大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

ソニーが“make.believe”好奇心活性化プロジェクトを終了
~3カ月に渡る取り組みで「ソニー=好奇心」は根付いたのか?



 ソニーは2009年9月、同社としては初のグループ統一のブランドメッセージとなる「make.believe(メイク・ドット・ビリーブ)」を発表。テレビCMや製品、カタログなどに共通的に利用している。

 このブランドメッセージを、より多くの人に認知してもらい、そのブランドイメージの意図を体感してもらおうという施策が2010年3月から、3カ月に渡って実施された。

 「“make.believe”好奇心活性化プロジェクト」と呼ばれるこのイベントは、東京・六本木の六本木ヒルズを中心に、同社サイトおよびTwitterによる展開、学生を巻き込んだワークショップなどを通じて、make.believeの中核的メッセージとなる「好奇心」を訴求し、多くの人に好奇心を呼び戻させるきっかけをつくろうというものだ。

 ソニーは、この活動を通じて日本人に好奇心を呼ぶ戻すことができたのか、そして、ソニーのmake.believeのメッセージは多くの人に浸透したのだろうか。

●忘れてしまった好奇心を呼び戻す

 “make.believe”好奇心活性化プロジェクトの一環として、5月21日に六本木ヒルズのアリーナで開催されたイベントで、ソニー・コンピュータサイエンス研究所に所属する脳科学者の茂木健一郎氏は、来場者に向けて次のように語った。

 「子供の頃に持っていた好奇心に対して、多くの人は、大人になると自分自身の好奇心に『だまっていなさい』と言ってしまい、それをなくしてしまう。だが、これまでに生まれてきたすべてのものは好奇心を発端にして誕生したものだ」。

 今回の「“make.believe”好奇心活性化プロジェクト」は、大人になると忘れてしまうことが多い、人々の「好奇心」を呼び覚ますという観点からアプローチしたものだ。そして、その好奇心に強い関心を持っている企業がソニーであり、ひいてはソニー製品のすべてが、好奇心を持つ社員によって誕生したものであり、多くの人の好奇心を活性化するプロダクトとして活用されていく、という提案につなげていく狙いがある。

 なぜ、そうしたプロジェクトを展開したのか。

 それは、ソニーのブランドメッセージとなる「make.believe」が、とりもなおさず好奇心という言葉で表現されるメッセージだからだ。

 make.believeの詳細については、2009年9月30日付けの本コラムを参照していただくのがいいが、ソニーの会長兼社長兼CEOであるハワード・ストリンガー氏は、「make.believeの活動によって、ソニーの社員ひとりひとり、そして商品の中に息づくイノベーションの精神に改めて火を灯し、さまざまな競合他社から自らを差異化し、またお客様にソニーの幅広さと奥深さを知っていただくことを目指す」と、make.believeのブランドメッセージの意図を位置づける。

 今回は、そうした活動に関して、エンドユーザーを巻き込んだ形で展開したもの、というわけだ。

●3つのイベントで構成したプロジェクト

 “make.believe”好奇心活性化プロジェクトは、大きく3つのイベントで構成されていた。

 1つ目は、3月19日から六本木ラピロスに展示し、その後、3月28日に開かれた「六本木アートナイト」にも展示された「dot port(ドット・ポート)」である。

 dot portと呼ばれる直径2.3mの球体に、30分に1度、1日に48個の「呼びかけ」が表示される。呼びかけは、人々の好奇心を呼び覚ますようなものばかりだ。

 「昨日の夜に食べた色を答えてみよう」、「いま、急にかくれんぼが始まったら、どこに隠れるか決めて、報告してみよう」、「口の中が酸っぱくなるような音を考えて、声に出してみよう」、「明日、地球を離れるとしたら何を持って行くか? ひとつだけ答えよう」--。

 dot portの横に設置された台から、マイクを通じて自分の答えを話すと、それが球体に表示される。また、dot portは公式サイトとTwitterでも用意され、「呼びかけ」に対する答えは、オンライン上でも見ることができた。

 さらに、六本木の地下鉄駅構内などにもポスターを掲示。そのポスターにも「呼びかけ」を書き、通勤や仕事帰りのビジネスマン、休日に六本木を訪れる人たちに、「好奇心」を呼びかけてみせた。

第1弾となった「dot port」。直径2.3mの球体に、30分に一度、1日に48個の「呼びかけ」が表示される六本木の地下鉄駅構内などにも呼びかけのポスターが掲示され、多くの人がこれで刺激を受けたという

 第2弾は、4月24日から実施した「dot lab(ドット・ラボ)」である。

 ヒロ杉山氏、日比野克彦氏、森本千絵氏、水口哲也氏の各氏が講師となり、モノ創りを通して学生の好奇心を触発するワークショップを展開。これらの活動や成果を、Ustreamで中継したり、イベントステージで披露したりといった形で、アピールする場を提供したのも特徴だ。

 ヒロ杉山氏によるワークショップは、「3Dカウントダウン映像をつくるワークショップ」と題され、内容は、「目の前の扉が開いて、何が現れたら、心がときめくかを考えてみよう」というもの。ヒロ杉山氏がつくる3Dのキュリオシティ・ワールドから刺激を受けた学生たちが、それぞれ持ち寄った絵や音によって、観る者の好奇心を刺激するエモーショナルなカウントダウン映像作品をつくるという内容だ。作品は、第3弾となる「dot park」の告知用映像として使用された。

 また、4月24日からは、日比野克彦氏、森本千絵氏を講師とした「人の持つコミュニケーション能力/表現力に挑戦するワークショップ」を開始。12人の学生が参加して、3グループに分かれながら、共通テーマをもとにした映像、音楽、身体を使った作品を作り上げ、5月25日の「dot park」の最終日のステージでこれを披露した。水口哲也氏が講師を務めた「話題の3Dを使ったVJ演出に挑戦するワークショップ」では、6人の学生が参加し専門家による3D映像に関する講義を受け見識を深めるとともに、水口氏が所属する音楽ユニット「元気ロケッツ」の楽曲を題材にVJ映像制作を行ない、これもdot park会場で5日間に渡って披露された。

学生が参加して開かれたdot labのワークショップの様子。日比野克彦氏、森本千絵氏らが講師として学生の作品制作をリードした

dot labのキックオフ対談イベントに登場した映画監督のケニー・オルテガ氏

 さらに、dot labのキックオフ対談イベントとして、4月23日には、映画監督のケニー・オルテガ氏と、ソニーのストリンガー会長が、映画「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」の制作の裏側にある好奇心を探ることをテーマにした対談を、東京・銀座のソニービルで実施。オルテガ氏は、「自信を持てば、夢は必ずかなう」とコメント。ソニーがmake.believeに込めた、「夢を現実の製品にすることにこだわる」という意味が、同じ意図をもって同氏の言葉で表現された。

 第3弾となった「dot park(ドット・パーク)」は、5月21日~25日までの5日間に渡って、六本木ヒルズアリーナにおいて開催された。

 5月21日正午から行なわれたオープニングイベントでは、冒頭に触れたように、ソニーコンピュータサイエンス研究所の茂木健一郎氏が登壇。その後、3D映画「バイオハザードⅣ アフターライフ」の監督であるポール・アンダーソン氏によるトークセッション、元サッカー日本代表の名波浩氏と石田純一氏によるサッカートーク、COP10名誉大使であるMISIAさんと、BBCの自然番組を統合するブランド「BBC EARTH」のクリエイティブ・ディレクターであるニール・ナイチンゲール氏による地球をテーマにしたスペシャルイベントのほか、マドンナやマイケル・ジャクソンが認めた日本人ダンサー ケント・モリ氏による来場者1,000人が参加した「3Dダンスパフォーマンス with ケント・モリ」、西野カナさんによる「3D Live Remix」、元気ロケッツによる3Dライブなどが行なわれた。

5月21~25日は六本木ヒルズがmake.believeで一色となったdot park初日に登場したソニー・コンピュータサイエンス研究所の茂木健一郎氏
dot parkの会場は連日盛り上がりをみせていた期間中、ステージ上ではさまざまなパフォーマンが繰り広げられた
make.believeのロゴを使った数々のアートが点在する飛行機を折って、ボールに入れるという遊び心を持った展示も
hills cafe/spaceでは、3Dをいち早く体験することができた
MISIAさんと、ナイチンゲール氏によるスペシャルイベント終了後、参加者とともに記念撮影dot parkのステージで熱唱するMISIAさん
元気ロケッツによる3D Live。参加者は3Dメガネを着用、サウンドボールを持って参加。スクリーンの3D映像に歓声が湧いた会場ではさまざまなパフォーマンスが用意され、人々の好奇心を活性化した
最終日にはストリンガー会長も来場3D Live終了後、元気ロケッツのメンバーと談笑
dot parkのステージで披露されたdot labの作品作品については日比野克彦氏や森本千絵氏が講評した25日のdot parkのエンディングセレモニーの様子。参加した数多くのアーティストが壇上にあがった

 これらのイベントでステージ上のスクリーン表示される映像の多くは3Dとなっており、来場者は3Dメガネを着用して、ステージを見るという格好となっていた。

 また、六本木ヒルズ内のhills cafe/spaceでは、発売前のPlayStation 3向け3Dゲーム「グランツーリスモ5」が体験できたほか、6月10日に発売される予定の3Dテレビ「BRAVIA LX900」シリーズを展示。最新の3D技術を体験する人たちで賑わった。

●dot parkには5日間で73,000人が来場

 では、この“make.believe”好奇心活性化プロジェクトの成果は、どの程度の成果があったのだろうか。

 第1弾となった「dot port」では、4月末までに延べ63,000人が呼びかけに応えたという。

 また、第3弾となるdot parkの開催5日間における来場者数は、約73,000人。3Dの総体験者数は約43,000人に達し、持ち帰りが自由とされた3Dグラスの配布数は約32,000個に達したという。

 これは、ソニーが想定した当初計画を大幅に上回る規模であり、多くの人たちが、3Dを体験し、好奇心を活性化させたといえよう。

 ソニーが打ち出すmake.believeの意味を、多くの人が、実際の体験を通じて、知ることができたイベントになったことは間違いなさそうだ。そして、ソニーといえば「好奇心」というイメージづくりにも役立ったといえよう。あとは、これを製品やサービスとして、形にして提供できるかどうかということになる。それが、「ソニー=好奇心」の定着につながる。

 ソニーの2010年度の業績見通しは、いよいよTV事業、ゲーム事業で黒字転換を見込み、売上高は前年比5%増の7兆6,000億円、営業利益は404%増の1,600億円、当期純利益は500億円と、3年ぶりの最終黒字を計画している。

 事業構造改革は、一応の成果を見せたと自己評価するだけに、あとは成長戦略をいかに遂行できるかということに注目が集まる。

 make.believeを打ち出して、ほぼ9カ月。1年を経過する2010年9月には、make.believeが、ソニーをイメージするメッセージとして定着できているかどうか、そして、それが成長をドライブするキーワードになっているのかどうかが楽しみだ。