森山和道の「ヒトと機械の境界面」

米iRobot、テレメディスン用のロボット「RP-VITA」を国内初公開
~家庭用掃除ロボットの次に狙う市場はネット経由の「遠隔医療」、日本は?



ルンバ600シリーズを発表するコリン・アングルCEO

 掃除ロボット「ルンバ600シリーズ」の日本国内向け発表会が9月12日、行なわれた。その模様は家電関連の各Webサイト等で既に報道されている通りである。

 新しいルンバ600シリーズは、従来のフラッグシップ機であった700シリーズに搭載されていた「三段階クリーニングシステム(エッジブラシでかきだし、ブラシでかきこみながら、バキュームで吸い取る、という方式)」を搭載しつつ、スケジュール機能、ゴミフルサイン機能や付属オプションなどを削って、2万円ほど安い価格帯を実現した。「ルンバ」の日本国内総販売代理店であるセールスオンデマンド社による公式ストア「アイロボットストア」では上位機種の「ルンバ630」が54,800円、下位機種の「ルンバ620」は49,800円で、10月19日から販売される。

 iRobotのルンバは掃除機能にフォーカスしている。製品としては正常進化であり、順当に売り上げを伸ばすだろう。アメリカでは「Roomba 630」が349.99ドル、同「650」が399.99ドルなので、国内の価格は割高に感じなくもないが、従来の500シリーズのユーザーの買い替え、あるいは買い増しも期待できそうだ。

 ルンバは2012年9月17日で発売10周年を迎える。ロボット掃除機市場は継続的に拡大しており、2008年と比較すると14.1倍。2011年度はシェア10%を獲得した。そのうち8割以上をルンバが占めている。日本市場でのルンバ累計販売台数は60万台にまで拡大したという。

ロボット掃除機のカテゴリシェア。シェア1割に達し、そのうち8割がルンバルンバの初期型プロトタイプ。ルンバ発売の5年前、1997年に開発されたものルンバプロトタイプの裏面。シートを貼るタイプでテストでも不評だったそうだ。
RP-VITAを紹介するコリン・アングル氏

 さて、ルンバについては実物を家電製品売り場で見てもらうこととして、ここでは同日、日本での実機初公開となった、テレメディスン(遠隔医療)用のロボット「RP-VITA(Remote Presence Virtual + Independent Telemedicine Assistantの略。アールピー・ヴィータと読む)」をご紹介したい。遠隔医療会社であるInTouch Healthと、自律移動ロボット専業の会社であるiRobotが共同で開発中のロボットである。

 ほぼ1年前に提携を発表した両社からこれがプレスリリースされたのは7月24日で、まだ公開されたてのロボットだ。遠隔医療関連のカンファレンスの基調講演で公開されたときの動画は、InTouch HealthのYoutubeチャンネルにアップされている。InTouch Health会長兼CEOのYulun Wang博士が紹介している様子を見ることができる。

 また、おおざっぱなデモ動画もYoutubeで閲覧できる。



●遠隔医療とは

 「遠隔医療(Telemedince and Telecare)」とは、日本遠隔医療学会のWebサイトによれば、「通信技術を活用した健康増進、医療、介護に資する行為をいう」と定義されている。インターネット経由で問診や画像診断を行ない、心拍や血圧、呼吸、血糖値などのバイタルを取って診断し、場合によっては治療を行なう技術である。

 1968年からTVを使った遠隔診療実験などが行なわれていた米国では、1997年から遠隔医療が認められている。在宅医療も含めた潜在的なニーズの大きさから、今後の急成長分野として熱い注目を集めている。では日本国内ではどうかというと、高齢化や過疎地そのほかでの医師不足などの医療事情から注目はされてはおり、数多くのプロジェクトや利用動向調査も行なわれてはいるものの……、といったところだろうか。

 技術的にはITインフラの普及に伴って、リアルタイムに患者と医師がネットワーク越しにやりとりすることが可能になっている。だが診療報酬や、通信費用負担の問題、誤診によるリスクなどが問題視されていることが多い。病理診断など医師ー医師間のやりとりでは使われそうだが、なかなか難しそうだ。

●遠隔医療用テレプレゼンス・ロボット「RP-VITA」

 「RP-VITA」の話に戻ろう。高さ167cm、幅58cm、重さはおよそ78kg。モニターがついた移動台車型のロボットだ。InTouch Healthと、iRobotが共同開発した医療用テレプレゼンス・ロボットである。

 「RP-VITA」は自動マッピング機能を持っている。すなわち、自動で屋内のマップを作ることができる。そして「ODOA(Obstacle Detection Obstacle Avoidance、障害物検知・障害物回避)」機能を使って、ユーザーが指定された任意の場所まで自律機能を持っている。つまり、動的な環境である病院内の地図を自分で作って、任意のベッドの場所まで自律移動できるのだ。

 「RP-VITA」の足回りは全方向移動できる台車が使われている。裏面自体は見せてもらえなかったが、ロボットにはよくある全方向移動機構が使われているのだろう。InTouch Healthによる動画を見ると、自動充電機能なども装備されている。

RP-VITA高さ167cm、幅58cm、重さはおよそ78kg自動マッピング機能があり地図を与える必要がない
VITAの足回り。全方向移動できる。中央に見えるのはレーザーレンジファインダーモニター類はタッチパネル。トップ部分。ズーム用カメラと広角用カメラが並ぶ。間の穴はレーザーポインタ
側面。本体内部に医療機器を搭載可能だという胴体部分。距離センサーなどを搭載している入出力インターフェイス一覧

 日本での記者会見ではiRobotのコリン・アングルCEOが、カリフォルニア州サンタバーバラの病院に置かれた「RP-VITA」に実際にログインし、患者に見立てた人形が寝るベッドサイドまで移動できる様子がデモされた。コリン・アングル氏自身はアップルの「iPad」をインターフェイスとして使ってアクセスしていた。「VITA」にログインする医師側には、患者の電子カルテが表示され、各種臨床データにアクセスできる。患者が機器をつけていればリアルタイムに心電図などの生データを見ることも可能だ。

 「VITA」にはベッド全体が見渡せるくらいの広角カメラと、高解像度のズームカメラが搭載されている。ズームでは患者人形の手の先のイボのようなものや、睫毛が数えられるくらいまでアップできることがデモで紹介され(ロボット自体が表示していたスペックによれば30倍までズームできるようだ)、さらに次のベッドへとワンタッチで移動できることを示した。プルダウンメニューから患者の名前を選んでタップするだけでロボットは勝手に移動するので、医師がいちいち細かい操作をする必要はない。もちろん、周囲の医療スタッフと会話することもできる。

iPadで米国にあるRP-VITAを操作するアングル氏。左の画像が氏が見ているiPad上の画像プルダウンメニューで患者名を選んでタップすると……ロボットが指定された患者のベッドサイドまで自律移動する
広角カメラの画像。ベッド全体が見渡せるMRI画像なども同時に閲覧できる


デモの様子

 ただ、これだけだと、それぞれの患者がいるベッドアームに、iPadと高解像度のネットワークカメラを付ければ同じではないかという気もする。移動ロボットよりもネットワークカメラを使うほうがローコストで確実だろう。だが「RP-VITA」には電子聴診器なども搭載されており、超音波装置などを接続することもできる。看護士が遠隔地にいる医師の指示に従って操作することもできるとされている。単なるビデオ会議ではなく、相互によりやりとりできるところが違うのだという。遠隔ネットワーク通信には「SureConnect」というクラウドベースのインフラが用いられている。

 「RP-VITA」は「クラス2」と呼ばれる管理医療機器に分類されており、2012年第四半期にはFDA(アメリカ食品医薬品局)の510(k)認可を取る予定だ。iRobotのプレスリリースによれば、現在はウエストウッドにあるロナルド・レーガンUCLAメディカルセンターと、カリフォルニアのオレンジ郡小児病院(CHOC)等で臨床検証されている。

 Intouch Healthは、これまでにも「RP-7」という遠隔医療用のテレプレゼンス・ロボットを開発している。また、iRobotは「AVA」という似たようなロボットを開発している。両者はよく似たデザインをしている。「RP-VITA」は病院内を自律移動するため、ガラスのドアなどを検出するための技術などを追加したという。

 iRobotがヘルスケア事業部を立ち上げ、医療分野への進出を発表したのは2009年10月だった。2011年7月にInTouch Healthとの提携を発表2012年1月には600万ドルを追加投資し、今回の発表に至っている。

●将来は家庭へも? 日本での展開は?
コリン・アングル氏が示したテレメディスンの理念

 コリン・アングルCEOは、今回のデモに先立って「高齢者が自分の家で長く生活できるように支援したい。掃除は重要な部門だったが、医療サービスを家庭で受けてもらうのも重要なミッションだ」と語った。iRobotは将来のビジョンとして、家庭内にさまざまな単用途のホームロボットがあって、それらを束ねる中心的存在として「執事」のようなロボットを置きたいと以前から述べている。

 今回のデモの想定は病院でのロボット利用だが、さらにその先には、一家に1台、このようなテレプレゼンス機能を持つロボットがおいてあって、普段は別のことに用いられているが、いざというときには遠隔地から医師がログインし、救急車が到着するまでの時間を繋いだり、あるいはちょっとした訪問診療の代用のような用途を想定しているのではなかろうか。

 米国では遠隔医療は、大きな可能性を秘めているが競争相手の少ない価値市場「ブルーオーシャン」として期待されている。では、このような遠隔医療、特に診療や健康管理を行なう「テレケア(遠隔健康管理)」分野でのIT応用、ロボット応用は日本国内でも進むだろうか。iRobotとしては当然ある程度はそれを期待して、今回もわざわざ米国からロボットを持って来てデモンストレーションをしたのだろうが、日本でも、遠隔医療は次世代市場として花開くだろうか。

 仮に自分自身が遠隔診療を受けることを考えると、やはり、このようなテレプレゼンスのアプリケーションがこれまで常にぶつかってきた問題にいきあたるのかなと思う。すなわち、「信頼感」や「存在感」、「安心感」の問題だ。簡単には定量化できないこれらの問題はなかなか厄介である。目の前のロボットに医師の顔がライブで映し出されていても、実際にいるわけではない。それを信頼しろと言われても、最初はなかなか難しいだろう。だが、互いに信頼感を築くことができている相手で、定例の問診のような形、なおかつ周囲に補助する医療従事者がいるのであれば、ある程度はカバー可能かもしれない。壁をいかに下げるかがこれからのインターフェイスの課題の1つとなるだろう。

 最近はiPadやiPhoneのようなスマートフォンと台車を組み合わせることで、ちょっとした「代理ロボット」を作ることは比較的容易になった。そのせいか、いくつか新たにテレプレゼンス・ロボットが市場に投入されている。ビデオ会議用にいいだろうとか、イベントにはいいだろうとか言うのだが、だが単なるビデオ会議のような用途であれば、わざわざロボットを使う必要はそもそもない。テレプレゼンスロボットを推す人たちは単なるモニターとは違って、周囲の人に与える存在感がロボットだと違うよ、というのだが、それは、動くボディを持っているかどうかよりもむしろ、ディスプレイの大きさなどに左右される面も大きい。ただいずれにしても、明快な解はない。前述のように、「○○感」のような漠然としか現状は扱えない問題が相手だからだ。テレプレゼンスに関しては、20年間くらい、このような状態が続いているように感じている。

 だが医療問題の課題は待ったなしである。遠からず、僻地医療の現場では好き嫌いを問わず、テレメディスン技術が必要とされる時代が来るだろう。前述のように、市場規模自体も大きなものになる可能性がある。日本では、医療関係の人は医療関係の人で、IT関連はIT関連、そしてロボット関連はロボット関連と、それぞれのコミュニティはバラけてしまっているように感じる。iRobotがInTouch Healthと協業したように、遠隔医療では分野を横断した強力が必要だ。日本の各分野の研究者たちにもこの市場に果敢に挑んでもらいたいと思う。でないと、もしかすると、家庭用掃除ロボットの市場同様に、気がついたら市場をまるごと持っていかれるような状況になるかもしれない。

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