山口真弘の電子辞書最前線

シャープ「PW-AC910」
~100本の動画を搭載した生活総合モデル



PW-AC910。本体色は今回掲載しているシャイニングシルバーのほか、ノーブルブラック、プライムレッドが用意されている

発売中
価格:オープンプライス



 シャープの電子辞書「PW-AC910」は、100コンテンツを搭載したカラー液晶採用の電子辞書だ。ラインナップとしては生活総合モデルに分類されるが、従来の「家族みんなで使う」という方向性はやや影を潜め、資格試験をサポートするアプリや、ナショナルジオグラフィックを出典とする100本あまりの動画など、社会人が教養を深めるためのコンテンツに重きが置かれているのが特徴だ。

●ラウンドフォルムを採用し薄型化と軽量化を実現。バッテリも長寿命化

 まずは外観と基本スペックから。

 筐体は従来モデルから刷新され、丸みを帯びたデザインになった。直線的でややゴツいデザインだった従来モデルとはがらりと雰囲気が変わり、男女問わず使えるオーソドックスなデザインになった。ただ、筐体の高級感という点では、一歩後退した感もある。

 本体の厚みが従来モデルから約1.6mm薄くなったことで、筐体そのものがずいぶんとコンパクトになったように感じられる。本体重量が約324gと、従来モデルPW-AC900よりも約34g軽くなったことも影響していそうだ。数字にするとたった34gだが、実際に持つとはっきりと違いが分かる。

 画面サイズは480×320ドットでサイズは5型。このあたりのスペックは従来モデルと同等だ。本体形状の変更に合わせて一部キーの形状が丸みを帯びたことを除けば、キーの形状やサイズ、ピッチについても大きな変更はない。メイン画面、子画面ともにタッチ入力に対応している点も同様だ。

 筐体の変更に伴って大きく変わったのが、従来のmicroSDスロットに加え、USBポートも樹脂製のカバーで覆われるようになったことだ。それほど利用頻度が高くないであろうことを考えると正しい判断だろう。USBポートをカバーで覆ったこともあり、両サイドが非常にスッキリして見える。

 内蔵メモリは従来モデルの100MBから300MBへと増量されている。これは後述の動画コンテンツのダウンロードを考慮したものと思われる。保存するコンテンツの種類が違うので一概に比較はできないが、競合となるカシオXD-A6500が50MBであることを考えると、かなりの大容量だ。ちなみに前述のmicroSDについても、今回のモデルはSDHCに対応したため、大容量のカードが利用できるようになっている。

 電源についてはリチウムイオン充電池またはACアダプタで駆動する。電池寿命は約100時間と、従来モデルの80時間からぐんと伸びている。日々電子辞書を持ち歩くことが多いユーザーにとって嬉しい配慮だ。

上蓋を閉じたところ。色のせいもあってか、どことなくポータブルハードディスクのケースを思わせるフォルム本体重量は約324gと、従来モデルPW-AC900にくらべ約34g軽量化された左側面。イヤフォン端子とストラップホールを備える
右側面。ACジャックとスタイラス挿入口を備える。USB端子はカバー内に収められたので外からは見えない従来モデルPW-AC900(左)との比較。全体的に丸みを帯びたデザインに変更されたことが分かる。本体もわずかながらコンパクトになった
USB端子とmicroSDスロットは樹脂製のカバーの中に収められている。防塵防滴という意味では正解だろう右側面後方にスタイラスを収納可能キーボード盤面。一部のキーが丸みを帯びたデザインになった以外は大きな変化はない。入/切キーの端がややくぼんで判別しやすくなったのはメリット
キーボード上段にファンクションキーを装備。割り当ては基本的に従来モデルを踏襲しているが、新たに学習帳やマーカーテストが追加されている手書きパッド部はバックライトがあるため真上からの視認性は良好だが、視野角が狭いことからナナメ方向から見えづらく、また段差があるため影になりやすい問題がある。改良が望まれる部分だリチウムイオン充電池を採用。充電は付属のACアダプタで行なう。駆動時間は100時間と、従来モデルから20時間延びた

●コンテンツは生活・旅行系からビジネス路線へとシフト

 続いてメニューとコンテンツについて見ていこう。

 コンテンツ数は100。数自体は従来モデルのPW-AC900と変わっていないが、「生活ワザあり事典」などの生活系・健康系コンテンツ、さらに「日本名湯100選」などの観光系コンテンツといった合計10あまりのコンテンツがラインナップから外れ、かわって日本経済新聞出版社のビジネス系用語辞典が追加された。これまでの生活・旅行系を中心とした路線から、ビジネス路線へと転換したことがはっきりと分かるラインナップだ。

 これら辞書コンテンツについては、Home画面から「辞書」アイコンを選ぶことで、ジャンルごとにタブで分類された一覧画面が表示される。辞書画面の一階層上にHome画面が存在しているという階層構造は従来モデルから取り入れられたもので、Brainシリーズならではの特徴である。

 Home画面には新たに「カラー図鑑(動画)」というアイコンが追加された。この中には、後述の動画コンテンツが収められている一方、広辞苑やブリタニカ、世界遺産100選などのコンテンツから画像だけを探せるメニューも用意されている。やや乱暴な例えをするならば、これまでGoogle検索だけだったところに、Googleイメージ検索が追加された格好だ。ビジュアル重視の方向性がより強調されていると言えよう。

ブリタニカで国名の検索結果にある「図」アイコンにタッチすると地図にジャンプする。さらに地図の中にあるスポットにタッチすると、そのスポットについて調べることもできる。電子辞書ならではの検索性と言える

 このほか、前回のモデルで新規に搭載されたテキストメモ機能も健在だ。こちらについては特に機能の追加や変更はみられない。

Home画面。新たに「カラー図鑑(動画)」というアイコンが追加され、それによって従来モデルに存在した「メモリー確認」というアイコンが外された辞書メニューは従来通りのインターフェイス
ビジネス向けのコンテンツが追加された。ただしコンテンツそのものは他製品にも搭載されていることが多く、それほど目新しいわけではない従来モデルで初搭載されたテキストメモ機能は本モデルでも健在。機能そのものに大きな変化はないようだ

●100本の動画コンテンツと資格試験向けの3つのアプリを搭載

 本製品の大きな特徴は、100本にもおよぶ動画コンテンツを搭載していることだ。動画の内容は大きく分けると「自然関連」と「古典・漢文」の2本立てで、前者はナショナルジオグラフィック、後者はNHKエデュケーショナルから提供された動画を、本製品用に編集したものとなっている。辞書コンテンツに加えて動画を観ることにより、さらに理解を深められるというわけだ。

 動画圧縮には、モビクリップのソフトウェアコーデック「mobiclip形式」を採用している。もともと低速なCPUでの動画再生を前提としたコーデックということもあり、PCに比べると処理能力が低い電子辞書のCPUでも、高いクオリティを維持しつつなめらかな再生を実現している。インターフェイスもメディアプレーヤーライクなので操作しやすい。レジューム機能がないのは難点だが、1本の動画は長くても3分程度なのと、読み込みが速くシークも高速に行なえるので、ストレスはまったく感じない。

画像から探すための総合的なメニュー画面が新たに追加された100本の動画コンテンツを搭載する従来モデルにも搭載されていた「ブリタニカ大百科」の動画に加えて、「古文・漢文」「ナショナルジオグラフィック」の動画が搭載されている。「学習動画」はサンプル扱い
ブリタニカの動画。ラインナップは前回と同じなのだが、再生画面の右下にmobiclipのロゴが入っている点が前回と異なる。早送りや巻戻しは行なえない「古文・漢文」の動画。NHKエデュケーショナル制作の動画を本製品用にカスタマイズしたものが収録されている。本数は全部で25本
「ナショナルジオグラフィック」の動画。同社制作による、環境と自然に関する動画が収録されている。本数は4ジャンル合わせて60本
動画の再生画面。こちらは前述のブリタニカの動画と違い、標準的なメディアプレーヤーライクで早送りや巻戻しも可能ベリタス・アカデミーによる英語講義のサンプル動画を搭載。サンプル扱いではあるものの1本が十数分近い動画もある。ダウンロード購入するか否かを判断するには十分な内容だ

 また、プリセットされている動画のほかにも、インターネット上のコンテンツ販売サイト「ブレーンライブラリー」から、英語学習などの動画教材をダウンロードできるとされている(本稿執筆時点では未公開)。資格試験対策などにおいて、学習の幅をさらに広げてくれることだろう。あとはダウンロードコンテンツの価格設定次第といったところだろうか。

 さらに本製品では、資格試験をサポートするアプリを3つ搭載していることも、大きな特徴として挙げられる。具体的には、従来モデルにも搭載されていた「書いて覚える漢検ドリル」に加え、英検用の「英検トレーニング」、TOEIC用の「新TOEICテスト完全攻略」の3つだ。

学習系の3つのアプリを搭載。なぜか独立したメニューではなく辞書の1つとして組み込まれている「書いて覚える漢検ドリル」。従来モデルに搭載されていたのと同じ内容
今回新たに搭載された「英検トレーニング」。1~5級を選択したうえで、タッチ操作によってテストや単語暗記が行なえる
こちらも新顔の「新TOEICテスト完全攻略」。TOEICの模擬試験やパート別のトレーニングが行える。これはリスニングの実力診断を行なっているところ

 これまで電子辞書に搭載される学習コンテンツといえば、脳トレ系など楽しみながら学べるコンテンツに重きが置かれていたが、これらは資格試験にターゲットを絞った本格的な内容となっている。かなり動作が重いという問題はあるものの、タッチ操作のみで手軽に操作できることから、辞書学習の合間の息抜きとしても活躍してくれそうだ。

 ただ、万人が必要とするコンテンツかというと、やや疑問があるのは事実。実際のところ、英検と漢検と新TOEIC、すべての受験を考えているユーザーは多くないだろうし、英検の1~5級にしてもすべての級を必要とするユーザーはまずいないだろう。むしろブレーンライブラリーを活用して、本製品の購入者はお好きなアプリやコンテンツを何本まで無料でダウンロードできます、といった形にしておいたほうが、ブレーンライブラリーへの登録も促すことができ、ユーザーの満足度も高くなるのではないかと思う。切り売りが難しいコンテンツやアプリもあるのだろうが、個人的には検討してほしいと思う。

●本文をスクラップできる新機能「なぞって学習帳」は使い勝手の向上に期待

 本製品ではもう1つ、「なぞって学習帳」という新機能が搭載されている。これは、スタイラスでなぞって反転させた辞書の本文の一部を、別の「学習帳」にまとめて保存し、あとでその部分だけを参照できるという機能だ。

 従来モデルでも本文の一部に色をつけるカラーマーカー機能はあったが、今回の機能は、その着色箇所だけを抜き出してひとつのページにまとめてしまおうというものである。要点を抜き書きして1ページでまとめて一覧できるという意味では、暗記に適した機能であると言える。スクラップ機能と言い替えたほうが分かりやすいかもしれない。

 現状ではまだインターフェイスがこなれておらず、筆者も操作方法を理解するまで四苦八苦する羽目になったのだが、紙辞書にはない電子辞書ならではの機能としては興味深く、今後の操作性の進化に期待したいところである。なお、同じくスタイラスを使ったカラーマーカー機能や読み上げ機能、メモを書き込むといった「なぞって&タッチ機能」は本製品でも健在だ。

新機能「学習帳」を使えば、本分の任意の部分をスクラップできる。ここではまず学習帳の見出語となる「島尾敏雄」をスタイラスで選択し、下段に表示される「学習帳作成」を選ぶ学習帳の作成画面。新たな見出語を登録するため、ここでは「新規に作成」を選ぶ見出語が「登録名002」のままなので、修正のためにタッチする
さきほど選んだ「島尾敏雄」が見出語として自動入力された。決定キーを押すと、島尾敏雄についての情報をスクラップするための見出語の作成が完了する元の画面に戻り、島尾敏雄について登録したい情報をなぞって選んでいく。ここでは著作について選択したのち、さきほどと同様に下段から「学習帳作成」を選ぶ学習帳作成画面。さきほどとは異なり、登録済みの見出語「島尾敏雄」を選ぶ
1つの見出語につき3つまでの情報を登録できる。現時点ではまだ何も登録されていないので、とりあえず内容1をタッチするさきほど選択した著作名が内容1に登録された。確認して決定キーを押せば登録完了同じ要領でほかの情報も登録していく。登録した情報は非表示モードを用いて暗記チェックを行なうことが可能

●マニュアルの内容を本体に内蔵し、付属冊子がなくとも使い方を確認できる

 以上見てきた通り、学習・教養を重視したコンテンツや機能が多数盛り込まれた本製品なのだが、このほかにも地味ながらすぐれた改良がいくつか施されている。その1つに、製品マニュアルを本体内に内蔵していることが挙げられる。

 従来の電子辞書では、製品に紙製の分厚いマニュアルが同梱されており、各機能やコンテンツについて知りたければページをめくって参照する必要があった。電子辞書に内蔵してくれれいいのに、と思っていたユーザーも少なくなかっただろう。

 今回の製品では、このマニュアルのほぼ全文が「使い方説明」として本体内に収録されており、いつでも参照できるようになっている。現状ではまだ検索機能が貧弱で、とりあえず説明書を辞書の中に入れてみましたという感は拭えないのだが、製品の購入後すぐに辞書本体だけを持って外出することができるのは大きなメリットだ。

 もちろん内蔵マニュアルだけでは、電源が入らないといったトラブルシューティングに対応できないし、辞書コンテンツを参照しながら内容を確認できないという弱点もある。しかしながら、PC周辺機器などでは初期設定マニュアル(紙)+詳細マニュアル(PDF)という組み合わせが一般的になっており、省資源化という観点からも正しいアプローチであるように思われる。他社も含めて今後もこうした取り組みが引き続き行なわれることを要望したい。

本製品はマニュアルを本体に内蔵する。「使い方の説明」という直感的に分かりにくいタイトルはどうかと思うが、紙製の分厚いマニュアルを参照しなくて済むようになることは素直に歓迎したい。検索性の向上は今後の課題だPCと接続するためのユーティリティは、従来のCD-ROM添付から、本体内蔵へと変更された

●タッチ操作のユーザビリティや階層構造の見直しが望まれる

 前回の製品ではテキストメモなど、やや突飛な機能を追加したシャープのBrainシリーズ。今回のモデルでもこうした機能はもちろん健在なのだが、新たに追加された動画コンテンツや学習アプリは、むしろ電子辞書本来の目的に立ち返ったものだと言える。結果として従来の生活総合モデルとはやや異なるテイストに仕上がってはいるものの、電子辞書らしい製品であると言えるのではないかと思う。

 難があるとすれば、機能やコンテンツ以前に、スタイラスだけで操作が完結しないケースが依然多いことだろうか。同社のBrainシリーズがメイン画面と子画面のツインタッチ対応になって久しいが、メイン画面をタッチしながら操作をすすめていって、最後の決定キーだけはキーボードのボタンを押さなくてはいけない、といったケースがいまだに多いのである。タッチ操作はスタイラス、キー操作は指を用いて行なうわけであり、両者が混在すると操作が分断されてしまう。実際に使っていて、これはかなりのストレスである。

 同じくツインタッチ対応のカシオ製品では、メイン画面の端に決定キーなどを備えたクイックパレットを搭載することによって、おおむねタッチパネルだけでインターフェイスが完結するように工夫されている。カラーマーカー機能やジャンプ機能など、スタイラスを用いたすぐれた機能が多いだけに、こうしたユーザビリティ面についてはいまいちど見直ししてほしいと思う。

 もう1つ、動画や学習アプリ、さらにマニュアルを追加したことによって、Home画面がわかりづらくなってしまっている点も気になる。例えば動画はHome画面にアイコンが置かれているのだが、学習アプリは辞書のコンテンツの1つとして位置づけられており、Home画面にはアイコンはない。また、どう考えても辞書ではないマニュアルについても、辞書メニューの中に置かれているといった具合で、非常に探しにくい。次期モデルではぜひとも再考してほしいところだ。

 最後に余談だが、今回の製品を使っていて個人的に感じたのは、Amazon Kindleに代表される電子ペーパー端末には難しい機能が搭載されつつあることだ。カラー画面、動画再生、そしてタッチ操作と、いずれも多くの電子ペーパー端末が苦手としている点ばかりだ。電子書籍端末としての一面も持つBrainシリーズが、こうした電子ペーパー端末との差別化をはかりつつあるように思えた。

【表】主な仕様
製品名PW-AC910
メーカー希望小売価格オープン価格
ディスプレイ5型カラー
ドット数480×320ドット
電源リチウムイオン充電池/ACアダプター
使用時間約100時間
拡張機能microSD、USB
本体サイズ(突起部含む)145.6×105.3×20.8mm(幅×奥行き×高さ)
重量約324g(電池含む)
収録コンテンツ数100(コンテンツ一覧はこちら