会場:米国カリフォルニア州McEnery Convention Center
会期:3月30日~4月2日
ESC 2日目にあたる4月1日は、MicrochipのSteve Sanghi氏(写真1)が、3日目にあたる4月2日にはFreescaleのLisa Su氏(写真2)がそれぞれ基調講演を行なった。その内容は、結論は一緒だが過程がまるで逆という、ちょっと楽しいものだった。ここでは組み込み(Embedded)というマーケットを、2つの代表的なMCUメーカーがどう見ているかという観点で比較しながら紹介したい。
【写真1】MicrochipのCEO&PresidentであるSteve Sanghi氏 | 【写真2】FreescaleのSenior Vice President and General Manager, Networking and Multimedia & Chief Technology OfficerであるLisa T. Su氏 |
●下から目線のMicrochip
まずSteve Sanghi氏の講演からご紹介したい。氏は冒頭、分散Intelligenceの「氷山」の規模は毎年100億個に達し、このうちPC向けはその一角に過ぎないという持論を披露(写真3)。ではいかにしてこれが実現された/されるかという話になる。今はPC以外の組み込みマーケットに関しても、Computer/Comnunication/ConsumerのConvergenceが進行しつつあり(写真4)、これによりマーケットが広がるという構図であるとする(写真5)。
たとえば1台の自動車に搭載されるMCUの数は、年々増えつつある(写真6)。ではどんなところに使われているかというあたりで照明を例にとって説明があった(写真7)。あるいは一般家庭(写真8)、具体的な例はガレージのドアである(写真9)。これは安全性や高機能性などを追求した結果だ。
言うまでも無く、PCにも多くのMCUが使われている(写真10)。たとえばキーボードには必ずMCUが入っているし、マウスも同じだ。さらに高機能化していく中で、より高度な機能が必要とされ、この結果CPU以外に多数のMCUが使われるようになっている(写真11)。これがもっと急速なのが携帯電話だ(写真12)。かつては通話のみのアナログ通話方式だったのが、まずデジタル通話方式になったことでMCUの出番が大幅に増え、次いで小型化/多機能化が進む中でどんどんMCUの出番が増えてきているのが分かる(写真13)。
こうした民生機器のみならず、産業用途向けの出荷数も増えている(写真14)。その一例が資産管理である。かつては、一度送り出したら目的地に着くまで判らなかったものが、バーコード(や最近はRFIDタグなど)で、要所要所でチェックが可能になり、さらに最近はGPSを使ってリアルタイム追跡すらもできるようになった。さらに一歩進むと、移動中の温度変化を検知して記録するといったところまで可能になってくる(写真15)。
こうした形で、さまざまなアプリケーションが多機能・高機能化を遂げていく過程で、必然的にMCUが使われる量が非常に大きくなっていくというのが氏の主張の骨子だ。
ただ、こうした形でMCUが使われていくようになった背景には、当然MCU自身の機能進化もある(写真16)。それは単に性能アップというだけではない。まず大きいのは、フラッシュの搭載にあるとしている(写真17)。これにより開発期間を短縮したり(写真18)、より高速に製品を向上させる(写真19)事が可能になったとしている。その良い例がリモコンである(写真20)。最初は単なる簡単なリモコンだが、やがて多機能リモコンが機器の数だけ氾濫するようになる。これを解決したのがユニバーサルリモコンだが、これはこれで「新しく出てきた製品に対応できない」という問題は依然として残る。これをカバーするのが、後から新機器への対応をダウンロードで追加できる適用型のユニバーサルリモコンであり、こうしたものはフラッシュメモリがあって初めて実現できたと言うわけだ。
【写真19】マスクROMベースに比べれば、はるかに短い期間で製品のアップデートが可能なのは間違いない | 【写真20】確かにこの例では、たとえば製品定義は単に赤外線(や、最近ならRF4CE)のプロトコルとユーザーインターフェイス周りを定義して、とりあえず最小限の製品対応だけを施して出荷、後からリビジョンアップの形でどんどん対応機器を増やしていくといった芸当も可能だろう |
もう1つは、性能のアップや利用できるリソースの増加により、高級言語を使えるようになったと言うことがある(写真21)としている。これにより、開発のTATが大幅に短縮出来るようになった(写真22)。この高級言語化は、製品の展開を早めるのにも効果的である。例えば初期のセキュリティカメラは単独で動作していた(写真23)が、それを例えばリモートで管理したり、ネットワーク経由でアクセスしたりとなると、さまざまなプロトコルスタックを搭載する必要がある(写真24)。こうした展開は高級言語を使うからこそ可能である。
こうした発展によって、どんなマーケットがこれから登場するかというのが最後の2枚である(写真25、26)。医療分野での採用例が今後伸びていくだろうし、あるいはSmart Power Gridのマーケットも大きな伸びが期待できるというのが氏の予測だった。
●上から目線のFreescale
対照的な議論の進め方をしたのがFreescaleのLisa Su氏。もともとFreescaleは、2007年に前CEOだったMichel Mayer氏が、「Green Everything」、「Aging Operation」、「NetFX」という3つのキーワードを掲げていた。Michel Mayer氏の後を受けて2008年にCEOに就任したRich Beyer氏もこれを引き継ぐ形で、「Going Green」、「Health & Safety」、「The Net Effect」とやや判りやすいキーワードに置き換えた。氏の講演も、基本的にはこの3つのキーワードに準拠した形になっている。
氏の講演はまず経済状況から始まった(写真27)。無限に続く不景気は無いわけで、何かしらの形でいずれは景気が回復することになる。丁度基調講演の前の週にはG-20があり、ここで参加各国がさまざまな救済措置や景気刺激策を発表したばかり(写真28)である。このうち救済措置は赤字補填に廻るとして、景気対策としての投資がどう変わるかという話になる(写真29)。言うまでもなく、こうした投資がうまく活用できれば、より早く優れた製品を投入する機会に恵まれるし、これにあわせて業界へのニーズも高まる。
ここからが先に出た3つのキーワードとの絡みになる。今回はESCの基調講演ということもあってか、Freescaleのキーワードをそのまま持ってくるわけではなく、また内容も多少噛み砕いたものになったが、基本的な話は同じことだ(写真30)。まず最初はネットワーク。「Connected Intelligence」というキーワードはやや陳腐化したが、それでもまだこのマーケットは確実に大きなものである。
そのネットワークだが、横軸に距離、縦軸に速度というプロットをすると、依然としてLAN系とWAN系の間にギャップがあることが判る(写真32)。もっとも、写真32では「Packet base」と「Cell base」という分け方をしたものの、例えばHSDPAで音声はどうなっているかといえば、限りなくPakcet baseのVoIPを使うケースが殆どなわけで、事実上この分け方に意味がなくなりつつある。
実際、融合によって差がなくなりつつあるわけだが、それが実現するのはLTE(というか、3.9G)とか4Gということになる(写真33)。ではそれがいつ立ち上がるかといえば2010年以降ということになる(写真34)。ワールドワイドで見れば、まだ2Gが圧倒的に多いが、2010年以降減ってゆき、代わりに3Gや4Gが立ち上がると氏は見ている。重要なのは、トータルの数字が2010年以降、次第に増えていくと見られることで、よって今後は3Gや4Gに向けて取り組むのが得策としている。
次に自動車業界(写真35)。この原稿を書いている今も、クライスラーがChapter 11を申請するとか、GMも6月にChapter 11入りではないかなどと苦闘が伝えられている。ただ、だからといって自動車業界が壊滅するわけではなく、特に低燃費の車などを含むエコカーなどの分野には新たに投資が予定されている。
【写真33】この図では3.9Gと4Gを明確には区別していないが、区別する意味も余り無いのかもしれない | 【写真34】「今」日銭を稼ぐのは2Gだが、これからの収入は3Gや4Gに移り変わっていくので、こちらに向けての投資が重要だというのがここでのメッセージとなる | 【写真35】特に安全性の分野における電子部品の重要性は間違いないが、これにあわせて今度は低燃費性や環境適合性も重要になってくる |
この自動車業界では、大きく3つのトレンドがある。それぞれ「Green」、「Safety」、「Comfort」(写真36)であり、これを氏は順に説明していった。まずGreenトレンドについては、省燃費と環境適合性、出力の3つを同時に満たすことが要求されていることを示し、特にEURO 6(欧州で2011年から適用される排ガス規制基準)や、その先の規制をクリアするには、すでに電子制御は欠かせないものとなっていること、すなわち、そこに組み込み市場があることを示した。また、安全対策(写真38)では、今後破損予防や衝突回避などが本格的に採用されていくことが示された。Comfortのトレンド(写真39)は、この先は本格的にネットカーの方向に行くことが示された。
最後がGreen Technology(写真40)である。まず送電網の古さなどに起因される供給能力不足と、IT業界の電力消費量がコンスタントに増え続けるという現状があり(写真41)、これを解決するための賢いエネルギー社会に向けた取り組みが色々行なわれているのはすでにさまざまなニュースで報じられている話だが(写真42)、当然これらは組み込み市場の活性化に繋がる事になる。
ここから話題は一転して、こうした今後やってくるマーケットに対して組み込みはどうあるべきかという話になる。まず最初は、シリコン/パッケージ統合の話である(写真43)。これまではプロセスの微細化によってより多くのトランジスタ(=より多くの機能)を積載してこれたが、こうした方向性がまもなく壁に当たる。微細化そのものについても、汎用CPUやDRAMなどと比べると、アナログなどはずっと微細化の進化は緩やかであり(写真44)、ギャップは依然大きいままである。またプロセスの微細化に伴い、量産の初期コストがうなぎ上りになっている関係で、SoCそのものも作りにくくなっているのが現状だ(写真45)。
その一方で進化しているのがパッケージング技術である。すでに広くSiPは使われており、これを3次元積層したものが増えつつある。こうしたものを組み合わせることで、低価格/高機能化や高信頼性を実現するという形の技術革新が始まっているとしている(写真46)。
次の問題はCPUそのものだ。PC向けでは、すでにシングルスレッド性能の向上が壁に当たっていることから、マルチスレッド性能の向上に目が向いているが、組み込み向けもハイエンドでは同じ状況になりつつある(写真47)。ただし、どんな用途も汎用CPUでこなすのは非現実的なので、まずはGPU(グラフィックスの方ではなく、GPGPUの方)+アクセラレーションや、将来的にはさらにDSPやGraphicsまで統合した、完全なヘテロジニアス構成になるのが現実的だとしている(写真48)。
ただ組み込み向けとなると、1つのOSの下で全タスクを実行するというよりは、複数のOSが混在する形が現実的であるとしているが(写真49)、そうなると当然ターゲットによって、要求される性能レンジや機能が変わるため、ラインナップを幅広くそろえるのが重要としている(写真50)。
こうなってくると、難しくなるのがソフトウェアである(写真51)。写真48でも、Single Core→Homogenenous Muti-Core→Heterogeneous Multi-Coreと進むにつれてソフトウェアの複雑さが増えることが示されているが、そもそも組み込みだからプログラムが簡単という理由は全くない。8bitや16bit MCUだと、大規模プログラムはメモリに入りきらないという理由があるからシンプルといえばシンプルだが、32bit以上ではそんな話もない。
写真52はこれを端的に示したものである。こうした肥大化一方のソフトウェア開発の負担を軽減する1つの方法論が仮想化であるが(写真53)、言うまでも無くこれだけで済むわけではない。その一方で、相変わらずソフトウェアの最適化も重要なファクターである(写真54)。氏の結論は「ソフトウェア、ソフトウェア、そしてもっとソフトウェア!」である。全ての場合に最適化が図れるような技法は無いため、色々な方法を併用することで、とにかくソフトウェアの生産性をあげるのがここで非常に重要なファクターになるということだった。
●総評
2つの基調講演の内容をまとめてみた。とにかく部品の供給者であるというポジショニングを崩さずに、その範囲でボトムアップの方式でアプリケーションの将来を推察し、そこから組み込み市場の未来図を描いたのがMicrochip、逆にまず経済状態とか政治の動きなどを考察し、そこから求められるアプリケーションの要求をまとめ、それを組み込み市場に当てはめるというトップダウン式のものがFreescaleであると言って良い。
同じ組み込み市場を考察するのに、まるっきり方法論が逆なのは聴いていて大変に面白かった。また、そうした方法論の違いにもかかわらず、今後のアプリケーションではより一層ネットワークの融合が進むという結論になっているのも興味深い。また、その際の鍵になるのが、ハードウェアではなくソフトウェアであるというのも、一致した見解であった。
ある意味ありきたりと言えばありきたりの結論だが、どちらの講演内容にも説得力がある内容であって、単に2つのベンダーのトップの意向というだけでなく、マーケット全体の方向を占う内容になっていると考えてよい。
別の見方をすると、今回の講演はMCUマーケットのボトムラインの製品を提供するベンダーと、トップラインの製品を提供するベンダーのロードマップと言える。なので、この他のMCUベンダーのロードマップは、この2つのロードマップの間に位置するとも考えられる。例えばARMはCortex-MシリーズでPIC32とか一部PIC24などと競合しつつ、かつCortex-Aシリーズ(特にCortex-A9のMP構成)ではQorIQなどとも性能レベルで競合し得る事になる。そのためCortex-MではMicrochipに近い開発環境や製品ラインナップを展開していくと考えられるし、逆にハイエンドではFreescaleの提供するエコシステムに近い、仮想化などのソリューションを今後提供していく公算が高い。
こういう調子でその他のMCUメーカーを眺めてみた時に、ローエンドからハイエンドまで全てのラインナップに製品を展開するという事の難しさを、改めて感じさせてくれる講演内容であった。
(2009年 4月 30日)
[Reported by 大原 雄介]