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山形をシリコンバレーのような革新地域に

~カリフォルニアSRIへ地元企業を送り込み研修を実施

山形県商工労働観光部工業戦略技術振興課長の奥山賢氏

 11月30日、山形市内のホテルで『山形ものづくりイノベーション塾』成果発表会が開催された。山形県と特定非営利活動法人ワイ・リサーチ・イノベーション(YRI)の共催によるもので、2015年1月から取り組んできたイノベーション塾研修に参加したチームから、最終的に優秀チームとして認定された3チームを、米カリフォルニア スタンフォードの研究機関「SRI(Stanford Research Institute) International」に送り込んだことを受け、今回の発表会は、その研修での成果を発表するものだ。

 冒頭に挨拶に立った、山形県商工労働観光部工業戦略技術振興課長の奥山賢氏は、この事業を実施した経過を説明。2015年3月に、山形県産業振興ビジョン計画の中で、不断のイノベーションを生み出すことが重要と考え、過去において革新的な発明をしてきたSRIからノウハウを学ぶことを目的として、この事業を開始したと述べた。

 そして2度の選考研修会を経て最終的に残った3チームが、今年(2016年)の夏にシリコンバレー研修に参加した。奥山氏は、県としてはこれからも各機関と連携して、すでに事業を展開している企業も含め、新たなチャレンジを支援していきたいという意向を示し、多くの人々にイノベーションに対する理解を深めて欲しいと挨拶した。

 また、YRI代表理事の小野寺忠司氏は、「事業の目的はイノベーションを起こして山形県に新しい雇用を生み出すこと。だが、イノベーションを起こすだけでは成果にならない。地方創生は中々形にならないが、一体誰がイノベーションを起こすのかを考えたときに、それは山形県民である」とする。

 例えば、地方創生には大企業の誘致という方法もある。だが、今の世の中の状況ではそれは中々難しい。そんな中で、山形県には大学もあれば、既存企業も素晴らしい技術を持っているところがある。また、学生にはソリューションを持って事業をやりたいと考えている者もいる。そういう方たちに、グローバリゼーションをしっかり教え、世界にアプローチするプロセスを伝えることが、このプログラムのミッションだと小野寺氏は言う。

 YRIは山形、米沢、(上杉)鷹山公、ワイワイやることから名づけられたNPOだ。

 小野寺氏は、5年前からSRIとも関係が深く、SRI前社長のCurtis Carlson氏と、地方がしっかりやらなければイノベーションは起きないという話をしていたという。しかも、雪が降るか降らないくらいで、シリコンバレーと山形は目に映る風景としても変わらないとして会場の笑いを誘った。

 だからこそ、バックボーンにSRIを据え、最終的には山形、特に米沢周辺の地域をシリコンバレーのような革新地域に創り上げたいと小野寺氏は考える。スピンオフカンパニーを継続的に創出する地域にしたいというのがYRIの考えだ。つまり、世界に通用する21世紀型の産業クラスタとして、世界中の優秀な技術者が集まってくる地域にすることを目標に、YRIが技術シーズから事業化までの掛け渡し区間のアウトソーシングやコンサルを一気通貫で支援する。

 YRI副代表理事の小俣伸二氏は、研修プログラムの山形県内での実施、技術のバックアップ体制、資金調達の仕組みの構築などを説明し、SRIの持っているイノベーションプログラムとしての3段階研修を実施したことを説明する中で、参加チームを公募し、12チームの参加からスタートしたことを報告した。その内訳は、8企業、3大学、1高専だ。

 まず、ファーストステップの基礎研修では、技術のどこに市場ニーズがあり、顧客がいるのかをブラッシュアップする。そしてセカンドステップの発展研修では、技術とニーズをブラッシュアップしながら、ビジネスアイディアに落とし込んでいく。メンタリングを受けながら研修をこなすことで、弱いところが浮き出てくるという。

 そして最終的に3チームを選抜し、2週間のシリコンバレー研修に送り込んだ。専任のメンターがついてビジネスプランをブラッシュアップし続けたのはもちろん、SRIからも専任の講師が担当として付き、ビジネスデベロップメント、財務、組織の作り方などを教える。また、エグゼクティブのありかたなどを学ぶ。シリコンバレーでビジネスプランが成り立つかどうか、潜在顧客へのアプローチなどをリサーチする実践的なプログラムだ。

 発表会では3チームのプロジェクト概要と成果が報告された。その要旨は次の通りだ。

YRI代表理事の小野寺忠司氏
YRI副代表理事の小俣伸二氏

株式会社メトセラ「線維芽細胞を活用した高機能な心臓組織の開発」

 心臓の病気は食べ物と関係が深いが、アメリカではもっとも多い病気だという。だから、日本よりもアメリカの方が同社の技術には関心が高い。なぜなら20%が心疾患で、診断後5年以内でその半分が亡くなるからだ。

 今は壊死した心臓の組織を元に戻す方法がないが、同社はメトセラ繊維芽細胞を発見した。この細胞は心筋細胞の機能性を高める働きがある。そして臓器が組織全体で拍動するようになる。

 アメリカは移植先進国だ。高齢化社会であるのは日本もアメリカも同じで、ドナーを待っている間に亡くなる人も増えているということで、コストの高い移植に代わる方法が求められている。だからこそ、働かなくなった組織を働くようにする技術が必要だとした。

 研修での印象として、メンターのレベルは圧倒的で、教科書を読むだけでは分からない理論と実践の架け橋になったという。スタートアップの成功にはプロセスが必要だが、そのプロセスは学ぶことができるし、教えることができることを痛感したという。

 こちらが小さく考えていると投資家も小さく考えてしまう。これはなんとかしなければならないと締めくくった。

株式会社シンフォディア・フィル「植物を直接センシングすることによる農業向け灌水制御システムの構築」

 農家が高糖度かつ収量アップとなるトマト生産ができるようにしたい。農業の世界は変わろうとしている中で、その波に乗りたいというのが動機。昨今、甘いトマトが市場に増えている中で、値段が高いのは何故かを考えてみると、農家の課題としては、利益が確保できないこと、経験や勘に頼らなくてはならず、安定した栽培が難しいこと、そして熟練農家でも実現するのが難しいことなどが挙げられる。

 甘いトマトを作るには、水ストレスをコントロールすること、つまり灌水制御が重要だ。そこで、トマトの茎にセンサーを取り付けて、茎の中で水を吸い上げるときにできる気泡(キャビテーション)をカウントして灌水制御に役立てる。

 今はコストのかかる環境測定が一般的だが、この方法ならそれが不要になるはずだという。ターゲットは先端的な農家で、トマト市場2,600億円の内、約1割を目標としたいとしている。将来は別の野菜や果物にターゲットを拡げ、世界市場へトライしたい。そのためにも農家、農学部のパートナーが欲しいという。

 研修は、準備不足もあってビジネスプランが不明瞭で、ニーズも明確でなく、ネットワーキングを自身でセットアップすることの大変さを痛感したとのこと。だが、全体の研修を通して、事業化のプロセスをはっきりと教えてもらえたことは大きな収穫で、ニーズ、チーム編成、ビジネスプラン、顧客の絞り込み、何が欠けていてもビジネスは成り立たないと実感したという。

株式会社IMZAK「光学レンズ、光学素子における、曲面金型への反射防止構造加工装置の販売及び、反射防止構造加工の早期事業化」

 蛾の目の反射防止構造など、生体の優れた機能、形状をナノテクノロジーで模倣するのが同社の技術だ。今回は蛾の目の模倣を利用して、光学レンズ、光学素子における曲面金型への反射防止構造加工装置の販売および、反射防止構造加工の早期事業化をめざしている。

 今のレンズはコーティングが必要だ。だが、それは光学的なものであり、もしそれが不要になれば、75%程度コストを削減できるという。だからこそ、エンドユーザー製品を作るメーカーは行程を削除したいと考える。

 そこで、射出成型の金型で、最初から構造を成型する方法を生み出した。たとえば、もしこれをスマートフォンのレンズに応用すれば、年間10億台として、1つ100円程度のコストで市場規模の10%を取れたとして、100億円の市場を獲得できる。全メーカーのコストメリットとしては、500億円市場だ。

 だが、レンズメーカーに対して訴求するのではなく、エンドユーザー製品、たとえばスマートフォンを作るメーカーが、成型メーカーに対して使いなさいと指示するようなシナリオを考えているという。

 研修については非常に大変で、付いていくのが精一杯だったが、事業計画に向かって着実に進むことができたという。

SRIインターナショナル(旧スタンフォード研究所)シニアエグゼクティブ Claude Leglise氏と同日本支社マネージャー星住敦子氏

 報告会に出席した、SRIインターナショナル(旧スタンフォード研究所)シニアエグゼクティブのClaude Leglise氏も、それぞれのチームのプロジェクトに対してコメントした。

 メトセラの新細胞は、心臓の損傷に対応する技術で1,000億円規模の会社になる可能性を秘めている。ただ、まだ開発の初期段階で、治療が効果的かつ安全であることを証明するのに時間がかかる。成功へのカギはかなりたくさんあるので、早く動いて欲しいとした。

 IMZAKのプロジェクトについて、反射防止は誰もが簡単にできる技術ではないと見ていたが、同社の吸収力、取り組みに感動した。ただ、どの分野を攻めれば良いのかを見つけられていなかった。今後はデモの作成、そしてフルタイムでマーケティングやビジネスをできるようにして欲しいとした。

 シンフォディア・フィルの、甘いトマトを作るための灌漑のコントロールは、現時点で競合が多い。多くのベンチャーがチャレンジしている中で、どのくらい優れているのかSRIでは分からないとした上で、まずは完成した商品を作り、農家にばら撒いてテストしてもらうことを考えて欲しいと評した。農家は、技術ではなくソリューションを求めている。問題に気付いてもらい、それに対する独自の解決策があることを証明して欲しいとのことだった。

 総評として、ほとんどのチームはビジネス的直感や知識が不足している。だからこそ、顧客のニーズや競争力のある解決策を見つけて欲しい。技術についてはしっかりしているからこそ磨き続けるべきだが、技術は必要だが、それだけでは駄目だということを再確認して欲しいという。

 そして、山形県内にはたくさんの技術がある。YRIに対しても、イノベーションとは何なのかを県内に拡散して欲しい、とLeglise氏。発明から革新を起こすには顧客が必要であり、インベンションからイノベーションに至るためのビジネス文化を発見し、競争が激しい中で、いかに早く成功させるか、そして、本当に成功したいなら、大きな資金を調達することが重要だとし、大きな成果を期待すると締めくくった。

シリコンバレー研修参加者と山形県、YRI、SRI関係者