiPhoneを使って友人と話してみせたように、今回もその友人を呼び出そう」とジョブズCEOはアドレス帳から電話をかけた。スクリーンには呼び出しに応える同社インダストリアルデザイングループのジョナサン・アイブ上級副社長。今回のサプライズは「FaceTime」。iPhone 4に搭載されるフロント側のカメラを使ったビデオコール機能であった。このデモンストレーションのためにも、前述の無線LAN関係の対処は必要だったのである。
どれだけ利用されているかはともかく、いわゆる日本の携帯電話であればTV電話機能は一般的に搭載されている。そういう点では別に目新しくはないのだが、ポイントになるのはこの「FaceTime」がIPベースのサービスで、ジョブズCEOいわくオープンで標準的なプロトコルやコーデックのみを用いて実現されているという点だ。
2010年のうちはWi-Fi接続が前提となっており3G回線を経由する利用はできない。この点については「(通信事業者と)調整中」とされている。ジョブズCEOはこのFaceTimeのデモで「FaceTime対応のデバイスを今年中に1,000万台出荷する」とコメントした。今のところはiPhone 4だけが該当する製品というわけだが、あえてiPhone 4の1,000万台出荷ではなく対応デバイスの出荷という表現にしたところは押さえておくべきポイントだと考えられる。カメラ機能搭載のiPod touchは登場の噂が絶えることがないほどだが、それに加えて他のまったく異なる何かもありえるわけだ。
iPhone 4の価格と発売日は既報のとおり。これは基調講演の最後にアナウンスされた。6月24日には米国と日本を含む5カ国で出荷が開始される。先行予約は15日からスタート。日本での価格はまだ発表されてはいないが、参考となる米国での価格は16GBが199ドルで32GBモデルが299ドル。いずれもAT&Tとの契約をともなう価格となっている。
発売日は6月24日。米国と日本を含む5カ国で販売が開始される。予約は15日から受付 | 米国におけるiPhone 4の販売価格。AT&Tとの契約を伴うものだが16GBが199ドル、32GBが299ドル。廉価製品としてiPhone 3GSの8GBというモデルが加わる | 2010年の9月には世界88の国と地域でiPhone 4が販売されることになる |
参加したデベロッパは同日より提供されているiOS 4の最終製品候補版をもとに、自分のアプリケーションを準備し、21日に行なわれる既存製品へのアップデート、そして24日のiPhone 4発売を迎えることになる。最後にiPhone 4の紹介ビデオを流して1時間50分余りに及ぶ基調講演は終了した。ほぼ出ずっぱりのジョブズCEOは大きな拍手を背にステージを降り、招待客や関係者との歓談へと向かった。
(2010年 6月 9日)
[Reported by 矢作 晃]