山田祥平のRe:config.sys

そのサービスを独り占めでいいのか

 クラウドサービスは、そこで提供されるサービスがうまく機能するなら、ハードウェアやOS、アプリなど選択肢は多い方がいい。どんな環境からでも使えるのがいいに決まっている。だが、専用機には専用機ならではのユーザー体験がある。Amazonから発売が開始されたFire HD 8 Plus タブレットを使ってその意味を考えてみた。

モダンタブレットとしてのFire HD 8

 AmazonがFire HD 8シリーズを刷新、 第10世代機として、Fire HD 8(無印)とFire HD 8 Plusの発売を開始した。ネーミングからも想像できるように8型のHD画面を持つ355グラムのタブレットだ。無印とPlusの違いはメインメモリの容量で、無印は2GB、Plusは3GBを搭載する。また、Plusはワイヤレス充電にも対応する。

 それぞれストレージ容量が32GBと64GBのものがあり、それによって少し価格は前後するが、このスペックのタブレットが税込み1万円前後で購入できるというのはすごいことだ。USB端子はType-C(ただし2.0)、Wi-FiはWi-Fi5まで対応と装備もモダンだ。

 ワイヤレス充電対応のPlusのために純正のワイヤレス充電スタンドも提供されるのだが、その電源アダプタに汎用性がなくバレルコネクタでスタンドの端子に電源を供給する。12V1.5Aで一般的だしバレルコネクタも特殊なものではないが、普通の人にとっては専用電源だ。せっかく本体がType-Cになったのに残念だ。

 仮に、Type-Cがコスト的に無理だったとしても、これならMicro USBの方が汎用的でまだマシだと思う。余談だが、以前はMicro USBだったAmazon Echoシリーズの電源端子もバレルコネクタに逆戻りしていて汎用性は落ちているのは残念でならない。

家族の誰でも正会員になりすましの免罪符

 ともあれ、AmazonのFireタブレットは、Amazonのサービスに依存した暮らしをしているならとても便利な専用端末だ。Amazonは、eコマースサイトとして、さまざまなショッピングができるが、それ以外にも多彩なサービスを展開している。とくに、プライム会員であれば、プライムビデオによるオンデマンドビデオ配信や本やマンガ、雑誌読み放題のプライムリーディング、聴き放題のアマゾンミュージックなどを自在に使える。

 もちろん、これらのサービスはデバイス依存しているわけではない。だから、Fire HDのような専用タブレットがなくても手持ちのスマートフォンやPCを使えば堪能。デバイス間連携も秀逸なので、まさに、いつでもどこでもどんなデバイスでもAmazonのサービスをシームレスにかつ快適に利用することができる。

 Amazonのプライム会員には、家族会員制度があって、同居の家族1名までが多くのプライム会員特典を共有することができる。ちなみに以前は2名だったが2019年11月から1名までと変更されている

 だが、リビングルームでオンデマンドビデオを楽しむといった場合には、家族の誰でも好きなコンテンツを選びたいと思うはずだ。トイレに立つためにコンテンツ再生を一時停止したいと思っても端末がパスワードロックされていてできないというのはつらい。Amazonは、そのことを意識しているのかどうか、Amazon専用端末としてのFire HDタブレットを家庭内におけるセミパブリック端末として使われることを想定しているように見える。

 家族がともに暮らす住宅は、不特定多数の人が自由に出入りするパブリックなスペースではない。素性がわかっている特定少数の家族だけが出入りできる場所だ。その場所に出入りするには玄関のカギが必要で、多くの場合、玄関をあけて居宅内に入ってしまえば、多くのプライベート要素にふれることができる。

 Amazon Echoなどのスマートスピーカーは、そこにいる誰もがAlexaに話しかけて会話ができる。Alexaは話者を特定しているが、プライバシーに関すること以外ならサービスの利用に制限はない。つまり、特定のアカウントを複数の限られたメンバーが自由に使うであろうことを許容しているように見える。家族会員でなくても、Alexaはその相手になって言うことをきいてくれるというわけだ。「Alexa、今、何時?」ときいたときに、特定の音声にしか反応しないのではあまりにも不便だ。

 Fire HD端末は、Amazonを利用するための端末で、その利用のためには会員アカウントの紐付けが必要だ。だが、会員以外でも多くのことができるし、そのことによって、アカウントが紐付けられた会員本人のプライバシーを極端に暴露してしまうことがない。それがセミパブリックという意味だ。

 Fire HDは、任意のアプリをAmazonアプリストアからインストールすることができる。Google Playストアに比べれば数は少ないが、YouTube、Hulu、Netflixといった競合といってもいいサービスの専用アプリも揃っている。

 もちろん、Twitter、Facebookといったアプリも提供されていて、それぞれのアプリのインストールはできても、ほかの端末と連携させないことで、個人が使う個人向けのサービスについては隠蔽することができる。ここが不便だが便利なところだ。だから、パスワードロックしないでリビングルームにFire HDタブレットを放置しておいて、家族に自由に使わせても問題は起きにくい。もちろん、子どもが勝手に買い物をしてしまったり、大人向けのコンテンツを見たりすることを回避するためには、端末側での制限設定が必要かもしれない。

 こうした機能が用意されている以上、Amazonは、正会員以外が特定のアカウントを使ってサービスを利用することは暗黙の了解として許容しているのではないかと推察できる。

ステイホームとセミパブリック空間

 数万円もするような高価な端末なら、個人の持ち物として自分専用で使いたい。だが、1万円前後で購入できる、スマートなリモコンとしての端末であれば、専用としてあれば便利なのではないかと許容できそうだ。Fire HDシリーズも、Amazon Echo端末も、同社サービスの利用が前提で、ハードウェアスペックを単純に考えたら格安に近い価格設定がされている。専用ハードウェアのないNetflixやHuluが、同時視聴機器や会員プロフィールといった概念を導入しているのとは、ここがちょっと異なる点だ。

 スマートデバイスの多くは、個人が自分のためだけに使うことを優先してきた。クラウドサービスも同様だ。だが、ウィズコロナの時代、ステイホームが求められ、家族が時間と場所を共有する機会は多くなる。そんな時代の要求に応えられるリーズナブルなデバイスやサービスが求められているかもしれない。パブリックでもなければパーソナルでもないセミパブリックな何か。数年ほど前にも同じようなことを考えた(その1その2が、今、その再考が必要だと感じている。