笠原一輝のユビキタス情報局

薄くて軽い「ThinkPad X1 Nano」、大和研の開発者は性能にも大きな自信

レノボ・ジャパン合同会社 大和研究所 システムイノベーション エグゼクティブディレクター Distinguished Engineer 塚本泰通氏(左)、レノボ・ジャパン合同会社 第2先進ノートブック開発 システムイノベーション マネージャ 中村佳央氏(右)

 レノボ・ジャパン合同会社(以下Lenovo)は、同社のビジネス向け、プロシューマ向けブランドとなる「ThinkPad X1」の最新製品として「ThinkPad X1 Nano」を、12月8日から日本でも販売を開始する。

 ThinkPad X1 Nanoは、最小構成で907gとThinkPadとしては歴史上最軽量を実現した製品で、アスペクト比16:10の13型ディスプレイ(2,160×1,350ドット)、SoCにはUP4パッケージの第11世代Coreプロセッサ(Tiger Lake)を採用しており、49WhというA4サイズのモバイルノートパソコンでは標準クラスのバッテリを搭載しながら最小907gという軽量さを実現している。

 そうしたThinkPad X1 Nanoの特徴を、本製品を開発したLenovoの大和研究所のエンジニアのお二人にお話しを伺ってきた。

日本のニーズにようやく満たすThinkPadが登場

ThinkPad X1 Nano

 結論から言おう。今回、大和研究所のお2人に話を伺った後の筆者の正直な感想は、「今回のThinkPad X1 Nano、日本のユーザーが本当に欲しがっていたThinkPadを体現した製品」と言い切ってもいいということだ。

 レノボ・ジャパン合同会社 大和研究所 システムイノベーション エグゼクティブディレクター Distinguished Engineer 塚本泰通氏は、このThinkPad X1 Nanoのコンセプトについて、「日本やアジア太平洋地域のお客様からは、1kg切りのThinkPadが欲しいという声はずっとあった。これまでグローバルにはなかなかその要求がなく、実現できていなかったが、数年前からグローバルにもそうした要望の声が大きくなってきた。しかし、ThinkPadの要件である堅牢性、キーボードを妥協をしてまで、1kgを切るということは必要がないと考えていた。そうした堅牢性などを変わらず実現しつつ1kgを切るという目処が立ってきたので、2015年あたりからプロトタイプを作り、狭額縁にも取り組み、グローバルモデルとして製品化できるようになった」と説明する。

重量はマシンの構成によっても異なっており、最軽量は約907g。この構成は約908gだった

 日本市場は世界的に見ても特異な市場だ。グローバルな市場では薄型とか小さな底面積ということに注目があつまるのだが、重量ということにはさほど注目が集まらない。それに大して日本市場ではノートパソコンの重要なスペックとしてマシンの軽量さがある。

 グループ企業であるFCCLの「LIFEBOOK UH」シリーズは、13.3型のディスプレイを採用しながら約634gという軽量さが話題を呼んでいる。その一方でバッテリの容量は通常の13型級ディスプレイを搭載するノートパソコンの半分の25Whで、軽いのには軽いなりの理由もある。

 もちろん、それがダメだとかズルイとか言っているのではなく、結局ノートパソコンの設計は、「何を取り、何を捨てるか」という取捨選択の問題であり、それをパッケージとしてどうまとめるのか、それが開発者にとって腕の見せどころだということだ。

 つまり、とにかく軽くしたいなら、UHシリーズのようにバッテリ容量を減らす手段も取れるし、逆に上位モデル(UH90)のように、50Whバッテリを搭載して800g強、つまり多少重くなっても駆動時間を犠牲にしない選択もありだ。どちらを選ぶかは、それぞれのニーズに合わせて決めればいい。

ThinkPad X1 Nanoのバッテリ、48.2Wh

 では、ThinkPad X1 Nanoはどうか? 塚本氏によれば、ThinkPadとしての要件である高い堅牢性と使いやすいキーボード、高い性能や長時間バッテリ駆動というあたりは完全に満たしているという。

 たとえば、バッテリの容量は48Whで、JEITA測定法2.0で約22.87時間を実現している。つまり、バッテリの容量は標準サイズ(50Wh前後)を選び、小さなバッテリにしたから軽量を実現したわけではないということだ。ThinkPadのユーザーとって重要な「長時間バッテリ駆動」には妥協しないで、かつ軽量化するという道を選んだということだ。

キーボードのストロークは1.35mmになっているが、従来とフィーリングはほぼ同じ

ThinkPad X1 Nanoのキーボード、変な配列などもない

 キーボードもしかりだ。今回のThinkPad X1 Nanoではキーボードのストロークは1.35mmになっている。従来のモデルであるThinkPad X1 Carbonのキーボードのキーストロークである1.5mmに比べてやや浅めになっている。しかし、実際に触ってみると、その差はほとんど感じない。

 レノボ・ジャパン合同会社 第2先進ノートブック開発 システムイノベーション マネージャ 中村佳央氏によると「キーストロークは1.35mmとX1 Carbonの1.5mmに比べると減っているが、キータッチに関してはほとんど変わらない打ちやすさを実現している」という。

 「キーボードは薄くなると、キートップが下部に当たったときにハードランディング(激しく当たるという意味)してしまうが、内部のラバードームの構造をさまざま検討し、当たるときにちょっと下に行くような構造体を採用することで、ソフトランディングするようにしている。これにより、1.5mmのストロークだった従来のキーボードと同じような打ちやすさ、疲れなさを実現している」。つまり、薄型を実現するためにキーストロークは1.35mmと浅くなっているが打ち心地は変わらないのだ。

ThinkPad X1 Nanoのキーボードの構造

 もちろん、ThinkPadのアイデンティティと言えるスティック型のポイントティングデバイスであるTrackPointも健在。使い勝手は何も変わっていないが、構造は見直されている。従来のTrackPointは、モジュールがキーボードの底面を飛び出すかたちになっていたが、下側には飛び出さない新しいモジュールになっている。これにより、厚さ方向には不利に働くTrackPointを装着しても薄型化を実現した。

キーボード下面の三角形のようなかたちをしているのがTrackPointモジュールの裏面。キーボードの裏面と高さが同じになっていることがわかる

 塚本氏は「今後を見据えるとキーボードの薄型化やストロークの減少は避けられない。しかし、キーボードはThinkPadの重要な要件の1つ。ストロークという数字が減ったというと使い勝手の点で、妥協しているのではないかと思われてしまう。たしかにストロークは減っているが、打ちやすさや疲れないという使い勝手には何も変えずに、1.35mmへと移行することにした。今の若いユーザーはむしろタブレットやスマートフォンなどのスクリーンキーボードに慣れているので、むしろ浅い方がいいという傾向もあるが、ThinkPadとしては既存のお客様のニーズも大事にしつつ、薄型化を実現してきたい」と述べた。

 長期的に考えれば、スクリーンキーボードのようなストローク0のキーボードへ移行していく可能性もあるが、現時点ではそこにいきなり行くのではなく、ステップバイステップで徐々に薄型キーボードへ舵を切っていっている段階だと説明した。

ディスプレイは13型で16:10のアスペクト比を採用、無線のアンテナは首下に集中

ThinkPad X1 Nanoは16:10のアスペクト比で13型のディスプレイを採用している

 ThinkPad X1 Nanoのもう1つの大きな特徴はディスプレイだ。今回の製品に採用されているディスプレイは、16:10のアスペクト比を持つ2,160×1,350ドットの解像度で、sRGB 100%、450cd/平方m(nit)の輝度を実現しているパネルになる。

 16:10のディスプレイを採用したノートパソコンというと、Dellの「XPS 13(モデル9300/9310)」、「XPS 13 2-In-1(モデル7390/9310 2-in-1)」がよく知られている。XPS 13に採用されている13.4型で16:10のパネルはUHD+(3,840×2,400ドット)ないしはWUXGA(1,920×1,200ドット)で、それぞれ4K(3,840×2,160ドット)やフルHD(1,920×1,080ドット)の縦方向を延長したパネルになっている。

 それに対して、今回のThinkPad X1 Nanoに採用されているパネルの解像度は2,160×1,350ドットと、解像度的にはフルHDに比べて横も縦も広げたパネルとなるが、物理的なサイズは13型と若干小さい。なお、底面積でいうと、ThinkPad X1 Nanoが292.8×207.7mm(幅×奥行き)で、XPS 13が295.7×198.7mm(同)と、XPS 13がわずかに小さい。

ThinkPad X13(下)とThinkPad X1 Nanoの比較。ディスプレイサイズが13.3型と13型という違いはあるが、Nanoがより小さくなっていることがわかる

 このパネルを選んだ理由に関して中村氏は「まずは作業性を重視して選定した。ほかの13.x型のサイズも検討したが、大きさ、画質、コントラスト、そして消費電力などのバランスを検討した結果、この13型のパネルになった」と説明する。

 ちなみに筆者として気になったのは、こうした独自の解像度のパネルを選んだ場合、消費電力はフルHDなど標準サイズのパネルに比べて増えてしまうのではないかという点だ。IntelやLCDパネルのサプライヤーなどが共同で取り組んでいるLow Power LCDに対応した低消費電力フルHDパネルなどでは、消費電力が1Wを切っている場合があり、それがノートパソコンの低消費電力化に大きく貢献しているからだ。しかし、中村氏によれば今回のパネルは、そうしたパネルに匹敵するような低消費電力になっており、その懸念はないということだった。

5Gモデルではアンテナは6つ入っている(出典:Lenovo)

 こうした13型のパネルは、いわゆる狭額縁というベゼルが小さくなっているかたちで納められている。とくに左右は狭くなっているため、ケーブルを通すのが難しく、無線のアンテナは首上(LCD側)に入れることはできず、基板やバッテリが納められている首下部分に納められている。

 今回の製品では5GないしはLTEのセルラーモデム(WWAN)をオプションとして選択することが可能になっており、その結果5G(6GHz以下のサブ6に)対応するために4つのWWANアンテナと、2x2用のWi-Fi 6に対応させるために2つのWi-Fiのアンテナという合計で6つのアンテナを首下に入れざるを得なくなっている。

 中村氏によれば「アンテナというのはただ搭載すればいいというものではない、きちんと性能がでるような設計をしなければならない。それなのに6つのアンテナを搭載するというのは、こうした小型ノートパソコンとしてはかなり難易度が高く、何度も首上にいれてみようとチャレンジしたり、下に戻したりという試行錯誤を繰り返し、いまの位置に納まっている。

 下側のWWANのアンテナはスピーカーと一体になっており、スピーカーの音質のために十分なスペースを確保しながら、しっかりシールドすることでアンテナ利得も確保出来るようになっている」とのことだ。

LTEモジュールはFibocomのL850-GL(モデムはIntel XMM7360)

 なお、5Gに関してはQualcommの5Gモデムチップを採用したモジュール(実機は取材時になかったためモジュールのブランド、型番などは不明)で、4G/LTEに関してはFibocom L850-GL(2018年/2019年型ThinkPad X1 Carbon/Yogaなどで採用されていたモジュール)になっていた。なお、マーケティング担当者によれば、4Gは発表と同時に注文可能で、5Gに関しては年内を目処に注文可能になる計画だということだ。

UP4のTiger Lake採用だが、性能は大方のUP3搭載薄型ノートパソコンを上回る

ThinkPad X1 Nanoの基板、中央にあるのがUP4パッケージの第11世代Coreプロセッサ(Tiger Lake)

 そして、性能という観点で注目したいのは、ThinkPad X1 Nanoに採用されているCPUは第11世代Coreプロセッサだが、パッケージはUP4というより小型のパッケージになる。第11世代Coreプロセッサは通常の薄型ノートパソコン向けのUP3と、より小型なウルトラポータブルやタブレット向けのUP4という2種類のパッケージがある(SKU構成などに関しては第11世代Coreの発表時の記事を参照)。

基板裏面

 従来はUシリーズと呼ばれていたTDP 15WのラインがUP3パッケージで、従来はYシリーズと呼ばれていたTDP 9WのラインがUP4になったと理解している人がいるかもしれないが、それは誤りだ。パッケージサイズの違いに加えて、オペレーティングレンジが異なるからだ。

 Tiger Lakeのオペレーティングレンジは、これまでcTDP(Configurable TDP、可変TDP)をより発展させた、可変できる新しい熱設計のこと。UP3は12~28W、UP4は7~15Wになっている。つまり、メーカーはUP3を利用して12Wで設計することも可能だし、UP4で15Wという設計も可能だ。Tiger Lakeでは、TDPをノートパソコンの設計者が決められるので、同じSoCを搭載していても、性能はその設計に依存する。

 塚本氏によれば「われわれは熱設計には自信を持っており、UP4で一番上の設計をしてたろうというのがあった。ThinkPad X1 NanoのUP4は、そこらのUP3を搭載したノートパソコンには負けない設計になっている」といい、高い性能を発揮するような熱設計がされているという。

パワースライダーで設定を変更できる(出典:Lenovo)

 その性能の調整は、Windowsのパワースライダー(タスクバーの通知領域にあるバッテリアイコンをクリックすると表示されるスライダーのこと)で行なう。ThinkPad X1 Nanoでは、パワースライダーを“高パフォーマンス”に設定しておくと、動作しているアプリケーションの種類に応じて、ファームウェアが自動で高性能と静音モードを自動で調整してくれる仕組みになっている。

 技術的には、cTDP、Turbo Boost時のPL(Power Limit)1やPL2といったCPU動作パラメータを、動作しているアプリケーションの種類によって調節する。ユーザーの体感を損なわないように、処理能力が必要な時はアクセルを踏んで、そうではない時にはアクセルを抜く、それをマシン側が自動でやってくれる。つまり、バッテリ駆動時にも性能は低下しないようにしつつ、バッテリ駆動時間への影響は最小限にする調整を、自動で行なってくれるということだ。

10層の高密度基板を採用することで、小さく薄い基板となり、さらに電源の効率もアップ

パッケージの周りにある3つのスタット(ネジ穴)は表面実装されており基板を貫通していない

 そうしたハイパフォーマンスを実現できるのも、確実な基板設計ができているからだ。中村氏によれば、今回の設計は10層基板で設計されており、UP4の第11世代Coreを採用したことと合わせて、従来製品などに比べてより高密度で、小さく軽量になっている。ThinkPad X1 Carbonの2020年モデルの基板と比較すると面積では50%減に、質量では40%減になっており、小型化や軽量化に大きく貢献している。

基板サイズも質量も小さくなっている(出典:Lenovo)

 単に10層基板という高密度の基板を採用しただけでなく、エニーレイヤーという手法を利用して、基板の全部の層にビアを通せるようになっており、配線の自由度が上がっているという。それにより基板の自由度が上がっているという。

 さらに、熱設計のモジュール(ヒートシンクなど)を基板に固定するスタット(ネジを止める台座のこと)は、従来は4カ所で止めていたのを、3カ所にしている、さらに従来は基板を貫通するスタットを利用していたのに対して、背が低いスタットを利用することでスタットを表面実装して基板を貫通させないことで、スタットの下の基板も配線に利用するなどの工夫をして、できるだけ実装面積が小さい基板を作った。

 また、電源回路に関しても、コンデンサの置き方を調整することで、電源効率も改善されており、現在の基板としてはかなり高効率な電源回路になっているという。電源回路の高効率化はひじょうに重要で、その結果CPUに供給できる電流の量を増やしたりできる。その結果、とくにTurbo Boostが有効になっているときなどに、より高いクロックの状態を維持するなどの性能に振ることもできるし、その逆に無駄をなくし、1mWでも消費電力を減らすという方向にも使うことができる。そうした基板設計があればこそ塚本氏のいう「そこらのUP3を搭載したノートパソコンには負けない」というパフォーマンスが実現できるのだ。

 なお、基板の構成だが、メモリはオンボード搭載のみ(そもそもLPDDR4はオンボードしか選べない)で8GBないしは16GB、ストレージはM.2で実装しているが、2242サイズになっており、そのため1TBが最大容量となる。2242サイズとは言え、SSDはユーザーが交換できるように構造上なっていることは、保証期間が切れた後のメンテナンスを考えると嬉しい。また、Wi-Fiはモジュールがオンボード搭載で、WWANはM.2での実装となる。

人感センサーで駆動時間を延ばす

カメラの左にある黄色いテープで覆われているのが人感センサー、レーダーで人の動きを検知する。その左右のオレンジはマイクアレイ、マイクは4つ搭載されている

 このThinkPad X1 Nanoではこれまでになかった新しいチャレンジもされている。それは人感センサーをディスプレイ上部に搭載しており、それを利用して離席時の自動ログオフ、着席時の自動ログインなどを実現していることだ。

 同じような機能としてはDellのLatitude 7400 2-in-1で採用された「Context Sensing Technology」などがあるが、今回はLenovoが独自に開発した機能として搭載されている。具体的には、ATMなどに採用されているレーダー方式の人感センサーを活用しており、独自に基板を設計し、ディスプレイのカメラの左側におかれている。

人感センサーの使われ方(出典:Lenovo)

 このレーダーにより、ユーザーがパソコンの前に座っていることを検知すると画面をオンにし、Windows Helloの顔認証で自動ログインできる機能を実現する。そして逆にユーザーが離席したことを検知したときには、画面をオフにしてかつWindowsをロック状態にする。これにより、高いセキュリティ性とバッテリ駆動時間への影響を最小限にすることができる。

 このように、ThinkPad X1 Nanoは、907gからという、ThinkPad史上最軽量の製品というだけでなく、16:10のアスペクト比の13型ディスプレイ、UP4パッケージでありながらUP3に匹敵する性能、バッテリも48Whのバッテリを搭載することで約22.87時間(JEITA測定法2.0)という長時間駆動を実現しているなど、モバイルパソコンとしてはかなりバランスが取れたパッケージに仕上がっている。

 「ThinkPadは検討していたけど、重さがなぁ……」と思っていた人にとって、多くの構成で1kgを切るThinkPad X1 Nanoは、魅力的な新しい選択肢になり得る。つまり、冒頭でも述べたとおりThinkPad X1 Nano、日本のユーザーが本当に欲しがっていたThinkPadを体現した製品といえる。