大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

ThinkPadが、米沢で生産される日
~レノボとNECが提携で得たメリットを検証する



●「同じように提携を考えていたことがある」と富士通・山本社長

決算会見で「両社の提携には驚いた」とコメントした富士通の山本正己社長

 1月28日午後4時から行なわれた富士通の2010年度第3四半期決算発表には、当初予定にはなかった山本正己社長が、その日になって急遽出席することが決まった。

 会見の席上、質問がNECとレノボの提携に及ぶと、自らもPC事業を担当してきた経験を踏まえながら、「正直なところ、驚いた」と切り出す一方、「富士通も、かつてはNECと同じような戦略のもとで、候補を考えていたことがあった」という事実を明かした。

 2005年に、IBMがPC事業をレノボに売却した頃、富士通にもいくつかの打診がきていたようだ。それが売却なのか、買収なのか、合弁なのかについては深くは語らなかったが、当時、東芝にもIBMのPC事業を買収してほしいという提案が行なわれていたことを、昨年(2010年)末に、東芝の西田厚聰会長が別の場で明らかにしており、2005年を前後して、多くの提案が飛び交っていたことが伺い知れる。

 山本社長は、「NECとレノボの提携が、富士通にとってどんな脅威になるのか、そしてチャンスはなにかということを捉え、PCビジネスを進化させたい。富士通が目指すヒューマンセントリックなインテリジェントソサエティの実現のためには、携帯電話やPCはインターフェイスとして重要である。私の個人的な意見だが、PCはコモディティ化されたといわれるものの、iPadに代表されるような新たな価値を持った製品へと進化しているのが現状だ。富士通のPC事業は、1社で開発から製造まで行なっている強みとスピードを生かして、富士通のビジネスとして成長させていきたい」と、NECとは異なる道を歩む姿勢を示した。

●NECが日本のPCメーカーで再び首位に

 NECとレノボの今回の提携は、業界にとって大きな衝撃を与えたのは、富士通 山本社長のコメントからも裏づけられる。

 1982年に発売したPC-9801によって、50%を超えるシェアを獲得していたNECは、「ガリバー」と称されるほどの圧倒的な地位を獲得。だが、その後DOS/Vの登場、Windowsの広がりとともに、NECのシェアは減少。海外への進出も、米Packard Bellの買収により、足がかりを掴んだものの、その後の経営統合戦略につまずき、結局、手放すことになってしまった。

会見で握手するNECの遠藤信博社長(右)と、レノボ・グループのユアンチン・ヤンCEO1982年に発売したPC-9801を端に、NECは「ガリバー」と称されるシェアを築き上げた

 その一方で、東芝、ソニー、富士通は着実に国内シェアを拡大。同時に、海外戦略にも弾みをつけてきた。

 2010年度の出荷計画を比較すると、東芝が約2,500万台、ソニーが880万台、富士通が580万台。NECは、1月27日の決算発表の席上、2010年度の出荷計画を10万台引き上げたが、それでも出荷台数は270万台に留まり、その差は歴然だ。

 主要部品を外部から調達し、生産も外部委託する水平分業型のビジネスモデルが定着しているPC事業においては、規模を追求することが収益性を高め、優位性を発揮することにつながる。NECは、そのビジネスモデルに追随できない状況にあったのは事実だ。

 だが、レノボとの提携によって、出荷規模は世界第4位の3,000万台以上に膨れ上がる。日本のPCメーカーとしては一気に首位に立つことになる。

 今回の提携において、NECは、レノボが持つ規模を生かした調達が可能になるというメリットがあるほか、アジアを中心に世界に進出している日本の企業に向けて、レノボの販売/サポート体制のインフラを活用することができる。

 NECブランドのPCが、より価格競争力を持った形で市場投入できる可能性が生まれるというわけだ。

 一方、レノボにおいては、苦戦している日本の市場シェア拡大に弾みをつけることができる。

 それは、レノボ・グループのユアンチン・ヤンCEOが、「中国でナンバーワンシェアを持つレノボは、今回の提携によって、日本でもトップシェアを獲得することになり、世界3大市場(もう1つは米国)のうち2つの市場で首位になる」という発言からも明らかだ。

●大和研究所と米沢事業場の統合はあるのか?

 では、こうした双方のメリットを前提として、両社の製品、拠点がどうなるのかを探ってみたい。

 NECパーソナルプロダクツの高須英世社長は、会見終了後、筆者の質問に対して、「レノボが持つ技術を、NECの製品の中に取り込んでいきたいと思っている。ThinkPadの技術が、LaVieに活用されたり、またその逆といったことも考えられるだろう」とコメントした。

 「具体的な技術や製品といったところまでは話をしていないが、ThinkPadの技術の中には、魅力的なものがある。これを活用していくこもとできる」と続け、それぞれのブランドを維持しながらも、技術的に補完できるところは補完していく姿勢をみせる。

 だが、これが双方の開発拠点であるレノボの大和研究所、NECパーソナルプロダクツの米沢事業場の統合につながるのかというと、そうでもなさそうだ。

かつての日本IBM敷地内の大和研究所に置かれていた歴代のThinkPadシリーズNECパーソナルプロダクツ 米沢事業場米沢事業場の肝となる、法人向けPCのカスタマイズ対応を行なう「カスタマイズセンター」

 大和研究所は、2010年12月に、日本IBMの大和事業所の中から、神奈川県横浜市みなとみらいへと移転。IBMの敷地内から抜け出した。振り返れば、これも今回の提携を捉えた準備と言えなくもない。

 レノボ・ジャパンのロードリック・ラピン社長は、昨年10月の本誌インタビューで、「大和研究所は、これまで20年続いてきたように、これから20年間続く研究開発拠点として新たな投資をした。革新的な製品開発をこれまで通りに続けていく」と発言していた。大和研究所は、横浜に移転してもその名称を継続し、ThinkPadを中心とした研究、開発を続けることになる。

 だが、大和と米沢には決定的な違いがある。

 それは、大和研究所は、レノボ・グループのイノベーショントライアングル(中国、北米、日本)の1つに位置づけられる研究開発拠点であり、レノボ・ジャパンという国内販売会社の役割とは一線を引き、グローバル製品の開発を担う拠点となっていることだ。

 それに対して、NECパーソナルプロダクツの米沢事業場では、日本市場を対象にした製品開発を行なっており、そのターゲットは大きく異なる。

 米沢事業場で展開している「元気な米沢」活動は、日本のユーザーが求める要素を実現するための技術開発テーマが目白押しだ。スクラッチリペアなどの堅牢性技術、水冷PCなどにも採用された静音性技術、そして材質にまで踏み込んだエコ関連技術など、日本でニーズが高い技術に特徴を持つ。

 日本市場向けの製品開発をレノボが促進するのではあれば、レノボ・ジャパンとして、米沢事業場の研究開発力を活用するという動きがみられることになるだろうが、グローバル戦略を推進する上で、米沢事業場をレノボ・グループの中に取り込んで、大和研究所と統合するプランは、現時点では盛り込まれていないようだ。

 レノボ・グループのヤンCEOも、「体制については、短期的に現状を維持することになるが、長期的にはより効率の高い形にしていく必要があるだろう。だが具体的なプランがあるわけではない」とし、短期的な統合プランがないことを示す。

 同じPCの開発といっても、両拠点の役割はかなり違うといえる。日本の市場に特化した米沢事業場の研究開発部門は、当面の間、そのまま維持されることになりそうだ。

●生産面での国内連携はあるのか?

 そして、NECパーソナルプロダクツ米沢事業場には、研究開発の役割とともに、生産拠点としての役割を持つ。

 現在、ノートPCおよびデスクトップPCの生産は、ベースユニットを中国から調達するものの、最終アセンブリは、米沢事業場で行なわれている。工場内ではRFIDの活用や、検査工程の充実など、効率性と品質維持を実現した先進的な生産体制が確立されているのも見逃せない。

 その米沢事業場が持つ最大のメリットは、カスタマイズ(BTO)対応力だといえる。

 法人ビジネス、官公庁ビジネスが強いNECにとっても、米沢事業場の存在は極めて大きい。米沢事業場があるからこそ、法人市場において、NECは高いシェアを維持し続けているといっても過言ではない。

 一方で、法人向けとされ、付加価値的要素が強いThinkPadは、現在、香港の周辺地域で生産されているが、日本市場向けの製品に関しては、米沢での生産やアセンブリ、カスタマイズ対応への移行が可能ともいえ、レノボ・ジャパンにとっても、むしろメリットが出やすい協業ともいえる。

 法人向け市場の特性を考えれば、米沢でThinkPadが生産される日がやってくる可能性はあるといってもよさそうだ。

 ただし、コモディティ化が進展している個人向けPC分野に関しては、今回の提携によって、完成品による調達が増加する可能性は捨てきれない。米沢事業場における生産の役割は、少しずつ変化することにはなりそうだ。

●最大の提携成果を生むのは実は群馬事業場だった
提携の隠れた重要拠点となるNECパーソナルプロダクツ群馬事業場

 今回の提携を伝える報道では、米沢事業場の存続などには触れられているが、実は、早く効果が出そうなのが、NECパーソナルプロダクツの群馬事業場の活用だ。実際、高須社長も「群馬事業場の仕事が忙しくなる可能性がある」と言及する。

 群馬事業場は、かつてはデスクトップPCの生産拠点としてPC-9800シリーズの成長を支えた基幹工場であったが、2002年からPCおよび関連製品の修理、サポートなどを行なう拠点へと転換。NECが誇る「高い顧客満足度」を支える、迅速な体制、高いサポート品質での対応を実現しているのがウリだ。

 実は、レノボ・ジャパンが、日本での地盤づくりに苦戦を強いられていたのは、法人向けサポート体制の確立で後れをとっていたことが見逃せない。これが市場の約6割を占める法人ビジネスでのシェア拡大につながりにくい要因になっていた。

 現在、サポート業務に関しては、日本IBMに委託をしているが、レノボにとってはコスト負担が大きく、これ以上、サポート強化には踏み出しにくいという壁に直面していた。

 だが、今回の提携を機に、レノボ・ジャパンは、群馬事業場のインフラを活用して、一気に法人向けサポート体制を強化することができる。

 群馬事業場の役割は、レノボとの提携によって、ますます重視されることになる。

●販売体制での協業メリットはレノボ・ジャパンに作用

 販売体制における提携効果は、NECよりも、レノボ・ジャパンにメリットがある。

 残念ながら、レノボ・ジャパンの営業体制はまだまだ脆弱だ。それに対して、NECパーソナルプロダクツおよびNEC本体が持つ営業体制は、日本のIT業界の中では屈指のものだ。NECが、大手企業や官公庁需要で圧倒的な強みを発揮するのもこうした営業体制が確立されていることが大きい。

 NECブランドの企業向けPCであるVersaProやMateは、引き続き、NEC本体によって販売されるが、レノボ製品が、このルートを直接活用することがないとしても、そのノウハウを活かしたレノボブランドのPC販売といった形で、プラスの影響をもたらす可能性があるだろう。

 また、ディストリビュータチャネルとのパートナーシップや、大手量販店への提案でも、NECには一日の長がある。売り場提案などのノウハウは、家電量販店との長年のパートナーシップによって築き上げられたものであり、ここでも、両社の協業関係が確立すれる可能性がある。

 NECパーソナルプロダクツのある社員は、「販売条件さえきちっとしてもらえば、我々の力でThinkPadのシェアを引き上げる自信がある」と断言する。NECパーソナルプロダクツは、日本国内における販売体制には絶対の自信を持っているのだ。

 一方、レノボ・ジャパンのラピン社長は、「パートナーに積極的に取引してもらえる会社を目指したい」とコメント。NECの強みを活かして、パートナー販売の拡大を目論む。レノボ・ジャパンは、NECの販売インフラを活用することで、日本におけるシェア拡大に、さらに弾みがつくと期待しているのだ。

 「レノボとの提携によって、圧倒的ナンバーワンシェアの獲得を目指す」と、NECパーソナルプロダクツの高須社長は語る。圧倒的シェアのボーダラインを、高須社長は、30%に置く。両社合計のシェアは、最新四半期のデータで26%。1+1の結果を2以上にする考えだ。

●レノボ・ジャパンの中にNECの企業文化を植え付ける

 一方で、レノボ・ジャパンの社長を務めるラピン氏は、日本の文化にも精通し、日本人が働きやすい環境構築や、日本ならではのパートナーとの連携を模索してきた経緯がある。いやむしろ、ラピン氏が社長就任以来こだわってきた部分でもある。

 提携会見の席上でも、「NECとレノボの長所を活かしたコーポレートアイデンティティの構築にも取り組みたい」とし、レノボ・ジャパンの社内文化のなかに、NECが持つ日本の企業文化を取り込む姿勢をみせた。

 これが、どんな形でレノボ・ジャパンに植え付けられるのかも注目しておきたいポイントだ。

●タブレット端末事業は本体に残すNEC

 NECは、現在のNECパーソナルプロダクツのPC事業を分離して、NECパーソナルコンピュータ株式会社を設立する。

 同社は、レノボが51%、NECが49%を出資する合弁会社「Lenovo NEC Holdings B.V.」の100%子会社となり、NECパーソナルプロダクツから約1,500人が異動する。

 新たな会社名にも意味がある。

 パーソナルプロダクツから、パーソナルコンピュータへと変更したのは、まさにPCを扱う会社だからだ。

 そこには、WindowsベースのPC事業は、新会社に移行するものの、Androidベースの新端末はNEC本体に残すという意味が込められている。

NECはクラウド端末を情報消費型端末と位置づけ、PCと同等の市場規模になると予測する

 業界内では、タブレットの表現について、「タブレットPC」とはWindowsベースのもの、「タブレット端末」とはAndroidやiPadベースのものを指す、という流れができようとしている。今回の新社名も、それに習うと、WindowsベースのPCを扱う会社であるということを明確に示したものだといえる。

 提携会見でも、NECの遠藤信博社長は、「今後、タブレット端末などの開発、生産、販売に関する協力や、サーバーなどのITプラットフォーム製品の販売協力などの提携領域を模索していく」としたが、これはNECの立場として、提携をしていくというものであり、新会社のNECパーソナルコンピュータの中で扱うものではない。

 実際、NECでは今回の提携発表と前後して、Andorid端末であるLifeTouchブランド製品の担当を、NECパーソナルプロダクツから、NEC本体のパーソナルソリューションビジネスユニット傘下のパーソナルソリューション事業本部へと移管することを決定している。

 新たな端末をNEC本体で継続することの裏返しが、新社名にも表れているといっていいだろう。

 NECでは、PCを「情報生産型端末」とする一方、Androidによる新端末を「情報消費型端末」と位置づけ、2012年度には、メディアタブレットと電子書籍とをあわて約6,000万台の市場が全世界で創出されると予測している。これに全世界で3億5,000万台のスマートフォンを加えることで、年間4億台といわれるPC市場と同等の市場規模に達するとみているのだ。ここにNECとNECパーソナルコンピュータの役割分担がある。

 情報消費型端末はNEC、情報生産型端末はNECパーソナルコンピュータというわけだ。

 昨年7月のクラウドWatchのインタビューで、NECの遠藤信博社長は、「クラウド・コンピューティングの世界に最適化した端末は、PCと携帯電話の中間領域の製品。PCと携帯電話の技術、センサー技術を融合したようなものになる」と指摘。「サービスドリブン型端末が、クラウド時代には増加してくる」と発言していた。

 サービスドリブン型端末がまさに情報消費型端末であり、C&Cクラウドを推進するNECにとって、Android端末は手放すことができなかった製品だともいえる。

●提携成果はいつ出るか

 NECとレノボ・ジャパンの提携によって、両社のPC事業には変化する部分と、変化しない部分がある。

 変化する部分は新たな提携成果として、変化しない部分は、両社が持つ良い面を進化させることにつながる。

 「提携の成果は年内、というような悠長なことは言っていられない。6月以降に、すぐに成果に結びつけたい」と、NECパーソナルプロダクツの高須社長は語る。

 高須社長がいう成果が、製品、サービス、価格競争力、収益、シェアという形になり、どんな影響で表れるのか。まずは、半年後の成果を楽しみにしたい。