1カ月集中講座

パーソナル3Dプリンタ導入の手引き 第3回

~3Dデータを作るための基礎知識

3Dプリンタは3Dデータがなければタダの箱

 本講座も今回で3回目、後半に入る。今回は、パーソナル3Dプリンタを活用するには必須ともいえる、3Dデータの作り方について解説する。

 3Dプリンタは、その名の通り、3Dの物体を造形(出力)するための装置だが、その元となるのは3Dデータである。3Dプリンタは、あくまでも3Dデータに従って造形を行なう装置なので、3Dデータがなければ何の役にも立たない。PCは“ソフトがなければタダの箱”などと言われることがあるが、3Dプリンタも“3Dデータがなければタダの箱”である。せっかくパーソナル3Dプリンタを入手しても、3Dデータを用意できなければ意味がないのだ。逆にいえば、適切な3Dデータさえ用意できれば、3Dプリンタはさまざまな場面で活躍することができるというわけだ。

 そこで今回は、3Dデータを作るための基礎知識を解説していくことにしたい。

3Dプリンタの標準データ形式として使われているSTL形式

 3Dプリンタは、3Dデータを元に動作し(正確にはGコードなどのツールパスデータを元に動作するのだが、その元となるのが3Dデータである)、物体を造形する装置である。しかし、一口に3Dデータといっても、その形式はさまざまだ。例えば、動画データには、QuickTime形式やAVI形式、MP4形式などさまざまな形式(フォーマット)があり、動画再生ソフトや動画編集ソフトによって対応している形式が異なる。3Dデータも事情は全く同じで、3D CADソフトや3D CGソフトによって対応している形式が異なる。ほとんどの3D CADソフトや3D CGソフトは複数のデータ形式に対応しているが、標準で保存される形式はソフトによって異なる。ソフトによって保存するデータ形式が異なっていては、3Dプリンタ側でその全てに対応するのは困難だ。そこで、3Dプリンタでは通常、STL(STereoLithography)形式と呼ばれる3Dデータ形式が使われている。

 STL形式は、立体の表面を数多くの3角形(ポリゴン)で近似して表す、ポリゴンフォーマットの1種だ。STL形式で扱えるのは、あくまでポリゴンの集合体であり、曲面をそのまま取り扱うことはできないが、ポリゴンの分割数を増やしてより細かな3角形で近似するようにすれば、曲面のように見える。また、STL形式は色情報も持たないため、基本的に単色で出力する熱溶解積層方式や光造形方式、粉末焼結方式の3Dプリンタで使われ、フルカラーでの出力が可能な粉末石膏方式の3Dプリンタでは、PLY形式、VRML形式といった色情報を持った3Dデータ形式が利用されている。

 なお、以前は、STL形式での入出力に対応してない3D CADソフトや3D CGソフトもあったが、最近の3Dプリンタの普及に伴い、多くのソフトがSTL形式に対応するようになっている。

3D CADソフトや3D CGソフトを使って3Dデータを作る

 3Dプリンタを使って造形するには、そのモデルの3Dデータ(STL形式)を用意する必要があるわけだが、その方法は大きく分けて2つある。1つは、3D CADソフトや3D CGソフトを使って、3Dモデリングを行なう方法であり、もう1つが、3Dデータ共有サイトから3Dデータをダウンロードする方法だ。

 前者は、自分が造形したい物体を自由にモデリングできることがメリットで、3Dプリンタの真価を最大限に発揮できる方法だ。その代わり、3D CADソフトや3D CGソフトを操作するスキルが必要である。後者は、他人が作った3Dデータを共有サイトからダウンロードするだけなので、3D CADソフトや3D CGソフトのスキルは不要だが、自分の欲しい3Dデータがあるとは限らない。

 パーソナル3Dプリンタは、自分が作りたい物体を気軽に造形できることがメリットであり、やはり、3D CADソフトや3D CGソフトを使って、自分でモデリングするのが王道であろう。最初から複雑なものをモデリングしようとすると大変だが、簡単なものをモデリングしたり、3Dデータ共有サイトからダウンロード(詳しくは後述)した3Dデータを一部カスタマイズすることから始めて、少しずつ操作に慣れていけばよい。

3D CADソフトと3D CGソフトの違いとは

 3D CADソフトや3D CGソフトを使ってモデリングを行なうことで、3Dデータを作成することができるが、それぞれに得意分野が異なる。

 3D CADソフトは、CAD(Computer Aided Design)用に作られたソフトであり、その名の通り、建物や機構、部品などの設計を支援するソフトだ。以前は、2次元の平面上に図面を描く2D CADソフトが主流であったが、最近は、PCやソフトウェアが進化したことで、直接3次元で設計を行なう3D CADソフトが多くの場面で使われるようになっている。3D CADソフトは、正確な寸法を入れた精密なモデリングが可能であり、立方体や球、円錐などの単純な形状(プリミティブと呼ばれる)や、平面上に描いたスケッチを持ち上げて立体化するといった方法で、モデリングしていくソフトが多い。そのため、平面や比較的単純な曲面の組み合わせで構成される物体のモデリングに適している。例えば、スマートフォンのケースや名刺入れ、コップ、ブロックなどを作るには、3D CADソフトが便利だ。

 それに対し、3D CGソフトは、CG(Computer Graphics)を作成するために作られたソフトであり、映画のような美しいCGや3Dゲームのキャラクタ、CGアニメーションなどを作るのに向いている。粘土をつまんで引っぱったり、彫刻刀を使って削ったりするような感覚でモデリングできるものが多く、人間や動物など、複雑な曲面を持つ物体のモデリングに適している。その代わり、正確な寸法が求められる分野には向かない。

3Dプリンタ用に3Dデリングを行なうなら無料や低価格ソフトで十分

 3D CADソフトや3G CADソフトといっても、無料で利用できるソフトから、数百万円する業務用ソフトまでさまざまなソフトがあるが、パーソナル3Dプリンタで造形するために3Dモデリングを行なうことが目的なら、高価なソフトを使う必要はない。パーソナル3Dプリンタでは、それほど大きな物体を造形することはできないし、複雑な機構を設計する必要もないからだ。以前は、無料の3D CADソフトはそれほど多くはなかったが、最近は、オートデスクの「123D Design」、Trimbleの「SketchUp Make」、RSコンポーネンツの「DesignSpark Mechanical」といった、無料で利用できる3D CADソフトが充実してきた。これらのソフトをとりあえず試してみて、自分が使いやすいと思ったソフトを使ってみるというのがお勧めだ。

 入門向けの3D CGソフトとしては、Blender Foundationの「Blender」、N.Ishizaka氏が開発した「StoneyDesinger」などの無料ソフトのほか、テトラフェイスの「Metasequioa 4 Standard」(5,250円)やイーフロンティアの「Shade 3D Basic」(ダウンロード版は9,000円)などがお勧めだ。

 ここで紹介しているソフトは、全てSTL形式での出力に対応しているので、3Dデータ変換ソフトなどを使う必要がない(STL形式での入力は、123D DesignとShade 3D Basicのみ非対応)。

Webアプリとして動作する3D CADソフト「Tinkercad」。インストール作業も不要で、チュートリアルも充実している
無料で利用できる3D CGソフト「StoneyDesinger」

モデリングが面倒なら3Dデータ共有サイトを利用しよう

MakerBotが運営している3Dデータ共有サイト「Thingiverse」

 3Dデータを手に入れるもう1つの方法が、3Dデータ共有サイトを利用する方法だ。3Dデータ共有サイトは、ユーザーが作成した3Dデータをアップロードすることで、ほかの人が、そのデータをダウンロードできるという仕組みを提供する。写真やイラストなどのデータ共有サイトは以前から存在しているが、3Dデータを共有するためのサイトも、最近の3Dプリンタへの関心の高まりを背景に、次々とオープンしている。

 3Dデータ共有サイトのメリットは、3D CADソフトや3D CGソフトを使いこなすスキルがなくても、3Dデータを入手できることだ。その代わり、自分が造形したいものの3Dデータが公開されているとは限らない。

 ただし、3Dデータ共有サイトからダウンロードした3Dデータを3D CADソフトや3D CGソフトに読み込ませて、自分好みにカスタマイズするという手はある。スマートフォン用ケースなど、基本的なサイズと形状は決まっており、一部をカスタマイズすれば十分といった用途なら、一からモデリングをせずに、3Dデータ共有サイトの3Dデータを元にすると楽だ。3Dデータ共有サイトの多くは、3Dプリンタの標準3Dデータ形式であるSTL形式を採用しているので、そのまま3Dプリンタで造形できる。また、パーソナル3Dプリンタの動作チェックや調整用としても、3Dデータ共有サイトに公開されている3Dデータは便利だ。

 3Dデータ共有サイトでは、無料で3Dデータをダウンロードできるようになっているところがほとんどだが、プロが作成した高品質な3Dデータに関しては、有料で購入できるサイトもある。そこで、代表的な3Dデータ共有サイトをいくつか紹介しよう。

 「Thingiverse」は、3Dプリンタ「Replicator」シリーズで有名なMakerBotが運営している3Dデータ共有サイトである。Thingiverseは、3Dデータ共有サイトとしては老舗のサイトであり、公開されている3Dデータは質、量ともに優れている。「CGTrader」は、高品質な3Dデータのマーケットプレイスであり、ユーザーが作成した3Dデータを販売することも可能だ。また、無料でダウンロードできる3Dデータも多数公開されている。

 日本でも3Dデータ共有サイトがいくつかオープンしている。「mono-logue」は、国内3Dプリンタメーカーであるオープンキューブが運営している3Dデータ共有サイトである。まだ3Dデータの数はそれほど多くないが、サイトが日本語表記なので分かりやすい。「DELMO」は、アドウェイズ・ラボットが運営している3Dデータ共有サイトで、フィギュアの3Dデータに特化していることが特徴だ。実際には、フィギュア以外の3Dデータも公開されているが、3Dデータだけでなく、その3Dデータを利用して3Dプリンタで造形した物体の写真も公開されているので、実際のイメージが掴みやすい。

3Dスキャナは3Dデータ作りの救世主となるか?

 ここまで本記事を読んでいただいた読者の中には、「3Dスキャナを使えば簡単に3Dデータを作成できるんじゃないの?」という疑問を持った方もいるだろう。結論から言うと、3Dスキャナを使っても、3Dプリンタでの造形に利用できる3Dデータを得ることはそう簡単ではない。

 3Dスキャナにもいろいろなタイプがあるが、一般のユーザーが気軽に使えるクラスの3Dスキャナは、精度も低く、スキャン時に余計なゴミが入ったり、ポリゴンが欠けてしまったり、ディテールが潰れてしまったりしがちだ。単にPCの画面上で3Dモデルを閲覧するだけなら、多少ポリゴンが欠けていても問題にはならないが、3Dプリンタで造形するには、立体のオブジェクトとして破綻のない3Dデータでなければならない。そのため、3Dスキャナでスキャンした3Dデータをそのまま使うことはできず、手作業での修正が必要になってしまうのだ。3Dデータの修正はかなりのスキルと手間が必要であり、一からモデリングした方がかえって楽な場合も多い。

 また、3Dスキャナは、あくまですでに存在する物体を3Dデータ化するための機器なので、目の前にある物体の複製には使えるが、ユーザーの頭の中だけに存在する物体や、今目の前にない物体、小さすぎる物体や大きすぎる物体などは、3Dデータ化できない。3Dスキャナは、物体の3Dデータ化を行なってくれる機器ではあるが、決して3Dモデリングが不要になるわけではないのだ。

全身を一度にスキャンできる3Dスキャナ「bodyScan 3D」。周囲の4本の支柱にプロジェクタとカメラが搭載されている
bodyScan 3Dで、3Dスキャンを行なっているところ。3Dプリンタで造形するには、データ修正作業が必須。修正には熟練したスタッフでも30分以上はかかる
3D Systemsのパーソナル3Dスキャナ「Sense 3D」。399ドルと低価格であるが、スキャンした3Dデータをそのまま3Dプリンタで造形しようとしてもうまくいかないことが多い

まずは3Dデータに触れてみることをお勧め

 3Dプリンタを持っていなくても、3Dプリンタでのものづくりに興味を持っているのなら、まずは、今回紹介した無料で使える3D CADソフトや3D CGソフトを試してみてはいかがだろうか。一からモデリングするのが大変なら、3Dデータ共有サイトから適当な3Dデータをダウンロードし、それを3D CADソフトや3D CGソフトで開いて、回転したり拡大/縮小したりして、じっくりと観察してみることをお勧めする。こういうのは習うより慣れろで、色々やっているとだんだんできるようになってくるものだ。最初に述べたように、3Dプリンタの活用と3Dデータの作成は、切っても切れない関係にある。2次元で絵を描くのとは全く別のスキルなので、絵を描くのが苦手だという人でも大丈夫だ。

 さて、最終回となる次回は、実際に3Dモデリングを行ない、パーソナル3Dプリンタで造形を行なう手順について解説する。パーソナル3Dプリンタできれいに造形を行なうにはいくつか注意すべきポイントがあるので、併せて解説する予定だ。

(石井 英男)