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日本の旗艦スマホ市場にDimensity 9200が参入する可能性は?メディアテックジャパンの栫社長に聞く

メディアテックジャパン株式会社 社長 栫啓介氏

 MediaTekはスマートフォン、TV、Chromebookなどの市場でトップシェアを誇る半導体メーカーで、数年前にスマートフォン向けの市場シェアトップの座をQualcommから奪ってから9四半期連続でトップシェアの座を維持している。また、最近では「Dimensity 9000」シリーズをひっさげて、Qualcommの牙城だったフラッグシップAndroidスマートフォン市場に参入しており、中国市場で市場シェアを得るなど、Qualcommとの競争という意味で大きな一歩を踏み出したところだ。

 そうしたMediaTekだが、日本市場では、市場の半数以上を占めるiPhone、そしてAndroidのフラッグシップ向け製品ではQualcommがほぼ独占的に市場を占めているという2枚の厚い壁に阻まれて、ミッドレンジやローエンド向けに採用されているのが現状となっている。

 一方、PC向けという意味ではIntelとのパートナーシップにより、5Gのセルラーモデム事業に参入しており、同社のT700はLenovoのThinkPadシリーズ、HPのDragonfly、DellのLattitudeシリーズなどのノートPCで採用が進んでいる。

 そうしたMediaTekの日本事業を率いている日本法人メディアテックジャパン株式会社 社長 栫啓介氏にMWC 2023の会場でお話しを伺ってきたので、これからの日本市場での展開などに関する同社の戦略を紹介していきたい。

スマートフォン向け、TV向けでグローバルにトップシェアになっているMediaTek

 MediaTekは半導体の製造施設を持たないファブレスの半導体メーカーになる。本社は台湾の新竹市にあり、製造は同じ新竹などにあるTSMCなどに委託して委託生産を行なっている。

 本誌の読者などにとってのMediaTekは、ミッドレンジからローエンドのスマートフォンに搭載されているSoCベンダーというのが姿ではないだろうか。日本市場に限って言えば、その認識はおおむね間違っていないのだが、徐々にその姿も変わりつつある。MediaTekによれば、ここ最近の9四半期に渡って(つまり27カ月)、MediaTekはQualcommを逆転してスマートフォン向けのSoCでシェア1位にあるからだ。つまり、世界最大のスマートフォンSoCベンダーは今やMediaTekなのだ。

 シェアトップなのはスマートフォンだけではない。実は薄型TV向けのSoCでもトップシェアになっているのだという。現代のTVは、液晶や有機ELなどのパネルに、スマートフォンと同様のSoCが組み合わされて搭載されている。そのSoCが、ストレージや放送のチューナーで受信した動画をデコードし、パネルの適切なサイズにスケーリングしながら再生している。現代のTVでは多くの製品で、MediaTekのSoCが採用されており、多くの家庭では知らず知らずのうちにMediaTekのチップを使ってTVを見ているというわけだ。

 そうしたMediaTekの日本法人がメディアテックジャパンだ。そのメディアテックジャパンを率いるのが、栫啓介氏だ。栫氏は、かつてはソニー・エリクソン時代からソニー・モバイル(現在はソニー)の製品担当として、スウェーデンや米国で勤務を重ね、最終的にはソニー・モバイルの副社長として経営陣としてリードしてきた一人である。

 ソニー・モバイルを退職後に別のメーカーや商社などでキャリアを積んだ後、2021年4月から現職に就き、日本におけるMediaTekのセールスやマーケティング活動、メーカーのサポートなどをリードしている。ソニー・モバイル出身というキャリアからも、日本のMediaTekの市場拡大にうってつけのトップと言えるだろう。

既に日本のキャリア4社の相互接続性試験は通過し、OEMメーカーが評価を行なっている段階までこぎ着けている

MediaTekの最新SoC、Dimensity 9200のレイトレーシングのデモ。Dimensity 9200はCPUはCortex-X3+Cortex A715という構成、GPUはレイトレーシングに対応するなどQualcommのSnapdragon 8 Gen 2にも匹敵するスペックを持つ

 栫氏に日本おけるMediaTek、特に通信キャリアが自社ブランドで販売しているAndroidスマートフォンにMediaTekが入る日が来るのかに関して聞いてみると、「まずベースラインとして重要なことは、弊社のモデムは日本のMNO通信キャリア4社すべてで、IOT(Inter-Operability Testing、相互接続性試験、通信キャリアのネットワークに接続して問題なく通信、通話ができることを確認する試験のこと)を通過しており、いつでも日本のワイヤレス通信ネットワークで使えるようになっていることだ。そこが確認できていないと、端末に採用してもらう、もらわない以前の問題となるからだ」と述べた。つまり、あとは同社SoCを搭載したスマートフォンが通信キャリアの眼鏡にかなうかどうかという段階にあると説明した。

 それが前提としてあり、次に来るのが、Qualcommが展開しているフラッグシップ向けSoCのSnapdragon 8 Gen 1/Gen 2に対抗できるような製品をMediaTekが用意できるかにある。というのも、日本の通信キャリアのAndroidスマートフォンという市場はやや特殊な市場で、そのラインアップのほとんどすべてがQualcommのSnapdragon 8 Gen1/Gen 2のようなQualcommのフラッグシップに占められている。

 これは、日本の通信キャリアが優れたユーザー体験に注力してきたことの現われでもあるし、通信とセットで販売することで見た目の価格を抑えてきた、そうした戦略の裏返しでもある。いずれの理由にせよ、日本の通信キャリアが販売するフラッグシップSoCを搭載したAndroidスマートフォンが大きな市場であることを考えれば、それに対抗する製品が必要なのは明らかだ。

VIVO X90/X90 Pro。Dimensity 9200をいち早く搭載したフラッグシップスマートフォン。中国で販売されている
XiaomiのXiaomi 12 Pro Dimensity Edition、Dimensity 9000+を搭載
ASUSのROG 6D/6D Ultimate、Dimensity 9000+を搭載
OPPOのFind N2 Flip、Dimensity 9000+を搭載

 栫氏によれば、そうした状況にも、MediaTekがDimensity 9000シリーズというハイエンド製品を投入してから大きく状況が変わりつつあるという。「特に中国のスマートフォンメーカーがフラッグシップにQualcommと並んで弊社のDimensity 9000シリーズを採用する例が増えている」とのことで、中国のスマートフォンメーカーがSnapdragonとDimensityの両方をラインアップで、2社のSoCをダブル・フラッグシップとして採用する例が増えているというのだ。

 例えば、MediaTekが昨年の11月に発表したDimensity 9000シリーズの最新製品となるDimensity 9200では、性能でSnapdragon 8 Gen 2に匹敵するようになり、そこが評価されている。

 実際、中国のVIVOがいち早く製品を投入し、その製品は今回のMWCでも展示されていた。ノートPCの世界で言えば、依然としてIntelベースの製品が市場の多数を占めているが、AMDのフラッグシップ向けもじわじわと増えてきているといような状況がスマートフォンの世界でも起きているというわけだ。

 ただし、その状況はまだ中国限定の状況で、米国や日本といった成熟市場ではまだその現象は起きていないというのが正直なところ。「確かに、日本のOEMメーカーも含めてDimensityを搭載したような日本市場向けのフラッグシップスマートフォンというのはまだ市場には姿を現わしていない。しかし、日々状況は変わっており、いくつかのOEMメーカーは、リサーチという形で我々のSoCをご評価いただいている」と述べた。以前はそうしたフラッグシップ向けスマートフォンでは、MediaTekのSoCが候補として検討されることはなかったのだから大きな進化と言える。

 もちろん、評価してもらえることと導入してもらえることは同義ではない。「もちろん短い期間でそれが採用につながるというものではない。Qualcommから弊社の製品に全部変えてほしいというのは簡単ではない。日本法人としては中国や台湾での経験を活かしながら、切り替えにかかるコストを最小化できるようにOEMメーカーをサポートすることで、将来そうなるタイミングに備えたい」と栫氏は述べ、引き続きスマートフォンメーカーをしっかりサポートしながら、乗り換えを働きかけるとした。

PC向けではWi-Fi 7やIntelと協業している5Gセルラーモデムを推進

いずれもMediaTek T700を5Gモデムに採用しているノートPC。上からDell Latitude 9320、HP Dragonfly Folio 13.5 G3 2-in1、Lenovo ThinkPad X1 Yoga Gen 7

 MediaTekはx86プロセッサやWoA(Windows on Arm)向けのSoCはラインアップとして持っていないため、Windows PC市場には直接は参入していないが、CPUやSoCではない、周辺チップを供給している。

 最近ノートPCで採用例が増えているのはMediaTekが供給する5Gセルラーモデムだ。というのも、Intelは5Gモデムを自社開発していたが、実際にPC向けとして本格的に出荷する前に、セルラーモデム事業をAppleに売却することに決定した。このため、4G LTE世代まではXMM5000シリーズなどの製品をIntel自身がOEMメーカーに提供していたが提供できなくなってしまったのだ。

 そこで、その代替として白羽の矢が立ったのがMediaTekで、IntelとMediaTekが協業してIntelプロットファーム向けにバリデーションしたものが、OEMメーカーに5Gモデムとして提供されているのだ。

現行モデルのT700を搭載したFibocomのFM350-GL
ミリ波に対応したT800を搭載したFibocomもFM380-GL

 例えば、ThinkPad X1 Carbon Gen 10/Yoga Gen 7/Nano Gen 2などのThinkPad X1シリーズの2022年モデルでは、FibocomのFM350-GLというM.2モジュールが搭載されている。これにはMediaTekのT700という5Gモデムチップが採用されており、Sub6(6GHz以下の周波数帯)の5Gで通信することが可能だ。

 既にMediaTekはT800という次世代製品をリリースしており、NSAに加えてSAにも対応しており、Sub6の4xCAだけでなく、ミリ波にも対応しておりミリ波を含めて8xCAにも対応するなどしており、下りの通信速度は最大で7Gbpsに達する。今回MWCのMediaTekブースにはこのT800を搭載したM.2モジュールも紹介されており、今後順次ノートPCなどに搭載されて提供が開始されることになる。

 また、別記事でも紹介したように、MediaTekはWi-Fi 7に関しても熱心に取り組んでおり、今回同社のブースにはたくさんのWi-Fi 7対応製品が展示されていた(詳細は以下の記事をご参照いただきたい)

 栫氏によれば「PC向けのセルラーモデムはIntelと協業したことで、採用例が増えた。今後もIntelとのパートナーシップを強化して、採用例を増やしていきたいと考えている。また、Wi-Fi 7に関してもいち早く搭載したいというお客さまから問い合わせをいただいており、既にTP-Linkが対応のルーターを発表するなどしており、我々の予想よりも急速に普及していくと考えている」とのべ、今後もPC向けのセルラーモデムやWi-Fi 7対応チップなどは成長市場と考えていると述べた。