山田祥平のRe:config.sys

手が届きそうなのに届かないITの新しい当たり前のもどかしさ

 ニューノーマルな時代に向けて、働き方や暮らし方が大きく変わる。変えなければならない。ITはそのときの頼もしいサポーターでもあるが、その道は遠い。

無線についての新しい当たり前

 インフラ、といっても居宅内の小規模なものだが、これらはいったん稼働を始めるともう、あるのが当たり前のものとなってその存在感はとても希薄なものになる。たとえば台所の電子レンジや冷蔵庫といった機器については壊れることが宿命なので、おおむね10年もすれば新しいものに入れ替わる。けれども、その機器を稼働させるために使う壁のコンセントは、いったいいつから使い続けてきたのか。賃貸にせよ自己所有にせよ、おそらくはその物件が新築されたときからそのままではないだろうか。

 電話線やTVのアンテナ、CATVのケーブルなども同様だ。平成の時代以降はそれに加えてインターネット、そしてWi-Fi環境が加わった。多くのITデバイスが有線LANに対応しなくなって、一般の家庭においてもWi-Fiの整備が必須になったといってもいい。

 Wi-Fiについては今、Wi-fi 6がホットだ。各社の製品もWi-Fi 6対応機が出揃い、今後発売される新製品については、そのほとんどがWi-Fi 6対応となるだろう。電波は有限の資源なので、とにかく効率的に使わないと破綻する。802.11nアクセスポイントが乱立し、街中でのWi-fiが信用できなくなった過去の惨事を忘れてはならない。

 ただ、宅内のWi-Fi環境をWi-Fi 6に対応させたとしても、手持ちのデバイスが対応していなければその環境をフルに活かすことはできない。Wi-Fi 6が、どれほど優れたものであったとしても、家庭内のすべてのデバイスを一気にWi-Fi 6対応のものに入れ替えるというのは現実的ではない。WPAですら2から3への以降がたいへんだというのに、AX対応も、アクセスポイントにぶらさがる各デバイスは、そのライフサイクルごとに順次対応機に入れ替えていくという気の長い作業が必要だ。いろいろな機器の入れ替えサイクルを考えるとこの先少なくとも5年くらいは混在環境が続くにちがいない。

宅内LANの新しい当たり前

 手元のWi-FiルータのDHCPリース状況を調べてみた。DHCPは、ルータなどにぶらさがっている各デバイスに固有のIPアドレスを割り当てる仕組みで、結果として、割り当て済みアドレスの数だけ、そこに有線または無線で端末がぶらさがっていることになる。うちでは合計34個のIPアドレスが割り当てられていた。スマートフォン、PC、スマートスピーカー、ビデオデッキなどを併せると、これだけの数の機器が常時稼働しているということだ。

 すべての機器がWi-Fi 6対応していれば宅内の環境は一足飛びに改善されるだろう。Wi-Fi 6は、その最大速度ばかりが注目されがちだが、何よりも注目すべきなのは、OFDMAによって多くの台数のデバイスが同時につながっている状態でも、通信の順番待ちの影響を受けにくいことだと思う。高いスループットが得られるのはその結果だ。

 企業内とは違い、家庭内においてはその内部でのデータトラフィックはそれほど重要なものではない。NASを設置しているような家庭はそれほど多くはないだろう。もちろんビデオデッキから録画済みビデオをDLNAで視聴するような用途では、それなりの帯域が必要かもしれないがギガを要するようなものでもない。

 大事なのは一瞬の途切れもなく安定してコンテンツを楽しめるようにすることだ。残念ながら、都市部におけるインターネットインフラは、それが光回線であろうと、引き込みの状況などによってボトルネックになりやすい。部屋まで光回線がきているように見えても、実際には、スプリッタを介して複数世帯で帯域を共有しているかもしれない。とくに巣ごもりが常態化しているコロナ禍の今は集合住宅での帯域が破綻しやすくなっている。CATVインターネットや施設内VDSLなどではギガの帯域は夢の夢だ。本当は、このあたりをなんとかしなければならないのだが、まだまだ時間はかかりそうだ。

Velopで作るWi-Fi 6環境と課題

 Wi-Fi 6対応のLINKSYSの「Velop AX シリーズ MX5300 メッシュ Wi-Fi 6 ルータ」を試してみた。誰でも簡単にWi-Fi 6インフラを整えることができる製品の1つだ。

 ルータの設置のややこしさ、接続のややこしさを回避するために、さまざまな方法が模索されてきたが、Velopの場合、まず、スマートフォンでLinksysアプリをインストールし、一連の初期設定をスマートフォンアプリで済ませるようになっている。最初にBluetoothでスマートフォンとルータが接続され、その接続を使って各種の設定をすませる。これなら誰でも設定ができそうだ。

 数あるWi-Fiルータ製品の中でもデザイン的には優れているほうだと感じる。ごついアンテナ装備など無骨な製品が多い中で、サイズ的には小さくはないにしても、宅内の目に入る場所に設置してもそれほど気にならない。外見上、見えるLEDは上部にある1つだけなので夜中にチカチカとランプが点滅するようなこともない。状態を知りたければスマートフォンアプリで調べればいいし、設定もそこでできる。ルータのような製品は、稼働し始めたら、その存在を忘れることができるくらいでちょうどいい。その点では、外見に強い主張をあまり感じないVelopは、一般的な家庭でも抵抗なく受け入れられそうだ。

 もっともVelopは有線でIPv6インターネットに接続することを前提とした製品だ。WAN側はインターネットである必要がある。自分自身でプロバイダーに接続してインターネット接続を確立する機能はない。日本のインフラでは、集合住宅における共有インターネットやCATVインターネットなどをのぞき、多くの場合は、インターネットへの接続のために別のネゴが必要になる。プロバイダーと契約し、物理的な機器接続をしたうえで、オーバーEthrenetでのインターネット接続が求められる。それがPPPoEやIPoEといった接続手順だ。

 部屋まで光回線が敷かれていたとしても、その光をEthrenetに変換するには光モデム(ONU)など別の機器が必要になるし、そのEthrenetを使ってインターネット接続をするためにも端末となるルータにそのための接続機能が必要だ。壁から出てきた光ケーブルを差し込めばWi-Fiでインターネットにつながるオールインワンデバイスは、ひかり電話対応ルータやホームゲートウェイなど、回線契約によって事業者からレンタルされる特別な製品しか見当たらない。そしてこれらの機器は今のところWi-Fi 6未対応だ。

 本当は、このややこしい状況をなんとかしてほしい。壁からの光ケーブルを装着するだけでIPv6でインターネット接続され、Velopのような優しい操作でWi-Fi 6の環境を作れるようになっているのが望ましい。最悪の場合は、光モデム(ONU)→接続ルータ→Wi-Fiルータと3種類もの機器が必要になるのでは、おいそれと気軽に環境整備に取り組むというわけにはいかない。

 もっとも、3種類の機器にわかれていればこそ、個々の機器を必要に応じて最新のものに入れ替えられるともいえる。無線部分だけをWi-Fi 6化とか、ONUだけを10Gbps対応といったことができるのは悪い話じゃない。

 こうしたことを考えたときに、もっとも省略すべきなのは電源アダプタだったりする。長々と話を続けてそこですか、といわれそうだが、接続するものが1つ減るだけでどんなに負担が少なくなることか。有線LANがPoEを新しい当たり前にするようになればどんなにいいか。有線LANで電源を供給する技術だ。すぐ手に届くところにある既存の技術がコンシューマにとっても新しい当たり前になりばいいのにと願う。