大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

NECのPC事業は5年後も無くならない
~NECパーソナルプロダクツ 高須英世社長に聞く



高須英世社長

 「NECはなにも変わらない。5年後もNECブランドのPC事業は維持され、品質も変わらない」--。NECパーソナルプロダクツの高須英世社長はこう切り出した。

 NECとレノボの提携によって、NECのPC事業は大きな転換が見込まれる。部品調達での優位性を発揮できるようになる一方、品質やサポートの質的低下を指摘する声も出ているのは事実だ。また、提携条件のなかに盛り込まれた5年後にレノボが出資比率を引き上げることに関して、将来的なNECのPC事業売却の可能性を示唆する声もある。

 果たして、NECのPC事業はどうなるのだろうか。6月に設立する合弁会社「Lenovo NEC Holdings B.V.」の社長を務め、NECのPC事業を引き継ぐNECパーソナルコンピュータの社長に就任予定の高須社長に、これからのNECのPC事業の話を聞いた。

--レノボとの提携を発表した2011年1月27日には、社員に対して、どんな説明をしましたか。

【高須】今回の提携は、NECのPC事業にとって最高の選択肢である。そうした主旨の話をしました。これは私の本心なんです。リーマンショック以降、IT産業は2割も縮小した。この状況はもはや戻らない。では、地殻変動後の世界でどう生き残るかを、NECのPC事業に当てはめてみるとどうなるか。どうしても右肩上がりの絵が描けないのです。ここ数年、270万台の出荷規模で推移しているが、単価下落が進行しており、売上高という点でみれば、当然、右肩下がりになっている。収益性をみても、大規模な構造改革を実行することで対応してきたが、これからの価格下落、競争激化を考えると不安材料の方が大きい。そこに、レノボとの提携が実現した。これによって、我々は、右肩上がりの絵を描くことができるようになる。ゲームが大きく変わる。その点では、最高の選択肢になるわけです。

--変わるところ、変わらないところという観点では、それぞれどんなことがありますか。

【高須】もちろん、細かい部分での変化はあるでしょう。そして、右肩上がりの絵を描けれる理由の1つといえる調達面でのメリットも大きい。しかし、基本的な姿勢や方針は、変わるところは何1つありません。商品企画、生産、販売、サポート、そして製品品質、すべてにおいて変わるところはありません。これは自信を持っていえる部分です。

--例えば、商品企画においてはどうでしょうか。双方が持つ技術を採用するということができるようになりますね。

提携発表の場でも、両社のブランド維持が強調された

【高須】お互いにロードマップを見せあって、どんなものを開発するのかという話し合いの場はあるでしょう。そこで、真正面からぶつかる商品も一部にはあるはずです。しかし、今回の提携では、お互いのブランドを維持することが前提になっています。ぶつかる商品があるので、ここはどちらかが譲りましょうという話にはならないでしょう。ぶつかるならば、ぶつかるままです(笑)。私の責任はNECブランドのPCをいかに売るかということに尽きます。

 かつて、レノボは、IBMのPC事業を買収しましたが、その際には、すべてを中に取り込んだ。今回の提携は、それぞれが独立した体制を維持する点が大きく異なります。NECとレノボの関係は、協力する部分もあれば、日本市場においてライバル関係を維持する場面もある。双方の技術を採用するということは、当然出てくるでしょう。私は、NECブランドのPCを売るためならば、貪欲にレノボの技術を採用していきたい。レノボが持つ、短時間にPCを起動できるエンハンスド・エクスペリエンス機能などは魅力的ですね。日本のユーザーにとって、いいと思える機能はどんどん採用していきたいと考えています。

--レノボの量産化技術を活用して、より低価格な製品を投入するという可能性はありますか。

【高須】下方向へのラインアップ拡大という可能性はあると思います。しかし、品質という点では、NECが持つ基準をクリアしたものとして提供をしていく。低価格だからといって、「LaVie XX」や、「VALUESTAR XX」というような別ブランドのものを用意するのではなく、従来ブランドのなかで、それに合致する一定品質を持った製品によって、ラインアップ拡大を図ります。

--部品調達面ではNECの優位性が発揮されると言われていますね。

【高須】調達価格はNDA情報ですから、お互いにどれぐらいの価格で調達しているのかはわかりません。まだこれに関しては、具体的な話し合いはしていないのですが、NECに比べて約15倍の出荷規模を誇るレノボのバイイングパワーを生かせば、これまでの経験からも、部材コストの低減が図れるであろうことは容易に想像できます。7月1日からは、新たな体制として部材を調達できるようにすることが早急の課題ですね。

--CPUやOSのように調達する製品が同じものは、大幅なコスト削減という形でのメリットがありそうですが、部品のなかには品質の差に及ぶものも出てきます。これによって、製品全体の品質が落ちる可能性はありませんか。

【高須】部材コストのメリットと同時に、品質面でのデメリットというものが発生する場合には、NECは品質を優先します。つまり、部材調達コストのメリットを捨ててでも品質を維持する。NECブランドのPCを維持しつづけるには、この判断は不可欠なものなります。

--調達コストの削減で得た資金は、PCの最終価格に反映されますか。

【高須】もちろん、商品価格に反映される部分も一部にはあるでしょう。また、新たな開発投資に回すことも考えたいし、CS(カスタマー・サティスファクション)に反映させたいとも考えている。いずれにしろ、ここに右肩上がりの成長戦略を描けるようになったといえる理由があります。どんな点でユーザーのメリットとして還元できるかは現時点では明確にはできませんが、いずれにしろ「期待外れに、よくなったぞ」(笑)といわれるような形にしていきたいですね。

--生産面では、米沢事業場での生産体制の維持、これまでの台湾や中国のODMとの関係、そして、レノボの生産体制をどう活用するのかが気になるところですが。

【高須】レノボグループのサプライチェーンは世界最高のものが出来上がっていると感じます。ただし、それはグローバルでビジネスを展開する際に効果が発揮されるものであり、日本という個別の市場だけを見た場合には、最高の効果が発揮されるとはいえない部分もある。例えば、レノボのサプライチェーンに乗せてデスクトップPCを生産した場合、低コストで、一定品質を維持したものを生産できるが、市場投入までに時間がかかりすぎることになる。特に、法人向けのBTO(ビルト・トゥー・オーダー)対応などを考えると、むしろ効果を発揮しにくい。そこに米沢事業場での生産体制を活用するメリットがある。現在、米沢事業場で生産されるPCの3分の2が法人向けPCであり、そのほとんどがBTO対応によって出荷されています。ここはレノボ・ジャパンが日本で苦戦していた部分でありますから、米沢事業場のインフラを、レノボ・ジャパンが活用するということも、今後は検討されることになると思います。

 一方で、ODMとの関係ですが、NECが活用している4社のODMのなかには、レノボが活用していないODMとの取引がある。しかし、10年以上に渡って関係があり、当社の技術者が張り付いて、品質を維持するための努力を行ない、日本で設計、開発した製品の短期間での生産や、仕様の変更に対しても短期間に反映できる仕組みも構築している。信頼関係が確立しているODMとの関係を、7月以降に見直すというのは現実的ではありません。当面、現在のODMとの関係を維持しながら、最も良い方向を模索したいと考えています。

--NECでは、コンシューマ向け製品を中心にして、ODMからの完成品調達を加速していますね。レノボとの提携によって、これがさらに加速するのではないですか。

【高須】コンシューマ向けPCの完成品調達は約2年前から増やしています。ただ、2月に発表した春モデルを例にあげれば、すでに70%以上が完成品調達となっている。これ以上、完成品調達を増やすと、所要変動への対応、商品寿命の終わりのところでの対応などにも影響が出てくる。この水準を維持することになると思います。

--一方で、群馬事業場による修理保守、サポート体制は、レノボ・ジャパンにとっては魅力的ですね。

【高須】群馬事業場における修理保守体制、そして、都内大森の拠点を核としたコンシューマPC向けサポートセンターである121コールセンターの体制は、NECの高い顧客満足度を支える重要な拠点であり、その品質については業界随一という自信があります。これは、レノボ・ジャパンにとっても魅力的なインフラの1つだといえるのではないでしょうか。具体的な話し合いはこれからになります。

--販売面での協業では、どんなことが見込まれますか。

【高須】NEC本社の直販営業部門が、レノボブランドのPCを扱うことないと思います。それはユーザー側から要望があった場合での対応という範囲に留まるでしょう。また同様に、NECが持つ量販店ルートを、そのままレノボが活用するという商談も発生はしないでしょう。もちろん、販売ノウハウを共有するということはあるかもしれません。しかし、ここはNECブランドのPCと、レノボブランドのPCとの差異化部分ともいえますから、お互いに流通ルートを確立しながら展開していくことになります。

発表会ではNECパソコンの海外展開について触れられた

 一方で、海外ではレノボの販売網、サポート網をどんどん活用したいと考えている。日本の企業がグローバル化するのに従い、海外拠点でも日本の本社と同じPCを使いたいという要望がある。しかし、NECは海外PC事業から撤退していますから、サポートの面などで不安を感じたユーザー企業が、指定機種のなかから、NECのVersaProやMateを外すという動きがみられていた。単純計算で、年間10万台規模の機会損失があったという試算が成り立つ規模です。今回の提携によって、アジアに留まらず、ワールドワイドでの販売、生産体制が確立できることで、この機会損失がなくなるとみています。

--右肩上がりのビジネスを描くなかで、どんなゴールを想定していますか。

【高須】2012年以降には、両社あわせて、日本で30%のシェアを獲得したい。これにより、日本で圧倒的なシェアナンバーワンを獲得できる。その際に、シェアが低いレノボ・ジャパンのシェアを引き上げるという手もありますが、私は、あくまでもNECのシェアを引き上げることが仕事ですから(笑)、むしろ、NECのシェアの方を引き上げたい。いや、日本における長年の実績の上に、コスト競争力やサポート体制の充実、開発投資の加速という体制強化が整いますから、NECブランドのPCの価値がもっと高まることになる。NECのシェアが高まる可能性の方が高いという気持ちを私は持っています。現在、270万台の出荷規模ですが、これはボトムの数字になってくる。少なくとも2011年度は2桁増の300万台以上、2012年度はさらに上を目指していきます。この数字だけでも、NECが成長戦略に転換していくことがわかると思います。

--一方で、5年後にはレノボが出資比率を引き上げることができる条件がついています。5年後には、NECのPC事業が売却され、NECブランドのPCが無くなるという可能性は捨て切れません。

【高須】契約のなかでは、必ず提携関係を解消することを想定した内容も盛り込まれることになる。その1つの条項として盛り込まれたものであるというのが私の理解です。これが実行されるかどうかとは別の話だと捉えています。もし、5年後に、レノボが完全子会社化した場合には、日本国内におけるNECブランドによるPCは無くなります。その時点で、現在のシェア20%弱、売上げ規模で2,000億円の事業も無くなる計算になる。レノボにとってのメリットはまったくありません。そこまでして、レノボが完全子会社化に踏み切ると考えられない。今回の提携は、お互いを別会社として日本で運営していくことが基本です。日本におけるNECの存在感がますます高まれば、NECのPC事業は日本において継続し続けるということになる。私はそう考えています。

1月27日に行なわれたレノボとNECの提携発表会における両社首脳陣

--ところで、レノボとの提携発表の当日、決算発表の席上では、2010年度のPCの出荷計画を、260万台から、270万台に上方修正しましたね。この理由はなんですか。

【高須】量販店における個人向けPCの販売が好調であること、企業向けにおいてもIT投資意欲の回復感がみられはじめたことが要因です。とくに個人向けPCでは、一体型デスクトップPCの評価が高い。前年度には、スクールニューディールによる学校案件が増加したこともあり、比較すると前年実績を若干下回る計画となりますが、それでもほぼ横這いというところまでは想定できた。しかし、舌の根も乾かないうちで申し訳ないのですが、Intelのチップセットの問題が発生したことで、2月、3月の出荷台数がまったく読めなくなった。270万台の上方修正値は、残念ながら到達しないというのが今の判断です。それでも、260万台の当初計画はなんとしても達成したいと思っています。