笠原一輝のユビキタス情報局
Chromebookが日本ではコンシューマに販売されない理由
(2014/8/22 06:00)
Googleが開発したオープンソースOS「Chrome OS」を搭載するノートブックPCである「Chromebook」が日本でも販売開始になった。当面は法人および教育向けの販路が中心になるが、国内で販売されることで注目しているユーザーも少なくないだろう。今回、米国への出張の折、個人向けに販売されているChromebookを購入したので、これを利用してChromebookがどのように使えるのかを紹介していきたい。
そこから見えてきたことは、Chrome OSは、Windowsユーザー全員ではないが、一定の割合のWindowsユーザー層にとっては乗り換えるに値するプラットフォームだということだ。一方でそのことが、米国ではコンシューマ向けにも販売されているChromebookが、日本では法人/教育向けに販路が限定されている理由の1つにもなっていると考えられる。
見た目はWindowsベースのクラムシェル型ノートPCとほとんど同じ
今回購入したChromebookは、HPが米国で販売している「HP Chromebook 14」だ。CPUはHaswellベースのCeleron 2955U(1.4GHzデュアルコア)、メインメモリは2GB、16GBのSSD(SATA接続)、1,366×768ドットの14型液晶ディスプレイというのが基本的な仕様になる。米国では299.99ドル(約3万円)で、州によってはこれに10%程度の消費税がかかる(今回は消費税がない州で購入したので、299.99ドルちょうどだった)。
見た目はWindowsを搭載したクラムシェル型ノートPCによく似ており、本体の左側面にHDMI出力、USBポート×2、ヘッドフォン端子、本体の右側面にACアダプタ端子、SDカードスロット、USB端子という構成になっている。WindowsノートPCと見た目で大きく異なるのは、キーボードの6列目にファンクションキー(F1、F2など)が用意されることが多いWindowsノートPCに対し、Chromebookは機能キーが割り当てられていること。そして、パームレストにWindowsのシールがないことぐらいだ。
無線関連はシンプルでWi-Fi(IEEE 802.11b/g/n)とBluetooth(バージョン不明)となっている。なお、今回筆者が購入したHP Chromebook 14は、米国向けモデルのため、日本国内で利用するに必要な技術基準適合認定を取得しておらず、認定証なども表示されていない。このため、日本国内では電波を発して利用することはできない。
電源スイッチを入れると、初回はGoogleアカウント(Google Appsアカウントを含む)の登録が必要になるが、それ以降はそのままで利用することができる。セキュリティが気になるユーザーは、ログインする度にパスワードを入れるように設定することも可能だ。なお、電源スイッチを押すか、液晶ディスプレイを閉じるとWindows PCで言うところのメモリサスペンドモードの待機状態となり、電源ボタンを長押しするとOSがシャットダウンして終了する。
GoogleはWindowsよりも高速に起動するということを売りにしているようだが、正直に言ってWindows 8.1を搭載している最新PCと比較すると、さほど差はないと感じた。例えば、筆者がメインPCに使っている「VAIO Duo 13」は電源オンからパスワードのプロンプトが表示するまで10秒程度、「VAIO Pro 13」なら7秒程度。HP Chromebook 14は7秒程度だった。Windows 8以降はWindowsの起動も高速になっているので、最新CPU+SSDという組み合わせなら10秒以内の製品も増えている(もちろんWindows 7以前のOS+HDDなら分単位も当たり前なのでそれに比べれば圧倒的に速いとは言える)。
ただ、より厳密に言うなら、Windowsは後からアプリケーションなどを追加できるため、それが原因で起動が遅くなることがある。Chrome OSの方は、アプリケーションをインストールできない、ずっと使っていても7秒を維持できる。
要するに「GoogleのChromeブラウザだけを使えるPC」
このHP Chromebook 14に採用されているのが、Chrome OSというGoogleが中心となってオープンソースで開発されているOSだ。ベースになっているのはLinuxで、その上に独自のUIをかぶせたモノとなる。その意味ではAndroidに似ている。
ただ、AndroidはLinuxカーネルの上で独自のアプリケーションを動かすという考え方なのに対して、Chrome OSはもっとシンプルで、WebブラウザであるChromeをUIにする。誤解を恐れずに言えば、Chrome OSというのは、ChromeブラウザをシェルにしたOSだと言ってもほぼ間違っていない。
Chrome OSを起動すると表示されるデスクトップは非常にシンプル。タスクバーのみで、そこにChromeなどのアイコンが並んでいる。標準状態では「Chrome」、「Gmail」、「Google検索」、「YouTube」のアイコンが並んでおり、一見するとそれぞれのアプリが用意されているかのようだが、Chrome以外の3つのアイコンをクリックすると起動するのはChromeブラウザで、単にChromeブラウザでGmail、Google、YouTubeのWebサイトに接続されるだけだ。
それだけではない。このChromebookの設定も、Chromeの設定画面から全て設定できる。例えば、ChromebookにはWi-FiやBluetoothといった無線機能が用意されているが、それらの設定はChromeブラウザの設定から行なう。このChromeブラウザの設定というのは、Windows版Chromeブラウザの設定と同じ画面で、すでにWindowsやMac OSなどでChromeブラウザを使っているユーザーなら違和感なく利用できるだろう(ログイン時に自分のGoogleアカウントを設定すれば、現在Chromeブラウザで使っている環境がそのまま同期されてくるので、特に何かをユーザーがする必要もない)。
それだけではなく、Windows版などに用意されているものと同じ機能が利用できる。例えば、Chromeブラウザのユーザーなら、URLバーに「chrome://flags/」と入力すると試験運用機能を有効にできることを知っていると思うが、これはChrome OS上でも有効だ。こうした点も含めて、WindowsでChromeブラウザを利用する環境とほとんど変わらない環境が実現されている。
言語入力に関しても、前述のChromeブラウザの設定から行なえる。OS自体はユニバーサル版になっており、英語版のChromebookを買ったとしても、キーボードレイアウトをUSキーボード、IMEとしてGoogle日本語入力を指定できる。
キーボードレイアウトは、標準ではファンクションキーのところが機能キーになっているが、設定で変更できる。Google日本語入力の設定で、キー設定をATOKやMS-IME、ことえりなどに変更できるので、例えばATOK設定にしてカタカナ変換をF7で、半角/全角変換をF8で、アルファベット変換をF9で行なったりすることもできる。当たり前だが機能キーをファンクションキーに設定しても、キートップの表記は変わらないので、自分でここがF1、F2というように脳内変換して使う必要がある。実用としてはシールを貼るなどした方がよさそうだ。
ファイルの編集は、クラウドストレージとの組み合わせで行う
こうしたChrome OSだが、アプリケーションを追加する仕組みは用意されている。それが「Chromeウェブストア」だ。これはWindows版のChromeブラウザに用意されているChromeウェブストアとまったく同じだ。
Chromebookを使うには、初回起動時にGoogleアカウントを登録する必要があるが、それにより、すでにPCなどで利用しているChromeブラウザの設定がそのままChromebookに同期される。その時に、すでにChromeウェブストアで購入している拡張機能などは、Chromebookにもコピーされる。つまり、アプリケーションというよりは、Chromeブラウザの拡張機能を追加できるというわけだ。
ただし、拡張機能として追加される機能の中には、Chromeブラウザの外のウインドウで動くように設計されているモノもあり、それらはAndroidやWindowsで言うところのアプリとして動いているように見える。標準で用意されている機能としてはGoogle+フォトなどがそれに該当する。ただ、現時点ではこうしたアプリはあまり多くない。
最初からWebブラウザでやっていた処理、例えばTwitterやFacebookなどは普通に使えるし、WindowsでChromeブラウザからそれらを利用するのと何も変わらない。電子メールに関しても、Gmailを利用しているのであれば、やはりWindowsでChromeブラウザからそれを利用しているのと利用感は何も変わらない。これらに関しては違和感はほぼなく乗り換えることができる。
だが、Microsoft Officeで使っていた機能は、そのまま置き換えることができない。Googleはその代替としてオンラインストレージのGoogle Driveと、Googleドキュメント/スプレッドシート/スライドという仕組みを用意している。具体的にはまずユーザーはGoogle Driveというクラウドストレージに、Officeファイルをアップロードする。すると、Googleドキュメント(Wordの代替)、Googleスプレッドシート(Excelの代替)、Googleスライド(PowerPointの代替)という3つのアプリケーションを利用して閲覧したり、編集したりできるようになる。
GoogleドキュメントやGoogleスプレッドシートの評価そのものはすでに多く出回っているのでここでは詳しくは触れないが、互換性の観点で不安があるのは事実で、本格的に利用するならMicrosoftのOfficeファイル形式ではなくGoogleスプレッドシート独自形式などに変換した方が使いやすい。
筆者個人としては、ChromebookでOfficeを使いたいのであれば、Microsoftが提供しているOneDriveと組み合わせるのがベストだと考えている。OneDriveにはクラウド上でOfficeファイルを編集/閲覧する機能が用意されており、もちろんOneDriveにはChromeブラウザからアクセスして利用することが可能だ。
ただ、Google DriveもOneDriveも、.txtの拡張子を持つテキストファイルのうち、日本語環境では一般的に利用されているShiftJISの文字コードで記録されているテキストファイルを正しく読み書きできない。そうした時には、テキストファイル自体の文字コードをUTF-8にしておくと、OneDriveのWordOnline上で読み書きできるようになる。筆者は、そうした形式に保存してOneDriveとPCを同期することにしており、こうしておけばChromebookからでも問題なく、OneDrive上でテキストファイルを編集できるようになっている。
Chrome OSでのChromeブラウザは、Windows版と同じように全てのタブを1つのウインドウに表示させることも可能だし、タブをドラッグ&ドロップして別ウインドウとして表示することが可能だ。ある資料を見ながら記事を書きたいと思ったときには、資料を別のウインドウで表示しつつ、Word Onlineで記事を書くという作業を実際にChromebookでやってみたが、普段使っているWindows環境に比べて能率が上がるとは言えないものの、少なくとも作業はできた。例えば海外で取材している時に、メインで使っているPCが壊れてしまって代替が必要な時に、現地で安価なChromebookを購入して使うといったことも、一時的な解決策としてはあり得ると思う。
ネットに繋がっていないと出来ることは少ない
一方で、実際に使って、いくつかの不満点も見えてきた。最大の問題は、ネットワークに接続していなければ、事実上何もできないという点だ。自宅や会社のように据え置きで使っている時には問題ないと思うのだが、仮にモバイル環境でも使いたいと思うのであれば、この点は問題になる。特に日本ではキャリアが提供するモバイルブロードバンドは容量に制限があるし、飛行機の機内のようにネットワークに接続できない環境では問題になる。もっとも後者に関しては最近では機内インターネットサービスを提供する航空会社も増えており、今後徐々に解決していくと思われる。
また、電子書籍などのツールもAndroidとiOS向けがほとんどで、Windows向けがあるかないかというのが現状で、Chrome OS向けのビューワは用意されていない。ただ、電子書籍のストアによってはWebブラウザで直接読める場合がある。例えば、筆者が個人的に利用している三栄書房のモータースポーツ関連の電子書籍ストアでは、iOSとAndroid用のビューワが用意され、Windows用やChrome OS用は用意されていないが、Flash Playerを利用してWebブラウザから読む機能が用意されており、それを利用できた(Chrome OSのChromeブラウザにはFlash Player 14が標準で導入されている)。
ただ、そうした機能を利用して読めない電子書籍もあった。eBookJapanの電子書籍では、「Web楽読み」という機能が用意されており、Webブラウザさえあれば閲覧できるのだが、Chrome OSのChromeブラウザで読みに行くと、「サポートされていないブラウザ」というメッセージがでて閲覧することができなかった。このあたりは電子書籍ストア側の対応で改善される可能性があるが、WindowsやAndroidなどと違って、まだ日本で認知度が高くないのでこうしたことが起こる可能性は常にある。
また、そもそもKindleのように、iOSとAndroid用のビューワしか用意されておらず、それ以外のプラットフォームのビューワが用意されていないような電子書籍は閲覧することすらできない。確かに現状ではそうなのだが、Google自身は6月に行なわれたGoogle I/Oで、将来のどこかのタイミングで、Android L(次期Androidのコードネーム)で動作するAndroidアプリをChrome OSで動かせるようにする構想を明らかにしており、将来的にはAndroidアプリを使えるようになる可能性がある。そうなれば、前述のような電子書籍アプリがないなどの問題も解決される可能性があるだけに、早期に実装されることを期待したいところだ。
現在の世代では日本市場では企業向け、教育向けにフォーカスする
このように、Chromebookは、Chromeブラウザしか使えないノートPCだと思っていればほぼ間違いない。つまり、Chromebookを使いこなせる人は、ほとんど全ての作業がChromeブラウザで済む人と言い換えても良いと思う。逆に言えば、Adobe Photoshopなどローカルアプリケーションでの処理も多数やっているユーザーには、Chromebookへ移行することをお勧めしない。今まで通りWindowsやMac OSベースのPCを買った方が幸せになるだろう。
ただ、Webブラウザでほとんどを済ませるユーザーであっても、問題になるのはユーザーのデータが全てクラウド上にあるのが前提になるということだ。先述の通り、Chrome OSにはWindowsで言うところのMicrosoft Officeのようなリッチなローカルアプリケーションはない。このため、文章ファイルを編集するには、Google DriveやOneDriveなどにユーザーのファイルが全てアップロードされている必要がある。
特に情報システムの部署が設けられてしっかりと管理されている大企業の場合は、セキュリティ上の観点からクラウドストレージの利用を許可していない会社がほとんどであるのが日本の現状だ。このため、1度iPadやAndroidタブレットのようなクラウドを前提にしたタブレットを導入した企業でも、結局クラウドストレージの利用が許されていないため、ローカルアプリケーションを使えるWindowsタブレットに戻ってきている例が多くある(これが日本でWindowsタブレットの導入がほかの市場に比べて進んでいる理由の1つだ)。そうした大企業では正直Chromebookの導入は夢のまた夢だろう。
それに対して、専任のIT担当者がいないような中小企業や学校などの教育機関の場合は、クラウドで管理した方が専任の管理者がいらないという意味で導入するメリットは小さくないと思う。例えば、Google Appsを導入するのと同時にChromebookを導入する、そういうシナリオは充分あり得ると思う。
こうして考えていくと、Chromebookを導入してメリットがあるのはクラウドストレージを使えない大企業を除いた中小企業、さらにはクラウドストレージへの移行を済ませている個人ユーザーということになるだろう。
問題はクラウドストレージに自分のファイルを置くという使い方がどの程度個人ユーザーに対して浸透しているかという点だ。
今回各OEMメーカーから販売されているChromebookは、いずれも企業/教育向けという扱いになっており、個人向けの販路で販売されている製品はない。もちろん、個人であっても、法人向けのダイレクト販売などを経由して購入することは可能になっているが、あくまでそれは法人向けという扱いになる。
OEMメーカーの関係者に対し、なぜ個人向けに販路を広げないのかを取材してみると、多くの関係者が、「Googleの日本法人からOEMメーカーに対して今回は法人向けに販路を絞って欲しいという“お願い”があった」と証言した。つまり、Googleとしては、現段階ではChromebookを個人向けに販売することに慎重になっている、そう考えることができる。
その理由はいくつか考えられるが、日本では個人向けPCのOfficeバンドル率が高く、実際ほとんどの個人ユーザーがPCをOffice付きで買っている。そのため、クラウドにファイルを置く使い方よりも、ローカルにファイルを置く使い方が一般的であることが最大の要因と考えるのが妥当だろう。そのニーズに対してChromebook+Google Driveで答えられるのかと言えば、現段階ではそうではないと判断しているのではないだろうか。
ただ、将来的にGoogleがそうした市場を狙ってくるのは間違いないだろう。そうした問題は時間が解決してくれるはずで、日本でもクラウドストレージの利用がより本格化し、PC Watchの読者のようなハイエンドのユーザーだけでなく、一般のユーザーも使い始めるようなことになれば、GoogleもChromebookを個人向けの販路に広げていくことになるだろう。