大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

エプソンが新興国市場で本格化させるインクカートリッジ交換不要プリンタ



 セイコーエプソン(以下、エプソン)が、大容量インクタンクを搭載したインクジェットプリンタを、新興国市場向けに出荷している。

 2010年10月からインドネシアで販売を開始。さらに、12月からはタイの文教市場向け製品として投入。2011年1月からは、インドにおいて、特定分野向けに限定して販売を開始したところだ。

 インドネシアにおけるエプソンの市場シェアは約30%といわれ、大容量インクタンクの発売が、シェア拡大にも寄与しているという。

 セイコーエプソンの碓井稔社長は、「ようやく新興国市場における、プリンタのビジネスモデルが確立できそうだ」と、大容量インクタンク搭載プリンタの事業に期待を寄せる。

●新興国向けに新開発したプリンタ

 エプソンが新興国向けに発売している大容量インクタンク搭載インクジェットプリンタは、単機能プリンタ「L100」と、コピーやスキャナ機能を搭載したオールインタイプ「L200」の2機種。どちらも新興国市場向けに新たに開発したもので、主に、テキスト印刷の利用を中心としており、低ランニングコストで大量印刷を可能としているのが製品のコンセプトだ。写真の印刷などは想定しておらず、インドネシアでは、量販店などを通じて販売されている。

 同社では、「高い印刷性能とともに、印刷コストを削減しながら、手頃な価格で印刷ソリューションを提供することができる製品」と位置付けている。

エプソンが新興国市場向けに投入している大容量インクタンク搭載モデルのL100(右)とL200エプソンのL200はオールインワンタイプとなっている単機能プリンタとなるL100

 いずれの製品も、5,760×1,440 dpiの印刷解像度を実現するエプソンマイクロピエゾテクノロジーを採用。VSDT技術により、3種類のインク粒を活用することで、精度が高く、効率的な印字が可能になる。

 印刷速度は、モノクロ印刷では毎分27ページ、カラー印刷では毎分15ページを実現している。

 インクタンクには、3色のカラーインクと、黒インクが入る一体型ボックスが用意され、1色あたりのインク容量は70ml。またプリンタ本体を購入すると、補充用の黒インクが2本同梱されている。

 A4カラー印刷では約6,500枚の印刷が可能。モノクロ印刷では、同梱している2本の黒インクボトルを使えば、約4,000枚の印刷が可能だ。

 インクがなくなった場合には、ユーザーは補充インクを購入し、インクを補充することが可能となる。

大容量インクタンクが本体左横に搭載されるタンクの蓋を閉めて、上部からインクタンクを見たところ
インクタンクは4色に分割されているインクタンクからそれぞれにチューブでインクが供給される

 インクタンク、接続されたインクホース、特殊バルブカバーという3つのコンポーネントは、FIT技術と呼ばれ、プリンタ本体と連動した設計、インクの補充に最適化したタンクモジュールの開口部の実現、蓋の一部に採用した特殊フィルム層によるインクの水分蒸発速度を減らすための工夫などが凝らされている。

 また、インクホースもインクの水分蒸発速度を防ぐめたに2層の特殊な素材が採用されているという。インクを供給するバルブは、長期間使用しない場合には、インクの供給や流れを防止するための機構も用意されている。

 価格は、L100が142ドル、L200が186ドルとなっている。

インク補充時の注意を記載している4色の補充用インクが別売されている新興国市場向けのため説明に日本語はない。補充インクの容量は70ml

●価格設定を2.5倍にしても売れる理由とは

 従来、エプソンでは、新興国市場向けには、50ドル前後の低価格製品を市場投入しており、インクカートリッジで収益をあげるという、日本と同じビジネスモデルを採用していた。

 しかし、新興国では日本以上に互換インクが普及していたり、中には、エプソンのプリンタを改造して、インクタンクを独自に取り付けて再販するビジネスを行なう業者が登場したりといったことが起こっていた。

 「エプソンのプリンタは耐久性には高い評価がある。それを利用したビジネスがまかり通っていた」(碓井社長)というわけだ。

 エプソンでは、海外で流通する粗悪な互換インクを利用すると、印字品質が低下したり、故障する原因になるといったことを訴えながら、インクタンクを付属したプリンタの排除に取り組んできたが、成果はあまりあがらなかったともいえる。

 そこで、発想を大きく転換して、エプソン自らがインクタンクを付属した製品を開発し、インクカートリッジレスの構造を採用。インクの補充が必要になったら、補充インクを購入してもらう仕組みとしたのだ。

 価格は、従来モデルに比べて約2.5倍と引き上げられたが、業者が改造して販売しているプリンタの実売価格も、業者の利益を乗せるためそれに近い価格設定。エプソンの新たな価格設定は、市場にもスムーズに受け入れられ、しかも純正という安心感も提供できるという強みも生まれた。

 「新興国では、最終的なランニングコストはどれぐらいになるのかといったことを考えて購入するユーザーが多い。単にインクタンクを搭載というのではなく、そうしたユーザーの指向を捉えた上でのビジネスモデルの転換だといえる」と、碓井社長は自信をみせる。

 現在、新興国では、写真などの高画質の印刷需要よりも、低コストで、大量に文書を印刷できるプリンタに対する需要が高い。耐久性の高さも大きな魅力になる。

 碓井社長が、「新興国向けのビジネスモデルが確立できそうだ」とするのも、ここに理由がある。

●日本市場への新ビジネスモデルの導入はあるのか?

 エプソンは、日本国内でも、2010年5月から、大容量インクパックを採用したインクジェットプリンタ「EC-01」を発売している。

 インクパックを交換することなく、A4用紙で約8,000枚の印刷を可能とし、インク補充が必要になった際には、エプソンがプリンタ本体を回収し、インクを補充するインク補充サービスを活用する仕組みだ。

 エプソン販売の平野精一社長は、「まだまだ試験的な要素が強い製品。どんな需要があるのかを探っている」と話す。

 すでにいくつかの導入事例も出ている。

 大型タンカーでは、長期間航行する際に、艦内で利用するプリンタの補充用インクカートリッジを用意しなくて済むといったメリットがあるとして、交換不要のメリットが生かされる用途で導入されたという。

 また、耐久性と長期間利用できる同製品のメリットを生かしたレンタルビジネスを検討している業者もあるようだ。

 とはいえ、新興国では成果をあげはじめているプリンタの新たなビジネスモデルは、日本ではあまり成果はあがっていない。

 そのため、L100やL200を、日本国内に投入する計画は今のところない。また、EC-01の機能強化やラインアップの強化についても、いまのところ具体的な方針は明らかにされていない。

 日本では従来からの低価格でプリンタを販売。プリントアウト利用を促進することで、インクカートリッジの消耗量を増やし、それにより収益を得るというビジネスモデルを、引き続き踏襲していく姿勢は崩していない。

 新興国のビジネスモデルがさらに拡大すれば、いずれは日本に逆上陸するという可能性もあるだろう。しかし、その時期はかなり先ということになりそうだ。