イベントレポート

【IEDM 2020レポート】Samsung、切手大のLiDARを実現するワンチップのスキャナを試作

試作したLiDAR用スキャナの構造(下左)とダイ写真(右上)。光分波器や位相シフタなどによる光の減衰を補うため、2段の光増幅器(SOA)を光回路中に搭載する。IEDM 2020の発表論文(講演番号7.2)から

 周辺の物体までの距離を高分解能で検出する技術にLiDAR(Light Detection and Ranging)がある。検出には通常、光の飛行時間(ToF:Time of Flight)を利用する。レーザー光(通常は赤外光)のパルスを周辺に照射し、反射光が戻ってくるまでの所要時間を計測し、距離に変換する。3次元の距離画像を高い精度で得られるという特徴を備える。

 レーザー光の照射方式には、大別するとフラッシュ(Flash)方式と、スキャン(Scan)方式がある。フラッシュ方式はカメラのストロボのように、周辺すべてにレーザー光を拡散させて照射し、反射光を2次元アレイ受光素子で検出する。きわめて高速に周辺物体までの距離と物体形状を把握できるという特徴がある。距離画像の生成速度(フレーム速度)は30フレーム/秒を超える。ただし反射光の強度は微弱であり、対象物体までの距離が短い計測に限定される。

 スキャン方式は、ビーム状のレーザーによって周囲を走査(スキャン)しながら反射光を検出する。フラッシュ方式に比べると反射光の強度が高く、計測できる距離が長い。ただし走査が完了してから1枚の距離画像を生成するので、どうしても一定の時間を必要とする。距離画像の生成速度(フレーム速度)はおよそ20fps以下にとどまることが多い。

 クルマの先進運転システム(ADAS)や自動運転システムなどで周辺状況の把握に使われるLiDARは通常、スキャン方式を採用している。対象物体までの距離が長いので、フラッシュ方式は適さない。

 自動運転システムの実験によく使われてきたスキャン方式は、多角形の反射鏡(ポリゴンミラー)を高速回転させてレーザービームを走査する。「ポリゴンミラー方式」とも呼ばれる。この方式は走査角が180度~360度と広く、30mといった長い距離を測定するものの、コストがきわめて高く、LiDARの外形寸法が非常に大きくなってしまう。

 またモバイル分野では、MEMS技術による反射鏡(MEMSミラー)を高速振動させてレーザーを走査する「MEMSミラー方式」のLiDARが実用化されている。「ポリゴンミラー方式」に比べると距離や分解能など性能は劣るものの、低コストで小さなLiDARを実現できる。

 最近では半導体技術、具体的にはシリコンフォトニクス技術を駆使することにより、低コストで小さなLiDARを実現する研究が活発になっている。シリコンフォトニクス技術によるLiDAR用スキャナで特に期待がかかるのは、光位相アレイ(OPA:Optical Phased Array)によるスキャン技術である。機械的な可動部が存在しないので、原理的にはポリゴンミラー方式やMEMSミラー方式などよりも信頼性が高く、きわめて小さなLiDARを作れる。

 OPAでは、レーザー光を放射するアンテナ(光放射器)のアレイを構成する各アンテナ素子に位相差を与えることで、光の干渉によって一定の方向にビームを射出する。位相差を連続して調整することで、ビームを水平方向および垂直方向に走査する。ただしアンテナアレイによって垂直方向と水平方向の両方を走査する方式は、電力消費が大きくなる、アンテナの構造と制御が複雑になる、といった課題を抱える。そこで最近では、レーザーの波長を変化させることで回折格子によって垂直方向を走査し、OPAは水平方向の走査だけとする方式が注目を集めている。

波長可変レーザーと光位相アレイ、光増幅器をシングルチップに集積

 そのようななか、Samsung Electronicsは、波長可変レーザー(TLD:Tunable Laser Diode)と光位相アレイ(OPA)、回折格子、半導体光増幅器(SOA:Semiconductor Optical Amplifier)をシングルダイに集積したLiDAR用スキャナを開発し、その技術概要を2020年12月14日~18日に開催された国際学会IEDMで発表した(講演番号7.2)。開発したスキャナや受光素子、制御回路などでLiDARを試作し、10mの距離内で移動する物体(歩行する人体)の3次元距離画像を生成してみせた。

 試作したスキャナのダイ寸法は3mm×7.5mmとかなり小さい。SOI(Silicon On Insulator)基板にシリコンの光回路を形成するとともに、半導体レーザーおよびSOAとなるIIIV族半導体ダイオードをIIIV族オン・シリコンプロセスによって作成した。ただしIIIV族のエピタキシャル層は、別に製造したダイをSOI基板に貼り付けている。SOI基板にモノリシック成長させなかったのは光増幅の利得を稼ぐためだという。このことから、エピタキシャル層の結晶品質はオンシリコンだとまだ不十分であることがうかがえる。

 スキャナの動作は以下のようになる。光源の波長可変レーザー(TLD)から射出された赤外光は、光分波器(ビームスプリッタ)とSOA、位相シフタ(PS:Phase Shifter)を介して32チャンネルの光に分配される。32チャンネルの光ビームは回折格子のアンテナアレイを通して空中に送出される。水平方向の角度は位相によって、垂直方向の角度は波長によって制御する。

光増幅器の断面構造(左)と断面観察像(右)。TLDとSOAに使われる。最大光出力は50mW、最大利得は15dB。IEDM 2020の発表論文(講演番号7.2)から

 光源の波長可変半導体レーザー(TLD)は、光路長がわずかに異なる2つのリング共振器とIIIV族の光増幅器、回折格子型反射鏡で構成した。リング共振器をヒーターで加熱し、光路長をずらすことでレーザー発振の波長を変えている。なお中心波長は1,320nm、波長可変範囲は60nm、サイドモード抑圧比(SMSR:Side Mode Suppression Ratio)は25dBである。

波長可変半導体レーザー(TLD)の概要。左上は構造図。2つの半導体光増幅器(SOA)とリング共振器、ヒーターなどで構成する。右上は試作したTLDの顕微鏡観察像。左下は発振スペクトル。右下はサイドモード抑圧比(SMSR)。IEDM 2020の発表論文(講演番号7.2)から

試作したスキャナから射出されるレーザービームの広がり角は水平方向が0.15度、垂直方向が0.09度。ビームの走査角は垂直方向(波長可変)が4度、SMSRが20dB、水平方向(位相差可変)が15度、SMSRが10dBである。

LiDARを試作して人体の歩行をリアルタイムで検出

 Samsung Electronicsは、開発したスキャナのチップとスキャナの駆動回路、受光素子アレイとデジタイザ、制御システムなどを組み合わせたLiDARを作製し、移動物体の検出を試みた。

 試作したLiDARの性能は測定画素が水平120画素×垂直20画素、視野角(FOV:Field Of View)は水平方向が15度、垂直方向が4度、パルス光の周波数は1MHz、画素当たりのパルスは20回、1画面(フレーム)の生成に必要な時間は0.048秒(20fps)、などである。画素数はまだ少なく、視野角はまだ狭い。

 実験では、10mの距離から歩行者がLiDARに近づいたり遠ざかったりしたときの3次元距離画像をリアルタイムで取得できた。

左は試作したLiDARのセットアップ。右は測定結果の例。TXは送信信号(レーザーパルス)、RXは受信信号(受光素子)。その下は送信信号と受信信号の相互相関とQOS(quality of signal)。いずれも横軸は時間。IEDM 2020の発表論文(講演番号7.2)から
10mの距離から歩行者がLiDARに近づいたり遠ざかったりした実験の結果。左から「カメラによる撮影画像」(a)、「LiDARのQOS(quality of signal)画像」(b)、「色で距離を表示した画像」(c)。「3次元の距離画像」(d)。歩行者の動きをリアルタイムで測定できていることがわかる。IEDM 2020の発表論文(講演番号7.2)から

 今後は光出力を高める、計測可能な距離を伸ばす、視野角(FOV)を広げる、画質を向上させる、といった改良を予定する。また、屋外用のLiDARモジュールを試作して動作を確認したいとする。