後藤弘茂のWeekly海外ニュース
20年に渡って継承されるPentiumブランドCPU
(2014/7/29 06:00)
継続されるPentiumブランド
Pentium 20周年を記念してIntelがアンロックの大盤振る舞いで出した「Pentium Anniversary Edition『Pentium G3258』」のために、この1カ月ほどはPentiumの話題で盛り上がった。Intelは、オリジナルのPentiumの登場から20年もの間、Pentiumブランドを堅持して来た。現在のIntelのCPUブランド名は、CPUの設計であるマイクロアーキテクチャ自体とは連動していない。次々に異なるCPUマイクロアーキテクチャの製品がPentiumブランドを冠される。
Intelは20年前、同社にとって第5世代目となる「P5マイクロアーキテクチャ」のCPUに、Pentiumというブランド名をつけた。Pentiumという単語自体は、Intelの造語だ。ギリシャ語で“5”を意味する接頭辞の「Pent-」に、ラテン語で金属系の元素などの抽象名詞を作る接尾辞の「-ium」を組み合わせた。
Intelは第5世代CPUに、『5つ目の金属』といった意味合いのPentiumという名を付けることで、技術的な意味としゃれた語感の両立を図った。この命名は、CPUの歴史ではエポックメイキングな事件で、CPUが単なる電子部品から脱却する流れの象徴となる。ちなみに、ラテン語で5を意味する接頭語は「Quin-/Quinqu-」で、ラテン語系の接尾辞と合わせるなら本来ならこちらを選ぶべきだが、そうしなかったのは語感が悪かった(例えば、Quinquiumならキンキー(変な)にちょっと似てしまう)ためかも知れない。
Pentium以前は、Intelは数字とアルファベットの組み合わせをCPU名に付けてきた。8086から486DXやDX4まで、IntelのCPU名は世代や機能を直接表す記号に過ぎなかった。しかし5世代目でIntelは、そうしたデバイス屋的な製品名の付け方から初めて脱却した。メジャーなCPUにしゃれたブランド名が付けられたのはこれが初めてで、Pentiumという名前はまたたく間に浸透した。Pentiumという印象的な呼称が浸透するに連れて、人々はCPUというデバイスを明確に意識し始める。コンピュータユーザーにCPUを意識させるという点では、Pentiumのブランド戦略は成功した。
無印のPentiumが復活
それ以来、IntelはPentiumという名前を堅持して来た。第6世代のP6にPentium Proを付けたことから始まり、Pentium II/III、Pentium 4、Pentium Mと「Pentium+サフィックス」のブランドを継続した。そのため、PentiumはIntel CPUの代名詞となった。
だが、IntelはCPU製品のマルチコアとシステム統合への大戦略転換に当たって、CPUブランドを一新、パフォーマンスCPUに「Core」を冠するブランド名を使うようになった。そして、Pentiumという名前は、Coreよりも廉価版のブランド「Pentium Dual-Core」として、CoreとCeleronの間に据えられるようになった。
Intelは4年ほど前にブランドを再び整理、サフィックスを落とした「Pentium」ブランドを復活させた。Pentium DでもPentium Dual-Coreでもなく、Pentiumという名前の製品ラインアップだ。Pentiumの後に何もサフィックスがつかないのは、P5系マイクロアーキテクチャのCPU時代以来のことだ。
それ以降、PentiumブランドはIntelラインナップの一部として定着して来た。もっとも、「Nehalem(ネハーレン)」世代では、同マイクロアーキテクチャのデュアルコア版のClarkdale(クラークデール)/Arrandale(アランデール)が遅れたため、デスクトップでは低価格なPentiumブランドをNehalemマイクロアーキテクチャに置き換えるまで時間がかかった。そのため、デスクトップではPenryn(ペンリン)アーキテクチャの「Wolfdale(ウルフデール)-3M」が長期間Pentiumブランドとして残った。
「Sandy Bridge(サンディブリッジ)」世代からはPentiumも全面的に新マイクロアーキテクチャへと切り替わるようになり、現在見られるように、マイクロアーキテクチャでは上下が統一されたラインナップに変わった。そして、現世代からは、Coreブランドと同じマイクロアーキテクチャ以外に、低消費電力のマイクロアーキテクチャがPentiumブランドに浸透しつつある。
SilvermontベースのPentiumも登場
Pentiumブランドで共通しているのは、Intelがエッセンシャル市場と定義する廉価な価格帯であること。Intel CPUのフラッグシップはCoreブランドだが、実際には全世界的な出荷数で見ればPentiumはIntel CPUの“売れ筋”であり、市場の重心が低価格帯に寄るに連れて、IntelにとってPentiumの重要度が高まっている。
さらに、Intelが低消費電力CPUコア「Silvermont(シルバモント)」ベースの「Bay Trail-M/D(ベイトレイル-M/D)」をPentiumブランドで投入したことで、Pentiumの位置付けも変わりつつある。Pentiumブランドは、低価格だけでなく低消費電力であることも重要な特徴となっている。
現行のPentiumブランドプロセッサはパフォーマンスCPUコアの「Haswell(ハズウェル)」系と低消費電力CPUコアのSilvermont系の2系統で構成される。Celeronブランドと同様に同一ブランド中に、2種類の異なるCPUマイクロアーキテクチャが混在している。旧製品である「Ivy Bridge(アイビーブリッジ)/Sandy Bridge(サンディブリッジ)」系も一部に残っているが、こちらはパフォーマンスCPUコアの系列。従来はAtomブランドに限定されていた低消費電力コアが、Silvermont世代でPentiumブランドとしても浸透し始めているのが現在のPentiumの特徴だ。
性格が大きく異なるIntelの2つのマイクロアーキテクチャ
HaswellとSilvermontの両コアは、同じIntelのx86/x64系CPUコアと言っても、大きく性格が異なる。電力効率を維持しながらパフォーマンスに最適化したのがHaswellコアで、電力と面積への最適化を追求したSilvermontコアと、出発点が異なる。そのため、マイクロアーキテクチャやCPUコアの規模は大きく異なる。
Haswellがx86/x64命令を4命令同時デコード(Macro-Fusionを含めると5命令)するフロントエンド構成であるのに対して、Silvermontは2命令デコード。つまり、ピークでは同じクロックでHaswellの方が2倍以上の命令を並列にデコードできる。実行エンジンは、Haswellが8命令発行ポートを持つ広いエンジンであるのに対して、Silvermontは5系統のエンジンだ。SIMD(Single Instruction, Multiple Data)のSSE系命令の実行は、Silvermontでは64-bit/128-bit幅のハイブリッドアーキテクチャで、パフォーマンスは低い。それに対してHaswellは256-bitのFMAD(浮動小数点積和算)を2系統備えており、SIMD性能が極めて高い。
このようにHaswellの方がSilvermontよりもリッチな構成だが、その分、制御は複雑だ。どちらもアウトオブオーダ実行CPUだが、Haswellはx86/x64命令を一定の粒度の内部命令Fused uOPに分離実行する方式であるのに対して、Silvermontはマイクロコード命令を除けばCISC(Complex Instruction Set Computer)の特徴ほぼそのままのMacroOPで実行&トラックする。例えば、CISC的なメモリをオペランドにしたLoad-Execute-Store型の命令の場合、Haswellは2個のFused uOPsに分離するのに対して、Silvermontでは1個のMacroOPとしてトラックする。その分、Haswellの方が制御が複雑だ。
こうした違いから、HaswellコアとSilvermontコアでは、そのダイサイズや規模やシングルスレッドパフォーマンスは大きく異なっている。Haswellの方がはるかにCPUコアが複雑でトランジスタ数が多く、命令実行のピークの並列度が高く、ピークの動作周波数もHaswellの方が高い。そのため、Haswellの方が、CPUコア自体のパフォーマンスは高いが、アクティブな消費電力は大きく、またダイ上でのコアサイズも大きい。つまり、チップの電力は大きくなり、チップ上に載せることができるCPUコア数も少なくなる。
それに対して、Silvermontコアは、CPUコアは格段にシンプルで、命令実行の並列度も低く、動作周波数の上限も低い。その反面、アクティブ電力は少なく、パワーゲートしていない場合のアイドル電力も低い。ダイ上でのコアサイズも小さいため、同じサイズのチップにより多くのコアを載せることができる。
ちなみに、価格を抑えるPentiumブランドCPUのダイサイズは、基本的には130平方mm以下の小型ダイとなる。その程度のサイズのダイに載せられるCPUコア数が、HaswellだとデュアルでSilvermontだとクアッドとなる。しかし、実際には小型ダイの設計完了と生産開始は大型のメインストリームダイよりも遅くなるため、Pentiumブランドに当初は大型ダイが使われる場合もある。
2つのマイクロアーキテクチャが1ブランドに併存
このように、現在のPentiumブランドには大きな特徴がある。1つは、大きく異なる2種のマイクロアーキテクチャ系列が、同一ブランドに併存している点。もう1つは、その逆に、Pentiumブランドと上位のCoreブランドとの差別化が非常に小さい点。
IntelのCPU歴史上で、現在のPentiumほど、異質なマイクロアーキテクチャが同一ブランドにまとめられたことがない。これまでも下位ブランドのCeleron系で、異なるマイクロアーキテクチャが併存したことは度々あったが、それは新旧のマイクロアーキテクチャの転換時などに限られていた。Intelは長い間、ハイエンド価格帯で登場したCPUマイクロアーキテクチャが、時間とともに、プロセス微細化でダイが小さく低コストになり、下の価格帯へ落ちて行くというウォーターフォール戦略を取っていた。
ウォータフォール戦略では、上位ブランドのCPUマイクロアーキテクチャが次第に下位ブランドに浸透したため、一時的に、下位ブランドで複数のマイクロアーキテクチャが併存した。しかし、これは時期的なずれで、アーキテクチャの基本思想的な違いではなかった。ところが、現在はPentiumブランドで、考え方が異なる2種類のマイクロアーキテクチャが併存している。
そのため、現在のPentiumは、IntelのCPU設計思想の変化を象徴するブランドとなっている。つまり、Intelの2つの異なる方向の設計思想からチョイスができる。ざっくりと言えば、シングルスレッドパフォーマンスを重視するならHaswell系Pentium、電力当たりのパフォーマンス効率を重視するならBay Trail系Pentiumとなる。TDP(Thermal Design Power:熱設計消費電力)で言えば、モバイルではBay Trail系が7.5Wに対して、Haswell系は超低電力のYプロセッサでも11.5Wで、低電力のUプロセッサで15Wとなる。
この違いは当然のごとくフォームファクタや市場の違いに反映される。Bay Trail系はモバイルでは2-in-1や低価格ノートPC、デタッチャブルノートにターゲットの中心があり、また、デスクトップでは発展途上国のような電力も重要となる市場を狙っている。実際のメーカーのノート製品展開はCore系に寄っているが、これは、タブレット向けにはAtomブランドのBay Trail-Tがあるという事情も絡んでいる。
ウォータフォールが崩れた後のブランド差別化
現在は、CPUのマルチコア化にともなってウォータフォール戦略は消え、同じマイクロアーキテクチャの中で、CPUコア数などの違いでラインナップが展開されるようになった。それに伴い、CPUブランドによる差別化のポイントも変わって来た。以前は、CPUマイクロアーキテクチャと性能が差別化の重要なポイントだった。しかし、現在のPentiumのHaswell系では、上位のCoreブランドとの差別化は、それ以外の仕様でなされるようになっている。
Haswell系PentiumのCPUコア数はデュアルコアで、その点では、デスクトップではクアッドコアが大半を占めるCore i7やCore i5とは違いがある。しかし、同じデュアルコアのCore i3とPentiumでは、CPU自体のパフォーマンスの差は小さい。トップビンでの動作周波数には違いがあるが、かつてのような決定的な違いではなく、Core i3とPentiumの多くのSKU(Stock Keeping Unit=アイテム)で動作周波数はオーバーラップしている。
その代わりIntelは動作周波数以外の部分で差別化を図っている。CPUコアではCore i3系はマルチスレッディング技術「Hyper-Threading」を有効にできるが、Pentiumはできない。GPUコアはCore i3系は「GT2(20 execution unit)」構成だが、Pentium系は「GT1(10 execution unit)」構成まで。デスクトップでは、Core i5/7でサポートされているCPUコアの動作周波数を引き上げるTurbo Boostもサポートされない。vProなどエンタープライズ向け機能もない。もっとも、GPUコアはPentiumのGT1構成でも10 EU(execution unit)で、各EUがそれぞれ2個の4-wayベクタユニットを持つため、合計40個の積和算ユニットを備えた構成となっており、Intelの従来のGPUコアよりも構成はリッチだ。
Intelは、PentiumとCoreのブランドの差別化を明瞭に機能面に置いている。これは、Intelやシステムベンダーの、CPUに対する価値観の変化を反映している。CPUの動作周波数が決定的な差ではなく、機能の差でCPUの選択がなされると見ている。ラフに言えば、余計な機能は不要でベーシックな機能に絞り込むならPentium、より付加価値を求めるならCoreブランドという切り分けになっている。そして、現状では、実際にはPentiumで十分な市場は広いために、Pentiumの重要度が高くなっている。
パフォーマンスCPUのローエンドと、低消費電力CPUのハイエンドが複合する現在のPentium。そのブランドの今後の推移は、Intelの進む方向を示すことになる。