山田祥平のRe:config.sys

PCのようなものとその見かけ

 この四半世紀で、PC的なデバイスのバリエーションは一気に拡がった。本体とモニター、そしてキーボードとポインティングデバイスが組み合わさって機能する要素が、あの手この手で統合されるなどで、デバイスの見かけ、すなわちフォームファクタを決定する。

PCのはじまり

 最初は評価用ボードだったコンピュータがワンボードマイコンとして使われるようになったのが、パーソナルコンピュータの元祖フォームファクタのように考えられている。1970年代の話なので、すでに半世紀前ということになる。

 50年もあればたいていのものは大きく変わる。PCも今はTPOに応じていろいろなフォームファクタのものが使われるようになった。OSもいろいろだし、統合されているペリフェラルもまちまちだ。

 もちろん使われるアプリも異なるのだが、ここは、クラウドとWebがその違いを吸収している面もある。いろんなデバイスとOSでほぼ同じことができるようになっている。

 今、PC的なデバイスフォームファクタとして市民権を得ているのは、デスクトップPC、ノートPC、タブレット、スマートフォン(スマホ)といったところだろうか。多くの一般ユーザーはスマホを四六時中身につけて使い、スマホではやっかいな作業を、別途、タブレットやノートPC、場合によってはデスクトップPCでこなす。

 タブレットにもペリフェラルとしてキーボードやマウスなどのHID(Human Interface Device)を接続すればノートPCとほぼ変わりなく使える。大きささえ無視すれば、タブレットはデスクトップPCにモニターとHIDを一体化したものだし、そのタブレットをひとまわり小さくしたものがスマホだ。いろんな意味で50年も経つのに、PC的なデバイスを構成する要素はあまり変わってはいないとも言える。

 自宅の仕事場ではタワー型ケースにマザーボードを格納したデスクトップPCをメインに使っている。つながっているキーボードは20年前のものだ。40年ほど前に買ってずっと仕事場で使っている会議室用のテーブルの下にデスクトップPCのケースを置き、机上には20年前のキーボードと数年おきに置き換えるマウス、さすがにモニターはブラウン管から液晶に変えてしまい、作業エリアは広大になったが、机上の空きスペースは大きく拡がった。

AIに信頼に足る情報を期待

 ラップトップやノートのフォームファクタによってPCは自在に持ち運べるようになったし、スマホのフォームファクタはポケットに入るPCを実現した。

 モバイルPCのフォームファクタを大きく変えることになるのはモバイルモニターじゃないかと思う。必要なときだけ大型モニターを接続するのが新しい当たり前となり、日常的にはそこそこのサイズでよしとする。

 個人的に以前は23.8型のモニターを強引に出張に携行していたが、今では、同サイズのものが軽量化されてモバイルモニターとして売られていたりもする。

 それで暮らしが豊かにならないはずがない……とは思うが、どうもそうではないらしい。SNSでは毎日のようにおかしなことが起こっているようだし、そういう世界からこどもたちを守ろうと未成年のSNS利用を禁止する国もある。かと思えば、ファクトチェックを廃止するメタのような企業もある。

 だが、インターネットはPCを情報収集やコミュニケーションの道具として機能させるようになった。それ以前のPCは、処理させるための情報を人間が自分で調達しなければならなかった。

 AIはまだ、息をするように平気でウソをつくので全幅の信頼を寄せるわけにはいかない。そういう意味では、世界初のパーソナル電卓として1972年に登場したカシオミニのような製品の登場時、その計算結果を疑うものなど誰もいなかった。

 コンピュータ的なデバイスが間違うはずがないという神話がまことしやかに信じられ、そしておそらくは、それをデバイスが裏切ることもなかったはずだが、値をゼロで割るゼロ除算の不具合はあったらしい。

 でも、値をゼロで割るのは電卓以前に数学の禁じ手だということを使う側が分かっているから問題にはならなかったのだろう。AIがウソをつくこともあると分かって使えば、それはそれでとても便利な存在になる。

 たとえばGoogle Geminiに「今年の日本の祝日で日曜日に重なるのはどれですか」と聞くと、最初は2月23日の天皇誕生日と11月23日の勤労感謝の日を挙げる。「本当にそれだけですか」と念を押すと、すぐにすみませんと謝り、5月4日のみどりの日を追加する。「本当にそれだけですか、嘘じゃありませんか」と問うと、9月14日の敬老の日をさらに追加する。だが9月14日は日曜日ではないし、そもそも敬老の日は9月の第3月曜日だ。

 どうにも、AIはこの手の知識が苦手なようで、MicrosoftのCopilotはなぜか5月4日をみどりの日ではなくこどもの日とする。また、CopilotのベースとなっているChatGPTは敬老の日を正しく9月14日と認識する。最後にAndroidのGeminiで試したらきちんと正解してくれたし、いったんは間違ったほかのAIも、もう一度質問したら正解するようになった。

 こんな具合なので、AIの回答を無条件に鵜呑みにするわけにはいかないのだが、人間が考え事をするためのヒントはたくさん提供してくれる。アイディアのキャッチボールのような対話をしながら考えをまとめるにはとてもいい。これこそがインタラクティブということなんじゃないかと実感できる。そして、PCをこんな用途に使えるようになる日が、こんなに早く到来するとは思ってもいなかった。

使い方が変われば形も変わる

 使い方のニーズはフォームファクタを変えるに十二分な理由となる。たとえばMicrosoftはCopilotキーをPCのキーボードに追加することを推奨している。たぶんこのキーはあったほうが便利だ。

 また、Googleは電源ボタンの長押しを、AI Geminiの呼び出しに割り当てた。電源を切る回数よりも、Geminiを呼び出すことの頻度のほうが圧倒的に高いという判断だろう。

 特殊キーの押下げや長押しだけでAIを呼び出せるようになったことで、ウェイクワードなしでAIと対話できるようになったことは大きい。OK GoogleやAlexa、コルタナさん、などといった呼びかけをトリガーとして会話を始めるのはわずらわしいしどうしても抵抗がある。

 周りに人がいないところで対話するならまだしも、見知らぬ第三者がいるところで、これをやるというのは勇気がいる。もっとも、マイクで対話するよりも、キーボードが手元にあるなら、タイプでチャットしたほうが的確に質問ができそうだ。

 少なくとも今はそうだが、今後PCのフォームファクタが変わっていけば、別の手段も生まれるに違いない。テレパシーの時代もやってくるのかどうか。

 こうして少しずつPCの使い方が変わり、フォームファクタに変化がもたらされる。今までが変わらなさすぎただけだ。これからがおもしろい。