福田昭のセミコン業界最前線

NECエレとルネサスの事業統合は必ず「成功」する



●NECは半導体事業を本格的に分離へ
NECエレクトロニクスとルネサス テクノロジの経営統合。NECの5月12日付け決算説明会資料から

 NEC、日立製作所、三菱電機、NECエレクトロニクス(NECの連結子会社)、ルネサス テクノロジ(日立製作所と三菱電機の合弁会社)が、NECエレクトロニクスとルネサス テクノロジの事業統合に向けた話し合いを進めている。新会社の詳細はこれら5社の協議によって詰められるが、すでに決まっていることがいくつかある。

 NECは5月12日に発表した2008年度(2009年3月期)の決算説明会で、事業統合に関する協議は「2010年4月1日を目処に事業を統合し、統合後の新会社の上場を維持することが検討の前提」と説明した。後半に注目すると、NECエレクトロニクス(NECエレ)は東京証券取引所の一部上場企業なので、事業統合会社(新会社)も東証一部上場企業となる。これは事業統合後の存続会社が「NECエレクトロニクス」になることを意味する。

 ただし新会社の名称(商号)は「NECエレクトロニクス」ではなく、まったく別の企業名になると推測する。それにはいくつか理由がある。まず、ルネサス テクノロジの親会社である日立製作所と三菱電機が、NECエレの商号名存続に賛同するとは思えない。新会社がNECグループであるかのような印象は与えたくないだろう。そしてNECも「NECエレクトロニクス」にはこだわらないし、それどころか「NEC」の文字も新会社には入れないのではないか。NECは連結子会社であるNECエレを、「持分法適用会社」にする方針に決めているからだ。

 持分法適用会社とは会計上の用語で、企業グループの業績に影響を与える企業の決算内容を反映させるための方法に「持分法」があり、その適用会社を持分法適用会社と呼ぶ。持分法では、親会社は子会社(持分法適用会社)の持ち株比率に応じて当期純損益に子会社の業績を反映させる。非連結子会社であるので、NECの連結財務諸表には影響しない。

 例えばNECエレがNECの持分法適用会社になると、NECエレが巨額の営業損失を計上しても、NECの連結営業損益には影響しないし、連結財務諸表には合算されない(逆に巨額の営業利益を計上しても、NECの連結営業損益には貢献しないが)。NECグループとしての存在意義は薄れ、あえて「NEC」の文字を商号に組み込む意味は減る。

 存続会社は「NECエレクトロニクス」だが、商号は「ルネサス テクノロジ」を存続という選択肢もありうる。ルネサス テクノロジの社員にとっては、8年で2回も勤務先の社名が変わるというのは、かなりの精神的負担になるかもしれない。それを避けるために「ルネサス テクノロジ」を残す、という考え方だ。ただしこうなると新会社の商号からは革新性や新規性などの印象が薄れ、保守的な印象を与えかねない。まったく新しい商号になるというのが素直な考え方だろう。例えば個人的な考えだが、アジア太平洋地域でナンバーワンを目指すという意味で「パシフィック・セミコンダクタ」といった名称になるのかもしれない。

NECグループの事業ポートフォリオの見直し。NECエレクトロニクスを持分法適用会社化する。NECの5月12日付け決算説明会資料からNECの連結業績。2008年度(2009年3月期)のエレクトロンデバイス事業の営業損失793億円の大半は、NECエレクトロニクスの営業損失684億円によるもの。NECの連結業績に多大な影響を与えていることが分かる。NECの5月12日付け決算説明会資料から

 ただしNECエレを持分法適用会社にすることは、現状では難しい。通常、議決権株式の所有比率が20%~50%の企業に持分法は適用される。NECはNECエレの株式の65%を所有しているので、持分法は適用しづらい。所有比率を50%以下に下げ、持分法適用会社とするのが望ましい。

 株式の所有比率を下げる方法はいくつかある。最も手っ取り早い方法は、所有株式の一部を株式市場で売却することだ。あるいは資金調達を兼ね、新株を大量に発行して株式市場で売却する。ただしこれを短期に実行すると、株価が急落する可能性が高い。株式市場の混乱を招くとともに、NECが所有する有価証券(NECエレの株式)の評価額に響くため、実行はあまり現実的ではない。

 次に考えられるのは、資本増強を兼ねた増資である。新株を発行して第三者割当増資を実施することでNECの持ち株比率を下げる。ただし問題は、新株の引き受け手を見つけなければならないことだ。現在のNECエレの業績、すなわち2008年度の膨大な営業損失684億円を考慮すると、相当に低めの価格で株式を発行しなければ、引き受け手は見つからないだろう。これも株式市場の混乱を招くとともに、NECが所有する有価証券(NECエレの株式)の評価額に響く。これも現時点では、現実的ではない。

 残る手段は、合併ないしは売却である。その選択肢として浮上したのが、ルネサス テクノロジとの事業統合、ということだろう。ルネサスの株式は55%を日立製作所が、45%を三菱電機が所有する。NECエレとルネサスが合併すれば、NECと日立、三菱の3社が大株主となり、NECの持ち株比率は自然に減少する。持分法適用会社への移行は容易だ。

NECとしての半導体事業。事業ポートフォリオ見直しの一環として、半導体事業の非連結化を明記した。NECの5月12日付け決算説明会資料から

 NECは5月12日の決算説明会で「他社との経営統合によって半導体事業を抜本的に建て直し」、「NECグループの業績に大きな影響を及ぼしている半導体事業を非連結化」すると明言した。NECの半導体事業がNECの一事業部門だったころから比べると、これは非常に大きな変化だ。半導体事業はNECグループから切り離される。それも近い将来に。

●日立と三菱のルネサスに対する距離感

 NECがNECエレに関する今後の方針を明確に表明しているのに対し、日立と三菱はルネサスに対する今後の方針を具体的に明示していない。日立と三菱の2008年度(2009年3月期)決算短信でも、ルネサスに言及している部分はきわめて少ない。三菱の決算短信に「業績が悪化している当社持分法適用関連会社の(株)ルネサス テクノロジについては事業構造改革等の経営改善を図るとともに、事業再編に関する検討を進めて参ります」(三菱電機の2009年3月期決算短信11ページ)とあるだけだ。日立製作所の決算短信に至っては、ルネサスにまったく触れていない。NECに比べると、異様なほどのノータッチぶりである。

 もっともルネサス自体は2009年1月30日に報道機関・証券アナリスト向けの業績説明会を開催し、2008年度(2009年3月期)の売上高を6,800億円、営業損失を1,100億円、税引き前損失を282億円、当期純損失を2,060億円と見込んでいると発表した。またこの時点で、固定費を大幅に(1,100億円~1,200億円)削減することを表明している。ルネサスに関する事柄はルネサスが発言する、という方針なのかもしれない。

 そして4月27日に開催された事業統合に関する記者会見では、NECエレとルネサスの両社で2009年度(2010年3月期)に固定費を合計で2,000億円削減することを目指すことが発表された。NECエレは900億円の固定費削減を5月12日に公表しているので、単純に逆算すると、ルネサスは1,100億円の固定費削減を目指すことになる。そして両社とも、固定費の削減によって黒字化するという。言い換えると、それぞれ900億円、1,100億円もの経費を削減しないと黒字化しないということだ。

日立製作所の2008年度決算における当期純損益の内訳。持分法損益として1,622億円の赤字を計上した

 なお日立製作所は2008年度(2009年3月期)の連結決算で、持分法損益として1,622億円の赤字を計上した。三菱電機も同様に、2008年度(2009年3月期)の連結決算で持分法損益として677億円の赤字を計上した。日立製作所の持分法適用会社は171社(2008年3月31日現在)、三菱電機の持分法適用会社は42社(2008年度の決算短信より)と非常に膨大な企業数に上るので、持分法損益の赤字金額と、ルネサスの赤字金額は直接は対応しないものの、一定の悪影響を与えたことは伺える。

●「事業統合」そのものが「成功」を意味する

 NECエレが900億円の固定費削減を達成し、ルネサスと事業統合する。そして2010年4月に新会社が誕生する。新会社はNECの持分法適用会社となり、非連結子会社となる。今年度(2009年度)は大幅な固定費削減を実施するので、新会社が初年度の2010年度(2011年3月期)に巨額の赤字を計上することは考えにくい。また半導体市況は2009年度を底に回復すると同業界では予測されているので、新会社の業績はそれほど悪くはならないと期待できる。また仮に業績が悪化したとしても、NECの連結業績に与える影響は直接的ではなくなる。日立や三菱と同様に、持分法損益に計上することになるからだ。

 このように見ていくと、少なくともNECにとっては「事業統合」そのものが一定の「成功」を意味することが分かる。連結子会社のNECエレを連結対象から切り離し、NECグループの業績に悪影響を与えないようにしたい。そのために持ち株比率を減らし、持分法適用会社にする。だから、NECエレを他社と合併させることが、非常に難しくみえるが、現実的なシナリオとなる。

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(2009年 5月 22日)

[Text by 福田 昭]