次世代大容量ストレージ開発プロジェクト合同成果報告会レポート
~HDDは媒体と記録方式の技術革新で容量10倍が視野

合同成果報告会のプログラム

10月29日 開催

会場:中央大学 駿河台記念館



 現在、日本国内では次世代の大容量ハード・ディスク装置(HDD)を狙った、2つの産官学共同開発プロジェクトが進められている。

 1つは、文部科学省の下で2007年度(平成19年度)に始まった「次世代IT基盤構築のための研究開発」プロジェクトの1テーマ、「高機能・超低消費電力スピンデバイス・ストレージ基盤技術の開発」である。東北大学の電気通信研究所が中心となり、富士電機ホールディングス、東芝、日立製作所、キヤノンアネルバなどのハード・ディスク関連企業が参加している。2011年度(平成23年度)には、1平方インチ当たり5Tbitの面記録密度を実現可能な要素技術を提案する計画である。2010年現在のHDD製品の面記録密度は1平方インチ当たりで500Gbitくらいなので、およそ10倍の高密度大容量HDDを狙うことになる。

「高機能・超低消費電力スピンデバイス・ストレージ基盤技術の開発」のスケジュール。平成19年度(2007年度)~平成23年度(2011年度)の4年半をかけたプロジェクトである「高機能・超低消費電力スピンデバイス・ストレージ基盤技術の開発」の実施体制

 もう1つは、経済産業省所管の独立行政法人NEDO(ネドー:新エネルギー・産業技術総合開発機構)の下で2008年度(平成20年度)に始まった「超高密度ナノビット磁気記録技術開発(グリーンITプロジェクト)」である。日立製作所、日立グローバルストレージテクノロジーズ(HGST)、富士通(HDD事業統合により東芝が引き継ぐ)といったハード・ディスク関連企業のほか、東北大学や東北工業大学などが参画している。2010年度(平成22年度)までに1平方インチ当たり2.5Tbitの面記録密度を実現可能な要素技術、2012年度(平成24年度)までに同5Tbitを実現可能な要素技術を開発する計画である。

「超高密度ナノビット磁気記録技術開発(グリーンITプロジェクト)」のスケジュールと研究開発テーマ「超高密度ナノビット磁気記録技術開発(グリーンITプロジェクト)」の研究体制。2008年6月~2009年3月の研究体制「超高密度ナノビット磁気記録技術開発(グリーンITプロジェクト)」の研究体制。2009年8月以降の研究体制。富士通から東芝へのHDD事業譲渡により、体制が変更されている

 一見すると両者は似たようなプロジェクトだが、文部科学省のプロジェクトは基礎技術の開発、NEDOのプロジェクトは実用化・量産化技術の開発と性格はかなり違う。ただし、両プロジェクトが有機的に連携するためには、交流の機会が欠かせない。そこでこのたび、両プロジェクトが共同で技術開発成果の報告会を開催することになった。それが10月29日に催された合同成果報告会「次世代大容量省電力ストレージ技術のための革新的技術開発」である。

 合同成果報告会は、初めにプロジェクトリーダーが各プロジェクトの概要を説明し、それから前半に文部科学省のプロジェクトによる開発成果5件を代表者が個別に発表し、後半にNEDOのプロジェクトによる開発成果3件を代表者が個別に発表するというプログラムで進められた。プログラムの概略を以下に示す。

<プロジェクト概要>
・NEDOプロジェクトの概要(講演者:城石芳博氏(プロジェクトリーダー、日立製作所)
・文部科学省プロジェクトの概要(講演者:村岡裕明氏(プロジェクトリーダー、東北大学電気通信研究所)

<文部科学省プロジェクトによる開発成果>
・ビットパターン媒体(BPM)の記録・評価技術(講演者:青井基氏(東北大学電気通信研究所))
・再生ヘッド技術(講演者:山田将貴氏(日立製作所))
・記録ヘッド技術(講演者:大沢裕一氏(東芝))
・BPM用高Ku(磁気異方性)材料技術(講演者:島津武仁氏(東北大学電気通信研究所))
・ストレージサブシステムの省電力技術(講演者:藤本和久氏(東北大学電気通信研究所))

<NEDOプロジェクトによる開発成果>
・エネルギーアシスト磁気記録技術(講演者:宮本治一氏(日立製作所))
・ビットパターン媒体(BPM)加工技術(講演者:田中厚志氏(富士通))
・BPM磁気記録技術と再生ヘッド技術(講演者:喜々津哲氏(東芝))

 なお先に記した各プロジェクトの概要は、城石氏および村岡氏の講演内容と講演資料からまとめたものである。以下は開発成果の講演内容から、技術開発の最新状況を解説する。

●現行技術の壁は1平方インチ当たり1Tbit

 HDDはディスク媒体(ディスクメディア)や記録ヘッド、再生ヘッド、位置決め機構などのさまざまな要素技術で構成されている。ディスク媒体の記録層である磁性材料膜には微細な粒子(微粒子)が層状に連なっており、複数個の微粒子の塊について磁化の方向を揃えるように記録ヘッドで磁界を加えることで、情報(ビット)を書き込んでいる。現在は、磁化の方向を磁性材料膜の面内方向に対して垂直にそろえる、垂直磁気記録が主流である。

 ディスク媒体の磁性材料に書き込まれた磁化(磁気モーメント)の安定性は、磁性材料の磁気異方性の強さ(Ku)と微粒子の塊の体積(V)に比例する。磁気モーメントを不安定にさせる主な原因は熱エネルギーであり、温度(T)で使用するHDDの場合は60×kB(ボルツマン定数)×T(温度)よりも「Ku×V」が大きい値をとる必要がある。「Ku×V」がこれよりも小さいと、記録されたビットの値が熱エネルギーによって反転してしまう。すなわち、HDDとして使い物にならなくなる。

 HDDの記録密度を高める(記録容量を高める)ことは、1ビットの面積を小さくすること、つまり微粒子の塊の体積(V)を小さくすることに相当する。記録密度を高めるためにVをどんどん小さくしていくと、室温(25℃前後とされる)でもビットの値が反転してしまう恐れが出てくる。この限界となる記録密度はおおよそ、1平方インチ当たり1Tbitと言われている。現状のHDD製品の記録密度は1平方インチ当たり500Gbitくらいなので、その2倍が限界となってしまう。

●ディスク媒体に微細なビットのパターンを形成

 といってもHDDの大容量化が止まるという意味ではない。限界を超える技術の開発はすでに進められており、その一部が文部科学省とNEDOのプロジェクトである。

 限界打破の考え方は大別すると、ディスク媒体の材料をそのままにして体積Vを大幅に増やす技術と、ディスク媒体の材料を変更して磁気異方性Kuの高い材料を使用する技術に分かれる。

 前者(ディスク媒体の材料をそのままにして体積Vを大幅に増やす技術)は、ディスク媒体の表面に微小なビットの幾何学的なパターンを形成する技術である。ビット・パターン媒体(BPM:Bit Pattern Media)技術と呼ばれている。従来のディスク媒体は記録ビットが物理的に区切られておらず、隣接ビット間の相互作用を弱めるための壁に相当する領域を設けておく必要があった。ビット・パターン媒体(BPM)は媒体の表面に凸凹を形成して記録ビットをあらかじめ作り込むので、壁に相当する領域を極めて小さくできる。城石氏は講演で、原理的には記録密度を20倍に高められると述べていた。0.5Tbit(500Gbit)の20倍だと、10Tbitになる。1平方インチ当たり10Tbitということだ。

 成果報告会の講演によると、ビット・パターン媒体(BPM)の記録密度は研究レベルで1平方インチ当たり2Tbitが十分達成可能となっている。青井氏(東北大学)の講演では、BPMで1平方インチ当たり2Tbitを実現するHDDの仕様が示された。ただし、一方でパターンの加工が可能でも、記録ヘッドの仕様が技術的に困難な値になるために、1平方インチ当たり4Tbitの実現は難しいと青井氏は説明していた。技術的なブレークスルーが必要である。

BPMで1平方インチ当たり2Tbitを実現するHDDの仕様。2.5インチHDDだとプラッタ(円板)1枚に1.5TBを記録できることになるBPMで1平方インチ当たり4Tbitを記録する技術の検討結果。記録密度を高めるためには、記録ヘッドの磁界勾配を急峻にしなければならない。磁界勾配を1nm当たり666Oeと極めて急峻にしても、記録時のマージンが不足する

 ビット・パターン媒体(BPM)のパターン形成技術そのものは、大きく進化している。喜々津氏(東芝)の講演では、自己組織化(自律的にパターンを形成する性質)を利用して1平方インチ当たり3.3Tドットの高密度なパターンを作製できたことが示された。ここで重要なのは、原型となるパターン(ガイドパターン)を電子ビームで描画した後、ガイドパターンの4倍および9倍の密度のドットパターンを形成していることだ。現在は自己組織化膜(有機高分子膜)のドットを形成するという基礎的な段階だが、将来が非常に楽しみな技術である。

自己組織化を利用して密度を4倍および9倍に高める技術試作した自己組織化膜の微細パターン。密度は1平方インチ当たり3.3Tドット

●微小領域を加熱して記録に必要な磁界を抑える

 後者(ディスク媒体の材料を変更して磁気異方性Kuの高い材料を使用する技術)は、記録ヘッドを大幅に変更することを意味する。Kuの高い材料は、書き込みに必要な磁界が非常に高くなってしまうからだ。そこで磁界以外のエネルギーを書き込み領域に加えることで、書き込みに必要な磁界を大幅に下げ、現状に近い記録ヘッドを利用可能にする。

 補助手段となるエネルギーの中で最も開発が進んでいるのは熱エネルギー、具体的にはレーザー光線を利用した加熱(熱エネルギー)技術である。熱アシスト磁気記録(TAMR:Thermal Asisted Magnetic RecordingあるいはHAMR:Heat Asisted Magnetic Recording)技術と呼ばれている。

 ただしレーザー光線の波長は短くても400nm程度あり、次世代HDDが狙う直径20nm~30nmmくらいの微小領域に対しては長すぎる。このため、レーザー光線を磁性材料膜に直接照射するのではなく、いったん微小な金属膜に照射して金属膜に表面プラズモンを発生させ、金属膜からしみ出す光(近接場光)で磁性材料膜を加熱する。金属膜を三角形といった尖った形にすると、その先端から近接場光が発生するとともに、先端を尖らせることでレーザー光線の波長よりもずっと短い微小な領域に近接場光を照射できる。

 宮本氏(日立製作所)の講演では、近接場光を利用すると直径が20nm以下と微小な領域に光を照射できること、磁気ヘッドと近接場光発生素子を一体形成できることが示された。一体形成した記録ヘッドを使用し、1平方インチ当たり2.5Tbitと高い密度でビットを記録できることもシミュレーションで確かめられている。

熱アシスト磁気記録技術を利用したHDDの仕様。右側の写真は試作した近接場光発生素子1平方インチ当たり2.5Tbitを記録したときの検証シミュレーション結果。円周方向の線密度(FCI)が2,764k、半径方向のトラック密度(TPI)が888kで、掛け合せると1平方インチ当たり2.5Tbitとなる

●ビット・パターン媒体と熱アシスト記録を組み合わせる

 合同成果報告会ではさらに、ビット・パターン媒体(BPM)と熱アシスト磁気記録を組み合わせた場合の技術検討が報告された。媒体材料を現在の材料から高Ku材料に変更し、高密度なビット・パターンを形成する。そして熱アシスト磁気記録技術によって微小な領域だけを加熱し、磁化するという手法になる。

 青井氏(東北大学)は、ビット・パターン媒体(BPM)と熱アシスト磁気記録を組み合わせた場合には、1平方インチ当たり5Tbitの高密度記録に相当するドットでも、十分な記録マージンが得られることを示した。

 宮本氏(日立製作所)は、ビット・パターン媒体(BPM)と熱アシスト磁気記録を組み合わせることで1平方インチ当たり5Tbitの高密度記録を実現するHDDの技術仕様をまとめてみせた。さらにシミュレーションによって、5Tbitの高密度記録が十分に可能であることを示した。

ビット・パターン媒体(BPM)と熱アシスト磁気記録を組み合わせた場合の記録マージンの計算結果。8nmのビット長に対し、7nmと十分に大きな記録マージンを得られる1平方インチ当たり5Tbitの高密度記録を実現するHDDの技術仕様。熱アシスト磁気記録だけで1平方インチ当たり2.5Tbit、ビット・パターン媒体(BPM)だけで1平方インチ当たり2.5Tbitをそれぞれ実現可能だとするビット・パターン媒体(BPM)と熱アシスト磁気記録を組み合わせた場合に1平方インチ当たり5Tbitを達成する条件。記録ヘッドの磁界マージンが4kOe、加熱条件の温度マージンが130℃と十分に確保できている

 繰り返しになるが、現状のHDD製品の記録密度は1平方インチ当たり500Gbitくらい。2.5インチHDDのプラッタ(ディスク媒体の円板)1枚に350GBを記録することに相当する。今回の合同成果報告会では、現状の5倍である1平方インチ当たり2.5Tbitが、少なくとも2種類の新技術によって達成できることが披露された。ビット・パターン媒体(BPM)と熱アシスト記録のどちらが先に実用化されるかはまだ不明であり、それぞれが技術課題を抱えているものの、HDDの容量を今後5倍に増やせることはほぼ確実といえよう。

 そして、ビット・パターン媒体(BPM)と熱アシスト記録は組み合わせが可能な技術であり、組み合わせによってさらに高い記録密度を実現できることが明確になった。将来のHDDは容量が現状の10倍、2.5インチのプラッタ1枚で3.5TBが視野に入ってきた。

(2010年 11月 2日)

[Reported by 福田 昭]