後藤弘茂のWeekly海外ニュース

秒読みのNGPとますます遠のくPlayStation 4



●ゲームのDNAを守るためのフォームファクタ
平井一夫氏

 SCE(ソニー・コンピュータエンタテインメント)の次期ポータブルゲーム機「NGP(Next Generation Portable)」(コードネーム)は、従来のPSPのフォームファクタを拡張したようなスーパーオーバル(長円)デザインを選んだ。フォームファクタの選択からは、SCEがNGPをゲーム中心のマシンと位置づけたメッセージが感じられる。

 平井一夫氏(ソニー・コンピュータエンタテインメント 代表取締役社長兼グループCEO)は、NGP発表後に行なわれたラウンドテーブルで、フォームファクタについて次のように説明した。

 「色々なフォームファクタを検討し、その中には、まさしく『PSP go』のようなスライドする形もありました。実際にモックアップを作って、フォームファクタの中でボタン配置はどうだろう、使いやすさはどうだろう、といったことを、商品企画レベルで検討しました。SCEワールドワイドスタジオの吉田修平(プレジデント, SCEワールドワイド・スタジオ)の部隊とも議論してさまざまなデザインをトライしてもらいました。

 例えば、(プレイする時の)持ちやすさや、遊びやすさ、長時間プレイに耐えるか、あとは重心がどこにあるか、といった要素を検討しました。その結果、今回発表したスーパーオーバルが、一番バランスがよくゲームプレイに適したフォームファクタだという結論に至りました。また、スクリーンサイズも、最終的なフォームファクタを結論づける、1つの要因でした」。

 このように、ゲームプレイを中心に考えた結果、スーパーオーバル型のフォームファクタに帰着したという。

 NGPについては、当初は「PSP go」のようなデザインのプランが持ち上がっていた。ソニーエリクソンが2月13日に発表する「Xperia Play(PS Phone)」の兄貴分のようなデザインが考えられていたと言われる。しかし、SCEは一転して、従来PSP型のキャンディバースタイル(オーバル)を選んだ。その最大の理由は、ゲームプレイのし易さを重視したためだったようだ。

 「NGPは、さまざまなことができますが、やはり主眼を置いているのはゲームです。SCEのDNAですから、ゲーム機として、一番魅力を発揮出来るデバイスでなければならない。それを捉えた上で、違う楽しみ方を提供していこうという考え方です。

 PSPでも、まずゲーム機として評価いただけなければ、と考えていました。ゲーム以外のことで盛り上がっても、うちはSCEだから、それではだめです。今回も、全く同じ考えで、まずゲーム機として評価いただけるようなデザイン、フォームファクタをしっかり押さえて、その上でゲームを楽しんでいただいて、次に他のサービス・コンテンツを楽しんでいただくという考えでデザインしました」。

 初めにゲームありき。これが、最終的な結論としてのNGPのコンセプトだ。今回、SCEはチップ設計レベルでは、ゲームに特化したIP開発を行なわなかった(行なえなかった)。しかし、フォームファクタレベルでは、ゲームにフォーカスしたことを平井氏は強調する。実際、SCEは「PlayStation Meeting 2011」でも、NGPのエンターテイメントに直結しない機能にはほとんど触れず、ゲーム機としての機能の紹介に終始した。NGPは、そのコンセプトに紆余曲折があったが、現在はNGP=ゲームという路線に帰着していることがわかる。


●入力の選択肢を多くすることでゲームプレイを多彩に

 NGPはセンサー類については、3軸のジャイロと3軸の加速度センサー、3軸コンパス、GPSを搭載する。さらに、タッチスクリーンだけでなく、筐体の背面にマルチタッチパッドを備え、カメラを前面と背面にそれぞれ1個ずつ持ち、マイクを内蔵する。その上で、PSPでは使いにくかったパッド型のアナログスティックを、本格的なマイクロアナログスティックにして、片側だけでなく両側に備えた。入力系は、スマートフォン的な系統とゲーム機的な系統の両方を網羅した構成となっている。そのコンセプトを平井氏は次のように説明する。

 「NGPは、ボタンも2面タッチパネルも、センサーもあり、入力系が豊富です。しかし、それで、操作が複雑になることはないと思います。1つのゲームで全部使ってくださいと言っているわけではありません。満艦飾に全部使ってくださいというのでは、単なる技術デモになってしまいます(笑)。

 例えば、クリエイターの中に、『俺のゲームでは物理的ボタンは一切使わない、タッチスクリーンも使わない、(筐体を)動かすだけで操作するんだという』と言う方がいれば、そういうゲームを作ることもできます。逆に、徹底的にフィジカルなボタンを使って、今までのゲームプレイの形を、究極まで追求するんだ、というゲームもできます。タッチスクリーンだけというクリエイターもいらっしゃると思う。その皆さんの要求にどう応えるかが大事です。

 ゲームプレイでの表現の仕方には、さまざまな方法があります。NGPは、コンテンツクリエイターの方々が、ユーザーにこう楽しんでいただきたいという思いがちゃんと伝わるデバイスにしたかった。もし、物理的ボタンだけで提供すると、コンテンツクリエイターの中には必ず、『これもいいんだけど、タッチパネルがあったらこんなことができた』という方が出てくると思う。それは避けたいし、せっかくさまざまな技術があるわけですから、ユーザの皆さんに幅広い楽しみを提供したい。その意味で、正しい選択だと考えています」。

 NGPのセンサー群については、計画の初期の段階から充実させる方向にあったと言われている。つまり、入力系を豊富にして、デベロッパーの選択肢を増やすことは、NGPのコンセプトの根幹の部分だと推測される。それは、SCEがゲーム機にとってカギとなるのは入力であることを、入力系の改革に力を入れた任天堂のWiiやニンテンドーDSの初期の成功によって思い知らされたためかも知れない。

 SCEとMicrosoftはともに、据え置きゲーム機で、ナチュラルユーザーインターフェイスの導入で、入力系を重視する方向へと転じた。しかし、PlayStation Moveも、Kinectも、本体にデフォルトで備えられていた機能ではないため、どうしてもインパクトは弱い。例えば、Kinectは、コンピュータ科学の世界に、大きなインパクトを与えているにも関わらず、Xbox 360を初期のWiiほどの成功に導くことができない。

 こうした背景を考えると、NGPでは、デフォルト装備の入力系を目一杯充実させようとSCEが考えたとしても不思議はない。NGPでは、PS3の轍を踏まないという判断だと推定される。チップIP開発と比べると、センサーの充実は、初期コストの面では有利という利点もある。

多様なセンサーを搭載した

●NGPの目指す方向と合致しなかった3D立体視
5型の有機LEディスプレイ

 NGPは5型の有機ELディスプレイを備える。ディスプレイサイズをスマートフォンの標準より大きく、ゲームに向くと言われていた有機ELにより差別化を図る。方向性は明瞭だ。

 「(初代)PSPの魅力は、当時としてはスクリーンが大きいという点にありました。今回も、究極のポータブルゲーム機を狙いたかったので、スクリーンはもっと鮮やかでもう少し大きくできないかという議論があり、5型にしました」(平井氏)。

 しかし、現在のポータブルデバイスのハードウェアの潮流を見た時、NGPには欠けているものがある。それは、裸眼3D立体視液晶ディスプレイだ。同じポータブルゲーム機の3DSだけでなく、スマートフォン系デバイスでもガラパゴスのように裸眼3D立体視を売り物にする機種もある。なぜ、NGPでは、裸眼3D立体視をサポートしなかったのか。平井氏は次のように説明する。

 「3D立体視については、ハワード・ストリンガー会長兼CEOがCES(Consumer Electronics Show)で語ったように、全てのバリューチェーンの中で積極的に進めてます。また、PS3もファームウェアアップデートで3D立体視に対応しており、ソフトの方もグランツーリスモ5は全編3D立体視で遊べるといったように、積極的にサポートしています。

 しかし、NGPについては、社内で議論をし、一部コンテンツクリエイターの皆様など、社内外を含めて議論した上で、今回あえて対応しないという判断をしました。目指しているゲームの世界観、コスト、ポータブルデバイスでの3D立体視の必要性など、全てを議論した上でのことです。SCEが3D立体視をサポートしないのではなく、NGPでは、どういうデバイスを目指すかという議論の結論として、3D立体視に対応しないことになった」。

 しかし、NGPはゲーム機ならではのゲームの没入感を実現することをうたっている。没入感に優れる3D立体視に対応しないのは矛盾しているのではないだろうか。

 「確かに(3D立体視)没入感はありますが、私たちがポータブルデバイスで目指しているのは、3D立体視の没入感を提供することではなく、別の世界感を演出することです。逆に据置(ゲーム機)の方では、固定されたTVの前に座って3D立体視を楽しんでいただくことは、徹底的な没入感になるので、積極的に進めていきたいと考えています」(平井氏)。

 NGPではゲーム機として目指している方向が、3D立体視と合致しなかったため、見送ったという説明だ。センサーリッチで、筐体自体を動かしてプレイする可能性が高いNGPが、3D立体視と合わないという判断は納得できる。しかし、ポータブルデバイスの場合、3D立体視のサポートには違うレベルのハードルがあることも確かだ。それは液晶パネルの調達だ。単一機種で出荷台数が多いゲーム機の場合、パネルの調達は重要な問題となる。調達の事情もあった可能性がある。


●ソニーグループ外からも積極的に調達

 ちなみに、SCEは、まだNGPの液晶の調達先を公表していない。有機EL液晶パネルを提供できるベンダーはソニー自身を含めて限られている。そのため、ソニーグループ内調達が浮かび上がるが、平井氏は次のように説明する。

 「NGPはまだ試作段階なので最終的にどのパートナーと組むのか、(供給元が)1社になるのか複数になるのかも決めていない。お答えするのは時期尚早かなと。単純に、決まっていないので」。

 ソニーの有機ELなのかどうかも、今のところ明言していない。ちなみに、SCEはNGPでは、ソニーグループ内の部品調達比率にこだわっていないという。

 「NGPには、色んなパーツがあるが、ソニーグループ内で調達するのが一番効率がよく、コスト的にもメリットがあります。ですから、供給安定しているものは当然グループ内で調達というのはあります。

 しかし、部材の調達は、性能と価格と供給という、一番大事な部分に直結する部分です。ですから、ソニー以外の各社ともディスカッションして、品質改善の面でお客様に一番いい商品が届けられるように持って行くのがSCEの使命だと思っています。ですから、何が何でもソニー内で調達するといったことは考えていません。一番いいパートナーと各コンポーネントで仕事させていただくというのが、基本的考え方です」。

 ある業界関係者によると、SCEでのゲーム機開発過程でのコスト検討は、以前よりはるかに厳しく行なわれているという。以前は、どちらかと言えばコストより性能追求だったが、今は、銭単位でコスト削減が求められていると言われる。例えば、PS3で使ったXDR DRAMのように、コモディティとして使われていないデバイスは、コストが上がるため、今では使いにくい状況にあるという。

 また、デバイス製造については、以前とは全く戦略が異なる。例えば、PSPやPS3を開発していた頃は、自社の半導体ファブでメインチップを製造。先端チップで、ファブの減価償却を進めて、その後ファブを転用するといった戦略を立てていた。光学ドライブなどの部品も同様で、ゲーム機を自社のコンポーネントビジネスの起爆剤にする戦略だった。しかし、今のSCEには、そうした戦略は薄いように見える。

●当面はプランがないPlayStation 4(PS4)

 ポータブルゲーム機への新プラットフォーム投入で、気になるのは据え置きの世代交代だ。PlayStation 3(PS3)後継のマシンの、現状はどうなっているのか。平井氏は次のように言及する。

 「据置については、2006年に出たPS3も10年のライフサイクルでビジネスをして行きます。その意味では、まだ中間地点まで行っていない。魅力的なタイトルがファーストパーティー、サードパーティーともに、かなり出てきています。毎年新しいイニシアチブを発表して実装していますが、これからもソフトとフィーチャーセットの充実でPS3を大事に育てていきたいと思っています。ですから、急にPS4とか次世代据置機がどうのというのは、今は議論すらない。というか今はPS3に集中しています。加えて、今度はNGPとPS3との新たな連携をアピールしていただきたいと思っています」。

 この説明は説得力がある。今世代機は現在収穫期にあり、次世代機が待ち望まれている状況にはないからだ。そこには、ゲームパブリッシャー/デベロッパー側の事情も絡んでいる。今世代の据え置き機では、ハードウェアの進歩によって、タイトル開発コストが膨れ上がっている。そのため、大手のスタジオであっても、多数のタイトル開発ラインを走らせることができない。コストが上がっているため、タイトルが市場で失敗すると手痛い。

 こうした状況で、もし、新据え置き機が登場して、再びアーキテクチャを学び、エンジンやツールを開発し、といったサイクルを繰り返すとなると、負担はさらに増してしまう。多くのゲームデベロッパは、ビジネス面を考えると、今は据え置き機はそっとしておいて欲しいというのが本音だろう。

●SCEの次期据え置きゲーム機は22/20nmプロセス以降

 SCEのPS4世代マシンのプランは、これまでにさまざまなプランが浮上し、消えていった。IntelのLarrabeeを使う案や、IBMのロチェスタ開発センターでPowerPCベースのCPUを開発する案があった。しかし、昨年(2010年)中盤には、こうしたプランは全て白紙に戻っていた。現在、走っているプランがあるとしても、それほど進んだ段階ではないだろう。

 結果として、SCEは32nm/28nmプロセス世代での、据え置き機のシリコンのプランを持っていないと見られる。Cell Broadband Engine(Cell B.E.)の32nmプロセス版のプランもないと言われる。つまり、SCEの据え置き機のCPU製造では、1プロセス世代分の空白ができてしまうと推測される。おそらく、次世代機は22nm/20nmプロセス以降の世代に向けてということになるだろう。

 SCEとMicrosoftは、互いにIBMを通じて違いの状況がおぼろげにわかるため、後出しジャンケンゲームをしている。Microsoft側も、次世代機の方向性は、かなりの迷いがあり、そもそも次世代機をハードウェアとしてMicrosoftから販売するかどうかすら再検討していると言われていた。例えば、ボードレベルで供給する方法なども議論されたと言われている。Microsoftも、プランが走っているとしても、それほど進んだ段階にはない。

 つまり、SCEもMicrosoftも、昨年(2010年)後半の段階では、次世代据え置きゲーム機の計画は、かなり先へと延びていた。両社とも、すぐに世代交代をさせる気配はなく、現行マシンでの戦略に集中している。

 こうした状況にあったため、SCEもPS4プランは置いておいて、NGPに注力していると推測される。SCEの社内リソース的に考えても、そうせざるを得ないと考えられる。NGPのソフトウェアスタックと、PlayStationエミュレータであるPlayStation Suite/Xperia Playにソフトウェア開発リソースを割いた状態で、PS4に取りかかれるだけの体力はSCEにはないだろう。また、対抗するデバイスが少ない据え置き機より、スマートフォンの脅威にさらされているポータブル機の方が急務という、市場の情勢もある。

Cell B.E.のシュリンク
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Cell B.E.とEEのシュリンク
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