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ハイブリッドワーク時代のThinkPadの進化点を分解機とともに見る

 レノボ・ジャパン合同会社は29日、記者説明会を開催し、既に販売開始されている「ThinkPad X1 Carbon Gen10」、「ThinkPad X13s Gen1」および「ThinkPad Z13 Gen1」に搭載されている技術を説明した。

 発表会の冒頭では、同社執行役員常務 大和研究所 塚本泰通氏が挨拶。ThinkPadは1992年の誕生から30周年を迎えるが、「お客様の成功のために」をモットーにして開発され続けていることには変わりないと語る。

 「開発の中で日々さまざまなイノベーションでさまざまなチャレンジをし、新しいフォームファクタや技術を試行錯誤、挑戦している。その中でユーザーの厳しい声や要望から学びを得て改善する部分もあれば、逆にいいものがあったらそれを活かすこともあった。ThinkPadは自らの挑戦とユーザーの声というバランスを取りながら進化を遂げてきた」と述べ、「コンシューマブランドで30年続けるのは容易いことではない。今後もこのバランスを守っていきたい」とした。

執行役員常務 大和研究所 塚本泰通氏

 一方で昨今は、新型コロナウイルスの流行に伴い、人々のワークスタイルにも大きな変革が起きているという。「外で使いたい」という要望はもちろんのことだが、「Wi-Fiではなく5Gで通信したい」といったニーズもあり、それらに応える製品ラインナップを用意しているという。

 その一方で、これまでのユーザーのみならず、若年層のユーザーはサスティナブル(SDGs)を重視していることもあり、それらの要望を踏まえた製品ラインナップを展開したいとした。

ThinkPadは1992年に誕生。「働き方改革」はここから始まったという
ThinkPad 30周年の中のエポックメイキングの数々
ThinkPadは挑戦とユーザーの声が礎となっている
コロナ禍によるハイブリッドワークへの移行

ThinkPad X1 Carbon Gen10こだわりのMIPIカメラ

 14型モバイルノート「ThinkPad X1 Carbon Gen10」について、同社 大和研究所 システムデザイン戦略 アドバイザリーエンジニアの楊学雍氏が解説。コロナ禍によりハイブリッドワーク化への変革の中、圧倒的に利用機会が増えたのがWeb会議だとし、その利用率は2018年当時と比べて実に2.6倍にも達したという。そうした背景の中でニーズが高まっているのがWebカメラの画質であり、リアルと同様に表情や感情を(クリアな映像で)相手に伝えたいユーザーが増えているという。

 そこでThinkPad X1 Carbon Gen10の上位モデルでは、これまでISPで圧縮されたデータをUSB経由で送っていたカメラの映像に代わり、生データをそのままCPUのISPに送信するMIPI接続のカメラに変更。CPUに内蔵され、演算能力が強化されIPU(Image Processing Unit)を使うことで画質の向上を図っている。

大和研究所 システムデザイン戦略 アドバイザリーエンジニアの楊学雍氏
ハイブリッドワークの増加に伴う、さまざまな場所で利用するシチュエーションの増加
Web会議の利用機会はコロナ禍前の2.6倍
その中でもWebカメラの画質改善のニーズや、マイク改善のニーズが高まっている。今回はWebカメラにフォーカス

 一般的に、ノートPCの内蔵USBカメラに内蔵されているISP(Image Signal Processor)では、実装サイズ的な制限から処理能力に限界があるため高画質化は難しい。一方でMIPI接続のカメラは、配線が複数本あるため、スマートフォンのような近距離配線ならまだしも、クラムシェルノートのように液晶上部から配線を這い、ヒンジ部を通して、キーボード側のCPUに接続するのは難しいという課題があった。

 そこでThinkPad X1 Carbon Gen10では、液晶背面にMIPI信号のリタイマーを設けて、長距離に耐えられるよう信号を増強するとともに、ここで制御信号の配線本数を減らし、ヒンジを通せるだけの太さにするといった工夫を凝らして、この問題を解消している。

MIPI接続のカメラ機構
液晶背面にMIPI信号のリタイマーを設け、信号を増強することでCPUまでの長い経路における信号品質を確保するとともに、制御信号の本数を1本に減らしている
制御信号を減らすことによりヒンジ部を通せるほどの細さの線になった

 ちなみにMIPIカメラ搭載モデルでは、RGBカメラと生体認証のためのIRカメラを分離設計とすることでカメラの低ノイズ化を図るとともに、フルHD対応化ならびにF2.0のレンズを採用することでも高画質化を図っている。さらに、今回開発にあたって、インテルのイメージングチームと連携し、色の忠実度やホワイトバランスなど、ユーザーの視点で半年以上の期間をかけて画質調整。暗所や逆光といったさまざまな環境で評価と調整を行なったとしている。

これまでUSB接続だったカメラがMIPI接続に。ただこれに伴い設計の難易度も向上した
ThinkPad X1 2021年モデルとの画質比較。色味が自然となったほか、ディテールも改善している
2つのレンズを同時に隠せるプライバシーシャッター機構なども初採用されている
インテルのイメージングチームと連携し、半年以上の期間をかけて画質調整を行なったという

 ThinkPad X1 Carbon Gen10ではもう1つ、ユーザーの離席に応じて自動的に画面をロックしプライバシーを保護したり、サスペンドにして節電したり、背後からの覗き見を認識して警告を促す「Computer Vision」も実装しているが、この開発にも、人種や性別といった多様性を踏まえ、合計400万枚以上の画像を学習に使うといったチューニング、マスク着用への対応、顔の傾きや部屋の明るさ、ポスター、人形、Tシャツの柄といったさまざまなシチュエーションを含む誤判定防止策などを盛り込んでいるとした。

Computer Visionの実装。離席検知や覗き見検知を行なう

驚異の28時間駆動を実現したThinkPad X13s Gen1の独自チューニングとは?

 ThinkPadで初めてWindows on Snapdragonを実現した「ThinkPad X13s Gen1」については、同社 大和研究所 ThinkPadプロダクトグループ CoC Japan マネージャーの園田奈央氏が解説した。

 ハイブリッドワークの時代においては、実利用環境で1営業日以上のバッテリライフや、5Gの常時接続、高いポータビリティといったユーザー視点の使い勝手はもちろんのこと、IT管理者視点としてはセキュリティ性や管理性、既存のThinkPad周辺機器との互換性も求められる。ThinkPad X13s Gen1はThinkPadで初めてSnapdragonを採用しつつこれらの要件を満たせると語る。

大和研究所 ThinkPadプロダクトグループ CoC Japan マネージャーの園田奈央氏
バッテリライフの向上は、ハイブリッドワーク時代におけるニーズの1つ
Snapdragonを初搭載したThinkPad
3社のコラボレーションによって実現

 具体的には、レノボが持つ長年ThinkPadで培ってきたユーザービリティとセキュリティ機能、管理者が求める高い保守性と管理性を活かしただけでなく、Microsoftと協業し、OSレベルでのセキュリティや管理性の提供、Armアーキテクチャへの最適化、そしてアプリケーション互換性の検証を進めてきた。一方スマートフォン由来のQualcommの強みである5Gミリ波への対応と省電力アーキテクチャの設計などにより対応できているとした。

 さらに具体的に言えば、互換性の面では、企業において使用頻度が高い約100のアプリケーションのうち、80%以上で互換性を確認済みだという(x86/x64エミュレーション含む)。また、全世界でユーザーからのフィードバックや検証結果を踏まえ、さらなる互換性担保のためのMicrosoftも含めた協業体制を構築しているという。

 一方、ThinkPadはビジネスシーンで使われることが多いのだが、MicrosoftおよびQualcommと協業し、SoCパラメータをチューニングし、省電力なLITTLEコアの利用対象を拡大。これまで、ローカルでのビデオ再生といった中負荷(Medium Workload)においてbigコアが稼働していたが、これをLITTLEコアに変更することで消費電力を削減したとしている。

 この最適化により、オフラインの動画再生時で約28時間、Teamsの音声会議で約14.6時間、TeamsのWeb会議でも約7.4時間の駆動を達成できたとしている。実際に園田氏が業務で利用してみたところ、約4時間近いWeb会議を含んだメール処理/資料作成、チャットといった業務を1日行なっても、翌日にはまだ15%バッテリが残っていたという。

 さらに、利用シーンに合わせて3つのパワーモードをWindows on ARM上に独自実装。性能を最大化する「最適なパフォーマンス」モードにおいても、膝上での利用時に発熱を抑える仕組みを実装したとしている。

アプリケーション互換性の検証
LITTLEコアの積極的な利用によりバッテリ駆動時間を改善
各シナリオにおけるバッテリ駆動時間
園田氏の実際の業務利用におけるバッテリ残量の推移
3つのパワーモードを独自に実装

 このほか、サステナビリティを体現するため、90%再生マグネシウムを採用したキーボードベゼルや天板を採用した。

AMDに最適化したThinkPad Z Gen1

 最後に、Ryzen 7 6860Zといった独自供給のプロセッサを含むThinkPad Z13 Gen1シリーズに搭載される特徴について、同社 大和研究所 第一先進ノートブック開発 シニアマネージャー 渡邉大輔氏が解説を行なった。

 ThinkPad Zシリーズは“次の30年を見据えた新シリーズ”として、これまでのThinkPadのコアバリューを守りつつ、これまでThinkPadに馴染みがなかった新たなユーザー層に訴求できる要素を両立させたのが特徴だという。

大和研究所 第一先進ノートブック開発 シニアマネージャー 渡邉大輔氏
ThinkPad Zシリーズはこれまでのコアバリューの維持と、新たなユーザー層に訴求できる要素の両立

 デザイン面では“シンプルかつ正直な形状”という意匠設計チームのデザインコンセプトを体現。画面占有率90%以上の液晶や、面を最大限の活用したエッジトゥエッジのキーボード、タッチできる領域を最大化したタッチパッドといったシンプルな要素を多数盛り込みつつ、直線を多用し、デザインで薄く見せるのではなく実際に薄い筐体になっているのが特徴だ。

 特にタッチパッドについては、幅120mmの超大型ガラス製パッドを採用しつつ、これまでトラックポイントのボタンだった部分もタッチパッドとして利用可能にすることで、タッチパッドをメインで使用するユーザーの体験を向上。その一方で、タッチパッド上部はトラックポイント利用時にボタンとして利用できるよう、過去の5ボタントラックパッドのフィードバックを徹底的に分析し、感度調節などを行なうことで、トラックポイントを利用するユーザーでも違和感なく使えるようにする工夫を凝らしている。

シンプルかつ正直な形状という意匠設計チームが長年追い求めたデザインコンセプトを体現
ThinkPad Z Gen1シリーズのデザインの特徴
タッチパッドはトラックポイントのボタンをも兼ねた一体型となったが、これまでのユーザーもすぐ馴染めるようバランス調整を繰り返した

 ちなみに、感触を高めるとクリックノイズも大きくなってしまい、製品基準を超えてしまうのだが、およそ1年の間に5回ほど機構設計をしなおし、絶妙なバランスになるよう調整を繰り返したとしている。

 その一方で、ThinkPadのアイデンティティとも言えるトラックポイントについて、より多くのユーザーに利便性を感じてもらうために、「TrackPoint Quick Menu」を新規開発。同社の若手を中心にメンバーで機能提案をしてもらい、さまざまな案の中からハイブリッドワークに適したメニューを実装した。このメニューはトラックポイントをダブルタップすると画面中央に出現する。具体的に行なえるのはWebカメラの画質調整、音声入力の起動、音声通話向けのインテリジェント機能、内蔵マイクの挙動変更となっている。

トラックポイントのダブルタップで起動する機能の案を募ったという
実際に実装されたTrackPoint Quick Menu

 このほか、機械式のWebカメラプライバシーシャッターの代わりに電子式のプライバシーシャッターを備えたのも特徴。一般的に電気的にWebカメラをオフにするタイプのプライバシーシャッターでは、Windows上からカメラが認識されなくなってしまうため、Web会議ソフト上でWebカメラが切断されたといったエラーメッセージが出てしまうのだが、ThinkPad ZではWebカメラのISP側にダミーの黒い画像を用意し、カメラをオフにすると実際にカメラの電源を切るものの、カメラ画像の代わりにISPからダミー画像が出力される仕組みのためエラーが出ないようになっているという。

電子式プライバシーシャッターの採用。オフにするとカメラをオフにするだけでなく、ISPからダミー画像を送ることでソフトウェアのエラーを防ぐ

 さらに、ThinkPad Zシリーズは唯一AMDプロセッサに特化した筐体設計になっているのが特徴で、これによりThinkPad Z13 Gen1はRyzen 7 PRO 6860Zという専用SKUが搭載可能になった。この6860ZはThinkPad Z13 Gen1専用のSKUとして出荷されており、通常版のRyzen 7 PRO 6850Uを上回るターボクロックを達成する。ちなみに6860Z選択時のみ、ベイパーチャンバーを採用した放熱機構となっており、低負荷時はファンが停止するようになっているとした。

 一方で16型の「ThinkPad Z16 Gen1」は、ThinkPadシリーズで唯一AMD APU+dGPUの構成を採用。AMD Smartshiftテクノロジーを採用し、CPU/GPU間の放熱のバジェットを共有し、各プロセッサの負荷に合わせて余力を融通することで従来以上の性能を引き出せるようになっているという。

ThinkPadシリーズで唯一AMDのプロセッサに特化した筐体設計を採用
ThinkPad Z13 Gen1はRyzen 7 PRO 6860Z選択時、ベイパーチャンバー放熱機構となり、セミファンレス駆動を実現。一方ThinkPad Z16 Gen1はAMD Smartshiftテクノロジー対応
ThinkPad Z13 Gen1に搭載されるRyzenプロセッサ
放熱機構は銅製のベイパーチャンバーを採用している
デュアルファン構造。ブレードはかなり薄いという印象だ

 サステナビリティへの取り組みとしては、ThinkPadグレードの耐久基準を満たしながら環境へも配慮した人工皮革クラリーノを天板に採用しているほか(Z13のみ)、75%のリサイクルアルミニウムを筐体に採用している点や、100%リサイクルが可能で、“庭に置いたら自然に帰る”という竹やサトウキビから作られた梱包材を採用していると説明した。

クラリーノ天板の採用や、竹やサトウキビから作られた梱包材など、サステナビリティにも重視

大和研究所における過酷なThinkPadの拷問テストの数々も公開

 発表会のあと、大和研究所内部におけるThinkPadの堅牢性/品質テストが久々に公開された。これらは写真で順に追っていこう。

振動負荷テスト。数値非公開のオモリを上に載せ、振動を与え続け、ハンダのクラックなどが発生しないかをテストする。これは米国の学生が、ノートPCをカバンに入れて、そのカバンを自転車のカゴに入れて持ち運んだ際に生じる振動を想定しているとのこと
製品を非破壊で内部が見られる、いわゆるCTスキャン装置。たとえばさまざまな耐衝撃/耐振動テストを行なったあとも、製品を分解せずに、内部に故障が発生していないか発見することが可能だという
こちらはX線装置。先のCTスキャン装置は製品を立体的に捉えられるが、この装置は平面的に撮影できる
繊維系のホコリを吹き付け、ファンなどの動作に問題がないか確認する装置
こちらは砂塵系のホコリを吹き付けてテストする装置。一般生活では繊維系がほとんどだが、MILスペックに準拠させるために砂塵系も必要
砂塵の試料。ちなみにこれだけで数百ドルするのだとか……
もはやお馴染み(?)となった面落下試験装置。結構大きな音が鳴る
アンテナ試験用の電波暗室。製品で電波の送受信に偏りがないかどうか、360度テストする。ちなみに写真は撮影できなかったが、MIMOの送受信において個別のアンテナがきちんと動作しているかどうかをテストする装置もあった
ISO基準に準拠した半無響室。重に騒音をテストするために使われ、「ACアダプタのノイズまで拾えちゃう」ほど高感度。最近新たに導入されたのがThinkPad手前の“彼”。耳の穴にマイクを仕込んだり、口にスピーカーを仕込んだりして、Web会議時の音響をシミュレーションできる。服もちゃんと着せて、胸元の音の反響を再現している
温度や湿度といった環境試験が行なえる装置。実際に今回は40℃/湿度20%の環境で動作テストをしていた(テスト機材は撮影不可)
おなじみのヒンジ開閉テストなのだが、液晶が360度回転タイプに対応できるタイプも登場していた。ヒンジの耐久性はもちろんのこと、ソフトウェアによる画面の回転が同時に行なわれたかどうかもテストしているとのこと
天板の加圧テスト。ちなみに他社製品だと天板前面で行なわれることも多いが、ThinkPadは肘を天板についたり指で天板を押したりといった実利用で多く見られる負荷に近いテストで行なっている
静電気試験では3,000Vの電気を製品にかける。ちなみに問題となるのは電気の逃げ場があるACアダプタを繋いだ場合のみだそうで、電気の逃げ場がないバッテリ駆動の場合、そもそも静電気は移動しないのだそうだ。このほか、USBデバイスに8,000Vで静電気をチャージし、それをコネクタに接続した場合に誤動作がないかどうかもテストしている。実際に過去に静電気がメモリに悪影響を与え、ブルースクリーンになったことがあるというが、現在では静電気保護の仕組みが実装されているため発生しない
重さ非公開のオモリだが、実際の機械のテストでこれぐらいは加圧しているそうだ
「素で踏んでいいよ」と言われ、コロナで運動量が減り最近太り気味の筆者もビビりながら乗ってみたが、なんら問題なかった
こちらは製品から出る電磁波をテストする部屋。ここでクリアして初めてVCCIやULといった公的機関のテストに持ち込まれるという(当然そこでもクリアできる)。ちなみに担当者によるとなかなか厳しかったのはHDMIケーブルだそうだ