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Arm、Apple Mのシングルスレッド性能に追い付くべく新Cortex-Xを開発中

MWC 2023でのArmブース

 Armは、2月27日~3月2日にスペイン王国バルセロナ市の「Fira Gran Via」で開催されたMWC 2023に出展し、同社の最新ソリューションを展示した。

 この中で、Arm 上席副社長 兼 クライアント事業部 事業部長 クリス・バギー氏は「Windows on Armのソリューションは拡大を続けている。Lenovoが昨年(2022年)発表した「ThinkPad X13s」、Microsoftが昨年発表した「Surface Pro 9 with 5G」など、エンタープライズグレードでも使える製品が増えており、ビジネスシーンでもArm CPUの普及が進んでいる」と述べ、WoA(Arm版Windows)におけるArmの進展をアピールした。

 その一方でArmの顧客でもあるAppleのM1/M2、そしてそのM1/M2に対抗する性能を持つ製品として、今年(2023年)登場する見通しのQualcomm「Oryon(オライオン)」など、x86プロセッサに性能で匹敵するようなPCグレードのArm CPUが増えつつあり、それに同社のフラッグシップ製品であるCortex-X3が性能で追いつけていないのではないかという指摘には「確かにシングルスレッド時の性能に差がある、その差を縮めるべく日々開発を続けている」と述べ、Armとしてもそうした高性能なArm CPUの市場を注意深く見守っており、キャッチアップできるようなIPの開発をしている可能性を示唆した。

Arm版Windowsは一般消費者向けだけでなくエンタープライズ向けにも拡大

Arm 上席副社長 兼 クライアント事業部 事業部長 クリス・バギー氏

 Armは昨年の6月にCortex-X3とCortex-A715というCPUと、Immortalis-G715というGPUのデザインIPを発表し、半導体メーカー各社がSoCのIPデザインとして採用している。CPUはQualcommの「Snapdragon 8 Gen 2」とMediaTekの「Dimensity 9200」に、GPUはDimensity 9200に搭載されて、既に搭載製品が市場に登場している状況だ。

 Arm 上席副社長 兼 クライアント事業部 事業部長 クリス・バギー氏は「Armにとって新しいGPUのImmortalis-G715は大きなステップになっている。MediaTekのDimensity 9200に採用されたImmortalis-G715は、モバイル向けGPUとして初めてレイトレーシングに対応するなどしており、今後ゲーミングやXRなどのアプリケーションで大きな効果を発揮すると期待している。ArmはGPUの性能を重視しており、これからもGPUの開発には投資を続ける予定だ」と述べ、ArmがGPUのIP開発に力を入れていることを強調している。

 実際、今回のMWCでもArmやMediaTekのブースではDimensity 9200を搭載したスマートフォンで、レイトレーシングのデモが行なわれており、GPUへの負荷を最小限にしてよりリアルな表現が可能になる様子を確認できた。

MediaTek Dimensity 9200を搭載したスマートフォンで行なわれたGPU「Immortalis-G715」のレイトレーシングのデモ
同じくDimensity 9200で行なわれたVRS(Variable Rate Shading)のデモ

 また、バギー氏はWindows on Arm(WoA、Arm版Windows、Armの命令セットアーキテクチャで動作するWindows)の進展に関しても強調した。「Windows on Armのソリューションは拡大を続けている。ThinkPad X13sやSurface Pro 9 with 5Gなど、エンタープライズグレードでも使える製品が増えており、ビジネスシーンでもArm CPUの普及が進んでいる」とし、QualcommのSnapdragon 8cx Gen 3やMicrosoft SQ3といったArmベースのデバイスが増え、かつ従来のように一般消費者向けだけでなく、エンタープライズ向けの製品が増加傾向にあることを指摘した。

 今回のArmブースでもそうした製品が展示されており、WoAの進展をArmはアピールしている。というのも、Armにとっては、現在注力している市場が、こうしたWoAのようなPC向けCPUと、データセンター向けCPUだからだ。どちらの市場もx86アーキテクチャのCPU(つまりはIntelとAMD)が90%以上を占める市場になっており、そこの市場をx86から奪えれば、大きな成長を望める、Armとしてはそう考えているからだろう。

Qualcommブースに展示されていたThinkPad X13s
Qualcommブースに展示されていたSurface Pro 9 with 5G
Qualcommブースに展示されていたSamsung Galaxy Book2 Go 5G
WoAではないが、AcerのChromebook。Arm CPUはChromebookでもよく利用されている

 その背景には、スマートフォン市場では既にArmの市場シェアがほぼ100%になっており、現状でArmの命令セットアーキテクチャに基づいていないスマートフォンはほぼ駆逐されている状況だと言ってよく、買い換え市場になっていることを考えると、今後そこが大きく成長することはあまり期待できないからだろう。Armが成長をするためには、IoT(Internet of Things)や自動車のよう市場か、x86アーキテクチャでほぼ独占市場になっているPC/データセンターを取りに行く必要がある。そのため、Armとしてはクライアント向けでは特にPC向けに力を入れている状況なのだ。

AppleのMシリーズなどとの差を縮めるためにはシングルスレッドの性能差を縮める必要があり開発を続けているとArm

Armブースに展示されたMicrosoftの「Project Volterra」、Windows上のArmアプリケーションを開発するための開発マシン。Windows Dev Kit 2023として既に販売が開始されている

 しかし、近年Armが提供しているIPライセンス(Cortexシリーズ)以外にも、アーキテクチャ・ライセンスを付与された企業が、自社設計で強力な性能を持つCPUを設計する例が増えている。

 Armが顧客となる半導体メーカーに付与しているライセンスの形態は大きくいって2つある。1つはアーキテクチャ・ライセンスで、これはArm ISA(最近はArmv9)を自社製品に搭載して設計・生産する権利で、自社で設計リソースを持っているような半導体メーカーが利用する形態になる。このアーキテクチャ・ライセンスを活用している企業の代表例はAppleで、スマートフォン向けのAシリーズ、PC向けのMシリーズにはいずれもアーキテクチャ・ライセンスが活用されてArm ISAの自社設計CPUが搭載されている。

 これに対してIPライセンスは、Armが開発したCPU(Cortex)やGPU(Immortalis)などの設計図を顧客となる半導体メーカーが受け取り、それを自社のSoCに組み込んで設計、生産する権利になる。具体的な事例で言えば、既に紹介したQualcommのSnapdragon 8 Gen 2の場合、CPUはCortex-X3/A715/A710を搭載しており、GPUは自社設計。MediaTekのDimensity 9200はCPUがCortex-X3/A715、GPUがImmortalis-G715を搭載している。

 こうした中で、Appleのようなアーキテクチャ・ライセンスを利用してArm CPUを自社設計している場合の高性能が話題になっている。実際、AppleのM1は、x86プロセッサに近い性能を発揮すると話題になり、x86からArmへの命令セットの転換という難しい取り組みを成功させたのは記憶に新しい。

 それに対して、ArmのCortex-XなどのIPライセンスを利用した製品は、スマートフォン向けとしてはApple Aシリーズにも負けない性能を持っている場合が多いが、PC向けとしてはMシリーズにややかなわないというのが現状だ。

 また、現在Cortexシリーズを搭載してPC向けのSoC(Snapdragon 8cx Gen 3)を提供しているQualcommは、本年独自設計のCPUを搭載したOryonを発表する予定であることを昨年11月のSnapdragon Summitで発表している。

 現時点でOryonについて分かっているのはそのブランド名と完全新設計の独自設計だということだけで、Qualcommが主張しているApple Mシリーズに対抗できる性能を持つということを信じるしかない状況だ。ただ、これは裏を返せば、Qualcommが現行のPC向けSoCに利用しているCortex-Xシリーズの性能が、PC用としては足りないと認識している、ということにほかならないだろう。

QualcommのOryonは本年中に投入される見通し(写真は昨年11月のSnapdragon Summitで撮影)

 そのことについてバギー氏に聞くと「Armの基本的な姿勢としては、3社が競争するというのは良いことだということだ。ただ、そうした指摘があることは認識しており、日々キャッチアップできるように開発を加速している。

 CPUの性能という観点では2つのことがあると思う。1つはシングルスレッドの性能で、我々はこのシングルスレッドの差を詰める必要があると認識して開発を続けている。もう1つは高効率コアの性能だ。ゲームや性能を必要とするアプリケーションではもっと多くの高効率コアのコア数を必要としている。この点で我々の高効率コアは非常に高い競争力を持っている」と述べ、プライムコア/高性能コアのシングルスレッド性能に関して改善の余地があると認め、そこを将来の製品では改善していくべく開発を行なっていると説明した。

 AppleのM1やM2が高性能を実現しているのは2つの側面がある。1つは高性能コアのシングルスレッドの性能がx86プロセッサに匹敵するほど高いことで、もう1つが高効率コアを効果的に使えているため、マルチスレッド時の性能が高いことだ。バギー氏が言っているのは、高効率コアに関しては十分Appleなどに肩を並べることができるが、プライムコア/高性能コアのシングルスレッド性能に関しては改善の余地があるとArmでも認識しており、それに向けて開発を加速しているということだ。

 そうしたシングルスレッド性能を高めたCortexがいつ登場するのかなどに関して将来のロードマップに関しては具体的には言及しなかったが、そう言及する以上、近い将来に登場する新しいCortex製品ではシングルスレッドの性能が改善されていく可能性が高いと言える。

 例年、Armは5月~6月頃に新しいCPUやGPUのIPデザインを発表する計画になっており、本年もおそらくそうしたスケジュール感で発表される可能性が高い。バギー氏のいうシングルスレッド性能で差を縮めた製品が本年なのか、来年なのかは分からないが、その動向には注目したいところだ。