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Arm、バリューセット「Neoverse CSS」でデータセンターのシェア拡大を目指す

Armブースに展示されていたNVIDIA Grace(Arm Neoverse V2ベース)

 英Armは、2月21日(英国時間)に報道発表を行ない、同社のデータセンター向け製品ラインアップの拡張を行なった。

 新しいラインアップは、「Neoverse CSS V3」と「Neoverse CSS N3」の2製品で、いずれもCPUが最新版に強化されているほか、周辺部分(たとえばPCI Expressコントローラなど)のIPライセンスもセットにして提供し、TSMCやIFS(Intel Foundry Services)といったファウンドリのプロセスノードへの最適化などが既に行なわれており、ファブレス半導体メーカーはこれまでよりも短期間で設計から製造にこぎ着けることが可能になる。

 そうした「CPUのバリューセット」や高い電力効率という特徴を武器に、ArmはデータセンターCPUを設計する顧客を増やしていき、最終的にAMDやIntelの2つのx86プロセッサメーカーから市場を奪うことを狙っているが、Intelはそれを返り討ちにすべく電力効率を2.7倍に高めた「Sierra Forest」を本年の前半中に発表する計画だ。

Armのデータセンター事業にとって2023年は飛躍の年だった

NVIDIAのNVIDIA GH200 Grace Hopper Superchip

 Armのデータセンター向けビジネスにとって、2023年は飛躍の年だったと言って良い。同社が2022年に発表したハイパフォーマンス向けCPUのNeoverse V2、高効率向けCPUのNeoverse N2というIPデザインが、ファブレス半導体メーカーやCSP(クラウド・サービス・プロバイダー)に続々と採用されたからだ。

 まず、NVIDIAのGraceというCPUが、Neoverse V2のIPデザインに基づいたものとなっている。そしてそのGraceは、H200 GPU(開発コードネーム:Hopper)とともに1モジュール化された「NVIDIA GH200 Grace Hopper Superchip」に搭載された。GH200は、より大規模なAIコンピュータの構築を可能にする。

AWSのGraviton4、Neoverse V2ベース

 また、AWSのGraviton4もNeoverse V2に基づいており、昨年(2023年)11月にラスベガスで開催されたAWS re:Inventで発表され、AWSのインスタンスとして提供開始されている。AWSによれば1チップで最大96コアのCPU構成になっており、従来製品(Graviton 3)と比較して30%ほど性能が上がると説明されている。

 そして、Armにとって2つ目のハイパースケーラーでの採用例となったのが、Microsoftだ。Microsoftは11月に開催したIgniteにおいて、パブリック・クラウドサービス向けに自社設計したArm CPU「Cobalt」を投入することを発表。その最初の製品となるCobalt 100に、Neoverse N2が採用されると明らかにした。

 このように、Armはデータセンター向けで確実にシェアを増やしている。2023年に関しては統計がまだ出ていないのだが、1桁台でも後半の方、限りなく10%に近いマーケットシェアに近づいていると言う関係者は多い。正式な統計データがないのでそれが本当かどうかは検証のしようがないのだが、徐々にマーケットシェアを伸ばしていることは間違いない。

CPU業界のバリューセット「Arm Total Design」を武器にサーバー市場の浸透を目指すArm

Armの上席副社長 インフラストラクチャ事業部門 事業部長 モハメド・アワッド氏

 そうしたArmは2月21日に、新しいデータセンター向けデザイン群を発表した。それがNeoverse CSS V3とNeoverse CSS N3の2製品になる。

CSS(Compute Subsystems)
Arm Total Design

 従来はNeoverse V2、Neoverse N2というように「CSS(Compute Subsystems)」のつかない製品名だったのに、今回の製品名からはなぜつくようになったのか。V2/N2世代まではCPU名が製品名だったのに対して、今回の世代ではCPU、周辺部分、プロセスノードへの最適化などをトータルパッケージとして提供するようになったため、製品名にCSSが入るようになったのだ。CPUだけでなく、周辺部分やプロセスノードへの最適化なども含めて提供することをArmは「Arm Total Design」と呼んでおり、CSSはそのことを示すブランド名ということになる。

 Armの上席副社長 インフラストラクチャ事業部門 事業部長 モハメド・アワッド氏は「弊社の顧客にとって、単にIPデザインだけでなく、そうした全てを含んだ要素を提供することが非常に重要だ。というのも、顧客は他社との競争に打ち勝つため、とにかくデザインして製造にこぎ着けるまでの期間を短くしたいと考えている。そのニーズに応えるため弊社はArm Total Designを導入した」と述べ、Armの顧客がArm IPの提供だけでなく、周辺部分やファウンドリプロセスノードへの最適化を望んでいるため、Arm Total Designを導入したと説明した。

Neoverse CSSを利用すると半導体メーカーは従来よりも大幅に開発期間を短縮できる

 一般的にファブレスの半導体メーカーがSoCを設計する場合、ArmからCPUやメモリコントローラIPライセンスを、SynopsysなどからPCI ExpressやUSBコントローラのIPライセンスを……とそれぞれ提供されて、それを1つにしてSoC全体の設計図を完成させる。その後ファウンドリのプロセスノードに最適化する作業を行ない、最終的にマスクと呼ばれるウェハに焼き付けるイメージを完成させて、実際に製造に入る。

 Arm Total Designはそうした一連の作業を、Armが既に済ませており、たとえばSynopsysなどのサードパーティーが提供するIPライセンスも組み合わせても問題がないことをあらかじめ確認している。また、それらも含めてファウンドリのプロセスノードへの最適化が実現されており、完成した設計図をファウンドリに持ち込めば従来よりも短期間で生産が開始できるのだ。

MicrosoftのCobalt 100もCSSを活用して設計されている

 アワッド氏は「MicrosoftのCobalt 100もこのCSSを活用して設計されている」とし、このためMicrosoftは迅速に設計し製造にこぎ着けることができたのだと明らかにした。

Neoverse CSS V3
Neoverse CSS N3

 もちろん、CPUそのものも強化されている。Neoverse CSS V3のCPUとなる「Neoverse V3」は、1つのダイで64コアを集積している。Neoverse V2を採用しているGraviton4の96コア、Graceの72コアと比較して減っているが、それは複数のダイをパッケージ上でチップレットとして接続することを前提としているためで、1パッケージで2つのダイを搭載すると128コアを実現できる。

 また、メモリも以前から対応してきたDDR5/LPDDR5だけでなく、HBM3にも対応しており、たとえばAI向けのスーパーコンピュータを構築する場合に、メモリ帯域へのニーズが高い場合にはHBM3をメモリとして選べる。

 Neoverse N3はN2同様に電力効率に注力した製品で、1つダイで32コアを搭載でき、やはり複数のダイをチップレットとして採用することで、コア数を増やせる。1つの32コアダイのTDPは40Wと低く、より多くのダイをパッケージに封入することで、高効率なサーバーCPUを実現できる。

タイムトゥーマーケットを実現するArm Total Design、IntelのSierra Forestで返り討ちを狙う

 このように、Arm Neoverseは2023年で採用例を増やしつつ、2024年は新しい製品を投入することで、これからArmベースのデータセンター用CPUを設計しようという顧客に対して魅力的な選択肢となることを狙っている。その要因はMicrosoftがArm Total Designを採用したことからも分かるように、短期間で製品を開発しタイムトゥーマーケットで製品を投入するという点にあるのは明らかだろう。

 それに対して、AMDやIntelの場合には、基本的にAMDやIntelが、顧客が望むような製品を待つしかない。Arm Total Designとファウンドリを使えば、かつてとは比較にならないぐらい容易に作れるようになったので、作ってもらえないなら自分で作ってしまえと考えるのも自然な流れだろう。

 しかし、AMDやIntelだって黙っているわけではない。そうした顧客の不満をつかんだ製品を今後投入していく計画だ。

 これまでx86プロセッサの弱点は、消費電力と電力効率だった。しかし、近年、AMDもIntelもその点を解消しつつあり、実際のところピーク時の電力に関しては、Armベースの製品とそんなに変わらなくなってきている。しかし、電力効率に関しては、Arm勢に一日の長がある。それがこれまでの構図だった。

 ところが今回のMWC 2024でIntelは、同社が本年の前半中に投入を計画しているEコアCPUだけで構成され、1パッケージで288コアを実現する「Sierra Forest」のデモを行ない、そのラック1つあたりのピーク時性能が2.7倍になると説明した。基本的にラック1あたりの電力というのは同じなので、乱暴に言えば電力効率が2.7倍になるということだ。Intelの関係者は「間違いなく業界をリードする」とその電力効率の実現にも自信を見せており、それが本当であればArm CPUのアドバンテージが1つ減ることになる。

 その意味で、これから1~2年で確実にシェアを増やしてきたArmがさらに伸びるのか、それともAMD/Intelのx86勢が返り討ちにしてむしろ減るのか……か、その動向は今後も要注目だ。