笠原一輝のユビキタス情報局

これは終わりではない、VAIO新時代への幕開けだ

 ソニーは、VAIO PC事業を日本産業パートナーズ株式会社(JIP)へと譲渡する意向確認書を締結した。事実関係などについては関連記事を参照していただくとして、本記事ではVAIO事業が今後どうなっていくのかについて考えていきたい。

 ソニーがPC事業を終了すると発表したことで、VAIOはおしまいだと考えるユーザーも少なくないが、発表された内容を詳細に検討していくと、そうではないことが分かる。より革新的なVAIOが欲しいユーザーには、むしろ歓迎してよい決定だと言ってよいのだ。

市場シェア1.8%で、成長率-23%という結果だった2013年度第3四半期のPC事業

 ソニーが発表した、2013年度第3四半期(10月〜12月期)決算の資料によれば、この四半期でのソニーのPC出荷台数は150万台だ。米国の調査会社Gartnerが発表している2013年第4四半期(10月〜12月期)におけるPCの出荷台数やシェアに、今回ソニーが発表したデータを当てはめると次のようになる(Gartnerでは上位5社までしか数字を公表していない)。

【表】 Gartnerの発表を元に、今回ソニーが発表したデータを当てはめたデータ。ソニーシェアや成長率などは筆者計算
2013年Q4出荷台数(単位:万台) 2013年Q4シェア 2012年Q4出荷台数(単位:万台) 2012年Q4シェア 成長率
Lenovo 1,493 18.10% 1,401 15.80% 6.60%
HP 1,359 16.40% 1,464 16.50% -7.20%
Dell 977 11.80% 921 10.40% 6.20%
Acerグループ 647 7.80% 770 8.70% -16%
ASUS 540 6.50% 666 7.50% -19%
ソニー 170 1.80% 220 2.40% -23%
全体 8,263   8,873   -6.9%

 これを見て分かることは、2つある。1つはソニーのグローバル市場シェアが、減少していること。2012年第4四半期では2.4%あったシェアは、1.8%になっている。もう1つは、世界平均を大きく下回る-23%のマイナス成長となっている点だ。

平井一夫氏

 ソニーの平井一夫代表執行役社長兼CEOは6日に行なわれた会見で、VAIO事業をJIPに譲渡するに至った理由を聞かれ、「市場環境の変化が大きい。我々が予想していた以上に既存型のPCビジネスが減少していった、タブレットやスマートフォンの普及、特にタブレットに持って行かれた部分が多かった。また、MicrosoftがWindows 8を導入すると市場が戻ってくるのではないかという見通しを持っていたがそうはならなかった」と述べている。つまり、タブレットやスマートフォンなどの普及により、以前ほどはPCが売れなくなっている、という主張だ。

 だが、もしそうなら、なぜLenovoやDellなどはプラス成長なのだろうか? 市場環境の変化が利用なら、LenovoやDellも影響を受けて当然だが、そうはなっていない。それは、このPC市場シェアが、コンシューマ向けPCと企業向けPCの合算であるからだ。トップとなるLenovoなどはコンシューマ向けも、企業向けも展開し、3位のDellはいち早く企業向けにフォーカスを絞ったこともあり、結果的に第4四半期は成長することができているのだ。また、この第4四半期は、特に日本ではWindows XPサポート期限切れを前に、企業向けPC市場は史上空前と言ってよい成長を果たしている。

 しかし、ソニーのPC事業はほとんどコンシューマ向けが中心で、一部プロシューマによる導入例などは別にして、企業向けのシェアは残念ながらあまり高くない。つまり、コンシューマ向け市場が冷え込み、企業向けが成長した2013年のPC市場の影響をもろに受けてしまったのだ。

 そうした中で、今後ソニーがPCで巻き返すには2つの選択肢が考えられる。1つは弱点だった企業向けのラインナップを増やし、企業への営業を厚くするという選択肢。そしてもう1つは、ソニーにとってPC事業はコア事業ではないと考え、売却するという選択肢。結果として、後者が選択された。

新会社に待ち受けるいくつかの課題

 プレスリリースによれば、JIPが設立する新会社の概要は以下のようになっている。

  • 新会社は独立した事業会社としてVAIOブランドを付与するPC事業の企画、設計、開発から製造、販売などに至る事業全体を運営する
  • 設立当初は、商品構成を見直した上で日本を中心にコンシューマおよび法人向けPCを適切な販路を通じて販売することに注力する等、適切な事業規模による運営で早期の収益安定化を目指す
  • 新会社は、現在ソニーのPC事業の拠点である長野テクノロジーサイト(長野県安曇野市)をオペレーションの拠点として、ソニーと国内関連会社でPCの企画、設計、開発、製造、販売などに従事している社員を中心に250〜300名程度で操業を開始する
  • 新会社はJIPの出資および経営支援のもと設立・運営されるが、立ち上げと円滑な事業移行をサポートするため、設立当初はソニーから5%の出資を行う
  • 本件取引の対価については、正式契約にて確定される譲渡資産に応じて今後協議する
赤羽良介氏(2010年長野テクノロジーセンターにて撮影)

 このほか、決算説明会では、新会社はソニー業務執行役員VAIO&Mobile事業本部本部長の赤羽良介氏を中心とした経営陣により運営されることが平井社長より明らかにされた。

 つまり、新会社はソニーから完全に切り離された独立の企業として運営されるということだ。2011年にLenovoとNECが、NEC・Lenovoグループを設立したときには、出資比率はLenovoが51%、NECが49%だったが、JIP新会社でソニーの出資比率は5%となる。もっとも現在の会社法では過半数を持っている株主がほかにいる場合、残りは49%でも5%でも権利にさほど違いはないので、数字そのものには大きな意味は無いだろう。現時点では、その新会社に対してソニーブランドの利用権が与えられるのかは定かではないが、仮にあったとしてもどこかのタイミングでそれは外れると考えるのが常道だろう(実際LenovoがThinkPadをIBMから買い取った時もそうだった)。

 この新会社を待ち受ける路は率直に言って平坦ではない。第1の課題は部材や製造コストの上昇をどのように吸収していくのかという問題だ。

 新会社は設立当初、日本市場をメインターゲットにしていくとしている。つまり、現在のVAIOビジネスで、それなりの割合を占めている欧州や米国などからは撤退していくということになる。すると当然シェアは低下する。現在の1.8%を維持するのはほぼ不可能で、下手をすれば1%を切ることになるだろう。

 シェアが減ると部材調達コスト、さらにはODMやEMSの工場を利用するコストが上昇する。現時点では新会社の資本金がいくらになるのか、そのあたりの事も明らかにはなっていないが、設立当初に十分な額の資金が用意されていなければ、ODMやEMSも容易に契約を延長はしてくれないだろう。そうしたコストの上昇は製品価格へ転嫁されることになり、結果価格競争力を失い、さらに市場シェアを失っていくという悪循環に入る可能性がある。

 第2の課題は販売チャネルを構築していくことの難しさだ。現在のVAIOは、ソニーマーケティングの販売チャネルを利用している。Web直販であればソニーストアだし、小売店ならソニーマーケティングが営業やマーケティングを行なっている。おそらくしばらくはソニーマーケティング経由での販売チャネルが維持されると思われるが、将来的には自社で行なうとJIPの資料では説明しており、そこは大きな課題となる。また、前述した通り現在のVAIOビジネスは企業向けの市場シェアが高くなく、そこに対してどのように取り組んでいくか、それも課題となるだろう。

 問題はこれらの課題を解決して利益を出す会社になるまでにどれだけの時間がかかるかだ。JIPのようなファンドは最終的に会社を上場するか、どこかに売り払って利益を上げることを目的としている。現時点でそのタイミングは分からないが、何十年という期間でないことは間違いなく、課題を解決するまでに残された時間はさほど多くない。

 ただ、新会社を率いていくことになる赤羽氏は、PC業界では非常に名前が知られている人材で、過去にはVAIO事業で調達担当を長い間担当していたこともありIntel、AMD、NVIDIAといったコンポーネントベンダーとの関係も良好で、台湾のODMメーカーでもよく知られている。そうした意味で、新会社が直面する問題を解決するにはうってつけの人材であるのは、新会社にとってはよいニュースだ。

VAIOの里は維持

 VAIOを愛するエンドユーザーにとって、最も注目したい点は、長野県安曇野市にある長野テクノロジーサイトが維持されることだ。というのも、VAIO事業にとってコア部分と言えるのがこの長野テクノロジーサイトだからだ。

 長野テクノロジーサイトには2つの機能がある。高付加価値モデルを製造する工場としての側面が1つで、もう1つがODMで製造されるその他のモデルも含めたVAIO全製品の企画、開発、製造するということだ。つまり、VAIOがVAIOたる所以は、この長野テクノロジーサイトがあればこそであり、ここが維持され、そこで働くエンジニアもそのまま雇用されるのであれば、ソニーブランドはなくなるとしても、VAIOの本質は維持されることになる。

 VAIOを開発している設計のエンジニアは非常に優秀で、その人材こそがVAIO事業にとっての本来の価値だと筆者は思っている。直近で言えば、世界で初めて64bit WindowsでConnected Standby(InstantGo)を実現した「VAIO Duo 13」、非常に薄型のUltrabookとなった「VAIO Pro 11/13」、ハイエンドPCとしてマニアから絶大な支持を得た「VAIO Z」シリーズ、軽量な小型PCとして人気を集めた「VAIO X」や「VAIO P」……、と挙げていくとキリがない。そうしたPCを開発できたのも、優秀なエンジニアがいればこそだし、そこに蓄積されているノウハウという無形部分も重要な財産だ。現時点ではJIPにVAIO事業がいくらで譲渡されるのかは発表されていないが、仮に長野テクノロジーサイトの土地や建物、さらには製造装置だけの価格であるのであれば、JIPは非常に得な買い物をしたと言える。

長野県安曇野市にある長野テックセンター(2010年撮影)
長野テックセンターの入り口にある「VAIOの里」という石碑

 問題はこのエンジニア達の能力が発揮できる場所が用意されるかどうかだろう。だが、これに関してはすでに日本では成功例が2つもある。1つは、Lenovoが2005年にIBMのPC事業を買収したときにLenovoに引き渡されたIBMの大和研究所だ。大和研究所はそれまでもThinkPadシリーズの開発拠点として活用されてきたが、Lenovoになってからもそれは変わらず、現在のLenovoグループのCTOを努める内藤在正氏(レノボ・ジャパンの取締役副社長も兼ねている)がトップを務めるという体制も維持されている。その結果、ThinkPadシリーズは現在でも多くの製品が世界中で販売され、Lenovoがシェアを伸ばすことに大きく貢献している。

 もう1つの例は、こちらもLenovoが買収したNECパーソナルコンピュータの米沢事業所だ。Lenovoが買収して以来、米沢事業所が設計する製品が脚光を浴びる機会が増えている。一昨年(2012年)に発表された「LaVie Z」はその代表例といっていいと思うが、PCがコア事業であるLenovoは、米沢の開発能力を高く評価しており、今後米沢で開発した製品がLenovoブランドでグローバルに販売される可能性もあるとLenovoの重役は何度か表明している。

 長野テクノロジーサイトの能力をフルに活用すれば、そうした成功例を再度繰り返すことは不可能では無いと筆者は思っている。

VAIO新時代を切り開くことになる、より革新的な製品の登場に期待

 重要なことは、誕生する新会社はPCを核としたメーカーになるということだ。現在のソニーは、さまざまなエレクトロニクス事業を展開する総合家電メーカーで、PCはその中の1つでしかない。しかし、誕生する新会社はPCが核の事業となり、従来よりも長野テクノロジーサイトの能力を発揮するような経営を心がけるだろう。

 かつ、ソニーのしがらみがなくなったことで、より自由な製品設計が可能になる可能性もある。現在ソニーは「ワン・ソニー」という標語の下で全社一丸となった開発体制を敷いているが、それが逆に弊害になっている例もある。卑近な例で言えば、VAIO Duo 13やVAIO Pro 13などのハイエンドユーザー向けの製品でありながら、ディスプレイ出力がフルHDを超えるDisplayPortではなく、BRAVIAとの親和性を重視したHDMIが搭載されている。もっと古い例では、メモリースティックスロットのみを搭載し、SDカードスロットを採用しなかった。

 また、現在ではVAIOはWindows、ソニーモバイルの端末がAndroidという切り分けがあったが、それもなくなる。新会社はWindowsであろうが、Chrome OSであろうが、Androidであろうが、好きなOSを選択できる。

 さらに、当面は日本を中心にビジネスを続けるということになれば、日本のユーザーだけを見据え、より尖った製品の投入も期待できる。元々日本のノートPCメーカーはそうした尖った製品をリリースするのが得意で、その中で新しいイノベーションを起こしてきた。それがもう一度できれば、新会社に投資しようという投資家や買収しようとするPCメーカーが現れるかもしれない。

 そのように考えていけば、新会社には大きなチャンスも広がっている。確かにソニーのVAIOは終わりかもしれないが、新会社VAIOはVAIO 2.0として、より華やかな展開が待っているかもしれない。筆者は失望よりも、むしろ新しい新会社がどういう会社になるのか、今は早くその詳細が知りたいとワクワクしている。多くの課題があるのもすでに述べた通りだが、新会社にはより革新的な製品を我々に届けて欲しいとエールを送ることで、この記事のまとめとしたい。

(笠原 一輝)