大原雄介の半導体業界こぼれ話

Armの静かなる企業買収と、新しいシリコンフォトニクス参入企業の話

 12月の話であれば、おそらくDRAMの価格急騰から始まり、SSDやHDDにまでなぜか波及、GPUの出荷制限にまで及んだ突然のインフレが一番の話題なのだろう。

 基本これはPanic Buy(パニック買い)に起因するという記事を別のところで書いてしまっているので、同じことを書いても仕方がない。ちなみにこのパニック買いの怖いところは、「どうしてそれが起きたか」のメカニズムが分からないと「とりあえずできることをする」(=買い占める)に走りがちなことで、「良く分からないけどデータセンター需要が高まってDRAMが不足するらしい」→「ということはSSDやHDDも不足するんじゃないか」→「早めに買い占めないと危ない」的な連鎖反応になっているように思われる。

 だったらCPUの買い占めも起きても不思議ではない気はするのだが、そうはならないあたりがIntelやAMDにとっては残念(?)なところだろうか。

ArmがDreamBig Semiconductorを買収

 11月の話題だが、ArmがDreamBig Semiconductorを買収したことが分かった。実はこれ、Arm自身もDreamBig自身もアナウンスを出していない。ただ11月5日に公開されたForm 6-Kの中で触れられており(図1)、2億6,500万ドルの現金で同社を2026年3月末までに買収することが明らかにされた。

【図1】11月6日付けのForm 6-KのP34より。Armは本社がイギリスに置かれているので、重要事項の米国市場への開示であるForm 6-Kが使われたが、さすがにここまで筆者もチェックしていなかった

 これに関して、11月5日に行なわれたConference callの質疑応答でWells FargoのJoe Quatrochi氏がその目的を尋ね、CEOのRene Haas氏が以下のような返事をしている。

「So, DreamBig is a great company. They've got a lot of interesting intellectual property, particularly around the Ethernet area and RDMA controllers, which are very, very key for scale-up and scale-out networking. So, when we look at the demand for what's going on inside a data center and particularly in the area of high-speed communications, that type of technology will be very helpful for us to broaden our offering to end customers. So, we're very excited about the company, and DreamBig has got some fantastic engineers.」

和訳: 「DreamBigは素晴らしい企業である。同社は特にEthernetとRDMA Controllerにおいて、非常に多くの有益なIPを保有しており、Scale-up/Scale-out型のNetworkにとって極めて重要な技術となる。データセンター内部、特に高速通信分野における需要を考慮すると、この種の技術はエンドユーザー向け提供範囲の拡大に大いに役立つでしょう。Armは同社を高く評価しており、またDreamBigは優秀なエンジニアを多数抱えている。」

 DreamBigは2019年サンノゼで創業したIPとASICサービスの会社である。もっとも当初はStealth Modeでのスタートだったらしく、会社のページが公開されたのは2021年の事。創業者はSohail Syed氏、MarvellでSr.Director of Engineeringを務め、その後FIRQuestという会社を創業、MarvellのSearch Engineの資産を買収してTCAM(Ternary Content Addressable Memory:連想メモリ)関連ビジネスを始めるも、同社は2019年にCorigineに買収される。

 その後にDreamBigを創業した形であるが、実はこの2019年の時点では取締役会長にSehat Sutardja博士、副会長にWeili Dai氏が名前を連ねており、この3人での創業となっていた。Sutardja博士とDai氏の名前は、2023年にSilicon Boxに絡んでご紹介している

 実はこの2人、今もDreamBigのOur-Companyページに会長および副会長として名前を連ねておられるのだが、Dai氏はともかくSutardja博士は2024年9月に逝去されており、まさか永世取締役会長というわけでもなかろうと思うのだが、単にDreamBigがページを更新していないだけなのかもしれない。

 で、Sutardja博士やDai氏が絡んでいる時点で、やっぱり同社もチップレットを志向したわけだ。現時点での同社のProductページをみると、3種類の製品というかソリューションが用意されている。

 1つ目はMercury NICと呼ばれる、UEC互換のRDMAエンジンを積んだ800G Ethernetであるが、このRDMAエンジンそのものは800MPPS(Mega Packets per Second)の処理能力を持ち、GPU同士の相互接続にも使えるとしている。こちらの製品サンプル、以前のプレスリリースでは2025年第4四半期中に少量のサンプル出荷を開始するという話だったが、現在は2026年7月のサンプル出荷が予定されることになっている。

 2つ目がMars Platformと呼ばれるもので、リリースによればチップレットハブ(Chiplet Hub)とネットワークチップレット(Network Chiplet)の2つを用意するとしている。

 ネットワークチップレットの方はMercury NICの中身をチップレットにしたような構造っぽいのだが、一方のチップレットハブの方はASICへの接続以外にキャッシュSRAMとローカルのHBM接続もサポートしており、さらにDRAMやCXLメモリ、SSDなども接続可能というちょっと独特なものだ。そしてこのチップレットハブやネットワークチップレットの実装はシリコンボックス(Silicon Box)のPLP(Panel Level Package)に最適化しているというあたりはさすがにSutardja博士という感じである。こちらは2025年7月にサンプル出荷可能という話であった。

 このMars Platformに先立ち、同社はDeimos Chiplet HubというかDeimos Platformと呼ばれるものを提供していた(図2)。Deimosは単体で64基のCPUを接続可能で、ほかに外部のインスタンスを32個まで、それぞれ64GB/sで接続可能となっている。インターフェイスはUCIeとBoW(Bunch of Wire: 任意のパラレルバス)がサポートされており、さまざまなチップレットやプロセッサを接続可能とされている。現時点ではArmとRISC-VのCPUに対応しているが、必要ならほかのCPUへの対応も可能だろう。ちなみにMercury NICは、このDeimosにRDMAチップレットを組み合わせた形での実装になっているそうだ。

【図2】Marsとの差はオンチップキャッシュをサポートしていない(オプションで3D Stacked DRAMには対応)あたりだろうか? ただCPU側のローカルキャッシュに対するスヌープには対応している。あとおそらくインスタンスを利用してと思われるが、64MBまでのスクラッチパッドを利用可能(I/Oコヒーレントのみに対応)となっている

 実は今年7月にAthos Siliconがこのチップレットハブを採用した自動運転向けのmSoCプラットフォームを開発することを発表しているが、現時点ではこれがDeimosなのかMarsなのか判断ができない。なんとなく将来的にはMarsに移行するが現時点ではDeimosベースでプロトタイプ構築、という感じな気もする。

 3つ目がカスタムASICとパッケージである。ビジネスとしてはこれが最初のもののようで、すでに40以上のテープアウトを完了していると同社は説明している。

 さてそんなDreamBigを買収したArmはどうするつもりなのか? まず1つは、RDMA Controller IPを新たなIPのラインナップに加えることだろう。これはサーバー向けのNeoverseの一部として提供されることになると思われる。現時点でArmはEthernetに関するソリューションを一切持ち合わせていない。スケールアップに関しては同社のCMN(Coherent Mesh Network)シリーズFabricで対応できるが、スケールアウトをどうつなぐかに関してはユーザー任せになっていた。ここにソリューションを提供できるようになったことは大きい。

 微妙なのがDeimos/Marsのチップレットハブで、これは思いっきりCMNシリーズのIPと用途が重複し、しかも実装方法がまるで違っている。もちろんプロセッサチップレットの中はCMNシリーズ、チップレット間はチップレットハブでつなぐというソリューションを提供できなくはないだろうが、収まりは良くない。

 もっと困るのがCustom ASICのビジネスである。思うに来年(2026年)3月にDreamBigの買収が完了した後、チップレットハブとカスタムASICのビジネスは分離して他社に売却する可能性を考えておいた方が良いかもしれない。

 候補としてはBroadcom/Marvellあたりがまず思いつくが、GUCとか(Qualcommの買収後どうなるか分からない)Alphawave Semi、SocioNext、MediaTekといったカスタムASICビジネスが最近好調なメーカーも買収に名乗りを上げても不思議ではない。

 逆にチップレットハブやカスタムASICのビジネスをArmが保有したままだと、これらのメーカーとの関係性が悪化しそうに思える。もしこれMarvellが買収したりすると、一度スピンアウトした部隊が一周回ってまたMarvellに戻る、という面白いことになりそうな気はするのだが、さて?

UMCがCPOマーケットに参入

 11月のニュースだけだと何なので、12月のニュースも。12月8日、台湾UMCがベルギーImecと提携し、Imecの開発したiSiPP300というプラットフォーム技術を導入することを発表した。これでシリコンフォトニクスマーケットに参入するファウンドリは4社目になった(GlobalFoundriesのFOTONIX、TSMCのCOUPE、STMicroelectronicsのPIC100の3つが先行)。シリコンフォトニクスというかCPO(Co-Package Optics)狙いであることは明白である。

 CPOに関しては、Fotonixはこちらで、COUPEはこちらでそれぞれ説明しているが、要するにPIC(Photonics IC: 光信号を扱う部分)とEIC(Electronics IC: 電気信号を扱う部分)を1つのパッケージにすることで、チップレットなどの形で実装しやすくするための技術である。

 この分野では昔からIntelが研究開発を進めてきているのだが、現時点でもまだIntel Foundryで提供されるサービス一覧の中には含まれていない。それもあってUMCが4番手の座を射止めることになってしまった。

UMCのリリースより

 もっともUMCもシリコンフォトニクスそのものには2001年から参入しており、その2001年にはLightCross向けにAWG(Arrayed Waveguide Gratings:WDMにおける光信号の多重化に使われる)の製造を手掛けたりしている。2012年にはSTMicroelectronicsと共同で、12インチウェハ上に65nmのBSI(裏面照射型)イメージセンサーの製造に成功しており、広い意味でのフォトニクスに関しては昔から手掛けてきていた。ただ光通信を目的としたシリコンフォトニクスに関しては後手に回っていた格好だが、今回のImecとの協業でいきなり通信目的のシリコンフォトニクスのソリューションを提供できるようになった形だ。

 といってもImecのリリースによればCMOSプロセス互換となっているにも関わらず、UMCはこれを300mmのSOIプロセスに載せるつもりなようだ(高周波特性を考えれば妥当だし、これはFotonixもCOUPEも同じだ)。UMCは今年(2025年)10月にRF-SOIを使った55nm BCDプロセスを発表しているから、これの上に載せるつもりなのかもしれない。

 ちなみにiSiPP300ではModulationがEAM(Electro Absorption Modulators: 電界吸収型変調)になっており、MRM(Micro Ring Modulator)はラインナップに入っていないっぽい。CPOでも光信号の速度そのものは200Gbps/λが1つの上限で、その先はWDMの多重度を上げる方向になっているので、ここではMRMの方が有利に思えるのだが、あえてEAMを選択するメーカーもあるので、この辺は今後の動向次第だろうか?

 問題はEICの方だ。iSiPP300はPICのみなので、EICはUMCが自前で開発する必要があるのだが、現状UMCのCMOS Logicといえば28nmどまりなのが問題である。COUPEはN7プロセスでEICを製造してSoICで積層、FOTONIXは45nm RFSOIにそのままEICを統合しているが、UMCはどうするつもりなのだろうか? 55nm BCD SOIはRF向けという感じではないので、FOTONIXと同じ方法論は厳しいだろう。UMCのリリースによれば、2026年から2027年に掛けてリスク生産をスタートさせる予定だそうで、ここで思いつくのがIntelと共同開発している新しい12nmプロセスである。多分EICにはこの新しい12nmを使うつもりなのではないかと筆者は考える。

 さて、2027年頃にこのマーケット、UMCが参入できるほどの余地が残っているのだろうか? 低価格向けとかに可能性はあるかもしれないが、ハイエンド向けは厳しそうに思える。