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教育現場にもじわり拡がる生成AI活用

 アドビと学校法人立命館(以下立命館)が、人材育成を共同で推進するために連携、協力していくことを合意、協定書を締結した。立命館のすべての附属小学校、中学校、高校、大学において時代に即応したイノベーション・創発性人材の育成を目指すという。

AIと共存する世界観

 立命館では2030年に向けて次世代研究大学を目指した活動を続けている。未来志向の施設において、来年以降の展開を前提に、誰もが挑戦できる場にしたいと立命館総長の仲谷善雄氏は説明する。

 立命館全体には、およそ5万人の学生、生徒、児童がいて、70の国や地域から学生が集うという。そこで、失敗を怖れないチャレンジができるようにしながら、AIを活用し共存する世界を作っていきたいと考えてきた。その挑戦に共感したのがアドビだ。

 「クリエイティブ製品で世界をリードするアドビだからこそ、きっと社会に変革を与える。今回の連携を契機に、新たな価値の創造をしていきたい。アドビの先進性をかけあわせて、人材育成のプログラムを共同開発していく。それは教育機関単独ではなしえないことであり、今回の連携を実りあるものにしたい」(仲谷総長)。

 また、アドビ株式会社のクレア・ダーレイ社長は、教育の新しい時代のために貢献したいとし、アドビのミッションがパーソナライズされたデジタル体験で世界を変えることをアピールした。

 「アドビのクラウドサービスは、立命館のクリエイティブな教育にアドビが貢献できる場となる。アドビはデジタルツールを使いながら、人間ならではのクリエイティブな世界を作り出すことのお手伝いができる。今月は生成AIのFireflyをリリースしたばかりで、小学生でも中学生でもAdobe Expressの中で自由に使えるようになった。単なる道具ではなく、デジタルテクノロジは人間の想像力を羽ばたかせる想像力のベストフレンドだ。立命館にもそれを期待する」(ダーレイ社長)。

来春から具体的な取り組みをスタート

 立命館大学では来年2024年4月に、映像学部・研究科と情報理工学部・研究科が大阪いばらきキャンパス(OIC)に移転してくる。現在は文系だけだが、理系が合流し、6学部7研究科体制となるそうだ。もともと地域共創を前提にした場「ソーシャルコネクティッド・キャンパス」としての施設、設備を備えたキャンパスは、まさに、こうした活動にぴったりだ。

 学校法人立命館常務理事(企画担当)の山下範久氏は、今回の経緯、背景について説明、「挑戦をもっと自由に」を目標に、その構想の先駆けとしてOICの新展開を目論む。デジタルで加速する挑戦の渦を、移転してくる情報理工学部と映像学部と交えて未来の大学キャンパス創造をめざすという。

 立命館の多様性×アドビの先進性で、2024年度からOICでの具体的な取り組みが実現するフェイズに入る計画だ。そこには3つの柱がある。

  • あらたな学びの創造
  • クリエイティブな発想の育み
  • 多様なプレーヤーとの協働

 そこにアドビが加わる。

 連携内容としては、クリエイター向けアプリの使い方を学生がマスターするだけではなく、大学と企業が組んで、創発性人材を育成するための仕組み作りにも取り組む。そのことを定常的に学生に伝えていくほか、英語でのプログラム実施で国際的にも通用する人材育成を担うことになる。

 「このキャンパスは、そこを囲む塀のないキャンパスとしても知られている。地元の企業ともつながり、自治体や企業がかかえる問題などをテーマに解決していくことを目指している。教員以外も学生を指導するという環境の中で、いろんな立場の人がやってきて学生に伝えやすい場となっている。そこで、最先端のソフトウェアを使ってやさしく効率よく相手に何かを素早く伝えることを考えていく。

 先輩の学生が後輩に指導する以外の展開として、今、このキャンパスには文系学部の学生しかいないが、来春には理系が混ざることで、群としてグループディスカッションができるようになり、人材の基盤を定義することができるようになる。アドビとそれをいっしょに作っていくつもりだ」(立命館総合企画室副室長、三宅雅人氏)。

 一方、アドビで教育・DX人材開発に関わる小池晴子氏(執行役員本部長)は、今の子どもたちが担い手となる世界はこれまでとは違うとし、だからこそクリエイティブデジタルリテラシーが必要だという。

 他組織とのパートナーシップも新たなフェイズに入るとし、立命館が日本で初めてのアドビクリエイティブキャンパスを目指すことに期待を寄せる。協力体制として、アドビのグローバル教育チームによるレクチャも予定しているそうだ。

 日本独自の教育支援としては、正課授業、データサイエンス講座、講演・セミナー、資格取得などが予定されている。連携協定の締結、そしてその記者会見後には、公開模擬授業が披露され、大学生と高校生19名がアドビ コミュニティエバンジェリスト/アドビ エデュケーションリーダーの境祐司氏からAdobe Express + Adobe Fireflyを使った授業を受けた。

生成AIはツールにすぎない

 仲谷総長は生成AIを使うことに何も抵抗がないという。模擬授業ではAdobe Fireflyを使い、未来の自分のイラスト/写真を生成させる体験をさせていたが、仲谷総長は最近のさまざまなツールについて、万能ということはありえないし、それを確信する必要があるという。使ってみて限界を知ることが大事で、その有効性を知ることが必要だという。

 そして、大学生についてはうまく活用するようにしていくことを促進し、それができれば力は倍増するはずだし、リテラシーも身につくとしている。生成AIは必要不可欠なツールとして、使い方を間違えなければきっと高い効果を発揮するだろうとコメントする。総長自身、人工知能の研究をずっとやってきた人間として、ようやくここまできたなという印象を持っているそうだ。

 AIの脅威は必ずくるし、限界もある。それを知ってしっかり使っていくことが大事だと仲谷総長。これはツールにすぎない。AIが人格を持つかどうかは別の問題。欺されてはいけないと締めくくった。

 その一方で、模擬授業では、デザインの力で問題を解決していく体験として、アイディアを素早くカタチにすることを学び、プロトタイプを作成して検証していく。生成AIの利用によって、完成品に近いプロトタイプを使った検証が簡単にできると境講師。

 境氏によれば、Adobe Expressはプロではない人たちのデザイン制作ツールであり、デザイナーのいない会社において、プロじゃない人たちもデザインを始めるハードルが下がるという。しかも生成AIを利用できるようになって使い道がさらに拡がった。

 クリエイターやブランドの知的財産を侵害するようなコンテンツを生成しないように調整されたAIとしてFireflyがあり、安心してプロンプトエンジニアリングを学ばせることができる。

 もっとも、境氏は、それでも生成されたコンテンツが他者の知的財産を侵害していないかどうかを常に気に留める必要があるという。

 個人的にも、そこに生成された生成物が、何を学習しての結果なのかは気になるところだ。そこを善意の第三者的な立場で、盲目的に信じていいのかどうかを、常に意識することも、大事な要素として伝えていかなければならないだろうと思う。