大原雄介の半導体業界こぼれ話
相次ぐ買収にみるQualcommの苦悩と模索
2025年11月26日 06:13
Qualcommの水面下の動向というか、迷走に近い動きがちょっと気になっている。
今年(2025年)5月にNVIDIAがNVLink Fusionを発表した際に、そのCPUパートナーにIntelおよび富士通に並んで、Qualcommの名前が挙がったことそのものは驚きではない。サーバーマーケットに再参入する、という噂は以前から流れていたし、競合であるMediaTekも明確にサーバー向けマーケット参入の意向を2024年に発表しているから不思議ではない。
昨今のサーバーは、いわゆる汎用型よりもGPUを組み合わせたハイブリッドタイプを使うケースが多く、Qualcommは自前のモバイル向けGPUを持つとはいえ、サーバー向けにスケールさせるには相応の時間がかかるし、そこまでやってもシェアが取れる公算は低い。であればNVIDIAと手を組む方が得策というのは当然のことだ。
ただその方策としてAlphawave Semiを買収したことに関しては、激しく「?」マークが浮かぶのだが、その話はまた後で。
その一方で、5月のAdvantechとの協業に加え、10月にArduinoを買収するという、これも冷静に考えるとわけの分からない動きを見せている。
また、2020年に発表した「Cloud AI 100」は、その後2023年に「Cloud AI 100 Ultra」に進化したが、10月28日に後継である「AI200/AI250」が発表された。このAI200/250を搭載したラックスケールのソリューションは消費電力が「たったの」160kWと感じるのは、NVIDIAのKyber Rackの消費電力が600kWとか、この先データセンターのAI向けにはラックあたり1MWの供給を予定しているとかいう話で受け取る側がいろいろ麻痺しつつあるためかもしれない。
こうした一連の動きを見ていると、筆者には今のQualcommの状況が2013年~2014年頃のIntelに非常に被って見えてしまうというのが今月のお話である。
Intelが経験した一本足打法の危機感
どういうことかというと、2013年頃というのはポール・オッテリーニ氏が8年間務めたCEO職を退き、ブライアン・クルザニッチ氏が新CEOに就任した時期にあたる。この時期のIntelの業績は決して悪くなかった。2013年末の決算でいえば、売上高527.1億ドル、営業利益122.9億ドル、純利益96.2億ドルであり、粗利益率は前年の62.1%からやや下がったとはいえ脅威の59.8%であり、昨今のNVIDIAには負けるとはいえ、この当時は間違いなく半導体業界トップの成績だった。
なのだが、クルザニッチ氏はCEO就任当時、非常な危機感を抱えていた。売り上げの大半をPGGC(PC Client Group: 売上高330.4億ドル、営業利益118.3億ドル)とDCG(Data Center Group: 売上高112.4億ドル、営業利益51.6億ドル)という、要するにx86一本足打法の極みになっており、非x86プロセッサ関連は売上40.9億ドル、営業損失24.5億ドル。ソフトウェア部門に至っては売上25.0億ドル、営業利益100万ドルに留まっていた。
このままではx86に何かあった場合、Intelは立ち行かなくなる恐れがあることに非常な危機感を感じたクルザニッチ氏、ここから遮二無二企業買収に突き進む。CEOに就いた2013年5月から、辞任した2018年6月の間に買収した企業や部門数は25(実際には2018年6月に買収が完了したeASICまで含めると26)に及ぶ。買収金額が不明なものも少なくないので総額を求めるのは難しいが、大きなものでいえば
- LSI Axxia: 2014年8月、6億5,000万ドル
- Lantiq: 2025年2月、3億4,500万ドル
- Altera: 2015年6月、167億ドル
- Nervana Systems:2016年8月、3億5,000万ドル~4億5,000万ドルの間
- Movidius: 2016年9月、4億ドル
- Mobileye: 2017年3月、153億ドル
といった具合。この総額だけで337~338億ドルに達する。
で、これだけ投じて何かビジネスとして成立したものはあったのか?というと、かろうじてMovidiusのAIエンジンが現在もCore Ultraシリーズに採用されている程度であって、あとはもうほぼ投資をドブに捨てたようなものである。
まぁAlteraはスピンアウトに伴い51%分が87.5億ドルでSilver Lakeに売却できたので、同じレートで残りの49%も売却できれば171.5億ドル程になる計算だから、損はしなかった計算になるし、Mobileyeも2022年にIPOした際の株式評価額は170億ドルほどに達したから、ファイナンス的には損はしていないとはいえるが、生きた使い方がなされたとはいいにくい。
Intelの話はこの辺にして、Qualcommの話に戻すと、このところのさまざまな投資や提携に、このIntelの動きと同じものを感じてしまっている。
Qualcommも同様?
Qualcommの足元の業績は決して悪くない。下のグラフは2013年から2025年(同社は決算が9月末締である)の売上と営業利益、純利益をプロットしたものだ。粗利率で見ると2013年が60%超え、昨今ではちょっと下がっているがそれでも55%程度を確保している。
2018年は営業利益激減で純損失を出しているが、これはNXP買収が破談になったことを受けて20億ドルの違約金を支払ったことに起因するもので、ビジネスそのものに何か問題があったわけではない。
2025年の部門別売上を見ると、Handset(つまりスマートフォンのSoCとモデム)が277.9億ドル、Automotiveが39.6億ドル、IoTが66.2億ドルといった感じで、順調にAutomotive/IoTともに伸びている感があるのだが、Handsetのビジネスに比べるとどちらもまだ桁が1つ違うので、3本柱と呼ぶにはちょっと厳しいものがある。メインの柱は引き続きHandsetであり、残りの2本はサポートの支柱程度のものである。
実をいえば、NXPの買収はこの2本の支柱をかなり太くするのに非常に格好のもので、買収が成立していれば本当に3本柱になっていたのかもしれない。
余談だが、そのNXPの2024年の実績でいえば、Automotiveが71.5億ドル、Industrial & IoTが22.7億ドル、Mobileが15.0億ドル、Communication Infra & Otherが17.0億ドルほどで、これと合算するとHandsetは292.9億ドル、Automotiveが111.1億ドル、IoT & Othersが105.9億ドルと、かなりバランスが良い構成になっていたことを考えると、Qualcomm的には本当にNXP買収の破談は大きなインパクトだったのだろうが、死んだ子の齢を数えていても仕方がない。
そして、要となるHandset向けの売れ行きの伸びが落ちてきた(最大の理由はマーケットが飽和し始めたことだが、それに加え競合製品も強くなってきたことも見逃せない)。そこでPC向けのSnapdragon Xシリーズの強化を急いではいるものの、こちらも既存のx86のマーケットを完全に奪えるほどの勢いというには遠い。
なので、Handsetの売上を多少押し上げる程度の効果は期待できるが、Handset向けのビジネスに並ぶにはまだまだ遠い。結局のところ、もちろんSnapdragon Xシリーズも強化するにしても、それ以外の収入の柱をもっと強化しないと一本足打法からの脱却は難しい状況である。
IoTは順当に拡大も、Arduinoの買収は謎
この中でIoTに関していえば、元々2016年頃にSnapdragon 410/600を組み込み向けにSnapdragon 410E/600Eとしてラインナップしたあたりから、Edge IoT向けの用途を模索していたのは周知の事実である。
その後NXPを買収し、こちらのi.MXのラインナップと統合する予定だったのだろうが、これと並行して(というかNXP買収に黒雲漂うようになってことでのバックアッププランとして(?))VIA Technologiesと共同でSnapdragon 820EベースのSoMを2017年に発表したりしているが、残念ながらこちらはQualcommが思ったほどには広まらなかったようだ。
それもあってかQualcommも方向性を改め、モバイル向けSoCの転用ではなく、IoT向け専用の製品の開発や広範なパートナー作りという至極真っ当な動きで実績を積み重ねた結果が、2025年度にIndustrial & IoTで22.7億ドルという売り上げになっているわけだ。
今年5月も台湾Advantechとの間でDragonwingシリーズのポートフォリオを利用してのEdge AI向けソリューションの協業を発表するなどしており、堅実路線を歩んでいると思った矢先のArduino買収である。
単にArduinoのラインナップにQualcommのプロセッサを加えたいだけであれば、別にArduinoを買収する必要は皆無である。現にルネサスは2022年に1,000万ドルを出資、その結果2023年の「Arduino Uno R4」には同社のRA4M1が搭載されるに至っている。なのでそれ以上の相乗効果を期待しての買収ということになるわけだ。
実際、買収のリリースの冒頭には「Acquisition to combine Qualcomm’s leading-edge products and technologies with Arduino’s vast ecosystem and community to empower business, students, entrepreneurs, tech professionals, educators and enthusiasts to quickly and easily bring ideas to life.」(この買収により、Qualcommの最先端製品や技術とArduinoの広大ななエコシステムやコミュニティが統合され、企業や学生、起業家・技術専門家・教育者や愛好家の持つアイデアを迅速かつ容易に形にすることが可能になる)とか書かれているわけだが、Arduinoのエコシステムは最終的な製品ではなくPoCどまりで終わることが少なくない。
もしその先の広大なビジネスマーケットまで狙うのなら、Arduinoよりも(実際に買収は無理だとは思うが)Raspberry Pi財団を買収した方がよほどもビジネスにつながるだろう。正直今回の買収は現時点でも意味が分からない。
謎が深まるAlphawave Semi買収
同じように意味が分からないのがAlphawave Semiの買収である。
そもそもQualcommはサーバー事業を以前からずっと狙っていた。2014年にQualcommはArmv8-Aのアーキテクチャライセンスを取得して独自コアの開発を行なう旨が報じられていた。Falkorと名付けられたこの独自コアを集積したチップは「Centriq 2400」として2016年11月に発表され、2017年にはMicrosoftのデータセンターに採用されるといった発表も行なわれていたものの、最終的には公式発表がないままこの2018年5月にCentriqの商品化を断念。開発チームも解散し、Qualcommでサーバー事業を率いていたアナンド・チャンドラシーカー氏も同5月にQualcommを離れている。
そもそもチャンドラシーカー氏が社長に就いていたQualcomm Datacenter Technologiesが立ち上がった2013年11月がサーバー事業への参入を決めた時期、同社が解散した2018年5月が断念を決めた時期ということだろう。この理由はもちろん公式には明らかではないが、ソフトウェアサポートがまるで追いついていなかったのは間違いない。これは単にQualcommだけでは無理で、業界エコシステムのサポートが必要である。
実際Arm自身も2010年に発表のCortex-A15でサーバー市場への参入を口にしていたものの、実際にサーバー市場に参入を始めることができたのはNeoverse N1が投入された2020年の話だし、汎用サーバー向けはさらに後であった。
これはQualcommだけでなく、CaviumやApplied Microの「X-Gene」、Broadcomの「Vulkan」など多くのコアがこの市場を狙ったし、その前でいえばAMDの「Opteron A1100」とか、もっと古い話だと2008年創業し、Cortex-A9をベースにサーバー向けプロセッサである「ECX-1000」を2011年に発表したCalxeda(2013年に倒産)、あるいは2015年にCortex-A53を100コア集積したNPUを発表したEZChip(2016年にMellanoxに買収)など、いろいろな企業がチャレンジして敗退した市場だったから、この失敗はある意味仕方がない。
ただ今は以前と状況が異なっており、Armサーバーに必要なソフトウェア類も、エコシステムパートナーも見つけやすい。市場を簡単に取れるかどうかは別の問題ではあるが、チャレンジする動機は理解しやすい。ただそこでAlphawave Semiを買収する必要はどこにあったのか?が疑問である。
Alphawave Semiはロンドンに本社を置くIPプロバイダーであり、2017年の創業時はAlphawave IP Groupという名称だった。ただ同社は2021年にIPOを果たすととともに、2022年にOpenFiveを買収している。
このOpenFiveというのは、もともとOpen-Siliconという名称で2003年に創業された、SoCの設計を行なうデザインハウスである。その後SiFiveに買収されてOpenFiveに名称を変えるものの、SiFiveは方針変更でOpenFive部門を切り離し。Alphawave Semiが買収したという経緯がある。これによりAlphawave Semiは単なる高速インターコネクトのIPベンダーから、デザインサービスも受託できる企業に進化した。
特にチップレットに関するラインナップはBroadcomとかMarvellにも引けを取らない充実ぶりである。2024年度の実績でいえば、ライセンスおよびデザインサービスの売上が2.59億ドル、IPのロイヤリティおよびシリコンの収入が4,880万ドルとなっている。
ちなみにその2024年度におけるブッキング/デザインウィンでいえば3.97億ドル/1.18億ドルであり、まだ5億ドル以上の売上が今後発生する(というか、5億ドル分仕事しないといけないというか)という具合に非常に好調である。現状ではまだ赤字であるが、2026年には黒字化を目指し、2027年までに10億ドルの売上を目指す、という目標を掲げていた。
Qualcommの買収金額は未公開だが、金額そのものは企業価値を24億ドルと設定してのものとなっており、当然これにいくらかの割り増しを行なった金額になると考えられる。
問題は、サーバー向けの高速インターコネクトIPだけを手にするのにこの金額は高すぎるということだ。またAlphawave Semiのデザインサービス部門をどうするつもりなのかも、リリースには記されていない。
普通に考えると、デザインサービスだけを切り離すのはもはや無理である。というのは同社のIPを利用したデザインサービス(特にチップレット周りはそうした傾向が非常に強い)を行なっている以上、デザインサービス単体ではすでにビジネスが成立しなくなるからだ。そのため、Qualcommはデザインサービスにも進出しようとしている、という推察が容易に成立する。Broadcom/Marvellのみならず、MediaTekとか最近だとSocionextなどもこうしたビジネスを行なっており、ここにQualcommも参入するというわけだ。
確かに同社が抱えているユニークなIP(無線周りとか、CPU/GPU/NPUなどさまざまな分野の先進的なIPに加え、Memory Controllerとか周辺I/Oなども一通り全部そろっている)と、TSMCおよびSamsungを利用しての量産の経験も豊富だ。だからビジネスとして旨味があるのは分かる。
ただしそうしたデザインサービスを提供するために必要なエンジニアは、これからサーバー事業を立ち上げるために必要なエンジニアと思いっきり被ることになる。Alphawave Semiを買収するということは、同社の既存のビジネスも引き受けるという意味であり、「既存の契約は破棄します」というわけもいかないだろうから、むしろ自社のサーバー事業を進める上ではボトルネックになりかねない。多分サーバー事業だけを考えたら、素直にAlphawave SemiとIPライセンスの契約を結んだ方がはるかにシンプルで安く済んだだろう。
ただもし本当にQualcommがデザインサービスも始めるというなら、そういうアナウンスをしていても不思議ではないのに、あえてその辺を一切リリースで触れていないのが筆者的には非常に疑問である。それから、仮にQualcomm傘下で2027年に10億ドル規模になったとしても、5本目の柱(4本目はサーバー事業)になるかといえば、ちょっと厳しいとしかいいようがない。その辺りまで考えると、Alphawave Semiの買収の合理性がどうしても見えてこないのである。
冒頭に挙げたIntelのケースと異なり、Qualcommは買収した資産を自社製品に生かすことには割と長けており、なので(Arduinoもそうだが)買収が無駄にはならないとは思いたいのだが、それでも明確な成長戦略につながるような買収に見えないところに一抹の不安を感じざるを得ない。迷走しなければ良いのだが、と祈るばかりだ。














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