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着るロボットの10年後「ATOUN Vision 2030」
2020年6月3日 15:08
パワーアシストスーツをビジネスとする株式会社 ATOUN(アトウン)は、2020年6月3日、「パワードウェア(着るロボット)」のある10年後のライフスタイルを描く「ATOUN Vision 2030」を策定したと発表し、記者会見を行った。アシストスーツの着用・動作データを収集、クラウド上に集積・解析して、自在にダウンロードして活用できる「フリーアビリティ社会」を思い描いているという。
ATOUNは、2003年にアクティブリンク株式会社として松下電器産業株式会社 社内ベンチャー制度「パナソニック・スピンアップ・ファンド」により創業した企業。2017年4月に「ATOUN」へと社名変更した。「“あうんの呼吸”で使える」にちなんだものだ。
現在の主力商品はパワードウェア「ATOUN MODEL Y」。腰の動きをセンサーで把握し、モーターで重量物を持ったときにかかる腰への負担を30%程度軽減することができる。現在、介護現場やJALのグラウンドサービスなどのほか、物流・倉庫、建築、農業、工場など幅広い業界で使われており、累計出荷台数は700台を超えているという。
ほかに、「MODEL Y」と併用する腕サポート用の「kote」、おもに高齢者を想定した歩行支援用の「HIMICO」を用いた歩行サポートツアーやリモートフィットネスシステムなどを開発している。
パワードウェアによる人と機械の新しい関係性
ATOUN代表取締役社長の藤本弘道氏は「人と機械の新しい関係性をずっと模索してきた」と述べた。ATOUNでは、ロボットを着て人間がもっと自由になれる世界、ロボットがファッションになる世界を目指している。力の側面での障壁をなくす「パワーバリアレス」を目指し、「パワードウェア」というコンセプトを掲げて、腰サポート以外に、腕のサポート機器なども開発している。
ATOUNでは「Sci-Fiプロトタイピング」という手法を、これまでも製品開発に用いてきたという。「Sci-Fiプロトタイピング」とは、SF作家が考えた未来の物語を企業のビジョンやミッションの策定などの事業に結びつけるための手法だ。自分たちの製品が未来でどのように使われるのかといったことを、SF作家たちと一緒に妄想して製品開発を行なってきたという。
特徴は、既存の技術からの積み上げによる未来予想ではなく、未来からバックキャストすることで非連続な発想を促すこと。まず未来世界を想像し、ストーリーを描き、そこから現在へと逆算して、実際のプロダクトを開発していく。代表例が2009年頃に開発した「NIO(ニオー)」だ。100kgの重量物を持ち上げることができるパワードスーツだ。
アクティビティデータを記録、クラウドで解析して利用
2030年の未来を思い描くにあたって、ATOUNでは、以前から同社のブランディングで協力しているクリエイティブ集団「PARTY」のほか、吾奏伸氏、樋口恭介氏、よー清水氏の3人の作家たちと協力し、3編の物語を構想した。
体の衰えたバレリーナが透明なパワードウェアで体の動きを取り戻す「リフレッシュ・マイセルフ(REFRESH MYSELF)」、DIYが苦手な女性がARグラスとパワードウェアで複雑な組み立て作業をこなす「エンジョイ・ザ・ディファランス(ENJOY THE DIFFERENCE)」、クロスカントリースキー選手が亡き父のデータを用いて練習し、誰もが人類全体のために自分の記録を残すべきだと考える「ループオブライフ(LOOP OF LIFE)」だ。
キーワードは「アクティビティデータ」。パワードウェアで動作を計測し、クラウドにあげて解析をし、必要に応じてダウンロードして利用できるようにする。そして生来の身体能力を自由に拡張して動き回れる「フリーアビリティ社会」を目指す。
これまでは力の面の障壁や不平等をなくそうと考えてハード面のアシストに主眼を置いて「パワーバリアレス社会」を提案していたが、これからはソフトウェアによる技能面のアシストを目指す。
たとえばベテランの技能をパワードウェアを介して体験することで技能習得時間を短くすることができるかもしれない。そんな世界を思い描いているという。藤本氏は「人の技能データを集積し、人類の財産にする世界がやってくるのかもしれない」と語った。
鍵になるのが「中動態(ちゅうどうたい)」という概念だ。「中動態」とは能動であり受動でもある、そういう状態のことだという。藤本氏は電動アシスト自転車を例として解説した。電動アシスト自転車の場合、最初に踏み込むのは人だ。だがすぐにモーターがアシストしてくれる。このような能動から受動、受動から能動といった動きが繰り返されることでやがて無意識で、機械に操られるのではなく機械のサポートを受けながらも自分の身体で動く感覚を持って自在に動けるようになる。そのような状態のことだ。この「中動態」を目指す。
そのためにATOUNでは、腰サポートの「MODEL Y」、腕をサポートする「kote」、AMED支援のもと虚弱高齢者の健康寿命延伸を目指して開発を進めてきた「HIMICO」の3つのラインで開発を進めている。「kote」は2020年度中に製品化する予定で実証パートナーを募集中だ。 HIMICOはテストマーケティングは2020年から行なっており、本格的には来年2021年から展開する予定。
気づかないうちにサポートされている「中動態」を目指すには高性能なセンシングと制御も重要だ。ATOUNでは独自のワイヤーユニットテクノロジーで持ち上げや保持動作のアシストを進めている。
そして、クラウドによる再現性も目指す。人の技能は日々変化するが、自分の「最高の状態」を過去からダウンロードしたり、あるいはほかの人の技能を使えるようにする。アシストスーツを通じて収集した人の動作データをクラウドにアップロードし、分析する。そして機械学習でユーザーが最も高いパフォーマンスを発揮していた状態を見出して、そのときのデータを取り出して活用できるようにしたいという。ユーザーのパフォーマンスが低下しているときはデバイス側が差分を認識して力をフィードバックする。
また、自分のデータだけではなくクラウドからほかのユーザーが蓄積したデータを取得し自分のデバイスにダウンロードすることもできるようにすることで、世界のトッププロの技能を体験することができるようになるかもしれないと考えているという。藤本氏は「これによってフリーアビリティ社会が身近になるのではないか」と述べ、2030年を目標に「ロボットを着る未来」を追求することで「人がもっと自由に動きまわれる社会を実現したい」と語った。
クラウドサービスは来年中の実装を目指して、まずは作業支援パートナーへの保守サービスからはじめていき、その先に技能の蓄積・活用へと進めていきたいと述べた。力のアシストによる安全性の確保のほか、人の動きが取れるので、生産効率などの把握もできるようになる。パワードウェアについては、センシングはインナーウェアで行ない、その上にミドルウェア的なものを着て、さらにパワーが必要なときは外骨格型を組み合わせるといった重ね着も想定しているとのことだ。