笠原一輝のユビキタス情報局
EステッピングのCore M、発表前から出荷終了が発表された背景
(2014/9/6 00:30)
Intelは開発コードネームBroadwell-YことCore Mプロセッサ(以下Core M)を発表した。発表されたのはCore M-5Y70、Core M-5Y10a、Core M-5Y10という3つのSKUで、現在ドイツで開催中のIFAではこのCore Mを搭載した2-in-1デバイスが発表され展示されている。
ところが、この発表に先立って、Intelからはこの3つのSKUが11月にEOL(End Of Life、製品の出荷が終了すること)を迎え、新しいステッピングに切り替えることが明らかになっている(別記事)参照)。発表前の製品のEOLが発表されることは異例だが、その背景には、Intelが出荷開始したばかりのBroadwellのステッピング変更を行なわざるを得ない事情があった。
実はその事情こそ、Core Mや第5世代Coreプロセッサ(Broadwell-H/K/U)の出荷がここまでずれ込んだことに大きく影響しているのだ。
EステッピングからスタートするBroadwell
今回Intelが発表したCore Mは、正式発表前から、3つのSKUがいきなりEOLを迎えるという異例の展開を見せている。EOLというのは、メーカーが顧客に製品の提供を約束する期限で、そのEOLまでは責任を持って提供することを保証している。OEMメーカーとしては、CPUなどの部材が確実に提供できる見通しがなければ、製品を製造することができないので、こうしたEOLの情報などは一般公開されており、そのEOLの公表が製品発表に先立つことになってしまったため、製品発表前にEOLが明らかになるという事態が発生した。
通常、EOLというのは製品が提供開始されてから随分と経ってから公表されるため、発表の前にEOLが明らかになるというのは異例中の異例だ。おそらく多くの読者は「では、なんで?」という疑問を持つだろう。
まず、IntelからOEMメーカーに対してどのようなスケジュールで製品や製品計画の情報が提供されるのかを理解する必要がある。一般的に、新製品が計画されると、発表の3年~4年前にOEMメーカーに対して概要が伝えられる。そこには、製品のコードネーム(今回の例で言えばBroadwell)や、技術的な概要、マーケティング的な位置付けなどが、NDA(Non Disclosure Agreement、秘密保持契約)と呼ばれる、情報を第三者に公開しないという契約に基いて開示される。
この情報を元に、OEMメーカーは製品の企画を行ない、さらにIntelなどから提供される技術情報(クロック周波数やTDPなどのスペックやデザインガイドなど)を元に設計を行なう。そして、Intel側で実際にシリコンが完成すると、それがES(Engineering Sample、試験用のサンプル)としてOEMメーカーに提供される。ESにもいくつか段階があり、一般的には2つのES品(ES1、ES2)が存在することが多い。ESで動作を確認し、OEMメーカー側にも、Intel側にも問題が無いとなれば、QS(Quality Sample、信頼性評価用のサンプル)と呼ばれる量産出荷品相当のサンプルが提供され、それが問題なければ、量産出荷へ移行することになる。
この時、IntelからOEMメーカーに提供されるサンプルや量産出荷版は、ステッピングと呼ばれるシリコンの設計の段階で管理されている。Aステッピング、Bステッピング、Cステッピング……といった呼び方が一般的で、アルファベットがZに近づくほど、設計が改良される。Intelでは、AステッピングがES1、BステッピングがES2、CステッピングがQSおよび量産出荷版というのが、一般的な流れだ。
もちろん、何事にも例外があって、これに当てはまらない例ももちろんある。実はその端的な例になってしまったのが、今回のCore Mなのだ。というのも、先ほどのEOLの記事でも分かるように、発表前にEOLになってしまったCore MはEステッピングだ。つまり、Cステッピングや、Dステッピングの大量出荷版がなく、いきなりEステッピングから開始されているのである。これはIntelにとって異例だと言ってよい。
EステッピングのCore Mは1四半期のみの限定製品に
かつ、今回発表されたCore Mに関してはもう1つ触れておくべき事実がある。OEMメーカー筋の情報によれば、このEステッピングのCore MがEOLになるのと前後して、FステッピングにアップしたCore Mが提供されるという。しかも、Fステッピングはプロセッサナンバーが異なる新SKUとして提供されるので、OEMメーカーは異なる型番をつけて、別モデルの扱いをしないといけないし、CTOモデルであってもCPUIDが変わってしまったりするので、リカバリーイメージなどをFステッピング用に作り直さないといけないのだという。
つまり、Eステッピングは、Fステッピングの出荷準備が整うまでの「繋ぎ」という扱いになった。本来であれば、FステッピングのCore Mが出荷できれば良かったわけだが、それが間に合わなかったため、仕方なく繋ぎとしてEステッピングを投入しなければいけなくなったということだ。そして、本命のFステッピングが登場すれば、EステッピングはEOLにする必要があるため、製品の発表前にEOLを公表せざるを得ないという事態が発生したわけだ。
こういった事情があるため、一部のOEMメーカーはEステッピングのCore Mをスキップして、FステッピングのCore Mから採用を決めたところもあるという。OEMメーカーにとっては製品に型番を付けるだけで、下手すれば数百万円ものコストがかかることを考えれば、そういう決断をするのも無理はないだろう。
Broadwellの歩留まり向上に苦しんだIntel
OEMメーカーにとっての不満は、なぜこんな無理なスケジュールになってしまったのかということにある。最初からFステッピング相当のCore Mを発表に間に合うようにしていれば、1四半期だけしか出荷しない製品に型番を付けたり、リカバリーイメージを作り直したりという無駄なコストをかけないで済んだからだ。
Intelが今回こうした少々強引な1四半期だけのEステッピング提供に踏み切った背景には、Broadwellの歩留まり(1枚のウェハからとれる良品の割合)がIntelの予想よりも悪かったことが影響していると考えられる。
そもそもIntelは、Broadwellの出荷を当初は2014年の早い時期に計画していた。それが、第2四半期、第3四半期にずれ込んでいき、最終的には2014年中、つまり年末商戦となった。OEMメーカー筋の情報によれば、それに合わせるようにQSのダイもCステッピングから、Dステッピングに、そして最終的にはEステッピングになったのだ。すでに述べた通り、通常であればQSはCステッピング、悪くてもDステッピングだろうから、それがEステッピングになったというのは、Dステッピングまでは何らかの原因があり、歩留まりが上がらなかったと考えるのが妥当だろう。
しかも、Eステッピングも1四半期だけ、しかも、複数あるBroadwellの製品ラインナップ(Broadwell-H/K/U/Y)のうち、Broadwell-Yに相当するCore Mだけになるということは、まだ歩留まりには問題を抱えており、かなり生産した中から限定的にOEMメーカーに出荷できる数だけを確保した、そういうレベルだと考られる。実際、Intelは第4四半期中にCore Mを搭載したシステムを出荷できるのは5つのOEMメーカー(Acer、ASUS、Dell、HP、Lenovo)のみとなっている。
その状況がFステッピングでは大きく改善され、ようやく大量出荷できるようになった。そのため、Core M(Broadwell-Y)も、第5世代Coreプロセッサ(Broadwell-U)も年明けからOEMメーカーが出荷できるようになる。しかし、そのFステッピングを待っていては、公約だった“2014年にBroadwellを出荷”を守れなくなるため、やや強引な形だがEステッピングでの出荷を決断したわけだ。
Eステッピングの歩留まりについて、Intelの関係者は非常に口が堅いのだが、「GPUの歩留まりに問題があったのではないか」と指摘をするOEMメーカー関係者は多い。今回のBroadwellで、IntelはTICK-TOCKモデル(微細化版とアーキテクチャ刷新版が1年後に交互にやってくる開発体制のこと)のTICK(微細化版)であるのに、GPUに大きく手を入れている。実行エンジンユニットを増やしただけでなく、スライスの構造(従来のHaswellでは2スライスだったのが3スライスになっている)などにも手を入れている。現在のSoCは、CPUよりもGPUの性能が重視される傾向にあり、Intelとて例外ではない。公開されたCore Mのダイを見ても、GPUがダイ面積の半分近くを占めており、確かにGPUに問題があれば歩留まりに与える影響は小さくない。
もっとも、これはあくまでOEMメーカー筋からの情報を元にした推測であり、原因が本当にGPUだったのかは、おそらく永遠に明らかにされることはないだろう。ただ、明らかなことは、Cステッピング、Dステッピング、そしてEステッピングになっても大量出荷できるレベルの歩留まりを実現できなかった、そういうことだ。
Skylakeを高性能に振って差別化か
ただ、誤解無きように言っておくが、ではEステッピングのCore Mが駄目な製品なのかと言えば、そうではない。あくまで歩留まりというのは、1つのウェハからとれる良品の率なので、今回OEMメーカーに提供されているEステッピングのCore Mはきちんと選別された良品で、元々Core Mが目指していたスペックをきっちり満たした製品となる。歩留まりの問題は、Intelとそしてその提供を受けるOEMメーカーにとって、必要な数の良品を生産できなかったという点にあり、製品の機能(性能、消費電力)などは、基本的にはFステッピングのCore Mとは大きな違いはないはずだ(もちろん、これまでの実績から言って、今後登場する新ステッピングではより高速な製品が製造できるようになる可能性はある)。
従って、製品の購入を検討しているエンドユーザーとしては気にする必要は無いだろう。もちろん、もっと待てば、より良いモノが出る可能性はある。それはムーアの法則に従って進化している半導体の宿命のようなモノであり、もっと待てばより良いモノが買えるかもしれないが、本当に必要な時に使うことができないという買い時を逃すことになる。
ユーザーとして気になるのは、こうしたBroadwellが全体的に後ろへとずれ込んだことで、2015年の半ばに予想されているBroadwellの次世代となるSkylake(スカイレイク、開発コードネーム)と、Broadwell-U(Ultrabook/薄型ノートPC用)、Broadwell-H(A4サイズノートPC用)、Broadwell-K(アンロック版自作PC用)とタイミングがかなり近づいてしまうことだろう。実際IntelはBroadwell-Uを2015年第1四半期に、Broadwell-HとBroadwell-Kは第2四半期に発表を計画している。特にBroadwell-HとBroadwell-Kは2015年の半ばと言われているSkylakeと時期的にはかなりオーバーラップしている。
ただ、今回発表されたCore Mのダイサイズが第4世代Coreプロセッサ(131平方mm)に比較して60%の82平方mmになっていることからも分かるように、BroadwellではYプロセッサを優先する設計思想が採られ、性能よりは消費電力に焦点が当てられた製品になっている。これに対して、SkylakeはTICK-TOCKのTOCKに相当する製品になり、アーキテクチャも完全に刷新されることになる。従って、ダイサイズも再びHaswellレベルに戻ることは容易に想像ができる。だとすれば、トランジスタ数も増えることになり、それをIntelがどのように使うのか、そこがSkylakeにおける注目点となるのではないだろうか。