後藤弘茂のWeekly海外ニュース

プレステ携帯を支えるPlayStation Suiteの戦略



●PSSのデバイスとなるXperia PLAY

 Sony Ericssonは、噂のプレステ携帯「Xperia PLAY」を先週発表した。Xperia PLAYは、先月末にソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)が発表した、SCEIの新しいゲームソフトウェアプラットフォーム「PSS」に対応した初のデバイスとなる。

PlayStation Meeting 2011での平井一夫氏

 PlayStation Suite(PSS)は、Android OS上で、初代PlayStationゲームと、新開発のPSS対応タイトルを実行できるようにするフレームワークだ。「PSP以外のポータブルデバイスに、PlayStationの世界を提供するという、私達にとっては、初めてのクロスプラットフォーム、クロスデバイスの挑戦です」と、SCEIの平井一夫氏(ソニー・コンピュータエンタテインメント代表取締役社長兼グループCEO)は、PlayStation Meeting 2011でコンセプトを要約した。SCEIは、いよいよハードウェアビジネスから離れ、ソフトウェアベースのプラットフォームとして、スマートフォン/タブレットの世界に入って行こうとしている。

 SCEIがPSPの後継機のプランを立て始めた時、最大のポイントは携帯電話&スマートフォンにどう対抗するかという点だった。携帯電話とスマートフォンのプラットフォームでゲームソフトが立ち上がりつつあり、それが携帯ゲーム機の存在意義を脅かす恐れが強まっていたからだ。スマートフォン/タブレットでは、すでにiPhoneとAndroidのどちらでも、ゲームの世界が花開いている。

 SCEIは、ここへ来て、その解答を明確にした。PSS/Xperia PLAYは、先月SCEIが発表した「NGP(Next Generation Portable)」(コードネーム)と戦略的には対をなしている。スマートフォン/タブレットの大波に、携帯ゲーム機がどう対抗するか、その解答が、PSSとNGPという2つの方向に分かれた。つまり、SCEIはスマートフォンに1プラットフォームで対抗するのではなく、2つのプラットフォームで対応しようとしている。

 1つは、スマートフォンと明確に差別化したゲーム向けフォームファクタを持つプラットフォームとしてのNGP。もう1つは、スマートフォンの上に乗ったソフトウェアプラットフォームとしてのPSSだ。2戦略に分けることで、SCEIはスマートフォンの脅威を、取り込みつつ、対抗しようとしている。ではPSSは、どのようにスマートフォン市場に展開して行くつもりなのだろう。

●Android市場に広く打って出るPSSの戦略

 Xperia PLAYは、PSSのゲームを快適にプレイできる操作性を差別化の要素としている。しかし、SCEIの戦略では、PSSをXperia PLAYだけの独占的サービスにするつもりは毛頭ない。むしろ、その逆に、Androidスマートフォン、そしてその先はタブレットへとPSSの展開を広げようと考えている。平井一夫氏は、PlayStation Meeting後に行なわれたラウンドテーブルで、次のように説明している。

 「パートナーシップは、基本的にはオープンです。それが、まさしくPSSイニシアチブの1つの大きな魅力です。

 今までは、SCEIの出したハードに対して、ゲームを作っていただくスタイルでした。しかし、PSSは、すでに多くのメーカーから大変な台数が出ているAndroid携帯に提供します。そこ(Android)に対して、PlayStationの世界観のあるソフトを提供するという、新しいビジネスモデルです。ポイントは、インストールベースがすでにあることのアドバンテージを取ることです。ですから、そこで、この会社としか組まないといったクローズドな話を持ち込むと、何のためになってやるのか、という話になってしまいます。PSSは、あくまでもオープンで、これから多くのプラットフォームメーカーと話をしようと思っています」。

 つまり、PSSは、すでに膨大な台数が普及しており、今後もどんどん普及するだろうAndroidに乗ることに意義があるわけだ。SCEIなりSony Ericssonが一生懸命にハードウェアを普及させなくても、Androidの波に乗れば、広いプラットフォームが手に入る。そこにポイントがあるから、ハードウェアベンダーには広く門戸を開いて、提携して行きたいとSCEIは考えているようだ。

●通信キャリアを巻き込むPSSのゲーム配信

 提携の門戸を開く点は、通信キャリアに対しても同じだ。SCEIは、PSSの展開では、キャリアとの提携も重要なポイントだと考えている。Androidでは、ユーザーがさまざまなアプリをダウンロードして入れ込むことができるが、SCEIはPSSについては、ゲーム配信の窓口を明確にしようとしている。

 「ゲームをどうやって配信するか。そこが、キャリアさんとの話の中で、当然、出て来る部分です。例えば、キャリアさんも独自ストアを展開しているところがあります。ゲームを差別化のための要因と考えているところもかなりあると思います。

 PSSの基本形としては、Playstation Storeを通じてソフト提供したいと考えています。しかし、PlayStation Storeがどう位置づけされるかは、各地域のキャリアさんと話し合うことが必要になります。議論した上で、その中でベストなビジネスモデルを、決めることになると思います」(平井氏)。

 つまり、SCEIは自社のストアを経由してのゲーム配信システムを、Androidに対しても構築したいと考えている。しかし、あくまでも、キャリアとの協力の中で組み立てたいと考えているようだ。


●エミュレータからフレームワークへ転換するPSS

 PSSは実際には2段階の計画となっている。エミュレータソフトウェアの上に、SCEIの過去のソフトウェア資産を提供することと。プログラミングフレームワークの上に、新たな携帯機器向けソフトウェア資産を構築することだ。平井氏はPlayStation Meetingで次のように説明している。

 「世界中で急成長を続けるスマートフォンやタブレットを初めとするAndroidプラットフォームに、PlayStationのコンテンツを提供をしていくと同時に、携帯型端末向けのゲームフレームワークを提供し、新しいコンテンツの開発と創造を目指します」。

 つまり、SCEIの強味である過去のゲームソフトウェア資産を活かすだけでなく、新たなゲームプラットフォームを確立しようという、野心的な試みが、PSSの正体だ。平井氏は、その意図を次のように説明する。

 「PSSは、初代PlayStationのエミュレーションという基本形からスタートします。ですが、PlayStationのエミュレーションだけで終わったら、何も面白くはない。そこで、パブリッシャやデベロッパさんに、PSSの中で、新しいタイトルを作ってもらえる環境を、これから提供させていただきます。PSSで、新規なタイトルをどんどん作っていただくのが、大きなポイントだと思っています」。

 まず、PSSの一角は初代PlayStationハードウェアの、ソフトウェアエミュレータだ。だが、その次のステップとして、Androidデバイス上で、ゲームを開発するためのフレームワークも提供する。平井氏は、実際には大きなポイントは後者のフレームワークの提供にあることを示唆する。

 エミュレーションの戦略は明快だ。これによって、初代PlayStationで積み上げたソフトウェア資産を、そのままAndroidに展開できるようになる。PlayStationエミュレーションは、Android搭載のハードウェア側が進化するにつれて、どんどん容易になって行くだろう。難点は、エミュレータを多数の異なるGPUアーキテクチャで走らせなくてはならないことだ。展開が進むにつれて、Xperia PLAYのSnapdragon以外のハードウェアもサポートしなければならなくなるだろう。

●新しいタイトルを開発するためのPSSフレームワーク

 2ステップ目のPSSのフレームワークは、当然、エミュレータの上には乗っていないだろう。PlayStationエミュレーションは無駄なオーバーヘッドが大きい上に、現在のモバイルGPUコアなどハードウェアの機能を活かすこともできないからだ。初代PlayStationのGPUコアと較べると、現在のモバイルGPUの機能は格段に進化している。そのため、実態としては、PSSは全く異なるエミュレータとフレームワークの2ウエイをまとめて名前を冠したものになると推測される。

 また、SCEIがフレームワークと呼んでいるものの正体が、何であるかは、まだ明かされていない。果たしてスタンダードAPI(OpenGL ES 2.0など)をベースに、ラップしたものになるのか。SCEIはPlayStation MeetingでPSSフレームワークを、ハードウェアに依存しないニュートラルなフレームワークだと説明しており、抽象度が比較的高いフレームワークであると推測される。

 PSSフレームワークが、標準的なゲームフレームワークだとすれば、継続的に進化を続けるスマートフォンハードウェアに追従できるという点で、利点がある。将来のスマートフォンがNGPの性能を大きく凌駕するようになった時でも、PSSがスマートフォンの性能を活かすことができるからだ。

 ただし、落とし穴もいくつかある。まず、大きな疑問は、SCEIはこうしたフレームワークの構築に長けた企業ではないことだ。少なくとも、据え置きゲーム機では、同じゲーム機市場でのライバルであるMicrosoftに、この点で大きく遅れを取っていた。SCEIはソフトウェア開発力を強めて来たものの、NGPを展開しながら、PSSフレームワークの構築を行なうだけの力がどこまであるか、未知数だ。

 また、ゲームパブリッシャが、はたしてどだれけPSS戦略に乗ってくるかも疑問だ。従来は、SCEIがハードウェアそのものを握っていた。しかし、PSSの戦略では、SCEIが持っているのはソフトウェアフレームワークだけだ。ゲームデベロッパは、SCEIを組む利点を見いだせなければ、さっさと独自にAndroid向けのタイトル開発を行なうだろう。SCEIは、ゲーム供給側にとってPSSを、魅力あるものに仕立てる必要がある。

●動作確認と内容審査のPlayStationロゴで差別化を図る

 PSSの課題は、すでにゲームが溢れかえっているスマートフォン市場で、どうやって差別化をして行くかという点にある。これについて、平井氏は次のように説明する。

 「2点あります。まず、1点目として、ハード面では、『PlayStation Certified』によって、PSSのソフトウェアを快適に遊ぶための動作確認ができるていることを保証します。オープンな中でも、一定の保証を提供する点が違います。

 Android端末なら、基本的にPSSは走りますが、ハングアップするかもしれないし、ボタンの位置がおかしくてゲームプレイにそぐわないかもしれない。しかし、PlayStation Certifiedのハードでは、動作の保証があり、安心して楽しめます。

 もう1点はソフトウェアの内容です。ご存じの通り、PlayStationビジネスでは、昔から、企画審査を行ってゲームの中身をチェックし、公序良俗に反するものはプラットフォーム上に載せないことを、ユーザーの皆さんへのメッセージとして打ち出して来ました。Playstation Certifiedで動作確認を行なうハードの上で走らせる、PSSソフトについても、同じような内容審査をしなければいけないと考えています。

 PSSでは、PSのマークやロゴがゲームに入ります。SCEIが品質をちゃんと保証したソフトが、動作確認できているハードの上で走る。そうしたエコシステムの中に提供されるゲームでは、お客様へのちゃんとしたメッセージが出せると思います。オープンで、何でもありの世界で、何でも選んで下さいという、PCや携帯のゲームソフトの世界とは、ある程度線が引けます。

 これは、ゲームパブリッシャさんにとっても、オープンな世界にポンとゲームを出すより、魅力ではないかと思います。今、何でもありのPCの世界と、PS3やPS2の世界でSCEIとパブリッシャが品質を保証する世界では、ユーザー様からの見え方が違いますよね。それをPSSでも実現しようと考えています」。

 Xperia PLAYは、PlayStation Certifiedに適合した最初のハードウェアとなる。この動作保証は、携帯ゲームをやったことがあるユーザーなら、それなりに重要だと感じるだろう。なぜなら、複雑なゲームになると、ソフトウェアが落ちてしまうケースが多々あるからだ。

 一方、ゲームの内容審査は、SCEIが組もうとしているキャリアなどに対しては、有利なポイントとなる。“安心印”であるPlayStationロゴのついたゲームを、自社の差別化要素として提供できるからだ。そして、キャリアやストアを含めた環境が整うなら、それはゲームパブリッシャ側にとっても、ある程度の魅力となるだろう。

 ゲームパブリッシャは、現在、携帯ゲームについては、ストアに並ぶ玉石混淆のゲームの洪水の中に、自社タイトルが埋もれてしまうという、問題を抱えている。また、玉石混淆の中で、ゲームタイトルに、1,000円といった高価格を設定しにくいという問題も抱えている。SCEIが、一種ブランド化したゲームをPSSで確立できれば、パブリッシャが乗ってくる可能性はある。


●ゲームデベロッパへの門戸は広く

 iPhoneでゲーム市場が花開いた理由の1つは、開発が容易で、コストがかからないことだった。開発キットが個人でも気軽に手を出せるほど安く、誰でも簡単にゲームを配信してもらうことができる(ただし、Appleの審査がある)。ダウンロードモデルで、極端な低価格にも設定できるため、コンテンツのボリュームが極めて小さな、アイデア一発のゲームを作りやすい。こうしたゲーム開発におけるハードルの低さが、欧米の独立系ゲームデベロッパやホリデープログラマを引き寄せ、iPhoneゲームの興隆をもたらした。

 対してゲーム機の伝統的なモデルは、比較的高額な開発キットとライセンスで縛られ、ロイヤリティも一定額が決まっている場合が多い。そのため、個人や小規模なデベロッパが簡単にゲームに参入しにくかった。PSSでは、こうした障壁はどう変わるのだろう。平井氏は、その部分の改革もPSSの柱であると説明する。

 「PSSでも一定のコストがSCEIにかかります。そのため、ロイヤリティと呼ぶかレベニューシェアと呼ぶか、いくらというお話はできませんが、何らかのエコシステムを作らなければいけないとは考えています。まだ、議論を詰めていないので、後日お話しますが、これからパブリッシャさんと、どんなモデルがいいのかを話合います。キャリアさんも含めた、エコシステム、ビジネスモデルを作っていかなければないと思っています。

 しかし、ゲーム開発については、間口をなるべく広げたいと思ってます。従来のデベロッパ、パブリッシャさんとも関係を深くしたいですが、それだけでは広がりが出ませんから。場合によっては個人ででも開発して、ゲームを作っていただける環境を作らなければならないでしょう。そもそも、Androidのプラットフォームで、カジュアルゲームをやろうとしているんですから(笑)。急に、『PS3と同じ環境で作ってください』というようなことは、ないんじゃないかと思います。(デベロッパへの門戸を)広げる方向でやっていかなければと思っています」。

 しばらく前から、SCEI内部でも、PSPの後継では、ゲーム機のビジネスモデル自体に手を加えなければ、携帯電話&スマートフォンのゲームの波に対抗できないという意見が出ていたと言われている。カジュアルゲームが大量に現れている背景には、カジュアルにゲームを作ることができる環境がある。そこをSCEIとして、どう対応するのか。その結論が、PSSになるようだ。伝統的なゲーム開発のモデルはNGPで継続しつつ、PSSではより広く門戸を開いたモデルも併用する。

 ちなみに、伝統的なモデルと、門戸を開いたモデルの2本立ては、すでにMicrosoftがトライしている。「XNA Game Studio」を使ったゲーム開発モデルを、Xbox 360とPCといったクロスプラットフォームで展開した。しかし、MicrosoftのXNAフレームワークでの下方展開も、決してうまく行ったとは言い難い。SCEIが具体的にどんな戦略を取るのかが注目される。