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環境から「収穫」した電力で自立するデバイス
〜IoTを変える「エナジーハーべスティング」技術とは?
2017年12月14日 06:00
あらゆるモノ・ヒトをネットワークで接続することで新しい価値の実現を目指すIoT技術は、官民とわず高い関心がよせられている。しかし、大規模ネットワーク化の実現には、多数のデバイスへの電源の供給やメンテナンス、セキュリティといった課題も存在する。
本稿では、11月29〜12月1日の3日間にかけて開催されたMWE2017(マイクロウェーブ展)のワークショップの1つ、「エナジーハーベスティング技術及び無線電力伝送技術の研究最前線」において解説された諸問題を解決するための技術動向と応用について紹介する。
エナジーハーベスティングとは?
エナジーハーベスティング技術は「環境発電」とも呼ばれる、地表温度差や振動、熱、電波などから数μW〜Wの電力を文字通り「収穫(Harvest)」し、センサーなど種々のIoT機器に電力を供給する。
これにより、プラントや橋りょうといった大きな構造物に多数のセンサーを適用するさい、独立して給電されることで電力の供給や機器のメンテナンスを容易にすることなどが期待されている。
実現化するエナジーハーベスティングデバイス
これらのコンセプト自体は明確なものの、やや絵空事のようにも思えてしまう。しかし、実際には実現している、あるいは、しつつある事例も存在する。以下では、そうしたデバイスを紹介しつつ、エナジーハーベスティングデバイスの方向性について触れる。
大塚製薬の「経口摂取可能、センサーを搭載した錠剤」
大塚製薬は11月14日、「世界初のデジタルメディスン」を謳う「エビリファイ マイサイト(Abilify MyCite)」が米国FDAによる承認を受けたことを発表している。
同薬は大塚製薬が過去に販売し、莫大な売上を生じたブロックバスター(大ヒット商品のこと)の「エビリファイ」にセンサーユニットが組み合わされたもので、皮膚に貼付したセンサーと錠剤が通信することで、スマートフォンなどから患者の服薬状況が確認できるというものだ。
この錠剤がユニークなのは、組み合わされるセンサーユニットが胃酸を電解液とした化学電池を形成し、服用後に体内から信号を発するれっきとしたエナジーハーベスティングデバイスになるという点だ。この個別製品について言えば、あえて化学電池を用いるというトリッキーな手法を使い、Suicaなどの交通系ICでも利用されているレクテナ(Rectifying Antenna:マイクロ波を直流電流に変換するモジュール)を利用して体外の通信機からマイクロ波の形で電力を供給しない真意は不明だ。
しかし、身体の表面に貼付する通信機のサイズや重量の制約、今後デジタルメディスン技術がよりリアルタイム性のある用途に展開するであろうこと、こちらの方式がパッシブRFID方式に比較し通信エラー率の点で優れている可能性などがあるため、そう不思議でもないと言えるだろう。
「補助電源としてのエナジーハーベスティング」で乗り越える課題
「各々のデバイスが独立して給電されることでメンテナンス頻度を減らせる」というコンセプト自体は非常に平易なものだ。しかし、エナジーハーベスティングデバイスが生み出す数μW〜Wオーダーの電力とは非常に小さいもので、エネルギーの変換効率向上はもちろん、最適化されたワイヤレス通信規格やチップによる徹底した効率化が必要となる。
数mWの電力がどれくらい小さいか、直感的な例をあげる。小型汎用Linuxボード「Raspberry Pi Zero W」の定格消費電力が0.5〜0.7Wほどとされ、さらに組込み向けで省電力なArduino Nanoは0.1W(=100mW)ほど。つまり、独立した電源を確保することもできなくはないが、ハードルが高く、バッテリと併用しつつメンテナンスのスパンを延長するという適用事例が多く見られるようになってきている。
また、エナジーハーベスティングデバイスによる発電はWあたりの単価という点でも通常の商用電力系統を利用するよりも高額となる。電力を収穫するためのデバイスも必要であるし、発電量に対するコストは非常に高いものとなる。つまり、エナジーハーベスティングという技術が適用されうる範囲は「比較的小さい消費電力かつ、配線敷設やバッテリ交換などのコストが高いケース」になってくる。
理想はもちろんバッテリレスで数多の子機が動作することであるが、補助電源としてのエナジーハーベスティングにもまだコストに見合うベネフィットが期待されているのは先述のとおりだ。
しかし、そうしたコストを正当化する要因は機器自体のメンテナンスコストのほかにも複数ある。次にあげる例では、インフラの減耗を定量化することによる橋りょうの維持・新規調達のコストや、下水道の氾濫によって発生する被害を軽減するというものだ。
マンホールの温度差で発電する下水道氾濫検知ソリューション(富士通)
富士通株式会社は2016年にマンホールに装着する熱電変換素子つきの水位センサーを発表している。これは、マンホールのフタの裏面に装着され、マンホールの熱を直流電流に変換することで補助的な電力をセンサーノードに供給し、バッテリの交換スパンを10カ月から5年とおよそ6倍まで延長することで維持コストを低減する。計測した水位は3GおよびLTEで送信され、局所的な豪雨などで生じる下水道の氾濫による被害を軽減に活用される。
このケースでは基本的に電力はバッテリにより供給されるものの、エナジーハーベスティングと併用することでバッテリの交換スパンが延長されるほか、電源は独立しているため専用ケーブルを敷設する必要もなくなる。そのため、センサー数を増やしつつも維持コストを低く留めることができる。
新しい通信方式で高効率・省電力・セキュリティを両立する
エナジーハーベスティングのメリットを考えた際、デバイス間をケーブルで接続する必要がなくなる無線電力伝送は非常に有力な技術だ。コンシューマ製品では「Qi」などがすでに世にでているが、IoT機器に適した低消費電力な電力伝送/通信方式を新たに開発することでIoTデバイスの適用範囲を広げる試みもなされている。
総務省発表の『「スマートなインフラ維持管理に向けた ICT基盤の確立」について』資料によれば、同省らは平成26年度から福井県鯖江市で実際の橋りょうに対してセンサーをとりつける実証実験を行なっている。
これは、従来検査員が橋を訪れて検査を行なっていたものを置き換えることを目的としている。高度経済成長期に整備されたインフラの老朽化にくわえ、検査員による検査は頻繁に行なわれるものでなく、熟練検査員の数が減っていることが背景にある。
センサーによる常時モニタリングは構造物の変化を定量的・高頻度で捕捉することを可能にする。具体的には、数年に一度の定期検査と比較すると比べ物にならないほど多くのデータが収拾でき、それに基づき正確な寿命を予測することや、早期のメンテナンスによってインフラを長持ちさせることで建て替えコストの削減を図る狙いだ。
委託を受けて研究に取り組むNTTデータ経営研究所とアルプス電気は、新たに開発中の通信方式で、「バケツリレー式」と形容されるセミパッシブRFID方式のRF(無線)ハーベストを補助電源とするデバイスの実証実験を行なっている。RFハーベストとリチウムイオン電池で5年以上駆動することや、IoTむけの無線通信規格IEEE802.15.4(ZigBee)比で1,000分の1の超低消費電力通信技術の確立が目標とされる。
エナジーハーベスティングデバイスの今後
今まで見てきた例などから、補助電源としてのエナジーハーベスティングデバイスは、技術的にはかなり実用的になっていると言えるだろう。しかし、ワイヤレスで運用するケースが多い以上、低消費電力な通信プロトコルの開発や標準化といった問題は依然として存在する。
無数のネットワークに接続されたデバイスを逆手にとり、悪意の第三者からDoS(Denial of Service:サービス妨害)攻撃を行なわれる恐れがあるほか、収拾するデータの信頼性が疑われるものとなってしまっては、元も子もない。
反面、親機〜子機間の通信の頻度や暗号強度を増すなどの方法でセキュリティを確保しようとすれば、今度は通信オーバーヘッドが増加し消費電力は増加してしまうという二律背反に陥ってしまう。
同ワークショップの講演者であるNTTデータ経営研究所の竹内氏によれば、軽量暗号を採用する通信方式の開発や、専用の省電力なLSIによって省電力性とセキュリティのトレードオフを克服することに取り組んでいるという。また、トレードオフの関係自体は原理的に解消できなくとも、無線電力伝送の効率にかかわるレクテナ技術の進歩などでより高いレベルでの妥協点を模索することが今後の傾向となるだろう。
以上より、補助電源としてのエナジーハーベスティングデバイスはかなり現実的な折衷案であると考えられる。メンテナンスのスパンが5年、10年と十分に延長することができれば用途によってはバッテリレスとさして変わらない運用も望め、当座の課題にはかなり有力な方針であろう。
ただし、セキュリティ以外にも数多のデバイスを除去する費用や、将来的な機能の拡張・変更にそなえた余地を備えるとなれば、結果的にコストや省電力性などの魅力を損なってしまう「どっち付かず」になる恐れもある。
さらに、過度に特化したデバイスで省電力性を追求すれば、コスト増や機能的な要求の変化に対応する柔軟さを損なう結果につながり得る。しかしながら、「これまでの課題」から「これから生じる課題」に注目するほど進展があった、と言い換えることもできるため、今後の発展も期待できるだろう。