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タカラトミー、おもちゃから宇宙へ。拡張変形する月面探査ロボ「SORA-Q」を一般初公開
2022年6月17日 10:17
株式会社タカラトミーは、2022年6月16日、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)、同志社大学と共同で開発してきた変形型月面探査ロボット「SORA-Q(ソラキュー)」を、東京ビッグサイトで開催された「東京おもちゃショー」の同社ブースで一般向けに初めて公開した。
合わせて、タカラトミーの宇宙玩具プロジェクトが始動。月に行くモデルと同じような動きができる「SORA-Qプロダクトモデル」も商品化予定であることが発表された。発売時期や価格などは未定。公式LINEに登録すると最新情報などが届けられる。
月面探査用小型球形ロボット「SORA-Q」。ソニー製「SPRESENSE」を採用
「SORA-Q」は手のひらサイズで、球形から左右に拡張/変形して2輪で走行できる小型ロボット。重さは約250g、サイズは直径約80mm(変形前)。おもちゃの発想や技術から誕生したロボットで、外殻を車輪として回転させて走行する。両輪は回転軸が偏心しており、両輪を同時に動かす「バタフライ走行」のほか、交互に動かす「クロール走行」の2種の走行モードで走行することができる。
JAXAの小型月着陸実証機「SLIM( Smart Lander for Investigating Moon、スリム)」に搭載されて月面でデータ取得を行なう計画となっている。正式名称は変形型月面ロボット「Lunar Excursion Vehicle 2(LEV-2)」。前後にそれぞれ1つずつ、合計2つのカメラがあり、前のカメラで周囲の状況、後方カメラでは月面を走行した轍(わだち)などを撮影する予定だ。
画像の送信は、月面を跳躍しながら探査するもう1台の探査機(LEV-1)とBluetoothで通信して行なう。画像データの選別は「SORA-Q」自身が行なう。内部にはソニーのスマートセンシングプロセッサ搭載ボード「SPRESENSE」が使われている。
ミッションは月面の低重力環境下における超小型ロボットの探査技術を実証すること。月に到達したSLIM探査機から分離/放出されて月面に降りる。SLIMは月面が近くと減速するためにジェットを吹き、あとは自由落下する。その高さは1~2m程度。そのときに放出されるので分離高度もそのくらいだという。
月面に球形で着地したら、「SORA-Q」は左右に展開/変形する。そして外殻を車輪として回転させて、月面のレゴリス(月面を覆う砂)の上を走行して動作ログを取得、保存する。そして着陸機周辺を撮影し、画像を保存。画像データ、走行ログ、ステータスをSLIM探査機とは独立した通信系で地上に送信する予定だ。ミッション実行時間は約1~2時間程度を予定。バッテリーがなくなったあとは、そのまま月面に残る。
開発は、JAXAの「宇宙探査イノベーションハブ」共同研究提案公募の枠組みの下、2016年からJAXAおよびタカラトミーが筐体の共同研究を行なった。その後、2019年にソニーグループ株式会社が、2021年に同志社大学が加わり、4者で共同開発を進めている。開発過程では登坂性能、変形機構、形状、サイズ、質量、モーター選定、メインボードなど試行錯誤を繰り返し、過去の玩具技術をヒントにするなど20回以上の機構試作を経て完成したという。
なお、フライトモデルは既にJAXAに引き渡されており、各種試験も行なわれている。
JAXAの小型月着陸実証機「SLIM(スリム)」とは
小型月着陸実証機SLIM (Smart Lander for Investigating Moon)は、月惑星探査に必要な重力天体への高精度着陸技術を小型探査機で実証するための計画。従来の「降りやすいところに降りる」探査ではなく、「降りたいところに降りる」探査への転換を目指す。また、SLIMには、月の形成と進化の謎を解く鍵を手に入れるため、クレーター近傍のマントル由来物質をマルチバンド分光カメラによって詳しく組成調査する予定。加えて、2機の小型探査ロボット(LEV-1とSORA-Q)を搭載し、惑星表面移動探査の新たな可能性を追求する。
トークセッション SLIMと超小型の変形型月面ロボットSORA-Qが拓く宇宙探査
記者発表会は「超小型の変形型月面ロボットSORA-Qが拓く宇宙探査」をテーマにしたトークセッション形式で行なわれた。
登壇者はJAXA 宇宙科学研究所 宇宙機応用工学研究系 教授の久保田孝氏、タカラトミーOBでSORA-Qの企画立ち上げから現在まで開発に携わる同志社大学 生命医科学部 医工学科 教授の渡辺公貴氏と、元日本テレビアナウンサーで、いまはサイエンスコミュニケーションを研究している同志社大学 ハリス理化学研究所 助教の桝太一氏、タカラトミーのSORA-Qプロジェクトメンバーからは、タカラトミー事業統括本部 常務執行役員でSORA-Qプロジェクト責任者の阿部芳和氏、そしてタカラトミーキャラクタービジネス本部 SORA-Qプロジェクトリーダーの赤木謙介氏の5名。
JAXA久保田氏は「タカラトミーとは長年共同研究を行なってきた。嬉しく思っている」、同志社大学の渡辺氏は「2015年夏からプロジェクトを始めて7年目。皆さんに話せることを大変光栄に思っている」と語った。桝太一氏は「おもちゃ×科学はとても興味深いもの」と述べた。
JAXAとタカラトミー、異色の取り組みの経緯
始めのテーマは「SLIMプロジェクトの経緯と意義」、そして取り組みの経緯について。同志社大学/渡辺氏はタカラトミー在籍時代から振り返った。タカラトミーは2007年に「 i-SOBOT(アイソボット)」という二足歩行ロボットを開発、発売した。その継続としてロボット開発を続けていく上で、国立研究開発法人と何かできないかと考え、2015年夏に産学連携プロジェクトを展示会で探索、さまざまな研究開発法人に声がけを行なった。そのなかでJAXAが「小型昆虫型ロボット」を手掛けていることを知り、JAXAの「宇宙探査イノベーションハブ」に応募したという。
タカラトミー阿部氏は「渡辺さんがきっかけを作ってくれた。本当に宇宙へ行けるかどうかも含めて難しい壁もあったが、一緒に相模原に行ったりしながら、子供たちに宇宙を伝える上で、タカラトミーならではの伝え方があるのではないかと考えるに至った」と振り返った。タカラトミー赤木氏も「おもちゃ会社が宇宙に貢献できること自体が面白い。どうやったら楽しくわかりやすく子供たちに伝えていけるのかということを協議した」と述べた。
おもちゃと宇宙は相性がいい
JAXA久保田氏は「おもちゃと宇宙は一見関係なさそうに思えるかもしれない。だがおもちゃは小型軽量で乾電池で動く。低消費電力。タカラトミーはすごい技術を持っている。宇宙も小型軽量で低消費電力が必要。おもちゃと宇宙ミッションは相性がいい」とコメント。そして「今の宇宙探査機は高機能化、高度化、大型化し開発が長期化している。小型探査機を多数使うことができるようになったら宇宙探査のやり方が大きく変わるのではないかとタカラトミーと議論した」と述べた。
また、「おもちゃは子供たちがどう使うか予想できない。宇宙も未知環境で活躍しなければならないので信頼性が必要。おもちゃの安全/信頼性と、宇宙機の信頼性は一致している。どちらも夢を与えるものなので面白いロボットを作りたいということがきっかけだった」と語った。
月面での走行実証、写真撮影
渡辺氏は「2016年にJAXAの宇宙探査イノベーションハブで1年間共同研究をした。最初は3人で研究を始めたがその後、配置転換などもあって半年くらいは私1人で研究をしていた。4種類の試作機を作って、中でも1番良いロボットを成果発表会で披露したら高い評価を得た」と振り返った。
だが懸念もあったという。月面のレゴリス上で小型ロボットが動くのは難しい。大きさ80mm、250gと非常に軽い。しかも月の6分の1重力で本当に動くのか。「地球ではあらゆる試験をしているが、6分の1重力下でのレゴリス上の挙動は実際に動かしてみる以外に解決策がない。これは実際にSLIMに連れていってもらって、月面の軟弱基盤のもとで実際に自律制御で動くデータを得て、そのデータが今後の月面での走行モデルの検証になればと思っている」と語った。
JAXA久保田氏は「SLIMは月に100m程度のピンポイント着陸をして将来のミッションにつなげる役割がある。SORA-Qは着陸前に分離/放出されて月面に降りて、写真を撮影する。SLIMが撮影したところの状況を写真に収めてくれると期待している」と述べた。渡辺氏は「ぜひミッションを成功させたい。地球を背景にしたSLIMの画像を地球に送ることができればと希望している」と語った。
動作検証モデルによるデモンストレーション
ここで動作検証モデルによるデモンストレーションが行なわれた。月面での実際のSORA-Qは、自律で状況を判断し、変形/移動する予定だ。渡辺氏の表現によれば「海亀やハゼのように」、偏心した両方の車輪を月面に押し付けながら、30度ほどのきつい斜度も登ることができるという。この機構は渡辺氏とタカラトミーの技術者である米田陽亮氏の発案によるものとのこと。
おもちゃ発ロボットが月にいくことの意義--子供たちが宇宙をより身近に
このプロジェクトを通して伝えたいことを問われたタカラトミー阿部氏は「おもちゃは子供達にとって大切な宝物や思い出。我々は子供達の憧れである自動車では『トミカ』、電車では『プラレール』を扱っている。これからは宇宙は子供たちにとって身近な存在になる。夢が現実になってくる。そうなったときにタカラトミーから宇宙に向けた、お子様たちが夢を現実にできるような製品づくりをしていきたい。この5年、10年で子供たちがより宇宙を身近に感じることができる時代が来ると思っている」と語った。
桝太一氏はサイエンスコミュニケーションを研究する立場から「科学に人が触れる最初の瞬間はおもちゃだ。言い方を変えれば、おもちゃは人にとって初めてのサイエンスコミュニケーションの手段かなとも思う。今回、そのおもちゃと宇宙が分かりやすく繋がった。自分たちの手元にあるものが宇宙へという感覚もあるだろうし、同時に、宇宙が自分たちの手元にという感覚も味わってくれるのではないか。子供たちがごく自然に宇宙が身近なものだと感じてもらうきっかけになってくれればいいなと思う」と述べた。
そして「サイエンスコミュニケーションのテーマはいかに『地続き』にするか。(縁遠いものではなく)『繋がっている』ということを、いかに伝えるかがポイント。このプロジェクトは地球と宇宙をつなげる地続きのコミュニケーションだ。いまSDGsが言われているが『地球だけで解決できないなら宇宙にいけばいいんじゃないかな』という発想も生まれるのではないか」と語った。
タカラトミー赤木氏は「おもちゃ会社としても宇宙に興味を持ってもらいたいし、もっと疑問を持ってもらいたい。なんで空気がないのか、なぜ6分の1の重力なのか。そういった疑問を持つと自分で調べたくなるし、より真剣に興味を持って学んで楽しんでもらえる。そんな意味合いも込めてSORA-QのQはクエスチョンの意味で願いを持ってつけている。我々はおもちゃ会社。遊びやエンタメは得意。遊びの力を通して宇宙のことを知ってもらうイベンなどを提案していきたい。遊びとエンタメを通して宇宙が身近になると思えるとすごく楽しみ」と述べた。
今まで繋がるはずがないものが繋がることで科学が身近に
最後にそれぞれがコメントを述べた。タカラトミー阿部氏は「子供達に宇宙を届けていきたい」、桝太一氏は「今日は貴重な瞬間に立ち会えた。今回はおもちゃと科学、おもちゃと宇宙というつながりだったが、いままで繋がるはずがないと思っていたものが繋がることで科学が身近になることがあると思う。これからもさまざまなプロジェクトが産学連携で進むことも心から期待したい」と述べた。
渡辺氏は「同志社大学の私のゼミではSORA-Qの走行原理を応用して、JAXAと新しい共同研究をしている。学生が作るものでも宇宙に行く可能性はゼロではない。京都の堀場製作所とJAXAと同志社大学の学生9人が取り組んでいる。若い人、お子様たちも夢を持って研究や勉強に取り組んでもらえれば」と語った。
最後にJAXA久保田氏は「SORA-Qは宇宙探査イノベーションハブの第一回目の公募で採用されたもの。いま第9回の研究公募を予定している。いまRFI(情報提供要請)を募集している。斬新なアイデアを提供して頂ければと思っている」と呼びかけた。そして「SORA-Qは非常にかっこいい。月表面で活躍して新しい夢を開いて頂ければと思っている」と締め括った。他の惑星探査への応用や、小型軽量であることを活かして、地球上でも火山や災害地など、人が入りにくい場所での活用も考えられるのではないかという。