実録! 重役飯

オッテリーニ元CEOの激怒も経験。シカゴ育ちのインテル大野社長が語る「信頼」

いつもご愛顧をありがとうございます。PC Watchは2026年をもって30周年を迎えました。30周年を記念し、20周年の際にも実施した「重役飯」を復活させました。この企画では、PC・IT業界を代表する企業のトップの方にインタビューを行ないます。特別企画ということで、通常であれば企業の戦略や製品について伺うところ、今回はインタビューに対応いただく方の行きつけやお勧めの料理店にて会食を行ないながら、その方の趣味や考え方など人となりに焦点を当てた質問を行ないました。この企画を通じて、企業の経営を担う人の個性や考え方などを知っていただければ幸いです。聞き手はPC Watch編集長の若杉です。

インテル株式会社 代表取締役 社長の大野誠氏

 PC Watchの名物連載「重役飯」が10年の時を経て復活!自ら、しかも時期的には1度しか実施していないのに名物企画といっていいのかというツッコミはあるかもしれないが、PC Watch創刊30周年記念企画としてこの連載をお届けする。聞き手はPC Watch編集長の若杉。

 30周年としての第1回のお相手は、インテル株式会社 代表取締役 社長の大野誠氏。会食の場は青山のすし店「鮨一正」を選んでいただいた(以下、敬称略)。

今回の会食の場は、すし店「鮨一正」

アメリカで過ごした幼少期。Macintoshが並ぶパソコン教室にカルチャーショックも

――本日はよろしくお願いします。まずはこのお店を選んでいただいた理由を教えてください。

大野:このお店は評判を聞いて訪れたお気に入りです。大将は、有名店での修行ではなく、チェーン店の店長などを経て、あらゆるお店を食べ歩いて独学で研究を重ねて独立された方なんですよ。

 今の時代、特定の師匠につかなくてもYouTubeなどのプラットフォームで自ら学び、成功できるキャリアパスがある。東大でAIを専攻しながら今ではピアニストとして成功を収めた角野隼斗さんのように、情報が溢れる現代ならではの成功の形に胸を打たれます。

――初めに、どんな子ども時代を過ごされましたか?また、どんなことに熱中していましたか?

大野:1975年生まれで、18歳までのうち、約14年間をアメリカのシカゴ近郊で過ごしました。当時はアジア人が周囲にいない環境でした。アメリカではシーズンごとに野球、バスケ、サッカーとスポーツを選べる自由がありました。私は3~4歳からアイスホッケーをやらされましたね。

――初めてコンピューターやゲーム機に触れたのはいつ頃で、その時の印象は覚えていますか?あと学生時代、テクノロジーは生活の中にどれくらいありましたか?

大野:ゲームに触れたのは1985年ごろで、日本では「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」がすごく盛り上がっていましたが、当時のアメリカはまだ「Atari 2600」でしたね。そうこうしているうちにアメリカでも任天堂の「NES」が瞬く間に普及していきました。

筆者注: 「ATARI 2600」は米Atariが開発し、1977年にリリースした家庭用ゲーム機。「NES」は「Nintendo Entertainment System」の略でファミコンをベースに筐体を変更して日本以外の各国で販売した家庭用ゲーム機で、米国では1985年に発売。

 テクノロジーについては中学生の頃ですが、学校にはMacintoshが並んだパソコン教室があり、株の取引をシミュレーションする授業や、数学で電卓を使うスタイルにカルチャーショックを受けました。

ナンバーワンを持つことの強みと大失敗から学んだ信頼の重要性

――今の業界・仕事に進もうと決めたきっかけは何でしたか?

大野:大学は商学部でしたが、テクノロジーへの興味はずっと持っていました。最初は三菱電機に入社しましたが、強く希望していた宇宙部門ではなく、半導体部門に配属され、泣きたい気持ちで不慣れな半導体の研修を受けたのを覚えています。

 1998年当時は日本のメモリなどの半導体がまだ強かった時代ですが、円高の影響で苦しくなり始めた時期でもありました。そして、実際に仕事として取り組んでみると、半導体という分野を非常に面白いと感じるようになりました。

 インテルへの転職は2000年の年末でした。元々世界で戦える分野に身を置きたいという考えがあり、文系出身ながらもテクノロジーの世界でキャリアを築くことを選ぶことになったわけです。

――キャリアの中で「これが転機だった」と思う出来事を教えてください。

大野:インテルでの最初の担当は営業でした。当時の上司から、「経験豊富な先輩たちがいる中で、君が彼らに勝てることは何もない」と言われたことがあり、それが逆に奮起するきっかけになりましたね。

 そこで、とにかく社内の誰よりも多くお客様に会うというのを目指してやっていたところ、2~3年くらいで評価してもらえるようになりました。これが自分のキャリアを振り返る上で非常に重要な転機だったと思います。

 お客様に会うこと自体は特別じゃないじゃないですか。でも回数として1番お客様に会ったということは自慢できるし、何よりも自信にもなりました。社内にはほかにすごい人がたくさんいる。そんな中でも自分がナンバーワンだと言える強みを見つけることが道を切り開く鍵になったわけです。

――これまでの人生で、絶体絶命だと感じた場面はありますか?それをどう乗り越えましたか?

大野:2003年頃に大きな失敗をしました。ある日本のお客様から我々の製品の品質について猛抗議を受けたのです。その会社の社長は、当時のインテル本社CEOだったポール・オッテリーニらが参加する会議の場に実物を持ち込み、「これ使い物にならんですよ」と伝え、怒って帰られたのです。

 その後オッテリーニから、インテル本社の役員全員に「人生の中で最も恥をかかされた」など非常に厳しい内容のメールを送られたのですが、そのメールの最後には「私がこの営業担当だったら今すぐ辞めている」と書かれていました。その営業担当こそが私だったのです。その後、そのメールが私にも転送されてきたのですが、これはさすがにかなり応えました(笑)。

 結果としてクビにはなりませんでしたが、インテルという会社は「立場が低い営業担当だから」という理由で容赦するような文化ではなく、「若手であっても営業であっても、君は立派な一人前なんだから、自分で落とし前をつけろ」というポリシーであることを痛感しました。ただ、最終的にはこの1件で、日本企業の品質への厳しい要求や、ビジネスにおける「信頼」の重みを改めて学ぶことになりましたね。

――そういえば、インテルさんは日本法人が今年(2026年)50周年だそうですね。

大野:インテル日本法人は先月で50周年を迎えましたが、私はその歴史の約半分に関わっています。「インテル入ってる」というキャッチコピーは日本生まれですし、今でこそ世界で主流となっているノートPCについても、最初の普及は東芝などの日本企業が牽引しました。日本企業の厳しい要求がインテルのエンジニアに火をつけ、今のノートPCの品質を作り上げたと言っても過言ではありません。

「信頼」が一番大事。仕事ではAIをフル活用して効率化

――今、仕事で一番大事にしていることは何ですか?意思決定に迷ったとき、最後の決め手にしていることはありますか?

大野:今、仕事で最も大事にしているのは先にも言った「信頼」です。築くのには時間がかかりますが、失うのは一瞬です。そして、意思決定に迷ったときは部門の利益よりも「企業と個人」を守ることを最優先に考えています。

 大企業では自分の所属部門の利益を優先する「部門の帽子を被る」状態になりがちです。しかし、最終的に個人あるいは企業全体を守れないと、お客様も守れないと考えています。そのため、会社全体にとって正しい決断であれば、結果として自分のいる部門がなくなるような選択をすることもあります。

――部下や若いスタッフと接して「自分たちの世代とここが違うな」と感じることはありますか?

大野:今の若い人たちは、自分たちの頃よりずっとしっかりしていますね。面接などを通じて接していると、自分が大学を卒業した頃と比較してこの子たちすごいなと驚きを感じることが多々あります。

 一方ですごく現実的な人が多いように感じることもあります。いい意味でも悪い意味でも「はっちゃけていない」んですよね。今の若者は、昔の世代と違って、オフィスでタバコを吸いながら完徹して翌朝もそのまま働く、といった無茶なことをしませんから。このあたりは時代性もあるとは思います。

――AIが仕事の中に入ってきたことで、ご自身のやり方は変わりましたか?率直に教えてください。

大野:仕事ではAIを一通り活用しています。社内には機密情報を安全に扱うための「Intel GPT」環境を整えており、社外に出せない情報を扱う際に活用しています。英語の論文やレポートをAIにまとめてもらって、ポッドキャストとして音声化して移動中に聴くのがお気に入りです。ほかにもMicrosoftのツールなどで議事録の自動生成も活用しています。

――編集部でも議事録をまとめて、自動的にカテゴリに分けてToDoリスト化するなどにAIを使っています。誰が発言したかまで分かるので便利ですよね。

大野:AIのトレンドが「学習」から「推論」に移り、今後はGPUだけでなく、CPUの性能がより重要になるという予測を3年前から立てており、それが現在のビジネス戦略にもつながっています。

最近の趣味は本格的なオムレツ作りとフライトシミュレーター

――今の趣味や、休日などにはまっていることなどを教えてください。

大野:趣味は筋トレとゴルフ、そして料理、特にオムレツ作りです。ホテルのふわふわっとしたオムレツってあるじゃないですか。あれを自分でも作りたくなったので、YouTubeで研究してフライパンを何本も買ってあれこれ試したりと練習しています。

――プライベートではPCをどう使っていますか?

大野:最近は自作PCも趣味の1つで、去年(2025年)はレーシングゲームやフライトシミュレーターを楽しむために環境を整えました。没入感がすごくてはまってしまうんですよね。大型の湾曲ワイドモニターを導入してプレイしています。

――今一番欲しいものは何ですか?モノでも状況でも構いません。

大野:今一番欲しいのはMIDIキーボードです。息子がピアノを弾いている姿を見て自分でもやってみたくなりました。最終的にはアンビエントミュージック(環境音楽)を作ってみたいと思っています。キーボード以外にもエフェクターなど、一連の機材についても、いろいろ物色しているところです。

30年後にも残っていてほしい「希望」。AIと共存できる「人間力」に期待

――10年後、ご自身は何をしていると思いますか?あるいは何をしていたいですか?

大野:10年後、自分自身が同じ仕事を続けているか、そもそも仕事を続けているかさえ分からないですが、テクノロジー、特にAIの進化の過程を自ら「関係者」として内側から見ていたいですね。AIに対して極端に楽観視も悲観視もしていませんが、人類の凄まじい適応力によって、技術と共存しながら進化していくだろうと考えています。

――10年後、PCはどうなっていると思いますか?

大野:10年後のPCは、究極的に「パーソナル」な存在になると予測しています。スマートフォンやタブレット、PC、テレビといったデバイスの区別は単なる「スクリーンサイズの違い」くらいになって、あらゆるものがインターネットにつながり、独自の「頭脳」を持つようになると思います。

 ユーザーがPCを起動して入力するのではなく、AIを搭載したPC側から働きかけてくるような使い方が主流になると考えています。ユーザーが指示しなくてもAIが自ら考えて実行し、人間はその結果を受け取るだけというスタイルです。

――AIがさらに進化した10年後の世界でも、人間にしかできないことは何だと思いますか?

大野:AIがさらに進化した10年後の世界で、人間にしかできないことは間違いなく「人間力」でしょうね。人の感情に訴えること、真摯に話を聞くこと、泥臭い努力をすることなど、知性だけでは代替できない人間同士の関わりが差別化要因になるでしょう。

 あと、人間がこれまでに生み出してきた「たまたまの発見」、たとえば「果実をそのまま食べるのではなく、干した種(豆)を煎じて淹れるコーヒー」など、閃きやそのときの感情に基づいた芸術表現といった「偶然の産物」は、AIには到達しにくい領域じゃないかと考えています。

 AIが人類を滅ぼすといったSF的な懸念もありますが、人類の適応力は凄まじいものです。技術に飲み込まれるのではなく、共存していく道を選ぶはずです。

――PC Watchは今年30周年です。あなたにとって、30年後も残っていてほしいものは何ですか?会社でも、モノでも、習慣でも、価値観でも構いません。

大野:30年後も「希望」が残っていてほしいですね。技術が進化しすぎて不安になることもありますが、それでも未来が明るいものであってほしいと願っています。

――ありがとうございました。