■大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」■
渡辺朱美氏 |
2012年4月1日付けで、レノボ・ジャパンの社長に日本IBM出身の渡辺朱美氏が就任してから約50日を経過した。「社長就任の話をいただいたときに感じたのは、私にうってつけの仕事であるということ。ThinkPadとは赤い糸で結ばれていたことを感じた」と渡辺社長は振り返る。
実は、渡辺社長は、日本IBM時代にThinkPadの開発に携わった経験を持つ。ThinkPadの開発を行なうレノボの大和研究所には、当時、一緒に働いた社員も少なくない。その渡辺社長が目指すのが、「オープンで、元気なレノボ・ジャパン」。前任のロードリック・ラピン会長が築いた社風をさらに加速させる考えだ。そして、「今年は製品ブランドの強化を進める一方、Ultrabookを中心に、セクシーで、魅力的な製品も投入していく」と意気込む。目指すのは2年後の国内シェア10%獲得。渡辺新社長に、レノボ・ジャパンの取り組みについて聞いた。
●初代ThinkPadの開発に携わった渡辺社長日本IBMではシステム製品担当役員などを歴任。BtoBビジネスでも長年の経験を持つ |
--冒頭に不躾な質問ですが(笑)、そもそも、なぜ日本IBMからレノボ・ジャパンの社長に転身することになったのですか。むしろ、日本IBM時代の渡辺社長は、メインフレームであるzシリーズ事業部長やサーバーなどのシステム製品事業担当役員といったイメージが強いのですが。
渡辺 意外に思うかもしれませんが、このお話しをいただいたときに感じたのは、「これは私にうってつけの仕事である」ということでした。というのも、私は、日本IBM時代に、ThinkPadブランドで展開する以前のポータブルPCやラップトップPCの開発にも携わってましたし、ThinkPadも初期モデルから3機種は、直接開発に携わっていました。つまり、「ThinkPadとは赤い糸で結ばれている」と(笑)。今でも、レノボの大和研究所には、当時から一緒に働いていた社員が多いですよ。
--ThinkPadの生みの親と言われる内藤在正副社長には何か言われましたか(笑)。
渡辺 「また一緒に仕事ができるね」という言葉とともに、「これからは朱美ちゃんとは呼べないなぁ」と(笑)。
--PC事業のどこに興味を感じたのですか。
渡辺 BtoB型のビジネスも大変面白いビジネスだと感じています。しかしその一方で、かつてThinkPadのビジネスに携わったときに、BtoCビジネスのスピード感や、激しい競争のスリリングさを経験しました。こうしたスピード感を持ったビジネスの世界で、もう一度戦ってみたいと考えました。さらに、レノボは大きな成長を遂げている会社であり、そこにも大きな魅力を感じました。また、法人向けPCとしてはナンバーワンのシェアを持つ、「ThinkPad」という競争力のある製品を持っている強みも大きい。私にとって、大変魅力的な仕事だといえます。
--実際にレノボ・ジャパンの中に入ってみて感じたことはありますか。
渡辺 正直なところ、IBMがPC事業をレノボに売却した時点では、「果たして、うまくいくのかな」ぐらいの印象でしたし、またその後も苦労しているという印象がありましたから、その時のイメージを引きずったままでした。その点では、レノボという会社を誤解して見ていたともいえます。接点を持ち始めてわかったのは、社員に活気があること、そして、高いスキルを持った、多様性のある社員によって構成されており、会社の成長にも勢いがあるということです。現在、ワールドワイドでは12四半期連続でシェアを伸ばしていますし、そのうち10四半期が最も高い成長を遂げた。また、日本でも11四半期連続でシェアを拡大しているということからも、その勢いがわかると思います。
●オープンな社風をさらに加速する
--渡辺社長体制になって、レノボ・ジャパンが変わるところ、また変わらないところはどこですか。
渡辺 私の性格は、オープンであり、元気なところです(笑)。渡辺カラーというものがあるとすれば、それは、この性格を活かして、社員が元気に働ける環境を作ること、喜びをもって働ける環境を作ることです。そして風通しのいいオープンな会社であることをもっと加速したい。これらは、前任のロードリック・ラピンが作り上げてきた文化でもありますが、私自身も、社員がイキイキと、元気に働かなくては、会社が伸びないという同じ考え方をもっています。
また、オープンという点では、私のキャラクターの1つに、「なんでも言いやすい」というところがありますから、それを活かしたい。社長就任後に「目安箱」を作り、社長宛になんでもいえる環境を作ったのもその1つです。すでにいくつかの意見が寄せられました。その一方で、もう1つ取り組んでいきたいことは、エンドユーザーにレノボの製品を買いたい、使いたいと思ってもらえること、そして買い換えるときには、またレノボを選びたい、というループを作ることです。日本のユーザーにとって、魅力を感じてもらえる製品の投入に力を注ぎたいと考えています。
--渡辺社長がお手本とする経営者はいるのですか。
渡辺 1人は米IBMのCEOを務めたルイス・ガートナー氏です。1990年代に、米IBMにおいて、過去の成功を是とせず、古い手法を捨てきれない人たちを対象にした大胆な変革を行ないました。しかし、重要なのは、その後も常に改革に挑み、それをやり遂げる体質を、IBMのカルチャーとして定着させたことです。これをレノボ・ジャパンの中にも定着させたい。
もう1人は、極めて身近な経営者ですが、ロードリック・ラピンの変化に対する対応スピードの速さ、そして社員をやる気にさせ、チームのモチベーションを高める経営手法はお手本にしたいと考えています。
--ラピン会長との役割の分担はどうなりますか。
渡辺 NECパーソナルコンピュータとのジョイントベンチャーとしての取り組みは、わずか3四半期しか経過していません。まだまだ相乗効果を出していかなくてはなりません。その分野に対して、ロードリック・ラピンが注力できるようにするため、レノボ・ジャパンのオペレーションを担当するというのが私の役割です。こうした体制によって、日本におけるレノボ・ジャパンのビジネスを拡大していくことになります。
●日本で開発する強みと、ブランド認知度の課題--レノボの強み、そして課題はなんであると考えていますか。
渡辺 強みは、先にも触れましたがThinkPadという魅力的な製品を持ち、これを日本の大和研究所で開発している点があげられます。日本で開発するということは、ワールドワイドでみても、日本のユーザーにとっても大きなメリットがあります。ご存じのように、日本のユーザーは世界で一番品質にこだわる。ビジネスモバイルとしての堅牢性はもとより、キーボードの使い心地1つをとっても、厳しい評価を下します。それを反映したモノづくりを行なえるのは、そうしたニーズを熟知した日本の大和研究所で開発しているからです。結果として、ワールドワイドのユーザーに対しても、信頼性の高い製品を提供することにつながります。
また、日本のユーザーにとっては、すぐに自らの要求を反映しやすい環境が整っているともいえ、これも大きなメリットにつながる。そこに加えて、世界第2位の生産量を誇る調達メリットが活かされることになります。また、世界のPC市場で第2位のシェアを持つ企業であるにも関わらず、ディシジョンが速いというのも強みです。その理由の1つに、重要な意思決定をローカルに委譲している点が見逃せません。最終利益目標達成に対する厳しさは当然ですが、それを実現するための意思決定の多くがローカルに任せられていることで、クイックに行動に移すことができる。これは他の外資系企業とは異なる強みだといえます。これまでの経験から比べても、ローカルへの委譲の大きさには正直驚きました。
一方で課題をあげるとすれば、日本国内におけるブランドの浸透度が、まだ低いという点です。ビジネスは急速に成長しているが、国内における認知度を、もっと高めていく必要があります。昨年から、中田英寿さんをブランドアンバサダーに起用した「LENOVO FOR THOSE WHO DO.」というキャンペーンを展開し、日本においての少しずつ認知度を高めることには成功していますが、引き続きこの取り組みを行ない、これまでの企業ブランドの認知度向上だけでなく、製品ブランドの認知度も高めていきたい。
さらにもう1つ課題をあげるとすれば、ビジネスが急成長していますから、その裏返しとして、行き届いていない部分がいくつか出てきているという点です。これを改善していくことも必要です。これからも継続的な成長を見込んでいますから、早期に解決していく部分でもあります。
--日本IBMでの経験をもとに、経営面での課題解決を図るということもありますか。
渡辺 日本IBMは、エンタープライズカスタマーを中心としたビジネスですから、直接、その手法を活用できる部分は少ないといえますが、一例を挙げれば、レノボ・ジャパンの大規模顧客向けの営業部門では、さらに営業スキルを高め、製品の良さを訴求する体制を作る必要があるでしょう。PCの省エネ性能を訴求し、レノボのPCは夏の電力不足への対応においても効果があることを提案する、といったことも積極的に行なっていく必要があります。お客様の課題を解決するという観点からの提案力の質を高めることには力を注ぎたいですね。
同時に、大企業向けビジネスの拡大に応じて、営業部門の陣容を拡大していくことも考えていくつもりです。一方で、日本IBMではシャドープログラムという手法が定着しています。これは、日本IBMで、かつてPC事業を担当していた堀田一芙さんが始めたもので、商談などの際に、自分の隣にもう1人社員を同席させ、同じ経験をさせるというプログラムです。社員の育成という観点から、レノボ・ジャパンの社長として、これを実践していきたいと考えています。
●2年後にレノボ単体で10%の国内シェアを目指す
--渡辺社長体制としての最初のゴールはなんですか。
渡辺 もちろん最終利益というのはありますが、レノボとNECがジョイントベンチャーを開始したときに、3年後にシェア30%という目標を掲げていますから、その達成が1つのゴールとなります。最新データとなる2012年1~3月の国内PC市場におけるレノボ・ジャパンのシェアは8%弱でした。3年前に比べると約2倍に成長していますが、まだまだ成長機会はあります。現時点でレノボとNECをあわせたシェアは約25%となりますが、仮にNECが20%のシェアを取るのであれば、レノボ・ジャパンは10%のシェア獲得が達成の条件となります。
--レノボ・ジャパンのシェア10%獲得に向けてはどんな取り組みを行ないますか。
渡辺 レノボは、グローバルで「プロテクト&アタック」という方針を掲げています。プロテクトする領域および製品、アタックする領域と製品を明確にし、それに向けた施策を展開するという手法で、これまでの日本における急成長も、この方針を実践したことが大きいといえます。
日本市場においてプロテクトする領域は、レノボ・ジャパンが強い領域であり、他社にはシェアを譲らずに事業を展開する分野。つまり、大企業を中心とした法人向けPC市場となります。今、レノボ製品を使用しているお客様をプロテクトするとともに、この分野での成長も見込みたい。具体的な取り組みとしては、カスタマー・アドバザリー・カウンシルという仕組みを通じて、お客様の声を直接聞くといったことを行ない、これを法人向けPCの開発などに活かしています。
--では日本におけるアタックの領域はどこになりますか。
渡辺 中小企業向けPCとコンシューマ向けPCとなります。ここはレノボにとって、伸びしろがある分野ですから、果敢に攻めていきたいと考えています。この分野で鍵になるのはパートナーとの連携です。パートナーが売りやすい環境を作るために何をしたらいいのか。そこに力を注ぎます。
まずは中小企業向け市場に展開するパートナーに対しては、これまで活用しにくいとの指摘があったパートナー向け情報提供サイトの「レノボ・パートナー・ポータル」を改善し、同サイトを通じてパートナーが販売する際に活用できる各種ツールを提供していきます。
また、2011年から「レノボ・ライブ」の名称で実施しているパートナー向けの製品紹介の場を充実させ、レノボ製品に対する理解を深めることにも取り組みます。一方で、量販店を中心としたコンシューマ向けPC分野においては、量販店向けのレノボ・ライブの開催とともに、2011年8月から、ビックカメラ有楽町店を皮切りに、ショップ・イン・ショップ形式の「レノボカタスムショップ」を展開しました。これまでにビックカメラで3店舗、ベスト電器で1店舗に出店しています。これを、年度内には最大で10店舗程度にまで拡大していきたいと考えています。レノボカスタムショップでは、レノボショップアドバイザーが常駐し、ThinkPadシリーズなどを実際に手にとりながら、構成の相談をしたり、製品を注文できるようになっています。
--しかし、中小企業分野やコンシューマ分野は、NECパーソナルコンピュータと直接競合する領域でもありますね。
渡辺 一見、そう見えるかもしれませんが、NECパーソナルコンピュータはハイエンドを中心とした製品ラインアップであるのに対して、レノボ・ジャパンはエントリーモデルが多いという点からみると、むしろ、違うところで展開しているともいえます。これまでの3四半期に渡るジョイントベンチャーの成果がうまくいっているのは、両社がすべてにおいて補完関係にあるからです。
IT業界では、これまでにも数多くのジョイントベンチャーが生まれましたが、大抵は一時的にシェアが落ちます。それはどうしてもバッティングする部分が出てくるからです。しかし、レノボ・ジャパンとNECパーソナルコンピュータは、9カ月を経過しても、ともにシェアが上昇しています。1+1が2以上になった例を、私は初めてみましたよ(笑)。
NECは、国内PC市場において、30年間に渡りトップベンダーであり、アフターサービスでも高い評価を得て、販売拠点の数は圧倒的に多い。これに対して、レノボ・ジャパンは、ThinkPadというイノベーティブな製品を持ち、グローバルでの強みを発揮した製品づくりをしている。直接競合の領域はほとんどないといえ、今後も両社の強みがそれぞれに発揮できると考えています。
--NECパーソナルコンピュータとの提携範囲は、今後も広がりますか。
渡辺 すでにコンシューマ製品向けのコールセンター業務をNECパーソナルコンピュータに委託し、今後は、法人向けPCにおけるカスタマイズにおいても、NECパーソナルコンピュータの米沢事業場を活用することを検討しています。NECパーソナルコンピュータの高塚栄社長とは、「どんなところで協業ができるか、もっと踏み込んだ検討をしていきましょう」ということで話をしています。
Go To Marketの部分では、協業は難しい部分もありますが、それ以外の領域では協業できるものが多いと考えていますから、製品開発やアフターサポートなどの領域における協業は、ますます進むことになります。そして、これまでには表面化していない領域においても、協業を進めていくことになるでしょう。
●レノボが打ち出した「PCプラス」とは?
--レノボグループでは、グローバル市場に向けて「PCプラス」というコンセプトを新たに発信しましたね。この狙いはなんですか。
渡辺 「PCプラス」は、情報にアクセスするデバイスとして、PC以外にもいくつかのデバイスが増えてきたことを背景に、レノボグループが提案した新たな考え方です。
タブレット端末やスマートフォン、あるいはスマートTVなどが登場していますが、レノボでは、これらの製品は、PCを駆逐するものではないと位置づけ、引き続きPCの需要は変わらないと予測しています。この予測の前提には、PCは、キーボードを活用した入力デバイスとして、また新たなものを作る創造型デバイスとしての活用シーンで威力を発揮すること、その一方で、PC以外のデバイスもそれぞれに適した用途で活用されるようになる、という見方をしていることがあげられます。こうした環境において、PCを核にしながら、それぞれのデバイスを統合したソリューションを提供していくというのがPCプラスの基本的な考え方です。
中国市場においては、PC、タブレット、スマートフォンに加え、2週間前に初めてスマートTVを発表し、「フォー・スクリーン・ストラテジー」を開始しました。この4つのスクリーンによる事業を、まずは中国で展開し、その成果を踏まえて、ほかの国にも展開することになります。
--日本においては、「PCプラス」あるいは「フォー・スクリーン・ストラテジー」はどう展開していきますか。
渡辺 日本においては、中国に比べPCの市場シェアが低いという状況ですし、まずは2桁のシェア獲得が前提となります。また、スマートフォンやスマートTVを展開するにも、コンシューマ分野における基盤がなければ成功にはつながりにくいと思います。
今は、日本において、そこまでの基盤がまだ出来上がっているとは言い切れません。現時点では、日本で4つのスクリーンのすべてをやるかどうかを決める段階ではないと考えていますし、日本の電機大手がテレビ事業で利益を出せていない状況なども、しっかりと検証する必要があります。市場動向の行方や、中期的な事業戦略の方向を捉えながら決めていくことになるでしょう。しかし、4つのスクリーンのうち、PCとタブレットについては積極的に取り組んでいくつもりです。
1月のInternational CESでレノボが展示したUltrabook |
--日本のユーザーは、PCとタブレットにおいて、どんな点に期待をすればいいですか。
渡辺 とにかく2012年は、PCとタブレットの品揃えを強化していきます。とくにUltrabookでは、セクシーで、魅力的な製品を投入します。タブレットについても重点製品の1つに捉えて事業を拡大していくつもりです。こうした魅力的な製品群の投入によって、レノボブランドだけでなく、製品ブランドそのものの認知度も高めていきたいと考えています。
--ちなみに、Ultrabookはどんな点がセクシーで、魅力的なのですか?
渡辺 レノボのUltrabookは、まもなく日本のユーザーの方々に、ご紹介できるようになります。これは、「百聞は一見にしかず」です。私がお話するよりも、ぜひ、直接、製品を見て、触っていただければ、セクシーさと、魅力を感じていただけるはずです。楽しみにしていてください。