Atmel vs Microchip
会場:米国カリフォルニア州McEnery Convention Center
会期:3月30日~4月2日
Microchipといえば、押しも押されもせぬ、8bit MCUにおけるNo.1サプライヤーである。PICシリーズMCUはラインナップが非常に多岐に渡っており、幅広いマーケットで使われている。
もっとも、アーキテクチャや命令セットに関しては「やや癖がある」というか、互換性があるようでほとんど無いというか、使いこなすのにはやや手が掛かるのも事実である。とはいえ、Microchipは元々米General Instrumentsの1事業部門だったのが、'89年に独立したもの。最初の製品は、まだGeneral Instrumentsの時代から発売されており、独立から数えても既に20年が経過している(実際は20年を越えている)という、非常に息の長いラインナップであり、それなりの数のアプリケーションが既に存在しているから、言ってみれば「数は力」といったところか。
この8bit MCUのマーケットにAVRシリーズという独自のMCUをぶつけて来たのがAtmel。最初の製品がリリースされたのは'97年だから、こちらももう12年ほどになるが、20年オーバーのMicrochipからすれば新参者という事になるだろう。
以前はPICシリーズの売り上げと比較すると微々たるものだったAVRだが、年を追うごとに売り上げは急成長。例えば2007年のAnnual Report(なぜか2008年はまだ公開されていない)を見ると、2007年のMicrocontroller Divisionの売り上げは4億5,800万ドルに達している。同時期のMicrochipの売り上げは10億3,900万ドルだから、AVRの売り上げがかなり無視できない規模になっている事がわかる(ちなみに売り上げ全体で言えば、AtmelはASICやRFなども持っているため、16億3,900万ドルとMicrochipを超える規模になっている。またMicrochipの売り上げにはアナログ部品なども含むから、PIC vs AVRという構図で見れば、もっと売り上げは接近していると思われる)。
こうした事もあってか、2008年10月にMicrochipは(Motorolaから独立した、Analog部品ベンダーである)On Semiconductorと共同でAtmelに買収提案を行なうものの、当然のようにAtmelは拒否。そうこうしているうちに景気後退に伴いまずOn Semiconductorが脱落。Microchipは引き続き単独で買収提案を出すものの、今年2月には遂に断念といった具合で、とりあえず両社共に2008年10月以前の状態に戻ったわけだが、そんなわけでお互い遺恨はありまくりである。で、今回はAteml、Microchip共にブースを出しているわけだが(写真01,02)、それが隣り合わせ(写真03)というのは、日本ではまずありえない配置に思える。
で、当然ながら両社ともやる気満々。Atmelは液晶ディスプレイで性能比較(写真04)や、Steve Sanghiのコメント(写真05)を展示すれば、Microchipも負けていない(写真06,07)。まぁ総じてどっこいどっこいという感じではあるが、Atmelのブースからこの展示が大きく目立つ(写真08)あたり、Microchipに技ありといったところか。AtmelはAVR君(仮称)が頑張って練り歩いていたが、あんまり目立たなかった。
写真01:Atmelのブースは割りとシックな感じ。黒字に白の“AVR”の文字は割と遠くからでも目立った | 写真02:こちらはMicrochip。各ブースに結構照明がつけられていることもあり、ひたすら明るかった。写真撮影に便利といえば便利なのだが、ピンスポットが多いのは困りもの | 写真03:左がAtmel、右がMicrochipである。誰がこんな配置に決めたんだか |
写真04:機能比較一覧。これ以外にも何ページかあるプレゼンテーションをリピートで表示していた | 写真05:このメッセージは、Microchipが投資家向けに買収の詳細を説明したプレゼンテーションの4ページ目冒頭に出てくる。まぁこれだけ取り上げて宣伝というのは、ちょっと底意地が悪いような | 写真06:これはDesign Winの数の比較。「Atmelは16bitのDesign Winが無い」ってそりゃ製品出してないんだし |
写真07:こちらは性能比較例。PIC24 vs XMEGAというのもちょっとアレな気が | 写真08:もっとも通路に常時人がいるので遠くからだと割と見えにくく、ところが接近するとあまりに大きく展示されていて却って見えにくいというオチもついている | 写真09:このやたら明るいお姉様もAtmelのブースの説明員 |
●Atmelは開発キット中心
さてそのAtmel、今回はラインナップを誇るというよりは、評価キットを中心に、いかに簡単にアプリケーションを構築できるかという点に重点が置かれたものになった。その中でも特に人気が高かったのがタッチセンサー関係。昨年3月にAtmelは英Quantum Research Groupを買収し、タッチセンサー向けのラインナップを大幅に拡充した。それもあってか、E100S(写真10)とかEVK2080A(写真11)、EVK5480B(写真12)などの評価ボードや、これとMCUを同梱した評価パッケージ(写真13)、あるいは24キーの評価キットを実際に動かしてのデモ(写真14)が行なわれていた。もっともこれらのデバイスはもっぱらタッチセンサーのみだから、別にMCUと直接関係はないと言えば無い。が、実際には例えばAVR32の評価キットにQWheelとQTouchが搭載されていたりする(写真15,16)わけで、こうしたソリューションをMCUと一緒に提供できる、という事を積極的に展示していた。
AVR32つながりで言えば、こちらは昨年も表示されていたiPod用のリモートコントロールキット(写真17,18)が今年も展示されていた。ただ昨年はまだ型番などが未発表だったが、今年はATEVK105として普通に入手できるようになっている事が大きな違いだろう。ちなみに価格は原稿執筆時点で179.00ドルと、比較的お手軽である。
タッチセンサー以外にも、2.4GHzのRF Moduleを搭載し、ZigBee Applicationを構築できるAVR Raven(写真19,20)もやはりそれなりに人気を博していた。AVR Ravenは、通信用にATmega1284Pを、LCD表示用にATmega3290PVをそれぞれ搭載しており、更にRF ModuleとしてAT86RF230を搭載するというもの。Raven自身はRF以外の接続をサポートしていないが、必要ならAVR Raven×2と、RZ USBstick(USB接続の2.4GHzトランシーバ)がセットになったRZRavenを使う事で、ホストと連携するアプリケーションを試す事もできるといった具合だ。
どのデモブースでも、性能とか機能よりももっぱら開発容易性を主にアピールした展示となっていたが、唯一性能の高さを示していたのが、XMEGAシリーズ(写真21,22)。発表は昨年2月に行なわれたものの、サンプル出荷は10月頃までずれ込んだ製品である。プロセッサコアは8bitのAVR(正確に言えばmegaAVR)と共通であるが、最大の違いは内部に4chのDMAコントローラを搭載したことだ。これにより、I/O実行時にCPUコアを待機状態にしたり、他の作業を行なえるようになり、省電力性(CPUコアを待機させておける)もしくは高性能(I/O完了まで他の作業を可能にする)が実現できたとしている。また、割り込み処理回路を強化し、従来製品と比べてCPU負荷が高い時でも割り込みのレイテンシが増加しないのも特徴である。これ、x86系プロセッサを見慣れた目には「何を今更」なのだろうが、代表的なATXmega128A1の価格はたったの6.32ドル(1個の場合:100個以上だと5.28ドル)でバラ買いできるMCUに、こうした機能を搭載するのはなかなか大変である。「16bit並みの性能と8bit並みの省電力」というXMEGAは、16bitのラインナップを持たないことに対する同社の回答とも言えるわけだが、それでもまだAVR32との性能ギャップが大きい(AVR XMEGAは1.0 DMIPS/MHzで動作速度は32MHzまで。一方AVR32は1.3~1.4 DMIPS/MHzで150MHzにも達する。もう少しXMEGAシリーズに性能を伸ばしてもらうか、あるいはAVR32の低消費電力版をリリースするなどギャップを埋める方策をどう取るかが今後の課題となるだろう。
写真10:QT100を搭載した評価ボード。今はQT100Aにリプレースされている模様。左の金具は直径20mmのCR2032電池だから、全体の小ささもわかろうというもの | 写真11:こちらの製品はまだ未発表の模様。QWheel用のセンサーにATmega88を組み合わせた評価ボードの模様 | 写真12:これは空箱なのではなく、タッチスクリーン用の評価キット。EVK5480Bの場合、同社のAT42QT5480と3.3×3.2インチのタッチスクリーンが組み合わされ、2 touch(つまり2本の指をそれぞれ認識する)が可能となっている |
写真13:これはQTouch用の評価キットのうち、AVtiny88を搭載したパッケージ。箱そのものは共通で、後はシールで区別する模様。右のシールには“QMatrix impremented on ATtiny88”と書かれている。どうでもいいが、何か今のAtmelの開発キットのパッケージは総じて何か変 | 写真14:操作員が触っているのはE6240という24キーの評価ボード。その脇に置かれているのはE1106という、7キー+Wheelの評価キット。どちらのキットも内部にAtmelのMCUは入っているが、これらは単にTouch Sensorの結果を読み出すだけでアプリケーションを実行できるわけではないので、WindowsマシンとUSBで接続してこの上でアプリケーションを動かす形となっている | 写真15:これはAVR32を使ったメディアプレイヤーの評価キット。iPod風の操作パネルと液晶モニター、内蔵FlashとSDカードスロットを搭載する。もっとも、搭載するのは特にアクセラレーション機能などを持たないAT32UC3A364だから、MP3の再生程度には十分でも、複雑な音声Codecとか動画の再生にはやや力不足。もっとも評価キットだからこれでいいのかも |
写真16:ATEVK1104のパッケージ。なんだこれは…… | 写真17:こちらはAT32UC3A0512を利用した、iPodやiTouchなどの制御システム。要するにiPodなどのBase Stationを、AT32UC3A0512を使って簡単に構築できますという例 | 写真18:基板構成。iPod用とは書いているが、iPodの制御部分は全部ソフトウェアだから、それ以外のメディアプレイヤーのドッキングステーションであってもハードウェア的には同一で構成できる |
写真19:こちらがRaven。一応簡単な4方向スイッチもサポートしており、例えばZigbeeで通信もできるが、単独でも利用できる温度計なんてアプリケーションが作れる事になる。その場合、温度センサーの管理(これはこれで別のAVRが必要になるだろう)や液晶への表示をATmega3290Pが、ZigBee StackをATmega1284Pがそれぞれ管理する形になる。ちなみにこれ単体の価格は、原稿執筆時点で5,767円 | 写真20:こちらがRaven×2とRZ USBstickを同梱したRZRAVENのパッケージ。何となく禍々しい感じが……ちなみにお値段はやはり原稿執筆時点で99ドル。割とお買い得な気もする |
写真21:STK600上で動作するXmega。会場ではモータ制御アプリケーションを実装した例を示していた | 写真22:構成はこんな感じ。PWM制御のタイマー設定などはCPUが行なうが、実際に信号のOn/OffはDMAコントローラが行なうので、CPUはその間待機していてよく、これが省電力に繋がるという話だった |
●Microchipは改めて「数は力」
さて、ではMicrochipはどうか? というと、こちらもメインはやはり開発キットによる開発容易性の展示が主である。が、なにしろ既に膨大な数の開発キットがあるわけであるが、これをテーマ別に一気に並べるという「数の力」を感じさせるものになっていた(写真23~35)。どんなニーズに対しても、何かしらのソリューションを提供できるという自信と、それが必ずしもScalableとかCompatibleでなくても構わないという割り切りの両方を感じさせるものだった。今年はこれといった新製品は無い(強いて言えば、dsPICを使ったSMPS Solution、それとKEELOQ 3という新しい認証システムの開発キットを発表した程度)Microchipであったが、会場では常に多くの人間が立ち寄っており、MCUマーケットにおける存在感を見せ付けてくれた。
ちなみに2日目にあたる4月1日の基調講演は、同社CEOのSteve Sanghi氏によるものだったが、氏の公演内容もまた「数は力」とでも要約すべきもので、その意味では展示内容は講演に合ったものとなっているとも言えよう。展示ブース自体はそれほど大きくなく、代わりにセミナースペースを設けて開発手順の紹介などを定期的に行なったり、あるいは基調講演の際にPIC32 Design ChallengeのFinalの結果が発表されたり(写真36~40)、とやっていることは比較的コンサバティブな内容であったが、それが強みに感じられるあたりが、さすがMicrochipというべきかもしれない。
最後に余談を1つ。Microchipのブースからは、こんな感じに点々と足跡が(写真41)。これは何かというと、Hi-Tech Cのブースで無償配布してますという宣伝である(写真42)。今年はどこのブースも予算が厳しいのかあまりお遊びの雰囲気が無かった事もあってか、こうした小技に妙にセンスを感じたりした。例年だとこの程度はどこにでもありそうなもので、これが目立ったという事そのものが、全体の雰囲気をそのまま示しているような気がする。
写真23:Space Saving Packages:PIC10を始めとする省パッケージ品 | 写真24:Display Solution:最大480×272(WQVGA)ピクセル・16bitカラーのほか2Dや3D表示、Unicodeフォントまでの表示などをカバーするラインナップが用意される | 写真25:Temperature Sensing Solutios:実際にMCP3531を使って温度測定を行なっている結果が画面に表示されていた |
写真26:Internet Solutions Using TCP/IP Protocol:このクラスだと、Ethernetの搭載もさることながら、まずTCP/IP スタックをどう搭載するかという方が問題になる。この結果、PIC32が使われるケースが多いが、一応8bitのPIC18や16bitのPIC24でもTCP/IPスタックが提供されている | 写真27:RF、ZigBee、MiWiなどのWireless Solutions:MiWiというのはWiiのパチモンの話ではなく、Microchipが提供する独自プロトコル。物理層はIEEE 802.15.4で、要するにZigBeeと同じだが、もっと機能は少なく、データレートも低く、短距離向けである。その代わりにProtocol Stackが非常に軽い。MiWiとMiWi P2PがMicrochipから提供される | 写真28:mTouch Touch Senising Solutions:要するにタッチセンサーである。AtmelのQWheelとかQSlideほどのバリエーションは無いが、一応用意はされている |
写真29:Switch Mode Power Supply(SMPS) Solutions:dsPICを使った、いわゆるデジタル電源(MicrochipはIntelligent Power Suppliesと称している)のソリューション。リファレンスデザインとして公開されているものは+12Vが無いので、ここに展示しているものは新バージョンなのかもしれない | 写真30:動作デモの様子。最近、電源は非常に細かな電圧制御であるとか、急激な負荷の増減に耐える事が求められるようになってきており、これに対応して制御をデジタルで行なおうという動きが出てきている。このデモもその一例で、負荷がOnになった瞬間に電圧降下が発生してはいるものの、それを0.04V程度におさえ、かつ100μsec以内に電圧を3.3Vまで戻すといった事は、アナログ制御ではちょっと難しい(出来なくは無いが、回路規模が大きくなるし、効率も下がり、コストも上がる)。これをdsPICをベースとして構成できますという例。リファレンスデザインは+3.3Vと+5Vをあわせて300W出力可能としており、効率99%を誇る | 写真31:Lighting Solutions:要するにLEDドライバ。省エネのために白熱電球をやめて蛍光灯やLED照明にしましょう、という動きは米国でも進んでおり、こうした用途に向けたものとなっている |
写真32:16bit MCU Solutions:PIC24とdsPIC30/33というラインナップがあり、これにあわせた各種スタータキットや周辺ボードが用意される。SDカードとかBluetooth/ZigBee、Ethernetなどコンシューマ機器に最近要求されるデバイスが多いのが特徴 | 写真33:32bit MCU Solutions:要するにPIC32である。既に開発ボードも何種類か提供されている | 写真34:USB Solutions:最近はUSBデバイスだけでなく、OTG(On-The-Go)機能を搭載した製品も増えた。要するにUSBホストになれる機能。USB 2.0といっても実効速度は480Mbpsがフルに出る事はまず無いが、それでもホスト機能を搭載したことはかなり大きい |
写真35:PIC24を使ったStackableUSBのデモも、わざわざ1ブースを割いて行なわれていた | 写真36:Grand Prize WinnerとなったPortable Notetaker for the Blind。見ていただければお分かりの通り、赤外線を使った盲人用の杖をPIC32で作ったもの。これは基本例で、階段の段差とか、壁の隙間とかをどう検出して利用者に伝えるかも紹介された | 写真37:Second Prize WinnerのSmart Home Base。携帯電話をSkypeと繋ぐ事で、カルフォルニアから広州まで無料で電話を掛けるとか、ここに出ていない例として照明や炊飯器を制御するHome Appliance controlなども搭載している |
写真38:Third Prize WinnerとなったBUMS(Bathroom Utilities Management System)。要するにモーションセンサーやドアセンサーなどさまざまなセンサー、それにシャワーなどのコントローラを使ったインテリジェンスバスコントローラ(謎)なるものである。RFIDタグを使った個体識別による調整も可能だとか | 写真39:Honorable Mention(選外の佳作)となったのがこのFIGARO the lawn-barber。芝刈り機というよりはロボット蜘蛛さんという感じ。見ていて一番動きが面白かったのはこれだった | 写真40:左は優勝のNghia Tran(txnghia)氏。右は発表を行なったPIC32 Marketing ManagerのTerry West氏 |
写真41:問題はこれ、意外に目立たない事。まぁ展示会で足元をみて歩く人はあんまり居ないからかもしれないが | 写真42:「どうせならブース分けなきゃいいじゃん」と思ったのはナイショだ |
(2009年 4月 16日)
[Reported by 大原 雄介]