山田祥平のRe:config.sys

リアルタイムへの回帰

 アナログがデジタルになり、デジタルは専用機から汎用機上のソフトウェアにとって代わり、そしてクラウドサービスに移行する。これまでたどってきたデジタルトランスフォーメーションの道のりだ。

内職禁止のリアルタイムミーティング

 新型コロナウイルス感染防止対策のため、各種のイベントが政府の要請によって自粛されることが多いなか、ビデオコミュニケーションサービス大手のZoom日本法人が同社事業についての説明会を実施した。もちろんZoomによるオンラインブリーフィングだ。

 同社カントリーゼネラルマネージャーの佐賀文宣氏は、Zoomの躍進が、冒頭に挙げたようなビジネスコミュニケーションテクノロジの進化をタイミングよくとらえ、後発でありながらつながりやすくて切れない優れた環境を提供できていることをアピール、日本市場でも顧客にHappyを届けるために努力するという。

 また、昨今のテレワークや教育現場需要への緊急対応として、4月30日まで、遠隔事業向けクラウドビデオ会議サービスを学校に無償提供する。

 Zoomは競合とされるTeamsやSlackと比較されることが多いが、実際には、リアルタイムコミュニケーションになかば特化した統合環境で、これらのツールとはちょっと異なるスタンスのサービスだ。競合とされるプラットフォームがリアルタイムコミュニケーションを付加価値的に扱っているのとは対照的だ。

 Zoomには、専用クライアントアプリも用意されているが、Webブラウザだけでも利用でき、とにかく処理が軽い。ただ、細かいことだが1つ苦言がある。音量調節ができないのだ。設定の奥深いメニューに音量調節のスライダーが用意されているが、この調節ではシステム全体のボリュームを調節してしまう。

 そんなもの、PCのボリュームで調整すればいいと思うかもしれないが、音声を利用するアプリとしてZoomだけを使っているとはかぎらない。同時並行的に別の音声アプリが着信して会議をミュートしてそちらに応答しなければならない場合もある。

 先日は、複数のビデオイベントがバッティングし、両方を同時視聴しなければならなかったのだが、そのときに困ってしまった。複数台のPCを使えば済む話だが、それができる環境にいるとはかぎらない。早い話が内職ができない……。そこにはリアルタイム会議中はほかのことができないという発想が見え隠れしている。

場所は選ばないが時間は厳守

 ビデオミーティングは同期のコミュニケーションだ。「いつでもどこでも」ではなく時間にしばられる。どこにいてもデバイスさえあれば参加できるが、いつでも参加できるわけではないのだ。つまり、悪名高き電話と似ている。

 一定時間、相手の時間を束縛し、参加者同士が時間を共有する。だからこそ、一足飛びに非同期のコミュニケーションをかなえる電子メールやメッセージサービス、掲示板サービスなどのグループウェアの利用よりも、とっつきやすいと感じる層も少なくないかもしれない。

 電子メールや掲示板サービスは、1985年の電気通信事業法の改正による通信の自由化で、日本電信電話公社がNTTになったときに民間が第三者間のコミュニケーションを媒介することができるようになったことで浸透しはじめた。これらは非同期のコミュニケーションであり、たとえば夜中に書いたメッセージはいつ読まれるかわからない。その数秒後かもしれないし、翌朝かもしれない。あるいは1週間後かもしれない。

 当時、どうして音声やビデオコミュニケーションが同時多発的に使われるようにならなかったのかというと話は簡単だ。当時のPCの能力では、ビデオや音声どころか静止画を扱うのもたいへんだったからだと言える。テクノロジの進化は著しく、その後、次第に、これらの死語としての「マルチメディアツール」が浸透していったが、今のようにプロセッサの能力が有り余るようになるまでにはそれなりの時間がかかってしまった。

 そしてZoomは、かつての同期コミュニケーションを現代の技術で構築したらどうなるのかに対する壮大なチャレンジだと言える。100人を超えるような参加者のビデオ会議ができたら便利なのかどうなのかなど、30年前には想像だにしなかった。

 人間の意識は、一足飛びに様変わりした環境にはなかなか慣れ親しめない。Twitterでさえリアルタイムコミュニケーションに使うエンドユーザーが多いのを見てもそれがわかる。そういう意味ではZoomはそのあたりの事情をよくわかっているようだ。

電波に未来はない!

 リアルタイムの権化と言えばTVだ。ビデオレコーダによる録画視聴や、全録ビデオの登場などによって「時間」の枠組みから解放されてはいるが、今なお、朝起きたとき、自宅に戻ったときなどに、リアルタイムでTVをつけないと気が済まない層は少なくない。オンデマンドは非同期でコンテンツを視聴できるが、ニュースなどのように1秒ごとに情報が古くなっていくようなコンテンツは記録の意味しかない。

 3月1日からNHKプラスサービスがスタートしている。PCやスマートフォンでNHK総合テレビとEテレの番組を見られるというものだ。3月中は試行的実施となっているが、NHKのTVをほぼリアルタイムで視聴できるようになった。また、見逃し番組配信機能も用意され、1週間後の同一番組終了時までの番組も再生できる。日付での検索もできてNHK専用の1週間限定全録システム的に活用できる。

 こうした形態のサービスが開始されたこともあり、その基盤を支えるCDNサービスを提供する事業者としてJOCDNが事業説明会を、この時期としてはめずらしくリアルな会見として開催、国内における動画配信市場の可能性とJOCDNの取り組みについて説明した。

 CDNは、言わば、動画配信に特化した大規模キャッシュのサービスで、1対多の動画配信のネットワークトラフィックを引き受けるものだ。ISP大手のIIJが各放送事業者に声をかけて設立、この2月にはNHKも第三者割当増資を引き受け株主として参加した。

 同社代表取締役会長の鈴木幸一氏は「TV受像機は必ずしも放送を見るためのものではなくなっているものの、4K、8Kなどの放送スタートで周波数の帯域が不足気味の今、CDNはとても重要」だとし、「インターネットというメディアがすべてを包含していく流れのなかで、すべてが一体となったサービスが必要だ。コンテンツを作れるのはTV局であり、いっしょにネットによる放送の配信の仕組みを作り上げたい」という。

 同氏によれば「かつて通信会社にはコンテンツを作るカルチャーがなかった」からこそ、放送と別な形の通信が一体になるのは必然で、若い世代がTVをもたず、ネットへの接触率が高い今、こうしたサービスの充実が求められているという。かつて電波には未来はないという発言をした鈴木会長の言葉だけに重い。

 いろんな動きがあるなかで、多くのものがリアルタイムに回帰にしているようにも感じる。同期前提で非同期は付加価値。それが時代の求めているものなのだろうか。