実録! 重役飯
日本マイクロソフト浅野常務が若者に贈る「めちゃめちゃ失敗しろ」の真意
2026年6月16日 06:18
いつもご愛顧をありがとうございます。PC Watchは2026年をもって30周年を迎えました。30周年を記念し、20周年の際にも実施した「重役飯」を復活させました。この企画では、PC・IT業界を代表する企業のトップの方にインタビューを行ないます。特別企画ということで、通常であれば企業の戦略や製品について伺うところ、今回はインタビューに対応いただく方の行きつけやお勧めの料理店にて会食を行ないながら、その方の趣味や考え方など人となりに焦点を当てた質問を行ないました。この企画を通じて、企業の経営を担う人の個性や考え方などを知っていただければ幸いです。聞き手はPC Watch編集長の若杉です。
30周年記念としての重役飯第2回のお相手は日本マイクロソフト株式会社の執行役員常務エンタープライズサービス本部長兼パートナー事業本部長の浅野智氏。会食の場としては、日本ビジネスシステムズの社員食堂「Lucy's」を選んでいただいた(以下、敬称略)。
多忙な子ども時代と、パソコンに夢中になった原体験
――まずはこのお店を選んでいただいた理由を教えてください。
浅野:クラウドサービス「Azure」を立ち上げた際、パートナー企業やコミュニティと「秘密基地」のようにワクワクしながら新しいものを作る場所として「Azure Base」というプロジェクトを実施しました。
これが好評でAzureだけで利用するのはもったいないということで、Microsoftの製品全体に広げようと「Microsoft Base」という名前に変わったんですね。その会場としてLucy'sさんを利用させてもらっています。ここは日本ビジネスシステムズさんの社員食堂なんですが、イベントの会場などとしても提供されてます。メニューもシェフも超本格的で、とても社員食堂とは思えないです(笑)。ちなみに、私個人のここのオススメはマーボ豆腐です。
Microsoft Baseは、今では全国各地に27カ所の拠点があり、各種セミナーやハンズオンのほか、コワーキングスペースとしても利用できるなど、全国のお客様とコミュニケーションを取るのに活用しています。
――どんな子ども時代を過ごされましたか?また、どんなことに熱中していましたか?
浅野:幼少期はとにかく多忙でした。親が教育熱心だったのか、家に置いておきたくなかったのか(笑)、週7日のうち6日は塾などの習い事に通っていました。部活としてやっていた水泳、サッカー以外にも、ピアノ、習字、英語、そろばん、剣道など多種多様な経験をしました。ただ、どれも自分でやりたかったことではなかったので、1年ほどで飽きてしまいました。
でも、振り返って考えると、このときの経験があったから、今でも新しいチャレンジに対しては、さっと取り組めるようになりました。
――初めてコンピューターやゲーム機に触れたのはいつ頃ですか?
浅野:小学校高学年の頃(1980年代)にROMカートリッジ対応のパソコンを買ってもらいました。市販のゲームもやっていましたが、お金がないので、雑誌などに掲載されていたゲームのコードを何日もかけて打ち込むんですが、データの保存に失敗したり、タイプミスでうまく動かなかったりという試行錯誤を繰り返していました。当時ブームだった家庭用ゲーム機もほしかったのですが、そちらは親に許してもらえませんでした。
――では当時から、ゲームをやりつつ、BASICのプログラミングもやっていたわけですね。その後、学生時代は、テクノロジーは生活の中にどれくらいありましたか?
浅野:私は大学時代をアメリカで過ごしたのですが、いろいろあって卒業まで少し長くかかってしまいました。
――私も実は大学に8年いたんです。4年生を5回やりました(笑)。
浅野:親近感が湧きますね(笑)、私も似たような感じです。実は元々は音楽がやりたくて留学したんです。場所はシリコンバレーで、当時はWindows 95が出た頃でした。気付いたら音楽はそっちのけで、元々パソコンの知識があったのもあり、海外のWindows環境で日本語が動くようにするといったことを口コミバイト的にお手伝いするようになったんです。コンソールゲームをWindowsに移植する会社でインターンもしていました。
で、それが楽しくなりすぎてしまい、学生のうちから小銭を掴んだこともあり、学校に行くのがバカバカしくなってしまったんですね(笑)。
――私も当時は秋葉原のショップでバイトとしてPCパーツを販売していたのですが、それが楽しくて学校に行かなくなったんです(笑)。
浅野:しかし、親から「仕送りを止めるぞ」と脅されてようやく大学に戻り、7年かけて2000年に卒業し、マイクロソフトに入社することになります。
マイクロソフトでのキャリアと「アイ・オープニング(開眼)」
――これまでのキャリアの中で、大きな転機となった出来事は何ですか?
浅野:私はもともと開発部門で入社し、Windows Serverのコンポーネントなどを作っていました。しかし、OSの一部分を作っていても、誰がどう使ってくれているのかが見えにくかったんです。また、周囲の天才プログラマーたちが書くコードを見て、自分はこうはなれないとも感じ始めていました。
そんな折、システム運用管理ツールの企画で、初めて営業やマーケティング担当の人とともに、お客さんの生の声を聞く機会がありました。そこでの仕事を通じて、お客さんが本当に求めているものと、自分が作っているものがつながった感覚があり、それがアイ・オープニング(開眼)となりました。そこでエンジニア職からマーケティング・営業職へと転身したのが、最大の転機ですね。
――それは大きな決断ですね。現場に近いところで仕事をしたいという思いが強まったのですね。
浅野:マーケティング職に移る前は数字を上げることの意味さえよく分かっていませんでした。いいものさえ作っておけば誰かが買ってくれるだろうと思っていたところから、お客さんのニーズを把握し、売り込みに行かなきゃいけないという風に、自分の中で価値観が変わったタイミングだったと思います。
――現在担当されているパートナー事業では、これまでと比べてどのような点が一番変わったと感じていますか?
浅野:マイクロソフト1社が「ここに行こう」と旗を振っても、周りのエコシステムができていないと日本全体は全く動いていきません。日本全体でAIを使ってより高度なことができるようにするためには、エコシステムが絶対に必要です。数多くのパートナー企業様がみんなで同じ方向を向いて進んでいけるエコシステムを作っていくことが非常に重要な役割であり、これまでと一番違うところですね。
――パートナーとビジネスを進める中で、とくにチャレンジングだと感じるのはどのようなときですか?
浅野:IT業界、特にマイクロソフトのような企業では、昨日までの当たり前が明日も当たり前とは限らないほど早く変化が起きます。PCからクラウドへ、そして今はAIへと会社のプライオリティが推移する中で、パートナー企業様にもビジネスの方向性の転換をお願いしなければなりません。今までオンプレミスなどで一生懸命ビジネスを作ってくださっていたパートナー様に、「次からはAIです」とお願いするのは、相手の稼ぎ頭を変えていただくことにもなるため、非常に心苦しい部分もありますし、「そんなに早く変われないよ」と感情的になられる方もいらっしゃいます。
そういったとき、頭ごなしにお願いするのではなく、「一緒に育てていく、ともに変わっていくしかない」という姿勢で向き合っています。マイクロソフトが求めるスピードと、日本の市場やパートナー様が対応できるタイムラインにはギャップがあるのは事実です。だからこそ、将来は全体としてこちらに向かっているという共通のゴールを見据えたうえで、我々がどう支援できるのかについて、コミュニケーションを取り続けるしかありません。
「Aコースで行くか、Bコースで行くか」といった投資先やアプローチの違いはあっても、ディスカッションを重ねて、ともに戦わせていただく姿勢を大切にしています。
AIがもたらす変化と「共感」重視の意思決定
――今、仕事で一番大事にしていることは何ですか?また、意思決定に迷ったとき、最後の決め手にしていることはありますか?
浅野:これは「共感」ですね。何か新しい変化や変革を起こそうとする際に、周りに共感してくれる人がたくさんいないと、物事はスムーズに進んでいかない。日本語の表現では「腹落ち」に近い感覚ですね。心の底から「一緒にやってみよう」と「腹落ち」してもらうために、どのような働きかけが必要なのかを日々模索しています。
IT業界において、テクノロジーのベンダーはお客様に対して「こんなことができる」という「夢」を語ることが多いのですが、IT投資は初期段階では高額なコストでしかなく、プロフィットが見えにくいものです。そのため、お客さまにその「夢」に共感してもらわなければ、投資の決断を引き出すことはできません。
ただし、共感を得て語った夢を単なる物語で終わらせないために「お客さまのビジネスが本当に伸びるのか」という「お客さま目線」を最終的な判断基準にしていますね。
――AIが仕事の中に入ってきたことで、ご自身のやり方は変わりましたか?
浅野:今の仕事では、AIを使わない時間はないほどAIを使い倒していますね。起きた瞬間にAIにスケジュールを確認させ、夜中に動いていた海外とのやり取りをリスト化させることから1日が始まります。
部下の育成プランをAIに相談することもあります。自分の言葉で言うと角が立つようなネガティブなフィードバックも「AIがこう言っているけど、どう思う?」と第三者の意見として提示することにより、ネガティブに聞こえなかったりするので、建設的な議論につなげられています。本当にAIがサイドバイサイドで働くような仕事の仕方や生き方にどんどん変わっていますね。
AIがもたらす変化については、電卓が普及したころのように、人間が競うべきポイントが変化しているんですよね。計算や記憶力、単純なコード作成ではAIに勝てないことを認めた上で、それをどう使いこなして価値を生むか。そういう、より高度な領域にシフトしていくことは、人口が減少している日本が他国との競争で勝っていくためにも必要なことだと思います。
若い世代へのアドバイスは「グロースマインドセット」
――今の若いスタッフを見ていて、自分たちの世代との違いを感じることはありますか?
浅野:今の新卒の子たちは、プレゼン中にリアルタイムでチャットでフィードバックを送ってきたり、「もっと知りたいので部屋に行っていいですか」と直接リクエストしてくるなど、上司との壁が非常に薄い「距離感の近さ」に驚かされます。
自分たちの頃は、別の部署の上司や隣のチームには上司を通して伝えるというのが常識でした。SNSや配信文化で育った世代の特徴だと思うのですが、そうした垣根を気にしなくなっているのは、いいことだと思っています。
――20代の若者に一言伝えるとしたら、何と言いますか?
浅野:「めちゃめちゃ失敗しろ」と言いたいです。若いうちに失敗をたくさんした人が、絶対に後から勝ちます。私も大学に7年間いるなど、世間的にも大失敗と言われるような経験をして、そこから学んだことの方が、絶対的に後から自分にも他人にも返ってきます。
マイクロソフトには「グロースマインドセット(成長思考)」というカルチャーがあり、失敗したことよりも「そこから何を学んだか」を重視します。
昔、先輩から「無名より悪名」という言葉を教わりました。何もしないよりも、チャレンジして結果的に失敗する方がマシだということです。その挑戦するマインドセットを持ち続けてほしいですね。
ゴルフの「再現性のなさ」に熱中。子どもに追い抜かれたギターの愉しみ
――最近ハマっている趣味はありますか?
浅野:ゴルフですね。仕事上の付き合いでプレイするようになりましたが、最近はプライベートレッスンにも通うなど、本格的に取り組んでいます。毎日練習して、同じように振っているつもりでも、スコアが安定しないのですが、その「再現性のなさ」が逆に面白いです。
あとは学生時代からの趣味の1つのギターですね。最近は子どもが高校生になってバンドを始めたので、子どもと一緒に楽しんでいます。一緒に楽器屋に行ったり、自分のギターを貸したりするのが楽しみの1つです。でも、ギターの腕前については、もう完全に追い抜かれてしまい、今では逆に「ピッキングの仕方が甘いんだよ」とか指導を受けています(笑)。
――親子で共通の趣味があるのは素敵ですね。
浅野:以前は子どもと一緒にゲームなども楽しんでいましたが、こちらも今ではまったく歯が立たなくなってしまいましたね(笑)。
――今一番欲しいものは何ですか?モノでも状況でも構いません。
浅野:欲深い人間なので、欲しい物はいっぱいあるんですけど、直近で狙っているのはAIボイスレコーダですね。先日とある女子プロの方とゴルフをご一緒させてもらったときに、その方がプレイ中ずっとブツブツと言っていたんですが、それはコースの攻略法をずっとAIボイスレコーダに記録していたんですね。そのやり方に感銘を受けました。
――PCとスマートフォン、どちらが「メインの道具」という感覚ですか?
浅野:立場上、PCと言いたいところですが、スマートフォンがメインになっていますね。
AI進化後にも残るフィジカルな「感動」の価値
――10年後、PCはどうなっていると思いますか?
浅野:PCは現在のマウス・キーボード・画面という形ではなくなっているかもしれませんね。ウェアラブルデバイスやAIエージェントが主流になり、OSそのものがよりプロアクティブ(能動的)に働きかけてくることで、情報の取り入れ方はよりインタラクティブに変化していくと思います。
――AIがさらに進化した世界でも、人間にしかできないことは何だと思いますか?
浅野:どれほどテクノロジーが進化しても「感動」や「感情」、「ワクワクする体験」は人間にしかできないことだと思っています。「美味しいものを食べた時の感動」や「新しいことを始める時の情熱」など、フィジカルな身体を持つ人間にしか味わえないものだと思いますね。
――30年後も残っていてほしいものは何ですか?
浅野:ガソリンの匂いやエンジンの音がするクラシックカーのような「古き良きもの」です。効率化が進み、自動運転が当たり前になったら、人間が自分で運転するのは「無駄」だけど、人間が限界を試せる領域みたいなものは残っていてほしいなぁと、一人の車好きとしては、期待しています。
自分自身も、新しいことにチャレンジし続ける心の強さを持ち続けていたいですね。80歳になってもeスポーツを楽しむような元気な世代でありたいと思っています。
――ありがとうございました。

































