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日本IBMのAI技術により、「ナスカの地上絵」の発見速度が向上
2019年11月15日 18:06
国立大学法人山形大学と日本アイ・ビー・エムは、南米ペルーのナスカ台地とその周辺部で新たな地上絵を発見したことを明らかにした。
山形大学の坂井正人教授(文化人類学・アンデス考古学)らの研究グループは、新たに人や動物などの具象的な142点の地上絵を発見。さらに、日本IBMとの共同での実証実験によって、AIを用いて地上絵1点を発見した。
11月15日に行なわれた会見で、山形大学の小山清人学長は、「山形大学では、当初は、人工衛星の画像を使用して、地上絵の研究と保護に取り組んできた。日本IBMとの共同研究により、AIを活用した新たなアプローチを開始することができ、今後は3次元映像やドローンの活用なども行なうことができる」とコメントした。
今回の日本IBMとの実証実験を踏まえて、山形大学は、IBMワトソン研究所と共同研究を行なうための学術協定を9月18日に締結。IBMの3次元時空間データを高速に、効率的に解析するAIプラットフォームである「PAIRS Geoscope」を活用することで、広範囲を対象にした地上絵の分布状況の把握を行ない、現地調査に基づいた地上絵の分布図を作成することになる。
新技術で地上絵の発見を加速
約20×15kmに広がるナスカ台地の地上絵は、紀元100~300年頃のナスカ前期に描かれたものと想定され、1994年にユネスコの世界文化遺産に指定されている。だが、当時確認されていた動物や植物などの地上絵は、30点ほどだった。
山形大学では、2010年から人工衛星画像の分析と、現地踏査により、2015年までに40点以上の地上絵を発見していた。
2016年以降、新たなテクノロジを活用して、地上絵の発見を大幅に加速することに成功している。
山形大学 学術研究院の坂井正人教授は、「現時点でも地上絵の分布調査が不十分であるのに加えて、ナスカの市街地が拡大の一途にあり、地上絵の集中地域の近くに鉱山施設がある。その結果、地上絵の破壊が社会問題化している。地上絵の保護に向けて、その分布状況を正確に把握することが喫緊の課題になっている。破壊される前に、調査を加速し、保護活動に貢献する必要がある」と語る。
山形大学では、2018年から、日本IBMと共同で、高度解像度の空撮写真などの大容量データをもとに、高速に処理できるAIサーバー「IBM Power System AC922」上に構築されたディープラーニングプラットフォーム「IBM Watson Machine Learning Community edition(旧IBM PowerAI)」によって、AIモデルを開発して、それを地上絵の発見に活用してきた。
山形大学の坂井教授は、「地上絵の発見にAIを活用するのは、世界初の取り組みになる。山形大学が持つ空撮写真から分析を行ない、地上絵の候補を抽出した。抽出された500点以上のなかから、知られているもの、クルマや人が通った後であるものを除き、候補を絞り込み、現地調査を行なった。可能性があったのは数点であり、その結果、二本足で立ち、モノを持っている人型の地上絵を発見できた。すでに調査をしていたエリアだが、そこで新たな地上絵を発見できた。通常の調査では見逃していたもので、現地の調査によって確認ができた。今回の実証実験の結果、AIは、地上絵の発見において、有力な手段であることがわかった」という。
日本IBMとの実証実験は、山形大学が所有していたナスカ台地の東西5kmの範囲に渡って撮影された線や面の地上絵の航空写真をもとに、学習した学習済みモデルを用いて、新たな写真から推論し、地上絵を見つけだす仕組みだ。少ないデータ量から学習を行なっているのが特徴である。また、学習や推論にはバイアスがかからないこと、なぜその結果が出たのかという透明性を明確にしたという。直線や曲線には、考古学的に意味があるものが存在し、それらをもとにして、学習モデルを活用し、地上絵を見つけだすことになる。
なお、500件の候補から、わずか1件の発見であったことに対しては、「今回の実証実験は、精度の高さを追求したものではなく、少ないデータをもとにして候補を抽出している点がと特徴である。今後、地上絵の写真データや関連する情報などが増え、それを活用することで、抽出する候補の精度を高めていくことができるだろう」(日本IBM)とした。なお、同時に発表した142点の地上絵には、日本IBMのAIは活用されていない。
日本IBM 執行役員 最高技術責任者の久世和資氏は、「IBMには、基礎研究所が全世界に12カ所あり、現在3,000人が勤務。そのなかでワトソン研究所は本部機能を備える組織である。
これまでにノーベル賞受賞者が6人在籍し、チューリング賞受賞者が6人いる。計算や材料科学、化学、物理などの研究を進めており、世界最速のAIコンピュータや量子コンピュータのほか、超小型の砂粒コンピュータ、現在の1,000分の1の低消費電力で動作する脳型コンピュータ、議論ができるディベーターなどを開発し、これらを活用して、健康、食料、環境といった社会課題の解決に取り組んでいる。今回の考古学への、IBMとしては取り組みははじめてとなる」と基礎研究の取り組みを説明。
「今回の実証実験では、200PFLOPSを実現する世界最速のAIコンピュータであるIBM Summitの技術を活用し、PowerプロセッサとNVIDIA Tesla V100を搭載したPower System AC922を活用している。
また、今後実施するIBMワトソン研究所との共同研究で用いるPAIRS Geoscopeは、広い土地の地図情報に対してAIを分析する技術であり、地図や衛星、気象、ドローン、IoTなどからもたらされる情報や、歴史的な出来事などの属性の異なる複数の情報を組み合わせて、リアルタイムで解析することができる。
すでに農業分野や保険、流通分野でも活用されており、農業分野では、米国本土のすべてのトウモロコシ畑における2018年の成育状況を分析し、降雨量をもとにした生育分布の結果を表示するといった活用が行なわれている。時空間ビッグデータプラットフォームの新たな活用が可能になり、応用分野も広げることができるだろう。ナスカの地上絵の分布状況やそれが利用された年代を詳細に把握することもできる」とする。
山形大学の坂井教授は、「実証実験では、500点の候補を数日間で出すことができた。研究の効率化につなげることができた点では大きなメリットがある。今後の研究活動で、どれだけの新たな地上絵が発見できるかどうかは、やってみないとわからないという正直なところである。
これまでは歩いてみないとわからないとか、十数年かけてようやく発見するということがあったが、地上絵である可能性がある候補があがることで、調査を加速することができる。新たな共同研究では、地上の分布図を作成することができると考えている。ナスカ台地の地上絵の分布図が作成することで、ペルー文化省と協力して、保護活動を実施でき、さらに、これらの研究を通じて、なぜ地上絵が書かれたのかということも解明されれば、学術的にも進歩ができるだろう」とした。