山田祥平のRe:config.sys
AIのオンデバイス化とそのポータビリティ
2025年6月14日 06:14
セキュリティやプライバシー、コンテンツの保護といった観点が、テクノロジによる便宜を抑制してしまうことがある。便利と保護を両立させてこそテクノロジではないかと言われればそれまでだが、このAIの時代はこの利便性の後退をどのように解決していくのだろう。
複数台のPCでメールをやり取りするなという時代
その昔、インターネットメールを読み書きするアプリはPOPというプロトコルを使ってサーバーからメールをダウンロードしていた。POPはPost Office Protocolの頭文字をとったもので、いわば電子の郵便局で、アカウントは私書箱に相当する。
メールを読み書きするコンピュータが1台だけであれば、それで何も問題はなかった。日々、やり取りされるメールは、順次そのコンピュータのストレージに蓄積されていく。過去にやり取りしたメールを参照したいときには、そのコンピュータに向かえばいい。
ところが、ノートPCを携行するようになり、あるいは自宅とオフィスの両方でコンピュータを使うようになり、複数台のPCを使うのが当たり前になった結果、POPメールの仕組みでは不便を感じるようになってしまった。
ノートPCは簡単にインターネットに接続できたので、出先であろうが、移動中の電車やバスの中であろうがおかまいなくメールを送受信するのだが、ノートPCでメールを受信すると、そのノートのストレージにメールが保管されてしまい、オフィスのPCのメールアプリからは参照することができなくなってしまう。
つまり、自分のメールを管理するための入れものが複数個できてしまい、個々の整合性がとれなくなってしまうのだ。
POPプロトコルでは、メールのダウンロード時に、メールをサーバーに残すオプションを使うことができた。この場合、出先のノートPCでメールを受信しても、サーバーからは削除されずにメールはそのまま残る。だから、オフィスに戻って、メール用のPCのメールアプリでダウンロードすれば、少なくとも受信メールについては一元管理をすることができた。
だが、出先で自分が書いたメールについてはそれができない。メールを送信するときに、CCに自分のメールアドレスを入れる習慣が今も残っているが、このころの名残なんじゃないだろうか。
POPの時代からIMAPの時代になり、メールはメールサーバーに置いたままという新しい当たり前ができた。複数のPC、スマホ、タブレットなどなど、あらゆるデバイスから実体として同じメールの状態を確認することができる。また、GmailなどのWebメールシステムの浸透もメールの使い勝手を高めた。
こんな具合に、「インターネットのあのころ」には、さまざまな不便を解消するために、さまざまな方法が提案され、実装されということが繰り返されてきた。そしてその結果、我々は、多くの便利を手に入れることができた。
AIの時代、そんな試行錯誤が簡単ではない。
機密情報はデバイスの外に出すなという時代
Copilot+ PCはMicrosoftによるAI活用を想定した新しいカテゴリのWindows PCだ。AI活用を前提に最適化されたWindows PCのハードウェアで、Microsoftが定義する各種要件を満たした各社製品がそれを名乗ることができる。発表されたのは昨年の5月で、以降、さまざまな製品が各社から出荷されている。
発表当時の目玉機能として紹介されたリコールはCopilot+ PCの登場とほぼ同時に利用できるようになることになっていたが、プライバシー関連の機能強化等のためにリリースが延期され、この5月にようやく有効になって利用できるようになった。ここまでくるのに1年がかりだ。
リコールでは、数秒ごとにデスクトップのスナップショットを自動的に撮り、前回と異なる場合それを保存し、そのPCでの作業を逐次記録する。いわばPC作業のタイムラインだ。それらのスナップショットをAI分析することで、そのPCでどんなことをしていたかの履歴となる。
ユーザーは、いつどのような場面で見たのかを思い出せないWebページの写真やテキスト情報、また、各種アプリを使っての作業などをビジュアル、テキストの両面から検索し、「あのときのあの画面」として目の前に呼び出すことができる。
このリコールによる AI 処理はローカルで行なわれ、スナップショットはローカル デバイスにのみ安全に格納される。クラウドサービスを使わないどころか、ネットワークを介してローカルPCの外にも出て行かない。
絶対にローカルPCの外にはデータを出さず、オンデバイスで処理するという仕様が確実に守られるなら、機密を含む情報をAIに処理させてもいいというビジネスの現場は少なくないだろう。だが、今どきデバイス1台ですべての作業をこなすユーザーがいるんだろうかという疑問も残る。
誰もがスマホ、場合によっては複数台を携行し、さらにはノートPCも持ち歩く。もしかしたらタブレットも使うかもしれない。リコールしたいのは、目の前にあるPCのタイムラインだけではない。並行して走るタイムラインをマージして、どのコンピュータで見たのかを含めて作業を振り返りたいと思うはずだ。
確かに昨今の傾向として、あらゆる作業を唯一無二のノートPCに委ねるのがトレンドになりつつもある。オフィスに戻ったら、それをドックにでも接続し、まるでデスクトップPCのように複数の大画面マルチモニター環境で使う。
これなら作業は1台のデバイスに完結する。そのデバイスの中に閉じた環境でのAI処理で十分に役立ちそうだ。
でも、本当にそれでいいのかという思いもある。冒頭のメールの話に戻れば、作業が煩雑になるからメールは限定されたPC1台だけで処理するというポリシーで運用していたユーザーが一定数いた。
クラウドの時代をそれなりのスパンで過ごし、その便利さを手放せなくなった今、思いっきり、クラウドの便利を否定し、つきはなす時代が始まる。
憂鬱だ。