笠原一輝のユビキタス情報局
Adobeが“画像生成AI覇権争い”から一歩退いた理由
2025年10月31日 10:18
Adobeにとって通常のAdobe MAXは、同社の主力製品である「Creative Cloud」関連の発表を行なう年次イベントに位置づけられている。Adobe MAX 2025でも、Creative Cloud関連のアップデートは多数発表され、恒例となっている新バージョンのアプリケーションが登場したが、今回のAdobe MAX 2025の主役はハッキリ言ってCreative Cloudではなく、生成AIプラットフォームでありWebアプリケーションでもある「Firefly」だ。
その中でAdobeが強調したのは「複数の生成AIモデルを、1つの価格モデルで利用することができる」という点で、同社がこれまで推進してきた自社モデル(Firefly Model)の優位性を主張することを引っ込め、サードパーティの生成AIモデルもFireflyの一部として利用できることを盛んにアピールした。
こうした大方針の転換には、どうした事情があるのだろうか?
売上高は11四半期連続で増えているのに、株価の方は低調になっているAdobeの現状
Adobeの決算報告書と時価総額を見ていると非常に面白い事実に気がつかされる。Adobeは9月11日に2025会計年度第3四半期(6月~8月)の四半期決算を公表しているが、売上は2023年第1四半期から2025年第3四半期まで11四半期連続で売上が増えている。つまり、Adobeのビジネスとしては順調に成長しているということだ。
ところが、株価の方を見ると、2023年1月には約370ドル前後だったのが、2024年1月には約617ドルに上昇したのをピークにして、現在は330ドル前後を行ったり来たりという状況。つまり、毎四半期売上高は伸びているのに、株価は上がっておらず、むしろ下がっているという状況を見ると、株式市場からは評価されていない、むしろ期待を下回っているということだ。
IT企業で、この2年で株価(およびそのトータルである時価総額)が伸びた会社はどこなのだろうかと見ていくと、時価総額ランキングの上位常連のいわゆるGAFAM(Google、Apple、Facebook(Meta)、Amazon、Microsoft)がトップ10にいるのは変わっていないのだが、そこにNVIDIAが割って入ってきている。先日はNVIDIAの時価総額が、瞬間的にではあるが5兆ドルを突破したことが話題になった(ちなみにAdobeの10月29日時点での時価総額は約1,436億ドル)。
また、証券会社などが出している時価総額ランキング(出典元によって順位は違うが)をよく見てみると、IT企業でもう1つ順位がここ1年で急激に上がっている会社がある。それがOracleだ。
Oracleが発表した2026年第1四半期会計年度の段階でRPOと呼ばれる受注残(契約はしたがまだ売上にはなっていない受注のこと)が約66兆円になると発表しており、今後も同社のパブリッククラウド事業となるOCI(Oracle Cloud Infrastructure)が成長し続ける見通しを明らかにしている。それを受けて、株価は今年度に入ってから上昇基調にあり、それに伴って時価総額(約7,390億ドル/10月29日時点)も上昇し続け、時価総額ランキングで20位以内に顔を出すようになっている。
こうしたNVIDIAやOracle、そしてAppleを除くGAFAMに共通するのは、いずれも生成AI関連の銘柄であるということ。Meta(Facebook)は生成AIモデルを開発する企業として、そしてAmazon、Google、Microsoft、Oracleはパブリッククラウドサービスを提供するCSP(クラウドサービスプロバイダー)として、そしてNVIDIAはそうした企業に生成AIモデルを学習し、実行する環境となるGPUを提供する企業として認識されている。
つまり、生成AIに積極的に取り組んでいる企業に投資したい、という投資家の方向性が、こうした動向から分かるだろう。一方でAdobeはその評価から外れているわけである。
「1つの契約で、複数のAIモデルを選択できる」と強調したAdobe、自社AIモデルの今後は?
では、Adobeが生成AIに熱心に取り組んでこなかったのかと言うと、それは違う。Adobeはかなり初期の段階から生成AIの導入に熱心に取り組んできたし、同時にMetaと同じように独自のAIモデルを開発し、顧客に対して提供してきた。
Adobeは、2023年3月に開催したAdobe Summitにおいて、生成AIのプラットフォームおよびアプリケーションとなる「Firefly」を発表している。
AdobeはFireflyにおいて、後に「Firefly Model」と呼ばれることになるAIモデルを自社開発し、それをベースにFireflyの生成AI Webアプリケーション(Firefly Web)を提供してきた。OpenAIならGPTがFirefly Modelで、ChatGPTがFirefly Webに相当する形になる。
Firefly(ModelもWebアプリも)の特徴は、静止画や動画、オーディオなどのコンテンツ作成に特化していることで、同時に学習するデータはインターネット上のデータは使わずに、自社のストックコンテンツサービスであるAdobe Stockで著作権者の許諾を得たものだけだと公表していることで、企業の商用利用に資するサービスだということを売りにしてきた。
ただ、当初は静止画を生成するための「Firefly Image Model」だけだったのが、動画の「Firefly Video Model」、ベクターデータの「Firefly Vector Model」、オーディオの「Firefly Audio Model」などが続けてリリースされており、現在まで拡張し続けている。こうしたFirefly Modelの開発は、同社の研究開発機関であるAdobe Researchが基礎開発を行ない、製品部門がそれを製品としてブラッシュアップして提供する形になっている。
これまでAdobeはこうしたFirefly Modelの種類を増やし、それを元に新しい生成AIアプリケーションやサービスを提供するというのを基本的な戦略にしてきた。しかし、今回のAdobe MAXで、その戦略は大きく変更されたことを明白にした。というのも、今年からサードパーティのAIモデルも取り込んでいくということを明らかにしてきたのだ。
今回Adobeは基調講演などで、盛んに「複数の生成AIモデルを、1つの価格モデルで利用することができる」と繰り返し述べて、サードパーティAIモデルを選べるようにしたメリットを説明した。
Google Gemini 2.5 Flash Image(Nano Banana)、Imagen、Veo、OpenAIのGPT Image、FluxのFLUX 1.1やFLUX .1 Kontext、Luma RayなどのサードパーティのAIモデルが既にFireflyには実装されており、今回はそれに加えてTopazとElevenLabsのAIモデルが追加されたことが明らかにされている。
さらに、Creative CloudのフラグシップアプリであるPhotoshopでは、Gemini 2.5 Flash Image(Nano Banana)とFLUX.1 Kontextが利用可能になったことも発表されている。つまり、サードパーティAIモデルの活用はどんどん広がっており、むしろFirefly Modelの利用は今後後退していくのではと感じられるような状況だ。
では今後Firefly Modelはなくなっていく方向なのだろうか?Adobe ジェネレーティブAI & Adobe Sensei担当副社長のアレクサンドル・コスティン氏は「Firefly Modelは、データの学習段階から権利者に配慮するなど商用利用を重視しているところが顧客に支持されている。特に今回Firefly Custom Modelという大企業向けのカスタムAIモデルを提供することを発表したが、そうしたカスタムモデルなどのニーズに応えるためにもFirefly Modelは重要だ」と述べ、Adobeの公式なコメントとしては自社開発のFirefly Modelと、サードパーティAIモデルは共存することだと説明した。
投資対効果を考えると自社モデルの維持はほぼ不可能だと考えられる
今の段階では自社開発のFirefly ModelとサードパーティのAIモデルは共存していくというのがAdobeの公式見解だとして、今後はどうなっていくと予想されるだろうか?
筆者個人の予想としては、やはり共存は難しく、Adobeは近い将来に自社開発のモデルを諦めることになるだろうと予想している。理由はシンプルで、AIモデルはAdobeにとって競争軸(競合他社との競争で問われる強み)ではないのに、その開発には膨大なコストがかかっているだろうと考えられるからだ。
AIモデルの開発には膨大なコストがかかる、それは誰にとっても明白だ。AIモデルの開発には、アルゴリズムの開発に加えてデータの学習が必要になる。アルゴリズムそのものも巨大化し、かつ学習に利用するデータ量も増大し続けている。学習には巨大なGPUクラスタが必要な状況で、自社で持てばそれが巨大な固定資産になり維持費が膨大になる。CSPの設備を借りれば、資産としては持たないで済むが、利用料金は高くつく。いずれにせよ、開発コストが巨額になっていることは容易に想像がつく。
多くの関係者が、今後AIモデルが、PCやスマートフォン時代のOSのような存在になっていくと考えている。PC時代のOSがWindowsとmacOSという2つに、スマートフォン用のOSがAndroidとiOSの2つに集約されていったように、開発競争の果てに生き残れるAIモデルは1つか2つになるだろうと考えられている。ITの世界では勝者総取りが一般的で、現在は複数のAIモデルが競争している状況だが、それが1つか2つに集約されていくことは容易に想定できる。
AIモデルを開発している企業にとって、もっと投資して1つか2つの中に入るか、あるいはAIモデルの開発はやめて別のところに投資をしていくかの二択になる。
では、AdobeにとってAIモデルに投資するのと、Creative CloudやFirefly Webアプリのようなクリエイターが利用するツール、どちらに投資するのが正解だろうか?今の時点で立ち止まって冷静に考えれば、明らかに後者だろう。既にCreative CloudやFireflyのユーザーは多数おり、そうしたユーザーが支払うサブスクリプションの料金がAdobeの売上の約74%を占めているのがAdobeの現状だ。AdobeのFireflyはAdobeのユーザーだけというOpenAIやGoogleのAIモデルなどに比べてユーザー数は元々少なく、最終的に勝てるかどうかも分からないAIモデル開発競争に投資するよりも、もっとCreative CloudやFireflyの機能を強化した方が、Adobeにとってメリットが多いことは明らかだ。
確かにAdobeが公式見解で言うとおり、商用利用可能なカスタムAIモデルを必要とする顧客にはそれが必要だが、しかしサードパーティのAIモデルを利用してもカスタムAIモデルを提供することは不可能ではない(実際、AdobeはカスタムモデルではないサードパーティAIモデルを利用しても商用利用は可能だと説明している)。そう考えれば、投資対効果の観点からAdobeが自社モデルに今後も長期的に投資をする可能性は限りなく低いと筆者は考えている。今後静かにFirefly Modelは徐々に退役していく、それが予想される未来ではないだろうか。
業界ではAIモデル依存のアーキテクチャを見直す動き、AIモデルは自由に選べて勝ち馬に乗っていくのがトレンドに
Adobeにとって、サードパーティのAIモデルを採用していくという戦略が賢明である理由はもう1つある。それが、現状では誰がAIモデルで勝者になるのか分からないので、誰とも均等に付き合うことで、誰が勝者になっても、その勝ち馬に乗れるということだ。
実は、今クラウドの界隈では、皆この点を考慮に入れてアプリケーションのアーキテクチャを設計している。誰(OpenAIなのか、Anthropicなのか、それともGoogle Geminiなのか、MetaのLlamaなのか……)が勝者になるのか分からないから、誰が勝ってもいいように、どのAIモデルも使えるような設計にしておいて、その時点でいいものを選択していき、長期的には勝ち馬に乗れるようにしておく、ということだ。
AdobeのサードパーティAIモデル戦略もそうした戦略の1つだと考えることができる。OpenAIが勝とうが、Google Geminiが勝とうが、サードパーティのAIモデルを利用できるようにしておけば、どれが勝ち組になっても、Creative CloudやFireflyのユーザーはその時点で最適なAIモデルを選ぶことが可能になるのだ。
Adobeにとって最悪のシナリオは、「おーこのNano Bananaというのはすごいな、じゃあ、Googleと契約して、これからクリエイターツールもCreative CloudからGoogleにしよう」とクリエイターが思って乗り換えられてしまうことだ。あるいは、Creative Cloudの競合(たとえばCanvaなど)が、AIモデルを選択できるようにして、そっちの方がいいからCreative CloudからCanvaに乗り換えようと乗り換えられてしまうことだ。AdobeにとってAIモデルは他社との競争軸ではないのに、だ。
Adobeの強みは、Creative Cloudという「クリエイターとのつながり」を押さえているところにあり、そうしたクリエイターが必要とする新しいアプリケーションやサービスを提供していく方にもう一度舵を切った、それが今回の方針転換の本当の意味だ。今回FireflyやCreative Cloud向けにエージェンティックAIの導入を発表したことはその第一歩と言える。
今回Adobe MAXでサードパーティのAIモデルを選べることを拡大していく方針を明確にしたことは、生成AIに有り金投入することこそが勝利の方程式と考えている多くの投資家のウケが悪いことは否定できない事実だが、長期的に考えれば、Adobe自身にとっても、Creative Cloudのユーザーにとっても堅実で正しい選択だと筆者は考えている。




















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