■山田祥平のRe:config.sys■
冒頭の写真は2002年2月に開催されたIDFにおける同社CTO(当時、現VMwareCEO) Pat Gelsinger氏の基調講演時のものだ。壇上では、シリコンによる無線技術の実現、つまり、Radio Free Intelが披露された。あれから10年。同じIDFで、現在のCTOであるJustin Ratner氏が、その後のRadio Free Intelの状況を明らかにし、RosePointの完成を披露した。
●10年前のIDFを振り返るIDFは今年で15周年を迎えるが、2002年2月のIDFは、それまでのIDFがシリコンバレーの南、San Joseで開催されていたのに対して、開催地をSan Franciscoに移した最初のものになる。Mr. IDFでもあったPat Gelsinger氏は初代80486プロセッサのアーキテクトで、80386や80286の設計エンジニアでもあったが、2002年のIDFは、その彼が、CTOになって初めての体験する基調講演のステージでもあった。
当時、CTOとしてIntel Labsを担当していたGelsinger氏だが、今、あのときの取材メモをひっくりかえして読んでみると、自分が引退するまでは長い将来に向けてムーアの法則は存続すると言い切っていたと書かれている。半導体の魔法から科学に移行してきた10年、歩留まりなどを増すために費やされた10年、そして次はパワーを増すための10年となるだろうと予測、それ以外に何がIntelにできるのかということで、この基調講演でRadio Free Intelが紹介されたのだ。
Radio Free Intelとは何か。つまり、IntelのプロセッサにSoCとして無線技術をシュリンクしてしまおうという考え方だ。つまり、Intelを買えば無料で無線がついてくる、ということだ。
あのときGelsinger氏は、携帯電話を例に挙げ、その筐体を分解すると、シリコンの部分よりもパッシブな部分が多いことを指摘、全部シュリンクして統合するべきだとした。そのためにMEMSの技術が重要であり、それができればPAN、WAN、LANなど、すべてのものを1つにまとめてしまうことができるし、そうしたいと言っていた。
ほとんどすべてのラジオサーキットが含まれたウェハを作れれば、すべてのチップセットに無線が含まれる時代がくる。そして、UWBがUSB 2.0を置き換えるとも言っていた。
なにしろ10年前の話なので、内容については記憶も曖昧なのだが、このプロジェクトに対して話すGelsinger氏の様子だけは、なぜか、鮮明に覚えている。
●進化する無線技術とCMOS統合その翌年の2003年6月にIntelフェローのKevin Kahn氏が来日し、無線技術研究について説明会が開催されている。
このときの説明では、CMOS技術による統合無線のゴールとして、再構成可能でインテリジェントなワイヤレスコミュニケーションの実現を目指していることを表明している。CMOSに無線技術を実装することで、約5年後には、2.5MHz帯、5GHz帯のワイヤレスネットワークは、ソフトウェア的に瞬時にベースバンドやプロトコルを切り替えられるようになるとし、すでに、IEEE 802.11a/b/gという3つの標準プロトコル用に5つのプロセッシングユニットを統合した試作機が完成していて、集積化に向けて開発が進められているとしていた。また、スマートアンテナやセクタ・アンテナなどによる、通信距離やデータ転送レートの改善への取り組みにも触れていた。
無線技術の前にたちはだかる課題は、テクノロジー的なものに加えて、法律的な規制、地域的なものが少なくなく、Intelでは、各国の政府や当局に対して積極的に働きかけをする一方で、こうした課題に、柔軟に応え、低コストで無線技術を、どのようなデバイスにも搭載していくためには、CMOSへの無線機能実装はきわめて現実的でリーズナブルな手段だとアピールしていた。
この頃から、Intelは、将来的に当時のモデムのように、どのようなデバイスにも無線技術が統合化されているのを当たり前にしようとしていた。そして、そのとっかかりが2003年のCentrinoであったわけだ。
●10年経ってついに完成したRosePointそしてGelsinger氏の基調講演から10年が経過した2012年9月。同じIDFで、3日目の基調講演の壇上に立ったCTOのJustin Ratner氏は、そのGelsinger氏の基調講演を振り返る。あのときは唖然としたと吐露する。ファンタジーであるとも言っていた。その頃から追求が始まり、そして今、10年かけて実現できたというのだ。
かつての無線はアナログワールドであり、今は、デジタル技術がアナログ技術を追い越しているものの、チップにおけるアナログ要素をシュリンクすると性能が悪化するため、相対的にアナログ部分が大きくなってしまっていたとRatner氏。だが、計算の問題であれば計算で解決できると彼はいう。
彼らの挑戦は、アナログをデジタルに置き換えるだけではダメだと判断し、すべてをゼロから、完全に発明することから始めた。ムーアの法則の恩恵を受け、劇的に縮小できた結果、消費電力も抑えることができるようになった。
そして、RosePointが完成した。32nmのSoCで、Wi-Fiトランシーバと、デュアルコアのAtomプロセッサが、1つのダイの上に乗っている。最終段のパワーアンプをアナログで残しながらも、そちらも今後、デジタル化していくという。これこそが、かつてGelsinger氏が宣言したRadio Free Intelの具現化だ。この技術が、Haswellで実現されたら、まさに、スマートフォンと同じ感覚で使えるUltrabookができるだろう。さらには、アンテナさえもチップに統合する研究が進められているという。
こうして将来のPCは、どんどんスマートフォンと、その役割がシームレスなものになっていく。違っているのは形だけだといってもいい。いや、軽自動車の燃費はそのままに、F1クラスの性能を持つ次世代カーのような存在になるのかもしれない。
でも、人々のポケットの中から、スマートフォンが消える日が来るのかというと、さてそれはどうだろう。
あの日、Gelsinger氏は言っていた。将来の携帯電話はイヤリングのサイズになり、マイクはシャツのボタンになるだろう。もちろんワイヤーは必要ないと。つまり、スクリーンは無視されている。
本当にUltrabookがコンシューマのITハブになるのかどうか。そして、なったとすれば、それはどんな姿をしているのか。数年後の未来を思うだけで、ちょっと興奮してしまう。少なくとも、今、目の前にあるUltrabookだけで、いろんなことを判断してしまうのは、早計のようだ。